終章 その後、一週間大騒動の終わり。

旭和ラノベ
地震竜作戦/序章 第一章 第二章 第三章 第四章 第五章 第六章 第七章 第八章 終章

 翌日公開された伊予灘大地震の被害は、金額にして推定一八兆円(今の二兆円)、人的被害は、負傷者一三三名、すべて軽症である。そして行方不明者一名であった。地震竜作戦の成功で、被害は対策がない場合の予測値に比べて、一〇分の一以下に抑えられた。
 唯一の行方不明者は、金取護である。彼の漁船は地震後の捜査で見つかったが、津波で完全に破壊されていた。捜索が行なわれたが、彼はついに発見されなかった。
 そして何より国民を驚かせたのは、同時に起こった、人死にも出たプルトニウム密輸未遂事件である。その後、警察の捜査によって明らかにされ、国民に発表された事の全容は、こうであった。
 黒裏こと鈴鳴啓太は、逆恨みによる国への妄執的な復讐心で、金取は金銭に対する貪欲な偏執から、水川(彼は日本人ではなく、これは本名ではない)は己の勝手な正義を実現するために、互いに利用し合っていたのだ。
 三人の関係はその出会いからして非常に複雑で、当事者で唯一身柄を拘束された水川の、断片的な記憶を繋げるしかなかった。黒裏は殺されたし、金取は津波にさらわれて行方不明になったからである。
 証言によると、どうやら核物質密輸計画は水川が企画したもので、それに利害が一致した二人が飛びついたらしいのだ。ただし、水川は得た核物質を自分のものにして、核爆弾を作るつもりだった。
 水川の母国でも摘発が行なわれ、二〇名にも及ぶ逮捕者を出した。彼のアジトには武器の他に、ミニ核爆弾の製造をするための工場まで用意されていたという。
 水川は自分の表情を隠して、変わり者として相手にされないように気を配っていた。そしてそれは、二人の協力者を簡単にだますことにもつながった。
 彼は増長した。どこで裏切ってやろうか……そのときの落胆ぶりを見てやろう。
 それが、水川がスタンドプレーをしながらも、二人と一応の共同歩調を取り続けた理由である。結局金取と吊るんで黒裏を消し、最後は金取が裏切って、この犯罪を未遂に終わらせる結果を生んだ。
 それは、自然災害による偶然の力も大きい。大崩壊と大地震。これらがなければ、高い確率で水川の犯罪は成功していただろう。
 このプルトニウム密輸事件とは別に、金取関係の犯罪も摘発された。仲間の徳山、貝塚、犬山がそれぞれの罪状で逮捕され、金取自身は多額の公金横領が見つかった。
 この事件と大崩壊、大地震が重なり、国内外の関心はいやおうなしにも高まった。そして、この年の六月七日から六月一三日までの七日間を、メディアの誰かが『一週間大騒動』と名付けた。それは全てを知った日本国民に受け入れられ、その年の流行語となる。
     *        *
 一六日、高栗将人局長は首都に赴いた。泉銀河内閣総理大臣に会うためである。
 高栗は檜の椅子に腰掛ける泉と対面した。泉は縦四つ折りの和紙を広げて読んでいた。大さな机の上には、同じ和紙の封筒が置いてあり、そこには『辞表』と書いてあった。
 泉は文面を全部読んで、そして高栗をゆっくりと眺めた。高栗の顔には辞意の決意が感じられる。しかし泉の心は、辞表受理とは別の判断を下した。
「君は大崩壊で住民二〇五人を死なせたのと、局内の不祥事を理由に、責任を取って辞めたいと言ってるが……考えを変える気はないのかね?」
「はい。私は大見山大崩壊があった晩に、今回の始末をつけたら局長を辞めると、すでに心に決めていました」
 高栗の顔には、責任を果たさせてくれという、強固な意思が感じ取れる。
(惜しいな……仕方がない、あれを使うか)
「君は責任を取りたいというが……あえて残るという責任の取り方もあるぞ」
 そして泉は机にあるスイッチの一つを押した。すると後ろのカーテンが静かに開き、明るいベランダに無造作に積まれてある、二〇個ほどの段ボール箱が姿をあらわした。それは何かの手紙のようで、あまりにも多くて箱に入りきらず、周囲に溢れている。
「政府と自然災害対策局に届いた感謝状だ。この二日間だけで六〇万通にもなる。これほど感謝されたことはないだろう? 高栗君。君は私に、六〇万人以上から感謝を送られる優秀な部下を、無下に解雇した上司という、不名誉なレッテルを貼らせる気かね?」
 そう言いながら泉は、笑いながら辞表をゆっくりと破り捨てた。
「お人が悪いですよ、総理……」
 観念したように高栗は言った。この仕掛けを用意していたからには、最初から辞めさせない腹積りだったのだ。
「それよりも、空いた三人分の人事をどうにかしないと――君の意見を聞かせてくれ。それにこれからが大変だぞ、自動常時異変観測網の、再整備の予算を通さないといけないしな」
 その言葉を聞いて、高栗は目を輝かせた。
(まだまだ辞める訳にはいけないか――)
     *        *
 T大から出てきた、何かをふっきったような様子の鈴鳴は、門の前で桃缶詰と出会った。彼は、相変わらずの艦長服である。
「よう、待っていたよ」
 旧友の二人は、近くの喫茶店に入った。
「缶詰……私は大学を辞めたよ。原子力倫理審査委員もだ。すべてが終わったからね」
