第四章 「星の戦い」

旭和ラノベ
星伝/第一章 第二章 第三章 第四章

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 空一帯を覆う巨大な金色の塊が発生してからというもの、惑星モンゴロイド〇五は大騒ぎだった。それは――その金色は、ラクシュミーの屈辱の歴史を習った者にとって、過去最大の災厄を示す色に他ならなかった。
 一五〇〇万住民の誰もが、不安げに空を見上げる。昼の領域であろうが、夜の領域であろうが変わらず、その金色の雲は惑星全体をくまなく覆っていた。
 政府や領事館が幾度も連絡を取ろうとするが、謎の艦隊はまったく反応しようとはしなかった。政府は数百年ぶりの非常事態宣言を発令した。街角から人々の姿が消える。しかし誰もが、住まいでじっとしているのに耐えられなかった。親しい者や愛する者同士で集まった。そして家の明かりを消し、カーテンをすこし開け、天上の金雲を見上げ続けるのだった。
 そして――ここにも。
 首都アーザードシティ郊外、都立第三アーザード年長校付属天文台――現地時間は夜半過ぎ。
「おおきいなあ……どの船も軽く七キロから九キロはありますよ」
 ムハメッド・シャイフは相変わらずの作業服で、端末をいじくっていた。彼の眼前では、望遠鏡が捕らえた映像が特大で投影されている。もちろん――地球連合軍の軍艦だ。
「なーに呑気にはしゃいでるんだよ!」
 半袖ブラウスにミニスカートのアン・リンが、機械マニアをはたいた。
「痛いじゃないですか」
「まったく……あれ、どしたのリエさん」
 ワンピースドレスのカガミガワ・リエは、何かを暗唱するようにつぶやいていた。
「開拓暦三八〇年、人類連合軍八五五隻が飛来。一三日と七時間に及ぶ激戦のすえ、数と武装で劣るシヴァ星系防衛隊を壊滅させ、完全勝利を宣言した……」
「ああ……『シヴァ一二星域星戦』か」
「なんですかアンさん。その『星戦』って」
「あたいとリエさんだけの秘密。だよねー」
「そう、だよねー」
 リンとリエは、見合わせて、声を殺してくすくすと笑い始める。
「……まあいいですけど。あ、出ました!」
「何が出たんだ?」
「数です数! この前代未聞……ではないですね。二度目の金の艦隊が何隻いるか」
「ようし、教えな」
「……ざっと四〇万隻! です。すごい数だと思いません?」
「四〇まんんん! すげえや」
 しかしリエは澄ました顔で、
「あらそう、でもちょっと心許ないわね。何から守るつもりか知らないけど」
     *        *
 宇宙、戦艦ストロベリー艦橋。
「星の戦い?」
「はーい。ある戦闘が重要な意味を持っている場合、戦闘規模に関係なく、公式記録ではその戦いを『星戦』と呼ぶのよ、ミサ」
「へえ……」
 ミサは感心した。今のミサは、操艦席でシックな青いワンピースに身を包んでいる。髪はポニーテール風。決意の現れだ。
「星戦――しゃれてるね。私ならこの戦いを、ラクシュミー攻防星戦とするかな」
「いちおう正式な命名の仕方があるの……おそらく第二次シヴァ一二星域星戦かな」
「第二次……なるほど。でも前回から信じられないほど時間が開いちゃったねえ」
「時間ね……あ、ミサ、時空跳躍反応! 距離至近、方角三時俯角三〇度」
 サリィの顔と声が同時に締まる。ミサも眉に力が入る。即応体勢は万全だ。
「サリィ、敵味方どっちのパターン? 敵ならすぐに時空跳躍干渉するからね」
「……残念ながら味方よ」
 ミサは思わず席から立ち上がった。
「父さんが、また来てくれた!」
 反対に、サリィは頭を抱えた。
「あ〜あ、反抗損じゃない。いまごろラムザウアーもしまった〜って頭抱えてるよ」
「まあいいからいいから」
「あんたって、いま自分しか見てないでしょ」
「それが集中力ってものよ」
「あらそう――来るよ」
 数秒後――
 右舷側の、下の方に光が発生した。すさまじく明るい。
 眩しさに眼をつむったミサが指を鳴らすと、スクリーンが暗くなった。一〇秒ほどして、元に戻した。
 ――そこには、金色の巨大な壁がぼおっと浮いていた。はじめて見たときもすごかったが、ミサは惑星という比較対象を得て、いかに「艦隊」というものが大きいか実感を得た――それはたかだか直径一万二〇〇〇キロ強しかない惑星モンゴロイド〇五と比べたら、軽く一〇〇倍以上は大きいだろう。いまごろ惑星上では二度目の大騒ぎだ。
「距離六〇万キロ。直径三〇〇万キロの円盤陣。数……数、すごいよ、推定質量一京七二〇〇兆トン、換算して三八二万隻!」
「……いまいち実感できないなー。どういうこと?」
「はーい! これは、二二二連隊のほぼ全艦艇が集まったということです!」
 ミサは思わず、手を叩いて跳ね踊った。
「頼もしいー頼もしいー」
「あ、ミサ、時空跳躍通信よ――回すね」
 カレル少佐の胸像が現れた……だが、どこか様子が変だ。
「父さん、どうしたの!」
『やあ、喜劇俳優になってくだらん茶番を演じる羽目になったよ』
「顔が白い。なにか無理したのね」
『そう騒ぐな、傷は癒えたが体力がまだ戻らぬだけだ……大事な話がある。ミサ・マリー、おまえに伝えておきたい。俺は、かつては誰か守りたい人のために生きようと願う男だった……それがだ、戦場に長くいる間に、心だけがそのつもりになっていたようだ』
「……父さん」
『俺はな、マリーが一五歳になったら、ときどき宇宙に旅行でもさせてやろう、とぐらいにしか考えなかったのだぞ。薄情だろ』
「私、たぶんそれでじゅうぶんにうれしいよ」
『そうか……ところが、ミサ・マリーを軍人として迎える計画がいきなり持ち上がった。俺は真っ先に志願したさ。おまえをいつも近くに置いて、人事権の続く限りずっと守ってやる、と傲慢に考えて――戦場に連れていくことの意味を考えなくてな……それどころか、一日予定が繰り上がったのを狂喜したぐらいさ……だめな父親だ』
 もはやミサは答えない。父の真剣な独白を聞き漏らすまいと、耳をすませる。
『……戦場は、心を曇らせる。前線に送られる士官は、前線に身内がいない者ばかりだ。それに一般市民には、敵の姿を見せない――これで猜疑と嫌悪をあおり、逆に恐怖と感覚をマヒさせるのさ――俺もその罠にはまっていたよ。見事にな……』
「…………」
『だが、マリーとリエが狙われてる! 利用されかけてる! ……俺は、家族を失う恐怖を感じた。これは友人を失うのとはわけが違う。俺にとって、家族とは未来の保証だ。一四年間、俺の支えは家族の存在だった。俺が戦死しても、血が残るから――ミサが危険な初陣を生き延びたときに、自分の愚かさと矛盾に気づくべきだった。許してくれ……』
 父が、語り終わった。最後に、心の謝罪を添えて……
 ミサは、一〇秒ほど答えを探した。だが、結局これしか浮かばなかった。
「……エミール父さん、すごいよ。法と義務で一四年も離れていたのに、なんで素敵な想いを持続できたの? 私、戦場に出て、父さんが味わってきた恐怖……というか、苦しみをちょっとは理解したつもりだよ――だから、やはり父さんを怒れない」
 カレル少佐はほっとしたように微笑んだ。
『マリーはイエス・キリストのように寛大だ……おまえは母さんを守りたいか?』
「はい」
『いい目だ……それにいい子だ。急にあらわれた男を父と認めてくれて、その上こんな俺をうらまない。ありがたいよ……だから』
「だから?」
『勝って、守るからな。ぜったいに』
「うんっ!」
 カレル少佐の映像が消えると、サリィが興味深そうに話しかけてきた。
「ミサ、どうしてそんなに余裕があるの?」
「え……ないよ、余裕なんて」
「うそ。だって、すごいじゃん。むりやり連れて来られて、死にかけて、なんでそんなに心を広くしていられるの?」
「……どういうこと?」
「私なんか、ムロト大尉を嫌うことでようやく精神を保っている、ということ」
 ミサは、首を傾げた。
「――私って、変なのかな」
「いいえ。ただ、まるで迷いがなくて、この悲惨な状況を楽しんでる」
「それは、たぶんね……」
 ミサは微笑んだ。
