地震竜作戦

旭和ラノベ
原稿用紙換算341枚
 処女長編。近未来、自然災害と戦う対策局での騒動記。

序章 近未来、環境危機時代の事情。

序章 第一章 第二章 第三章 第四章 第五章 第六章 第七章 第八章 終章

 始まったばかりの夏の雲ひとつない快晴の空の下、市街地のある平野からそれほど離れていない山道を、一台のワゴン車がのんびりと走っていた。
 普段からそこを通る車の少ない林道ではあったが、幹線道路並みに立派に舗装されている。かつては狭くて事故の多かったこの道は、二〇年ほど前に広く再整備されて、それから事故が起こりにくい安全な道だと、地元では評判である。
 その評判の道を走っているワゴン車は、一見したところなんの変哲もないように見えるが、それは形だけであった。このワゴン車は、なんと車体全体を濃い桃色に塗装しているのである。
「部長、もうすぐ事故現場に着きますぜ。そろそろ起きてくだせえ」
 運転席に座っている体格のいい男が、助手席で眠っている若い男に話しかけた。車に乗っているのは、この二人で全員である。車の後部には、色々な機材が詰め込んであった。
「うーん――」
 若い男は目をつむったまま口元に笑みを浮かべているだけで、部下の言葉を無視している。いい夢でも見ているのだろうか。
「あと三キロで現場ですぜ。もう起きないと、相手さんに迷惑かけてしまいますぜ、起きてくだせえ」
「……すぴー」
 しかし部長と呼ばれた若い男は、全く起きる気配がない。
「こりゃあ、完全に熟睡してますな。しょうがない……」
 部下は運転席に備え付けられた、ナビゲーションシステムの画面の下にある計器類を操作した。すると、画面に表示されている目的地と現在位置の光点のあいだに、山道に沿って光の帯が出現した。帯が二つの光点を結ぶと、画面にオートドライビングシステム起動と表示された。
「これでよしと」
 全自動運転プログラムに車の操作をまかすと、彼はハンドルとアクセルから開放された。そして、両手で上司の肩をつかんでいきなり激しく揺さぶった。
「部長、起きてくだせえ!」
「……すぴ〜、ぶほっ!」
「ぶちょおー!」
「あわわわわ〜」
 若い男はさすがにこれにはたまらず、すぐに目が覚めた。
「部長、目が覚めやしたか」
 もう残りの運転をすべて車にまかせる気か、両手を頭のうしろに組んで男が言った。
「鼓膜が破れちまうぞ……ああ、せっかくいい夢を見ていたのに。お前は限度を知らんのか、内藤。僕は夢の世界から、一気に完全覚醒状態になってしまった」
 若い男は、不機嫌であった。それを感じた部下の内藤は、慌てて弁解した。
「それはすいやせん。なにせ、大阪からもう五時間も経っているもんですからね。こうでもしないと、とても起きねえと思ったんでさあ」
「――そうか、もうそんなに経ったのか。内藤、ここはどの辺りだ?」
 納得してすぐに心の平静を取り戻すと、若い男は周囲を見回した。日光が彼の顔にあたり、わずかに茶色がかった黒色の長髪と、蒼い瞳を写し出す。顔は端正であるが、日本人の特徴的な顔立ちであり、彼が外国人との混血であることが一目で見て取れる。
「もう広島市の北ですよ、部長。目的地まで、あと二キロってとこでさあ」
「もう事故現場か、早いな」
「そりゃあ、部長はずっと眠っていたからですよ――ところで、部長」
「なんだ?」
「ここだけの話ですけど、『いい夢』って何だったんです? 他の奴らには内緒にしておきますぜ」
「……秘密だ」
「そりゃないですよ。部長の『いい夢』で俺は怒られたんですよ、そいつの正体くらい……エロな夢です?」
「ちがう!」
 若い部長は一喝すると、正面を見据えて黙り込んだ。
 内藤は顔に興味津々の笑みを浮かべて、勝手にうなずきながら視線を周囲の山々にうつした。
 そんな内藤の行動をすねたように無視しながら、彼は心の中で叫んだ。
(エロではないが……僕が女にモテた夢だなんて言えるか!)
     *        *
 やがてワゴン車の行く手に、荒れた茶色の風景が広がってきた。
 木々の緑、むきだしのコンクリート、くすんだアスファルト、白いガードレールが、道路全体を覆った土砂によって、ふいに途切れていた。土砂崩れであった。
 立入禁止の赤いコーンと黄色の非常灯で張られた境界の向こう側では、群青色の機能的な作業服とヘルメットに身を包んだ三十人ほどの集団が、土砂の撤去作業を行なっていた。
 作業現場から少し離れて、ショベルカーと人力での作業をイヤホンで指揮している、彼らの上司と思われる六名ほどの一団がいた。その中の一人が、境界の手前で停車した桃色のワゴン車を見つけて、他の者になにか指示すると、車のほうに歩いていった。他の者とちがい、彼だけが右腕に黄色の腕章をつけていた。現場最高責任者の印である。
 桃色のワゴン車から出てきた二人の男は、二人とも桃色の作業服を着ていた。体格のいい内藤と、背の低い長髪の部長である。