 それは鈴鳴なりの懺悔であった。身内の恥を放置しておけない――しかし、表沙汰にはしたくない。それが、正直な彼の行動理念であった。
 そしてこれが、宮沢憲司や桃太郎をして、金取、水川らの罪を暴くことになったのだが、災害臨時質問会のときには仇となって、弟を間接的に死に追いやることとなった。
「あのときに全てを言ってたら、啓太はテロリストなんぞに殺されずに、刑務所で自分の罪を償うことができただろう」
「――そうか。まあ、悔やんでもしょうがないさ……誰も、あんなことになるなんて想像もしなかったんだ。しかし、啓太がまさか核物質に手を出していたとはな……」
「ああ……これで鈴鳴家は、直系はまた私だけになってしまった。子がいなくてね」
 鈴鳴は感慨深げに言った。
「ところで、お前はこれからどうするんだ?」
 それは、桃缶詰が一番聞きたかったことだった。鈴鳴は自らに言い聞かせるように答えた。
「他の兄弟を探すのさ。実はこれが夢だったんでね、貯金なら十分ある。何年かかってでも、またみんなで一同に再会したいものだ」
 その鈴鳴の話を聞いて、桃缶詰は鈴鳴を許すことにした。彼は、第三の人生を歩みはじめたのだ――後悔という十字架を背負って。
     *        *
 宮沢憲司は非番だったので、季を誘い、CR―Fで神戸の海に行った。沿岸道路の広い片側二車線の、左車線をのんびりと走っていた。いい天気で、空は晴れている。
「先輩、すごい事件だったね」
「ああ、本当にすごい事件だったな……あんなことは二度とないだろう」
「まだ三日前だというのに、遠い昔に体験したような――あ、あの車」
「ん?」
 宮沢憲司は季が指さした右側を見た。するとそこには、見覚えのある、白地に数本の黄色い縦線が入った、ごついスポーツカーが走っていた。走万里である。どうやら、CR―Fよりも速く走っているようだ。そして運転席には、ボブカットの若い女性が座っていた。
「高栗副分隊長じゃないか――彼女もこの先の海岸に向かっているのかな?」
 宮沢憲司が言ったとたん、相変わらずやっぱり純情な季は顔を真赤にさせた。走万里は『おてんば娘』を追い越し、車線を同じにして、後部電光掲示板に文字を出した。
『このさきのかいがんなの』
「おお、音声モードか。久しぶりだな」
 宮沢憲司は面白がって即座に応答した。
『そうだよ』
『こら じょうしにだよはなんだ』
     *        *
 しばらくして、二台の車はこの辺りで有名な海岸についた。
「もう、貴方たち。非番だからって、上司に失礼なことしたら、怒るわよ」
 高栗美佐は言う前に怒っていた。宮沢憲司は余裕を持ってそれを聞き流したが、季は真赤になってうつむいている。
 三人はなんとなくぶらぶらと海岸を散歩していた。すると、季が誰かを見つけた。
「あれ、加藤さんでは?」
 若髭の加藤知が、木に半身を隠して、何かを密かに観察しているようである。
「加藤〜何してるんだ――」
 しかしそれにはお構いなしに、いきなり宮沢憲司が加藤を呼んだ。驚いた加藤は三人を見て慌てている。そこに、彼の声ではないものが聞こえた。
「なにい、加藤ちゃん〜? 人の恋路を覗き見してやがったな!」
 そして三人の前に、神岡次子があらわれた。そして後ろから、内藤が続いて来た。
「うわあ、許して〜」
 神岡は加藤の許しの嘆願を無視して、真赤になりながら、加藤をせっかんしている。
「そういうことか?」
 そんな二人をあぜんと見ながら、宮沢憲司は内藤を見た。内藤は愛想笑いをしながら、恥ずかしげにうなずいた。
「あの探検で二人の愛に火がついたんでさあ。それに、ほらあそこ。知り合いがいやすぜ」
 みんなは、内藤の目の先を追い――
「桃! いつの間にあんな可愛い子と!」
「まあ、萌ったら。私に一言も相談せずに!」
 宮沢憲司と高栗美佐は同時に叫んだ。
 そこには、ベンチに仲睦まじく腰掛けて談笑している、二人とも背の低いカップルがいた。ペアでアイスクリームを食べている様子が、妙に似合う。桃太郎と北条萌だ。
 そこに、それぞれの友人が駆けつけた。カップルはそれに気づいたが、別に臆するふうでもなく、じっと待っていた。ただ、幸せで顔がにやけている。
「やあ、憲司。今日は僕の生涯で最良の日だ」
「美佐、よくここが分かったわね。あ、さっき、そこで天野さんを見たわよ」
 しかし駆けつけた二人は、それらを無視した。
「桃め、親友の俺に連絡の一つもせず女とつきあうなんて、とっちめてやる! そりゃ、俺も秘密の一つくらいはあるけどさ」
 それに思わず、高栗美佐が興味を持った。
「へえ、一体どんな秘密があるのよ」
 勢いで、宮沢憲司は口をすべらした。
「そりゃあ、大空洞で溺れた君を、口移しで介抱してやったことさ」
 その瞬間、全員が石になった。
 そこに偶然、北条萌の言った通り、天野橋立があらわれた。彼は名前仲間の宮沢憲司と桃太郎を発見して、喜んで声をかけた。
「やあ。元気かい、同士」
 その天野を見た高栗美佐は顔を赤くして、宮沢憲司を睨んで、涙目で叫んだ。
「殺す!」
「助けて――」
 宮沢憲司は青ざめながら、高栗美佐から逃げ出した。
     *        *
     了 1996/08

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