「サリィ、それはね。私が、自分で決めた、と納得して、ここにいるからよ――人を殺す覚悟があるかまでは分からないけど」
 だが、サリィは得心いかない顔で、
「まだなにかあるような気がするなあ」
     *        *
 金色の巨大な渦が、惑星ラクシュミーを覆っていた。どちらの方角から敵が来ても、即座に対応できるように。今やラクシュミーは、金の大海に浮かんでいた。
 海原の中に、他の軍艦とは形がわずかずつ異なる、二〇隻前後の戦艦が集う箇所があった。マニエール・リエやストロベリーもあり、中心は、巨艦ドラグーン。有人指揮戦艦ばかりを集めた本陣だった。とはいえ総本部はドラグーンになく、マリエール・リエに移されていた。
 不祥事が発覚した二二二連隊は、臨時にカレルのものになった。すでに二二師団長を通して第二軍団長の承認は取ってある。この一戦が終わるまで、カレルは特務少佐として、中佐待遇で四二三万隻に全権を持つ。
 そして……
 宇宙暦九九〇年五月五日午後六時二五分。
 戦艦ストロベリー艦橋。
「ミサ、時空跳躍反応! ……すごいよ、なんと正面だ」
 ミサは席から立ち上がった。青いワンピースの余裕ある裾が軽く波立つ。
「来たね!」
 代理総指揮戦艦マニエール・リエ艦橋。
『時空跳躍干渉、星から離せ! ついで時空跳躍妨害、各種素粒子妨害戦、射程相殺戦を開始せよ。射程相殺は最高レベルだ』
 思考チャットリンクに叫んでいるのは、ムロト・カケル大尉だ。
 操艦席で座している特務少佐は、敵が発生する予定の宇宙を睨んでいた。
『ムロト、あれを捕捉する。全艦機関開放……五連菱開花陣を編成しつつ、加速せい』
『無茶です、カレル特務少佐。まだ敵が他の方角からも来る可能性が……』
『この一戦の目的は、敵を惑星に近づけないことだ――この星を焼き尽くすには、一〇〇隻で事足りる……ムロト、他の方向から時間差で別動隊が来るおそれがあるなら、もっと観測を強化しろ』
『……了解しました』
 ――と、そのとき。
 宇宙の一点に、光が現れた。静かな白光だ。だがすぐに光は闇に散り――
 そこに、四つの光の塊が出現した。
 一つは、緑色――ミケン――の楕円球。
 一つは、白い大きくはばたく一対の翼。
 一つは、白いあらゆるものを焦がす炎。
 一つは、白く渦巻く見事な銀河円盤だ。
 翼をまん中に、右に炎、左に銀河が並んでいる。緑球は、翼の下側。やがて三つの白い塊が、淡い青に包まれはじめる。
 カレルは、いや、ミサなど他の士官たちも、ミケン陣ではなく、三つの白い芸術に見とれていた。青白いもやに包まれつつある巨大な翼は、一枚一枚の羽根まで見て取れる。白い炎は、今にも踊りだしそうだ。そして渦巻き銀河にいたっては、本当にゆっくりと回っていた。
 それにしても、なんという精緻さだろう。いずれも一〇〇万キロを超える、これほど巨大な造形作品は、人類世界にはない。これら青白い芸術は、一瞬で消える運命を持つ、無形の伝統だった。戦争というこのうえない非文化的な営みの中で連綿と継承発展されてきた、ウグレラルナ軍にとっての誇りであり種族の証なのだ。
 カレルは、心奪われた弱々しい声で、
『……ウグレラルナ人め、相変わらず小憎たらしい芸術家揃いだな』
『敵の規模判明、質量三京二六〇〇兆トン。ウグレラルナ艦艇六〇〇万隻、ミケン艦艇七五万隻、計六七五万隻……こちらの一・六倍です!』
 蒼白で報告したムロトに比べ、逆にカレルは頬に少し赤味が差していた。
『たかが惑星一個にやってくれる、予測の二倍以上ではないか。ムロト、この場合、敵に別機動戦力はあると見るか』
『いいえ。最初から数で優っているからには、おそらく力押しで来るだろうと』
『単純でいい。敵までの距離は?』
『最短で七〇〇〇万キロです』
『干渉でたったそれだけしか離せなかったのか。まあこの数ではな――有効射程は?』
『射程相殺戦が効果を見せました。さきほどまでは六京二〇〇〇兆キロでしたが、わずか二〇〇〇万キロ』
『……短いほど好都合だ。リエの星に当てられなくて済む。よし、全艦最大戦速、秒速一〇万キロまで一挙加速せよ!』
 カレルが叫ぶと同時に、敵の姿が消えた。向こうの時空跳躍妨害が始まったのだ。
 惑星ラクシュミーを覆っていた金の大星雲は、四二三万本の矢となって動き出した。一路、銀河中心核の方角から出現した、銀色の円盤に向かって。
 最初はせせらぎのようであったその流れはやがて滝をのぼる竜のようになり、青白い彗星のように推進剤をまき散らしながら、急速に漆黒の夜を駆けていった。
 惑星ラクシュミーの夜空には、天の川に吸い込まれゆく金の筋から、ぽつりぽつりと、白銀の雨が降り注ぎはじめた――それらはラクシュミーの重力に捕まった、推進剤の粒であった。
 数億トン、いや、それ以上の量の凍った推進剤たちは、その役目を終えたところで、なんとも美麗な再活躍の場を与えられたのであった。
 降り注ぐ流星は見る見るうちに雨となり、スコールとなり、やがて全天を覆う光の万華鏡となった。
 さきほどまで建物に隠れ、窓から不安げに夜空を見上げていた人々は、一斉に外に飛び出した。思わぬ人工の天体ショーに、運良く夜の側に住んでいた八〇〇万の人々は酔いしれた。
 惑星を覆っていた金色の大海が、急速に流れゆく。ラクシュミーの住民たちは、金の竜が昇っていくように錯覚しただろう。
 カガミガワ・リエは天文台の外に出ていた。丘の草原に風が吹き、リエを撫でる。リエは、流星雨の彼方で満天の夜空に去ってゆく幾筋もの金の流れを見上げている。金の流れは、星空の一点を目指していた。その部分には、天の川が重なっていた。
 アン・リンが歩いて来て、リエのとなりに立った。リエが口を開く。
「すごーい、見てよリンちゃん。金色の竜がたくさん、天の川に飛び込んでいくわ」
「あちらって……銀河の中心だな」
「ずいぶんと宇宙に詳しくなったわね」
「へへへ、卒業間近なのに天文同好会に入っちゃった」
「でもね……これで敵の正体がわかったわ――ウグレラルナよ」
「なんで?」
「いつも銀河中心核を背にして現れるんですって。彼らは――なにせキザだから」
「うわあ、嫌味な奴ら! ミサ、けっこう格好付け野郎が好みだから心配だぞ。まさかあの金の中にいやしないだろうな……」
 リエは右手を握り拳にして、空に伸ばした。
「もしそうだったら、私は不実なエミールをぶん殴るわ」
 戦艦マニエール・リエ。
 いきなり頭の軽い痒みを感じたカレルは、不思議に思いながら頭を掻いた。思わず振り返る。背後に飾ってある若きリエの絵は、何事もなくたたずんでいる。
『どうしました』
『なんかリエに……なんでもない。ムロト、二二一連隊が来るまであと何時間だ?』
『二時間あります』
『大佐の策略の置きみやげに頼るのはしゃくだが、今はそれを当てにするしかないな』
『ですが持久戦はほぼ不可能です。なにせ敵の目的は占領ではなく破壊ですから』
『俺は持久戦などしたことがない。押しまくる――先制の砲艦を並べろ!』
     *        *
 一方、ウグレラルナ陣営。その一陣、渦巻銀河円盤――二本の尾帆を輝かせる巨艦メヘルクレ艦橋。
 インペラートルは金風殿は、目の前に浮かぶ天使――ラエティティアと遊んでいた。
 それをはらはらとした顔で、参謀のグラキエース白羽官が眺めている。
「すごいな、君は。グラキエースが君を出しただけで、マルスが黙った」
『ありがとう、インペラートル』
 ちいさい声だ。口を開けずに、にっこりと微笑む。両目も閉じたままだ。
「うれしいようだな」
『だって、この戦いでやっと本来の目的に使ってくれるんですもの』
「俺としては、君に野蛮なことはさせたくなかったのだがな――」
 インペラートルは、グラキエースをちらりと流し見た。
「君の生みの親が、使ってくれと泣くのでな」
「ラエティティアは超高性能な予測プログラムですよ! それをせっかく使いこなせるのに、今まで歌唱会や舞踏会にしか使わなかったことが、間違いです」
 インペラートルは涼しい顔で、