 内藤は仕事の用意をするため、ワゴン車の後ろに回って後部ドアを開けると、中から必要な機材を取りだし始めた。若部長は、自分に近づいてきた男を待った。
 若部長のもとに来た男は、失礼とは思いながらも、彼をじっと見ずにはいられなかった。若部長は襟に上位管理職の印である、二連黒線の入った作業服を着ている。しかし彼の見目は、どう見ても三〇には届いていない。
 まちがいなく彼はこの若さで一会社の部長であり、そしてこの仕事相手の責任者なのである。男は心をあらためて、話をきりだした。
「桃コンサルタントの方ですね、私は予防部二課防人部隊第一分隊長の天野といいます。よろしく」
「桃コンサルタント災害調査部門部長の桃太郎です。天野分隊長、こちらこそよろしく」
(彼がうわさの業界最年少部長の桃か。本当に若いな)
 群青色の服を着ている天野は、桃太郎を見ながらそう思った。自分も三三歳で若い天野であったが、この桃色の服に身を包んだ背の低い長髪の若者は、まだ二四歳である。
「天野分隊長、さっそく今回の事故についての詳細を教えてください」
「わかりました」
 二人は現場のほうに並んで歩き出した。桃太郎は腰に釣り下げている録音機のスイッチを入れた。
「事故の発生時刻は先日六月六日午前九時二〇分頃です。幅一二メートル、高さ一〇メートルに渡って崩壊しました。走行中の車二台が運悪く巻き込まれましたが、土砂自体の量が少なかったことが幸いして、死者は出ていません。怪我人が五名ほど出ましたが、全員軽症です」
 天野が桃太郎に説明している間に、準備を済ませた内藤が二人に合流して、桃太郎にヘルメットを渡した。これも桃色である。
 ヘルメットをかぶりながら、怪訝な顔をして桃太郎が尋ねた。
「いつもの予測は、今回の事故では出来なかったのですか? 観測網は、この事故現場の異変を観測しなかったのですか」
 天野はうなずき、桃太郎の推測が正解であることを無言で伝えて、沈んだ顔をして質問に答えた。
「そうです。観測網は――自動常時異変観測網は、この地点の土壌負荷が、すでに限界に達している事実を何も伝えませんでした。この地点の末端センサーの故障が原因だと思われますが――しかし、三重、四重にも張り巡らしてあるセンサーが、いずれも反応しなかったなんて……」
「天野分隊長、この地点のセンサー群の回収調査は、あなた方の仕事です。私たちは、事故原因の調査をしに来たんです」
 桃太郎は、天野の深刻だが、独言に近い、長くなりそうな告白をさえぎった。
「すまない、桃部長。しかし、今回の大雨での一連の土砂崩れ、地滑り、洪水のうち、観測網が予測できなかったものが二割にも達しているのだ。五年前から、この割合はずっと増えつづいている――」
 そう言うと、天野は無言のまま、すでに五割ほどの土砂が撤去された現場を見つめた。桃コンサルタントの二人も、天野の見つめる先を見た。
 そこは、昨日まで土砂のあった部分であった。水気を含んだ茶色の、むき出した面の一部から、二、三本の細い人工物が顔を出していた。
 銀灰色のセンサー。周囲の環境変移をリアルタイムに報告する、自動常時異変観測網の末端神経である。しかし今彼らの目に見えている神経たちは、本来の働きをしなかったのである。
     *        *
 時に二一世紀。
 人類の活動によって自然環境が圧迫され、異常気象が頻発するようになった。それによって発生するあまたの災害は、自然、人間生活等のあらゆる環境に多大な損害を起こしていた。それに海面上昇や砂漠化などの、深刻な長期的環境異変が重なっていた。
 人々はこの時代を、『環境危機時代』と呼んだ。
 そして加速度的に広がる被害に対処するため、人類は自然災害に対する、特殊な専門対策組織を必要とした。
 日本においては、最初は自衛隊の一部がその任務を担っていた。
 ところが二〇二五年、万単位の死傷者を出す西関東大地震が発生。そのあおりで日本中を不況の嵐が吹き荒れ、経済立直しのために、自衛隊は大幅な組織縮小を余儀なくされた。
 そして自然災害に対処する仕事は、自衛隊の自然災害対策部隊を吸収した、環境庁が引き継いだ。二〇二七年のことである。
 彼らの仕事は、災害の後手に回ることが多かった。政府はそれをはがゆく思っていたが、この地震でついに決心し、数十兆円を注ぎ込んだ、特別プロジェクトを進めた。
 そして一〇年以上にわたる研究開発の結果、二〇四三年、自動常時異変観測網というネットワークが、日本中に整備された。これにより、自然災害はその発生場所、時刻を特定し、事前に素早く対処することが可能となった。すなわち、自然災害の予防である。
 自然災害対策局。
 二〇四五年に環境庁から分離独立したこの組織は、自然災害の予防対策を主な任務としていた。そして一〇年、観測網には、すでにガタが出はじめている。
 西暦二〇五五年六月七日……それがこの物語の、最初の時間である。

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