「まあ怒るなグラキエース。俺はこの可憐な少女を、戦争で使うのが嫌だったんだ」
 ラエティティアは、翼を大きくはためかせた。映像がすこし揺れる。
『まあ、大事に思ってくれてありがとう』
「な、感謝してくれている。かわいいだろ、グラキエースも見習って素直になれ。たとえば世間に公表しろ――『この小さな天使は小官の傑作です。ですが高性能すぎて万人が扱えるわけではないので、おバカさんやスカートを覗く変態は買わないでください』――まあそれを知ってたら、マルスは絶対に引き下がらなかっただろうな」
「権威主義者のマルス金羽官が悪いんです。小官のほうが参謀として優秀なのです」
「君の優秀さは、今回のことで再認識したよ。だからラエティティアを戦場で使う気に――どうした、俺の天使」
 ラエティティアは翼をたたみ、不安そうにインペラートルの左肩に座った。
『来るよ。天頂方向に、陣をずらして』
「グラキエース!」
「……いつものソフトは反応していませんが」
「なるほど――」
 インペラートルは、右腕を横に振った。
「宇宙天球」
 すると、白かったドーム型艦橋が、一挙に宇宙に囲まれる。宇宙も白に輝いている。この巨艦メヘルクレが白い同胞に囲まれているからだ。
 目前には、金色の塊の拡大投影。ゆっくりと陣形を形作るところだ。背後にはごく小さなモンゴロイド〇五。すでに光が届く時間がたっているのだ。
「動きが速すぎる……全艦急速上昇!」
周囲の白い船たちが、一斉に尾帆を下に向ける。板構造の一部が続いて下向きに方向を変え、そして青白いジェットが大量に放出された。尾帆がびくびくとしなる。
「光翼展開、防御戦態勢!」
 中部翼板構造のうちでもより長大な三枚に、うすい光が発生する。それが周囲空間の空間分子を弾き、彗星のような形状の、淡い衝撃波面が発生した。人類連合の戦帆、ミケンの気体外殻に相当するものだ。
 と、その直後、巨艦メヘルクレの真下で、白い爆発が起こった。
 コンピュータの作った連続する爆音が、艦橋にこだまする。足元を見れば、白い一筋の煙が自分の艦隊を貫いていた。
 光が、インペラートルの顔を照らした。
 衝撃波が、巨艦メヘルクレを揺らす。
「間に合わなかったか。砲艦の一斉射撃、しかも一点集中。それで通常の射程をむりやり貫いてきたか――だがこれでしばらく砲艦が使えなくなるのに……焦ってるのか」
「小官もそう思います。被害ですが、撃沈四万隻、航行不能一万隻。人的被害は……ありました。小隊指揮戦艦アルブス中破、アルマ操艦科白羽官は負傷の模様」
「航行不能艦およびアルブスの操艦接続を部分解除……アルマは残って治療後、航行不能艦の自動修復を監督および操艦だ」
「はっ、そのように手配させます」
 グラキエースが端末に念じると、にわかに艦橋の前のほうが慌ただしくなった。こういうときのためのスタッフだ。
 ラエティティアが金風殿の左肩で、
『インペラートル、ごめんなさい』
「いいって。君はそこらへんの先読みソフトよりすごいよ――それにどうせ避けきれなかった……さて、銀翼帥はどうするかな」
「サイズモ銀翼帥から、思考影響通話です」
「早いな」
 インペラートルは立ち上がり、右手を胸に添えた。ラエティティアが離れる。
 巨人サイズモ銀翼帥の全身像が出現した。
『インペラートル大隊長に天頂からの斜行横撃を命じる。以後は自分で判断しろ』
「は……後はすべてお任せください。小官の手で、敵軍を壊滅に導いてごらんに入れます」
 一〇秒ほどサイズモは止まっていた。そして急にうれしそうに笑い、
『そうか――なら、行ってこい!』
「ははー」
それから五秒ほどして、サイズモはうなずくと消えた。
 インペラートルは椅子に座った。
「光だと時間差があるのはきつい。すこし本隊と距離が離れてしまったようだな」
「でも金風殿、これで手柄をあげるチャンスが来ました」
『来たよ!』
 ラエティティアがインペラートルの左肩に戻ってきた。インペラートルの胸に炎のような力が湧いた。
「よし、全艦陣形を彗星陣に再編! 斜行用意だ。最短距離で敵の横面を突く」
 そのころ、サイズモ銀翼帥の船――
「あの無礼な黒髪の若造! 言わせたままで構わないのですか、サイズモ銀翼帥!」
 参謀スキエンティア女史の剣幕に、サイズモ銀翼帥は豪快に笑った。
「よいよい、あれぐらいのほうが将来が楽しみではないか。白天牙も夢ではないぞ」
「はあ……ですが彼は仕組まれた子ですから、頂点に立つのは許されないことなのでは?」
「おお、それは見物だ。現在の軍上層は、やがてかつての決定を後悔するのか」
 スキエンティアの額に、汗が流れた。
「ついでに、ウィクトーリア白風殿から思考影響電文です。要請ですが……」
「どうした、面食らった顔をして。早く言え」
「ナゼアイツガ。トツゲキサセテクレ……それだけです」
「そうか、許可すると返信しよう」
「許可なさるんですか!」
「そうだ。そのほうが、競争になっておもしろいではないか」
 そしてまた笑う。スキエンティア銀風殿は深いため息をついた。
「なんて絶妙な人事なの。でも私にはもうついていけないわ、転属願いを出そう……」
 深紅のウグレラルナ軍巨艦、ソール艦橋。
「よっしゃあ!」
 赤髪猛々しい女性士官、ウィクトーリア白風殿は、立ち上がって喜んだ。
「あああ、だから嫌なんだ。こんな無茶な要請に限って、許可が下りるんだ」
 参謀マルスが、頭を押さえて苦悶する。
「うるさいね、行くわよ! 宇宙天球!」
 周囲が暗くなって宇宙に変わりゆく中、ウィクトーリアは艦橋の中央に歩み寄った。
「みんな、勝利は私たちのものだよ!」
 すると、艦橋前部からおお〜という黄色い声――ぜんぶ、女性の声だ。
「レジナ、ロサ、マレ」
 三人のウグレラルナ士官の全身像が、ウィクトーリアの前に現れる。これまた三人とも女性。それぞれに個性的な美人だ。
「流星崩壊陣で特攻を仕掛ける。それぞれに三五万隻を割り振るから、レジナ銀風殿は頂翼、ロサ銀風殿は底翼、マレ白羽官は後衛に回って! 私は中央と左右の翼を率いる。インペラートルの黒髪が上から行くらしいから、こっちは下から突くよ!」
『わかりました』
『はい』
『了解』
 中隊長たちが消えると、ウィクトーリア白風殿は叫んだ。
「全艦流星崩壊陣、最大戦速!」
 外の宇宙で、白い船たちが一斉に加速した。隊列を目まぐるしく変える。
 マルス金羽官はまだ苦悩していた。
「……ああ、なんで女ばかりの大隊で、私だけ男……しかも大隊長の参謀をするには階級もまだ低いのに……」
「もちろん――おもちゃにするためじゃない」
 聞きつけたウィクトーリアが楽しそうにつぶやいたが、哀れなマルスには届かなかった。
     *        *
 数で劣る人類連合軍二二二連隊は美しい五つの菱形を形作って花形に展開し、敵の攻勢を受けるべくなお加速し続けていた。
 人類連合軍二二二連隊、代理総旗艦、戦艦マニエール・リエ。
『敵が動きました!』
 ムロト大尉の合図で、カレル特務少佐は戦況を簡素化した立体投影を眺めた。
 ウグレラルナが分裂をはじめた。銀河円盤が彗星に姿を変え上に、巨大な白い炎が五本の流星となって下に分かれた。残った翼は円盤となり、ミケンと並んでまっすぐこちらに来ている。中央が二七五万隻、上と下の部隊はそれぞれ二〇〇万隻ずつだ。
『……見事な挟み撃ちの体勢だ。こちらの一撃が、敵を本気にさせたか』
『有効射程が短すぎるのを逆手に取られました。敵の挟撃阻止は、ほぼ不可能です』
『……ならばこちらも敵に合わせて三つに分けるしかない。このまま一つでいたら、囲むふりをした敵がリエの星を突きかねん。苦しいが、一隊に一隊をぶつける』
『自分もそう思いますが、問題があります』
『問題?』
『操艦限界数です。大量の軍艦を率いられる操艦士を各隊の核にしないと、一度でも混乱すれば、操艦接続が切れて回復する機会もなく破れるでしょう。一隊が一〇〇万隻を軽く超えますから、混乱したときの操艦限界数が半数以下になることを考えますと、すくなくとも限界数二〇〇万は必要です』
『……現在この連隊で、核になれそうな者は何人いる?』
『ちょうど三人です。カレル特務少佐、ラムザウアー少尉……カガミガワ・カレル准尉』
 カレルはうなった。
『ロス大佐とニコルソン中佐の穴は大きすぎるな……だが、俺はともかく残りの二人は階級が低すぎるぞ……次点は?』
『フランジーエ大尉がいますが、一四五万隻』
『……半分で七〇万隻か。混乱すれば立て直せないな』
『どうしますか? 決めてください』
『……また、娘を危険の前面にさらすことになるのか――俺は罪な男だ』
『心中お察します』
『そうか。ならば君にもついでに心中を察されるような立場になってもらおう』
 その直後に告げられた上司の命令に、ムロト大尉の赤い眉毛がすべて逆立った。
 およそ一〇分後、ストロベリー艦橋。
「やだあああ、なぜなぜ大尉が大尉が!」
 赤毛の天敵が円盤に乗って艦橋に来ると、ミサは背が左舷の壁につくまで後ずさった。その壁――宇宙には、戦艦マニエール・リエの金色の巨体が映っている。
「いきなり誰か来るっていうから、待っていたらなんでムロト大尉なのですか」
「……そんなに邪険にするな。わずかな時間だが、自分は今から臨時大隊の司令官だ。そして貴様の直接の上司になる」
「どういうことですか?」
「……貴様は、操艦士でない自分のかわりに臨時大隊を率いて敵と戦う」
「…………」
 ミサの顔が、引き締められる。
「これは決定事項だ。あれを出して脅すなよ」
「いいえ。お願いします、ムロト大隊長」
「くすぐったい呼び名だ、まあいい――この戦艦を司令部とする……クトゥプ准尉」
 それまで黙っていたサリィ・クトゥプは、肩をびくりとさせてすばやく敬礼した。
「はいいい!」
「そんなに緊張しなくていい。貴様には自分の補佐をしてもらう――とにかく双方の射程限界まで時間がない」
 ムロト大尉は、サリィの参謀席に着いた。念じて、データーをミサとサリィの眼前に映し出す。
「我々は一三〇万隻を率い、敵頂翼部隊を迎え撃つ。当艦以外の有人指揮艦は中隊二隻、小隊四隻だ。これらは戦況の変化にともない、便宜部隊を編成して投入する。それまでは一三〇万隻全艦をカガミガワ・カレル准尉が操艦せよ」
「……え?」
 ミサは、周囲を見回した。自分を指さし、
「私が一三〇万隻も?」
 するとムロト大尉は、あきれた顔で、
「自らの操艦数も知らないのか? 初陣前後は成長が激しいから、こまめに記録をチェックしとけ――貴様の操艦限界は『ムロト大尉笑え』と叫んだ直後に最大値を記録した」
「え、そんな失礼なこと……あああ!」
 ミサは初陣のことを思い出した。サリィも気まずそうに視線を彷徨わせている。
「――とにかく貴様の操艦限界数は……二五〇万隻だ。これは現在、二二二連隊中では第二位の能力だ」
 サリィが驚いてミサを凝視した。
「えええ、一回の戦闘で一〇倍近く!」
「はははは……それって、すごいのかな」
「ああ。おそろしく常識外れに間違いなく驚天動地ですごい。この自分が笑うほど」
 そしてムロト大尉は、伝説的に、にんまりと笑い――その記念碑級に異質な微笑みに二人は、叫びにならない叫びをあげた。
     2
「敵が部隊を三つに分けてきました!」
 巨艦メヘルクレ艦橋で、グラキエース白羽官が叫んだ。
 インペラートル金風殿は、敵の陣形のイメージが三つに分かれる様を眺めていた。それをひとつ指ではじく。インペラートル艦隊のほうに向かっている塊だ。
「グラキエース――どう見る?」
「これは――」
『三対三です。別々の戦いです。先に勝った部隊が、同時に最終目標を破壊できるよ』
「ああ……ラエティー……先に言うなよ」
『べえーだ』
 インペラートルの左肩にいる天使は創造主を向き、口を開けてベロを出した。でも目は閉じている。
「ラエティティアを気まぐれな性格に設定したのはグラキエースだろ、我慢しろ――とにかく早い者勝ちってわけか」
『でも時間制限があるよ。後……だいたい一刻半ってとこかしら』
「それも大丈夫だ。俺たちが圧勝すれば、第二ラウンドも戦える」
『そのときは、私も活躍するね』
 天使が首を傾げた。目を開けられるなら、きっとウインクでもしただろう。
「よし……何をすればいいかな」
 グラキエースが何か思いついた顔をした。
「金風殿、それは――」
『さっきの、やりかえそう』
「ラエティー!」
「泣くなグラキエース。よし、こちらも砲艦の一点集中で行くぞ」
 インペラートルは指を弾くと、すくっと席を立ち上がった。
 二、三歩歩き、両手を掲げる。背筋を伸ばす。背中の軍羽が揺れた。
「ラエティティア、悪いがもう先読みは終わりだ。歌唱会をはじめる!」
『いえ〜い!』
 ラエティティアは宙返りをした。すると服が白から真っ黒なドレスに早変わりした。髪も眉も、きれいな白銀から濡れたような艶のある烏黒に移る。
『……ああああああらららら……』
 歌が始まった――とはいえ、歌詞はない。聞き心地がよいバラード調の律動が、静かに艦内を満たす。
「グラキエース、美しくない艦外状況報知サウンドシステムを切れ」
「はい」
 グラキエースが端末に念じると、艦内に響いていたうなるような重低音――おそらく軍艦が飛んでいるイメージ音――が消えた。艦橋内は、完全に無音になる。ラエティティアの歌をのぞいて。
 インペラートルは直立不動になると、両手を指揮者のように動かしはじめた――すると、艦橋にどこからともなく、美しい楽器の旋律が、ラエティティアの声に合わせて流れはじめる。
 音と声は、よどみなく完全に一致している。
 そしてインペラートルは、心身ともに乗りはじめたところでつぶやいた。
「砲艦……」
 ラエティティアの歌が変わる。音も変わる、
 青白い彗星の中で、変化が起きていた。
 角装甲がほとんどない砲艦が数万隻、最大戦速で一カ所に集い、仲良く、整然と並ぶ。と、一隻の砲艦の角装甲が、とつぜん八つに裂け――花が開くように大きく広がった。これを合図に、次々とつぼみたちが開き、銀色の花畑が現れた。ひとつの花には、二〇〇門近いX線砲の口が光っている。
 そして花畑の前にあった巡航艦や戦艦たちが、潮が引くように一斉に避け――
 メヘルクレの艦橋で、インペラートルが首を振りながら叫んだ。
「ルークス!」
 花畑がぼやけた。前方の艦が放出していった青いジェットのかすが、一瞬で蒸発する――そして三〇秒ほどして、宇宙は元に戻った。
 インペラートルは激しく指揮をしながら、
「たため」
 砲艦隊は、流れるように陣の奥深くに沈んでいった――
「上が動いたか!」
 赤い戦艦ソール艦橋で、ウィクトーリアは席から立ち上がった。
「マルス、残り射程は?」
「ええと――まもなくです」
「もう我慢できん……撃つぞ」
「なぜですか、エネルギーがもったいない」
「もったいないのは時間だ。射程なんか、空間分子をことごとく燃やせばいくらでものびるだろうが――ロサ、レジナ、マレ」
 三人の女性像が現れた。
「撃つ! 私に続け」
 三人は喜んだ。そして消える。
 ウィクトーリアは瞳を閉じた。そして両手を真上にあげ、
「……全艦光子砲砲門開けー!」
 戦艦や巡航艦がきれいに並ぶ。そして角装甲のもっともふくらんだ末端近く部分に、穴が開いてかわいらしい砲塔が現れた。それは巡航艦で一列六門、戦艦で二列一四門。数こそ少ないが、一門一門の直径は軽く数十メートルはある。
 ウィクトーリアの燃える瞳が開いた。
「ルークス!」
 両腕を振り下ろすとともに、爆風音が艦内にひびく。
 艦隊内にただよう青いガスが、すべて進行方向に流されて――たちまち蒸発してゆく。
「行け! すべてを灼きつくせ!」
 ウィクトーリア白風殿の熱狂的な声が、艦内に響いた。
     *        *
 仁王立ちになっているミサの目前には、巨大な彗星陣の頭が迫りつつあった。
「……あれが、ウグレラルナ軍」
 ミサの体が、軽く震える。
 ――だめ!
 腹の上で組む腕に爪を立てる。
 みんなの星を守るって、決めたんだから!
「どうしたカガミガワ・カレル准尉。怖いなら操艦の一部を誰かに任せるか」
「大丈夫です、ムロト大隊長。まだ行けます」
「……がんばれ、無理だけはするな」
 ミサは、その励ましに半ば驚いたような顔でムロト大尉を振り返った。
「どうした、前を向け」
「は、はいっ!」
 ミサが正面に首を戻したとき――
「――大尉、敵陣に熱源発見!」
 サリィの声だ。ムロトは椅子から腰を浮かし、中腰で叫んだ。
「カガミガワ・カレル准尉、言っておいた陣頭への盾艦配備は終えているか!」
「はい」
「今すぐ防御しろ!」
「え……はい。横面装甲展開、絶対防御戦」
 ミサが叫ぶと同時に、はるか前方に黄色い壁が浮きあがり、向こうの宇宙を、大彗星ごと隠した――と、その膜が光った。
 ムロトが、眩しさに目を細めた。
「やはり砲艦で反撃してきたか!」
 すさまじい燃えるような音が艦内に響いた。だが、これはやられる音ではない。抵抗の咆哮だった。
 だが――ムロト大尉の隣で、サリィが悲鳴をあげた。
「だめです! 集中砲撃度が高すぎて……抜かれます!」
 ――と、
 黄色い膜の一部に穴が開いたと思うと――それがたちまち開いていった。そして数秒ほど間を開け――連鎖爆発の煙が、こちらに向かってのびてきている。
 ストロベリーの周辺に、例の風が吹いてきた。急速に強くなってくる。煙がどんどん近づく。なんて大きい。
「准尉、直撃は免れない。戦帆が限界に達する直前に、臨界外最大防御で耐えろ!」
 ムロトの叫びに、ミサは首を振った。
「それではだめ――みんな、来て!」
 すると、戦艦ストロベリーの前面に、大勢の戦艦が群がってきた。たちまち金色の壁が黒い壁となり、煙が見えなくなる。嵐も弱くなる。
「よし! おまえたち、臨界外最大防御!」
 黒い壁が、紫に光る。戦帆が、紫色に輝いている。防御力が格段に大きくなるが、短時間しかもたない。
 そして音がますます大きくなり、ついに爆発の先端が来た。紫の壁が、煙に侵食されてゆく。一隻、一隻と、横倒しになった瞬間に爆発する。
「耐えて!」
 嵐がまた強くなり、ストロベリーの艦橋が激しく揺れる。
 サリィが転ぶ。
「……ああ、ミサ、助けて助けて」
 ムロト大尉は端末にしがみついている。
「ぐおお――」
 だが、ミサだけは、殊勝にも仁王立ちを崩さない。
「やだもーお! ええと……」
 何を思ったか、叫んだ。
「ミケン人の角と手足を抜いてビリヤードをしたら、きっとおもしろーい!」
 すると――なんと紫の壁のほころびが、埋まってゆくではないか。
 大量の軍艦が、信じられない速度でつぎつぎとストロベリーの前に割って入る。
 それをムロト大尉は、あぜんと口を開けて見続けた。
 やがて嵐はとつぜんおさまった。
 ミサが、体中から汗を流してよろけた。それを、走ってきたサリィが支えた。
「……ミサ、今のすごい」
「どういたしまして――やはり関係ないこと叫ぶとなんかちがうわ」
 ムロトは、大きく開いた口を手で戻すと、
「盾艦と巡航艦と戦艦を同時に使い分けるとは――もしかして操艦限界数!」
 端末に念じる。そして出てきた数値に、その表情が固まった。
「六〇〇万隻だと……」
 サリィに向かってガッツポーズを作るミサに、奇蹟を見るような瞳を向けた。
「自分は……夢を見ているのか」
 だが、そのつぶやきからまもなく、端末が警報を鳴らした。
 ムロトは、頭を数回横に振って気を入れ直し、短く息を吸って言った。
「カガミガワ・カレル准尉……通常射程内だ」
 そのころ、人類連合軍二二二連隊の他の二部隊は、同時に砲撃戦に突入していた。
 中央部隊は、エミール・カレル特務少佐率いる一五三万隻。対するはウグレラルナ軍一二一連隊長サイズモ銀翼帥率いる二〇〇万隻と、アシュクロフティン三又針士率いるミケン契約同盟大隊の合同部隊だ。
 カレルはまだ回復しきらない体力を振り絞りながら、安定した指揮をしていた。
『マリーは助かった……よかった。全艦、砲撃をゆるめるなよ! 攻勢に出る』
 一方、サイズモ銀翼帥は防御戦術を指示していた。
「攻勢は黒と赤に任せよう。年寄りはゆっくりと構えて、都合のいい瞬間が来るのを待てばよい……」
 それに参謀スキエンティア女史が、つまらなそうに一言。
「年寄り? 一五八齢はまだまだ中年の働き盛りだと思うんですけど……」
 ウグレラルナ軍中央部隊は、光翼を光らせて防御に入った。
 カレル艦隊の放った光度の風は、白い円盤陣の合間をすり抜けて後方へ流れてゆく。ウグレラルナ艦艇の角装甲は先尖りで力を反らすので、波動である光子砲撃に強い。まるで滝を遡る魚群のようだ。
 だが中央部隊で一人、サイズモの防御という指示を納得していない者がいた。ミケンのアシュクロフティンだ。
 緑色の戦艦群。ミケンの船は異様である。軽めの本体を超重力で固めた気体で守っているため、淡い燐光に包まれている。その気体を突き抜けて攻撃するため、角装甲なみの長砲身をもつ砲塔群。それらがまるで長い腕のように伸びたり縮んだりしている。
『攻撃か防御か……攻撃か防御か……』
 ミケン人は人類と同じように、戦闘中は思考チャットリンクを多用する。
 探査用アンテナが目立つ戦艦レビン。艦橋で、アシュクロフティンは悩んでいた。
 彼の悩みはそのまま操艦接続している麾下の艦船に及び、長い砲塔群がおかしくごそごそと蠢いていた。しかも例のサウンドシステムが、砲塔が伸び縮みする様を律儀に再現してみせていた。
 アシュクロフティン三又針士の灰色の瞳に、泡が湧いた。
『決めた! 角上は小生を同盟者だと言った。同盟者は対等だ。よって小生は突入する。気体外殻圧縮エネルギーを半分開放、それを推進に回せ――』
 四角い艦橋にかわいらしい声が響く。全天スクリーン外の宇宙で、いっきに緑色が濃くなる。各艦が、気体の一部を開放したのだ。艦橋内の運営科オペレーターたちが、余計な気体の排除操作にてんてこまいとなった。
『光子砲用意!』
 緑の艦隊が、一斉に動き出す。
 アシュクロフティンは水色の両手を脇を締めた状態で「く」の字に折り曲げた。
 まるで力でも溜めているような感じだ。
 そして、瞳の泡が消えたところで、その諸手を前方に突きだした。
 声に出して叫んだ。
「コーイヌール!」
 風が発生した。さきほど排気した気体が、一斉に同じ方向に流れ、霧散していく。
『全艦機関全速、このまま敵陣に切り込む。ホーンブレンドの仇を取るぞ!』
 だが、それをカレルは察知していた。
『防御に専念するウグレラルナ中央部は、上下から挟み撃ちにする機会をまだ狙っているにちがいない。ならばこちらから各個撃破を仕掛けるのみ! ミケン軍に全艦突入、近接戦闘を仕掛ける――』
「――砲火!」
 アシュクロフティンは角を小刻みに振って喜んだ。
『おお、敵はやはり我らこそを好敵手と認めているのだ。電磁加速砲用意――』
「――できたか、よし、コーイヌール!」
 カレルも負けていない。
『ミケン軍は先の戦闘で疲れている。撃ち崩すぞ。電磁加速砲開け、砲火!』
 金の雲と緑の球が、急速に接近していく。互いの中間を、大量の暴風嵐と赤い流星群が飛び交い、混じり、うねった。プラズマ嵐が各地で発生するほどだった。先読みソフトも間に合わず、すさまじい爆発の連呼がカレル艦隊とアシュクロフティン艦隊から沸き起こっていた。
 そのころ、下翼同士の対決は、赤い髪のウィクトーリアが優位に進めつつあった。
 赤いソール艦橋に、張りのある声が響く。
「敵は一三〇万、こちらは二〇〇万。向こうは少ないわ! 力で押すのよ!」
 五本の白い流星は形を崩すことなく、まっすぐに金色の弾丸を目指していた――弾丸陣形を組んでいる人類連合の下翼艦隊は、フランジーエ大尉とラムザウアー少尉が各六五万隻ずつを担当していた。ミサのほうには大隊参謀経験者を送り、もう片方は二つの核を持つことで擬似的に安定させる――それがカレル特務少佐の取った苦肉の策だった。だが二つの核があるということは、統一性に欠けるという欠点を抱えていた。
 それを、ウィクトーリアの参謀マルス金羽官が看破した。
「白風殿、敵には核が存在しません。中央正面から打ち砕き、敵を分断しましょう」
 ウィクトーリアはマルス金羽官に流し目を送り、ウインクをした。マルスはさすがに赤面した。ウィクトーリアは目立つ上に、魅力的な女性だった。性格を除いて。
「マルスが積極攻撃を言い出すなんて、今日はなんて素敵な日なのかしら。わかったわ、あそこに私のとっておきを撃ち込みましょう――でもなにか足りないわ」
 ウィクトーリアは軍羽が翼のように広がるほどの勢いで、艦橋を歩き回った。
「そうだ! ついでにこの距離で格闘艇を放出しましょう! 大きく迂回させて、奇襲させるの――マルス、いいと思わない?」
「はあ……でも誰の部隊を操艦に同伴させるのですか?」
「誰も行かないわ、だから奇襲じゃなくて?」
「では、もしかして……」
「私がこのソールから直接やるの」
「むちゃです!」
「私の思考影響範囲は、この星系の恒星から標的惑星までの距離は軽くあるのよ――だいじょうぶ」
「そんな――ただの光ですから、離れるほど時間のロスが出ます。いくらなんでも!」
「だまらっしゃい。これは私の得意技なの、知らなかった?」
 マルスは参謀席を立って敬礼した。
「失礼しました。小官は白風殿の参謀になって、まだ五週旬です。存じておりませんでした……でも、私が任官前に調べた範囲で、大隊長の戦歴にはそのような戦法を用いた記録がありませんが……」
 するとウィクトーリアは赤い唇を美しく、いや、妖しく輝かせた。微笑んだのだ。
「あら、だって秘密にしていたんですもの。もちろんマルス、貴官にも……黙ってもらうわよ、ご褒美はないけど。言ったら……秘伝のお仕置きだからね」
 マルスの全身がびくりとした。ただでさえ不幸な日常に、お仕置きの正体に悩まされることが加わりそうだからだ。
 ウィクトーリアは硬直するマルスを放っておいて、前に向き直った。
「さて――撃つわよ。ソールの角装甲展開……主砲開眼」
 赤い巨大戦艦に、変化が起こった。二つの先端を持つ実用的でない角装甲が、ゆっくりと大きく左右に開いたのだ。そしてその奥から、一つの大砲塔が伸びてきた。すでに青白く光っている。同時に、後部の尾帆がまっすぐに伸びる。
「照準補正」
 微調整のための推進剤が、翼板構造から噴出される。
「前方、道をお開け!」
 旗艦の前にいた白い艦船が移動し、筒状の軌道を準備する。
 ウィクトーリアは右手をあげ、下ろした。
「ルークス!」
 数秒の時差を置き、一条の赤い光線が確保された弾道を駆け抜ける――それは、亜光速に加速された中性子の濃密な束だった。まだ素粒子弾を放つ電磁加速砲の射程ではなかったが、これほど密集して撃つと話は別である。赤い束の直径は、普通の巡航艦の軽く二〇倍はあっただろう。赤い束の放出は、二〇秒ほど続いた。
 発射が終わると、ウィクトーリアは高らかに宣言した。
「よくて、各部隊の士官たち。この一撃が突撃の合図よ! この後、第二戦速以下で移動することを固く禁じるわ! 怖じ気づいたら……秘伝のお仕置きだからね」
 赤い地獄への誘いは、数十秒後に金色の弾丸陣に達した。赤い束が着弾した箇所は先読みソフトが正確に判断して防御中だったが――巡航艦たちは、瞬時にして赤い超速弾に蝕まれた。戦帆が弾け、角装甲がたちまち根本まで削り飛ばされ、最後に対消滅機関が破裂して果てた。そして先頭集団を蹴散らした赤い束は、さらなる生け贄を求めて金色の海に躍り込んだ。白い爆発煙が赤い束に沿って量産されてゆく――破壊のセレモニーロードだった。レッドロードはすっかり細くなって陣を貫き、虚空に消えていった。
 二人の核となるべき指揮官は仰天した。この攻撃をする者は、宇宙広しと言えども一人しかいない。
 フランジーエ大尉が、体を奮わせながらつぶやいた。
『要塞砲を戦艦に載せて天を駆ける死神……あ……赤のウィクトーリアだ!』
もう一人の核、ラムザウアー少尉もすっかり血のひいた顔で頭を押さえ、
『なんてこった。俺が、俺たちが戦っている相手は――仕組まれた二大翼のいる、一二一連隊だ!』
 人類連合軍側にようやく、敵の正体が判明した。
 ウグレラルナ契約大共和国軍第一軍団第二師団第一連隊――原種と遺伝子改良種の混血「仕組まれた子」の中で、とくに飛び抜けた能力を持つ「仕組まれた二大翼」がいる、ウグレラルナ屈指の連隊……過去三年期の作戦完遂率八割五分。戦闘勝率九割二分。いずれも全ウグレラルナ軍トップ……
 その情報は即座にカレル特務少佐に送られ、さらにムロト臨時大隊に伝えられた。
「二人の大隊長は、ともに操艦限界が一〇〇〇万隻を越えるんですって。そのうえ連隊長からでないと貰えない巨大戦艦を、中隊長時代から持っているそうよ――」
 サリィの説明で、ミサの額に汗が垂れた。
「そんなの、関係ないよ……とにかく勝たないと!」
 ムロト大尉が拍手した。
「よく言った。それでこそ人類連合の軍人だ」
「残念ですけど、ムロト大尉……私は戦争は嫌いです」
「き……貴様……」
 怒りかけたムロト大尉だが、ミサが睨んだのに口を閉じた。未曾有の操艦限界数激増で、ミサを怖く思っているようだ。
 サリィが「はーい……なんで?」と、感心と疑問が混じった声で言った。
「ムロト大尉、私は私が守りたいもののために戦っています……それから、そろそろ電磁加速砲の射程です。撃ってかまいませんか?」
「ああ、いいぞ。撃て撃て……」
 ミサは、静かに手を振った。
「――砲火」
 赤い筋が、ミサの周囲の宇宙から放出される。それはじょじょに激しくなっていく。
 ミサは、目の前の彗星を見つめた。なんて大きいのだろう。赤い雨はそこに降ってゆく――と、彗星からも赤い稲妻が注ぎ始めた。戦闘は、いよいよ激しさを増す。
「勝つからね!」
 ミサは、右手の拳を彗星に向けた。
     *        *
 中央部隊は、すでに激しい乱戦の中にあった。緑の球と金の雲が、どんどん混じってゆく。エミール・カレル特務少佐と、アシュクロフティン三又針士が、ほとんど距離を置かずに激突していた。
 大量の格闘艦が放出され、各所で激戦が繰り広げられる。ミケン軍の光鎌と人類連合軍の光槍が、振られるたび、突かれるたび、爆発の燐光が起き、そして消える。本来は軍艦に対して絶大な力を発揮する格闘艇だが、それゆえ互いに軍艦を狙わせない。しぜん、壮絶な格闘艇同士の戦闘になりやすい。完全に各機が判断してオートで戦うが、いちおう操艦士が示す進行方向「らしきもの」に沿って動いている。
 それは――敵の有人艦だ。操艦士さえ倒せば、無人艦はただの金属塊となる。オートプログラムが残っていても、ハッキングアタックでたちまちノックアウトだ。
 とはいえ、操艦士もばかではない。優秀な参謀がついて対処方法を与える。すなわち、隠れるのである。軍艦たちは各所で数千隻単位の固まりを作る。それが何百もあるので、容易に有人艦は特定されない。そしてすべての小艦隊は、ひたすらミサイルを放出し続ける。エネルギー兵器は砲門こそが軍艦最大の弱点なので使えない。
 攻撃ミサイルは主に対消滅と核融合で爆発する二種類があり、防御ミサイルはひたすらなおとり役である。対消滅や核融合の黄色い爆発があちこちで連鎖的に起こる。たいていおとりに引っかかったものだ。ひとつひとつが、惑星に大穴を開け、小惑星を蒸発させかねない規模のものである。だが、それらでは軍艦一隻を沈没させるのがやっとだった。なにせ軍艦一隻は、そこらの小惑星とおなじ大きさなのだから――
 大質量爆発の暴力が唸りをあげ、宇宙が燃え上がる。
 激しい乱戦は、数で倍を誇るカレル特務少佐が押しつつあった。
『すべての緑の艦艇を、シヴァ一二の宇宙から葬り去れ!』
 そしてある時期を境に、急速にミケン側が不利になっていった。操艦士が混乱するか戦死して接続が切れ、戦闘に参加しない艦艇が出てきたからだ。爆発が加速度的に増え始める。すべて、ミケンの緑の艦艇たちだ。大鎌の格闘艇も各所で敗退してゆく。
 アシュクロフティン三又針士は、完全に苦しい戦いを強いられている。
『応答しろ! アウイン二又針士! クリソベリル単針士!』
 だが反応はない。激しい乱戦の中で――
『戦死したか……現在の残存艦艇……もうわずか一五万隻か』
 アシュクロフティンは、天を仰ぎ見た。花火のように連続する爆発の彼方に、白い陣がじっと動かずにいた。
『……なぜ来ない、同盟者よ!』
 サイズモは、あくびをしていた。
「さて……そろそろ懲りたかな。裏切りに裏切りをもって臨み、さらに同盟関係が本当に対等であると錯覚する愚か者が、いかに信用を得ないか気づいただろう。よし、助けに行く。全艦整然と並べい――ミケンは気にするな、どうせほとんどが敵だ。運良く生き延びていたら、そのときは角でも撫でてやるか。用意出来たか――ルークス!」
 巨大な白銀の円盤が、カレル少佐艦隊に襲いかかる。
 だが、カレル少佐は盾艦を展開させ、サイズモの攻撃をしのいだ。
『もうすぐ片づくんだ、すこし待ってくれ』
 一方、下翼戦線――
 こちらでは、人類連合軍側が圧倒的に不利になりつつあった。
 赤い雷を食らった直後から、フランジーエとラムザウアーの連携が乱れはじめた。敵が実力ある部隊だという情報を間接的に得たカレルやミサとちがい、実際に証を見せつけられている。そして彼らには、カレルやミサのようにラクシュミーを絶対に守るという気概がない。敵は数で優っている。はじめて大隊レベルの規模を率いて緊張している――それらの諸要素が重なり、二人に動揺を生じさせていた。
 そんな中だった。核の一方、ラムザウアー少尉は、いきなり天底からあらわれた一億機もの格闘艇の奇襲に驚いた。
『後ろで、誰も率いていないぞ!』
 目を剥いたラムザウアーだったが、なんとか平静を保つと、迎撃体勢を取った。まだ距離は数百万キロは離れていたからだ。脆い格闘艇は、たちまちのうちに艦砲射撃の餌食になってゆく。
 だが、それこそが狙いだった。ウィクトーリアほどの操艦士になると、参謀が言わなくとも好機に気づき、決して見逃さない。
「敵左翼に、集中砲撃!」
 赤と風の圧力が、ラムザウアー艦隊に襲いかかった。
『これでは大隊長に反抗した名誉返上とか汚名挽回ができないじゃないか……て、悪くなってどうする! 名誉挽回! 汚名返上!』
 ラムザウアー少尉は、迫り来る格闘艇と急に激しくなった砲撃対策にてんてこまいとなり、熱意に反して混乱を来しはじめていた。
 それを横目に、調子だけが取り柄のフランジーエ大尉は汗を拭った。
『くそ、何か武勲をあげる好機は……』
 それに参謀のメヘター中尉が提案した。
『やはり砲艦の一斉集中砲火でしょ』
『よし、それだ――アクショーノフ』
 ミサの初陣戦でも砲艦小隊を率いていたアクショーノフ中尉は、カレル大隊における突破口の先導役だった。
「みなさん出番です、開いてください」
 七万隻もの砲艦を初めて任されたアクショーノフは、半ば緊張しながら砲撃の準備を整えた。金色の花畑が形成され、いよいよ発射というときだった。
 いきなり嵐が発生し、砲艦たちが脆くも消滅していった。花畑はたちまちのうちに荒らされ、後には屑鉄が残った……最後に、アクショーノフの戦艦が小爆発を繰り返しながら複雑に回転し、ある砲艦の残骸にぶつかって光とともに散った――この星戦における人類連合側初の戦死者だった。
 フランジーエの焦りで艦隊が不自然な動きを生じ、ウィクトーリア艦隊に先読み攻撃されたのだ。集中砲撃を食らった脆い砲艦隊は、ひとたまりもなかった。
 そして時を同じくして、ラムザウアー少尉は二〇〇〇万機の格闘艇に襲われた。最初の一億と比べれば五分の一にまで撃ち減らしたのであるが、やはり六〇万隻足らずの艦艇にとって十二分に驚異だった。
 ウグレラルナ軍の格闘艇は、四〇〇メートルあまりの光る長大な剣身を振り回すロブスターみたいな奴だ。ただし色は白い。それが次々とラムザウアー艦隊の艦艇を蹴散らしてゆく。ラムザウアー艦隊は格闘艇対策のために砲門を閉じらざるを得ない。そして自前の格闘艇を放出して、駆除に乗り出した。光槍と光剣が激突する。
 これにより、ただでさえ数で不利なフランジーエ=ラムザウアー艦隊は、撃つべき砲門の半分と、すべての砲艦を失った。
 ウィクトーリアは叫んだ。
「よし、大攻勢よ! 中央のサイズモ銀翼帥と挟み撃ちになさい!」
 即座に参謀マルスが異議を唱えた。
「白風殿、ここは彼らを標的惑星の方角に追い散らしたほうがいいと思います――我々が一番に標的を攻略するために」
 だが、ウィクトーリアは冷めた目で、
「いやよ。だって、黒のインペラートルが苦労しているんですもの」
「それはインペラートル金風殿が我々より効率の悪い戦いをしているということです」
「ちがうわ、私と戦った敵は弱すぎるだけなの。こんなの不公平よ」
「ま――またそれですか……」
「そうよ、わかった?」
「ああ……目の前の武勲が……」
「それよりフェアな私を誉めなさい」
「いえ、これはフェアというより恋慕の……」
「なんか言った?」
 マルスは全身を横に振った。
「いえいえ、なんでもありません! だから秘伝だけは勘弁して下さい!」
 そのころ、カレル特務少佐はミケン軍に完全勝利をおさめつつあった。
 ミケンの残り艦艇はもはや数万隻――そして最後の有人艦となった、戦艦レビン。
 アシュクロフティン三又針士は、よろよろと艦橋をさまよっていた。
『なぜだ……いずれ房日輪角士や正大烈角士になる運命の小生が……こんなところで……せっかく正義を実行してルベライトを蹴落とし、大隊長にまで……死にたくない』
 深刻な事を言っているが、声はかわいいし足音もぺたぺただ。そして艦がひときわ大きく揺れた。アシュクロフティンは転んだ。数回転する。上向きに止まった。数名の部下がぺたぺた駆けつけてきて起こしてくれる。
 そのとき、何かの発光信号が近くで光った。白い光は長時間続いている。
『あはは……降伏勧告信号か、よかった』
 アシュクロフティン三又針士は、心から喜んでいた。ミケン人は種族的性格から、自分からは降伏できない。
 口に出して叫んでいた。
「白い旗だ! 人類圏で使われる降伏の証を、ビームフラッグで形作れ。これがサンプルだ」
 口の中から白い小旗を取り出し、
「だが小生はぜったいに自決しないからな」
 小旗を振りつつぺたぺた小躍りした。
     3
 常に目まぐるしい動きが起きていた中央戦線と底翼戦線に比べ、頂翼戦線は激戦でありながら完全に膠着状態となりつつあった。
 巨艦メヘルクレ艦橋は、相変わらずのコンサートだった。
 下半身を完全に安定させ、踊るように上半身でリズムをつける指揮者のインペラートル金風殿。金糸の刺繍が入った軍羽が、体の起伏に合わせておなじように上下する。
 黒いラエティティアが歌う旋律と背景の音楽は、ときには激しい、ときには優しいハーモニーを紡いでゆく。
 そして歌に合わせて、艦隊はまさにたゆたう河のような流れの中、ふくらみと美しさをもって移動してゆくのだった。その流れははっきりとした対流であり、彗星陣の表面を滑っていた。これにより、角装甲を消耗した艦艇はつぎつぎと後列の無傷な艦と入れ替わる。しかも陣形をまったく崩さずにである。彗星陣に隙はなかった――だが。
「なあ……グラキエース」
 汗を瑞々しく散らせながら、インペラートルが言った。
「はい、なんでしょう」
「今回の俺の敵だが――俺が出会った中で一番強いぞ」
「……ど、どうしてそう思われますか」
「砲艦の斉射に動じなかったし、陽動にも反応しない。向こうから仕掛けてこないし、模範的すぎて面白くないというわけでもない――形が掴めない。そしてなにより、俺の構成した歌唱に完全についていっている」
 グラキエース白羽官は、やはりというように頷いた。
「敵は動きが稚拙なくせに……信じられませんが、金風殿にしかできない攻防一体術『対流』を、模倣することに成功しています」
「うれしいぞ……」
 インペラートルの顔に、恍惚の笑みが浮かんだ。
「嬉しいぞ! 俺にこれほどの楽しみを与えてくれる、このような敵に出会えたことを――今日はまたあのよき『空間』に行けるかも知れぬ。これから一気に攻勢に出る。ラエティティア、がんばってくれ」
『ららららああああ――わかったよ!――ららららあああー』
 インペラートルに対陣するミサは、仁王立ちに腕組みで挑んでいた。正面を睨み、ときどきムロト大尉の発する指令に短く答える。
 そのムロトは、正直まだミサという稀にみる原石を信じられなかった。
「これほど参謀の理想通りに操艦してくれるすごい操艦士がいるなんて……」
 ムロトは、敵がすでに強大な「黒のインペラートル」だと気づいているが、ミサやサリィには伝えていない。ただ、敵の戦術をミサの操艦能力なら真似できると判断し、徹底的な模倣による膠着持久戦を仕掛けていた。とにかく待っていれば、二二一連隊が来てくれる――そのことを知っていても理解した作戦を立てれるのは、現在の二二二連隊にはムロト大尉ぐらいしかいない。
「あの白い彗星は、なんてきれいな動きなの。まるで歌いながら戦ってるみたい」
 ミサの額から、汗が流れ落ちた。すでに三〇分以上もこの状態だ。目立った動きこそないが、想像以上の忍耐を強いられる。金の雲を静かによどみなく対流させ、同時に攻防戦を繰り広げる――ミサはムロトの要求に完全に応えていた。操艦限界数はさらにあがり、いまでは父に匹敵する六九〇万隻。それをムロトから伝えられたミサに、しかし喜ぶ余裕は微塵もなかった。
 そこにサリィが来て、ミサの汗を拭き取りはじめた。
「すごいよミサ……敵の戦術を模倣するなんて、さすがニホノ系」
「……模倣とニホノ系がなんですって?」
「知らないの? ニホノ系は古代から真似と改良が、人類でも指折りで得意なの」
「へえ……また初耳」
「とにかく、ミサはすごい!」
「ありがと――向こうがもっとすごいけど」
 ミサの目に怖れの色が混ざりはじめたのを感じたサリィは、ミサを抱き締めた。
「ごめん。でもこれはミサしかできない!」
「それを苦痛でなく充実だと思ってる私は、一体何者でしょう――よし、思い込み完了。これで大丈夫、ありがとうサリィ」
 サリィが見ると、ミサの淡い瞳は透明さを取り返していた。
「休暇になったら、私が奢ってあげるからね――これで立場が完全に逆転しちゃった」
 サリィはミサの頬に軽くキスをすると、ムロト大尉の隣に戻って行った。
 ミサは、大きな彗星を強く睨む。
「守る……守る……」
 そのころ、星戦の勝敗を分ける転換点となる動きが起こっていた。
 カレル特務少佐の艦隊に、ウィクトーリアに追い立てられたフランジーエ=ラムザウアー艦隊が合流したのだ。
 カレルは未だに一三三万隻とまとまった数を維持していたが、散々に敗退して逃げ――もとい転進してきた下翼部隊は、八六万隻にまで撃ち減らされた。フランジーエもラムザウアーもようやく一息ついたが、しかし状況は最悪になりつつあった。
 天から白い巨人が、地から赤い死神が。挟み撃ちにしてきたのだ。
 サイズモ銀翼帥は、立ち上がって叫んだ。
「全面攻勢! ゆっくりと、しかし確実に押しつぶす。重砲撃戦、ルークス!」
 ウィクトーリア白風殿は、さらに過激に、
「全砲門開け。光子砲と電磁加速砲、対消滅ミサイルに核融合ミサイル、格闘艇を放出しなさい! ついでに砲艦の一斉射も行うわ。直後にロサ銀風殿、盾艦と戦艦で先陣を切りなさい。火炎の乱舞を見せつけるのよ!」
凶獣と化した白い狩人たちが、おびえる金の雲に一斉に群がり始めた。莫大な熱の嵐と赤い乱れ雨が、プラズマ流を呼びながら空間を荒らす。金の雲に、すさまじい爆発の稲光がほとばしりつつあった。
 戦艦マニエール・リエは、今や無人となってただの大砲と化している巨艦ドラグーンの影に隠れ、嵐を凌いでいた。だがそれでも艦橋の揺れは激しい。
『……今の俺にもっと気力があれば』
 カレルは操艦席にいた。まだ立って指揮のできないカレル特務少佐は、自分の震える両手を眺めて悔しそうにつぶやいた。
『マリー、逃げてくれ。リエ……俺に力をくれ……まだ敗れるわけには……』
 ――リエのいる星、ラクシュミーの地上は、大騒ぎだった。
 町中の立体放送が各地の天文台を中継した戦闘の模様を、リアルタイムで放送していた。原種保護領事館が止めさせようとしたが、マスメディアと一般市民双方の頑強な抵抗にあって失敗した。前代未聞の出来事に、誰もが貪欲に情報を求めていた。
 映像を凝視する人々は、複雑な気分で苦戦する金色艦隊を見守っていた。かつての征服者が、自分たちを助けようとしている。
 都立アーザード第三年長校天文台でも――
 観測室。すべての端末に、宇宙が映っている。多くは今まさに観測している情報だが、いくつかは各局の放送に合わせていた。
 ムハメッドは嬉しい悲鳴をあげて端末と格闘していた。いくつかの通信社が観測情報を高額で買い取ると言ってきたからだ。
 放送を見ていたアン・リンが嫌な顔で、
「――金色が負けそうだって言ってるよ」
 ムハメッドが首を振った。
「アンさん、何も知らないコメンテイターの言うことなんか信じちゃいけません。ほら、まだがんばってる部隊もいます」
「それにしても、どのアナウンサーも、町に繰り出している連中も、みんなすごい顔してるな。笑いたくなるほど」
「宇宙から遮断されて数百年。知らないうちに、星空の世界では派手な戦争をしてましたとさ――知ってしまったからにはもう戻れない。これでこの星も変わるわね」
「リエさん、その言い方、ミサそっくり」
「ちがうわリンちゃん。ミサがそっくりなの――ところで話が飛ぶけど、不思議に思わなかった? 宇宙を知っている私やリンを、どうして領事館は放って平然としているか」
「……宇宙人の社会も惰性で動いてるとか?」
「ご明察。マニュアル通りの行動は取れるけど、新たなことや例外にはぜんぜん対応できない以前に、無関心なの……それをうち破る大艦隊の出現は、宇宙に何か変化が起こる予感に思えてならないわ」
「リエさん、まさか予言者?」
「ちがうわ……希望よ。だから頼むわよ、エミール・カレル。あなたがいま戦ってることぐらい、分かってるんだからね」
     *        *
 巨艦メヘルクレの艦橋にこれまでになく激しいテンポの曲が鳴っていた。ラエティティアの歌声も激しい音階の変化に一音も違うことなくついていっている。
 インペラートルは、一心不乱に指揮を続ける。もっとも複雑でもっとも激しく、そして猛々しい曲と歌が、彗星陣にいよいよ美しい洗練された動きと優雅さを与えていた。そしてインペラートルの前には、もはや一〇〇万キロと離れていない巨大な金の星団が迫っている。青白い彗星からほとばしる破壊の力が星団に突き刺さるが、向こうも負けじと返す。だが――激しい爆発のインフレーションは、どちらにもいまだに起こらない。
 砲撃戦の射線軸からずれた宇宙では、格闘艇同士の死闘が繰り広げられている。ミサもインペラートルも、あらゆる艦種、あらゆる兵器を、たった一人で縦横に駆使していた。他の有人艦の士官たちは、冷や汗まみれで激戦の推移を見守るしかなかった。
「この俺が互角の戦いを強いられるとは――実にすばらしい……」
 インペラートルは、指揮を一時中断し、両手を前に掲げた。
「さあ……敵の操艦士よ、今こそ来い――『意思の狭間』へ! 攻八防二で、ルークス!」
 大彗星の砲撃が、さらに激しくなった。
 ミサは、強烈なプレッシャーを前方のインペラートル艦隊から感じていた。だが、下が気になる……足元の宇宙では、白い大星雲に囲まれる金の小星雲が、暗黒星雲に呑まれるように小さくなっている。超新星のような白い爆発が、つぎつぎに金の雲の中で起こっている。そしてまた金は小さくなる――
「……ムロト大尉、助けに!」
「だめだ! 貴様は眼前の敵にようやく耐えているのだ。他を見ていたら死ぬぞ」
「だめです……父さんが、エミールが!」
「カレル特務少佐は貴様の年齢の二倍、戦場で戦ってきた。簡単に死にはしない」
「でもラムザウアー少尉や……他のみんなが」
 ムロト大尉は、参謀端末を叩いた。
「思い上がるな! 貴様の役目は故郷を守ることだ。軍人が戦場で死ぬのは日常のこと、それまで助けようなど、傲慢だぞ!」
「思い上がりじゃないよ! 助けたいの!」
「同じ事だ――なんて生意気な奴だ……ならばやって見せろ……最後の手段だ」
「最後の手段?」
「電波吸収材を撒く」
 するとサリィが悲鳴をあげた。
「だめです! それをしたら、敵どころかこちらもすべてを!」
「うるさいクトゥプ准尉。いいかカガミガワ・カレル准尉、思考影響は普通の妨害電波を決して受け付けない正体不明の電磁波だが、しょせんは脳波を増幅させたものにすぎん。電波そのものを遮断されれば、効力を失うのだ。思考影響の範囲がすさまじく狭くなる」
「……つまり、敵味方が動けなくなったところを少数で移動して、敵を仕留めろと?」
 ムロト大尉は頷いた。
「こちらは数で劣っており、敵の操艦士は強大だ。我々がこの局地戦に勝ってカレル特務少佐らを助けに行くには、ゲリラ的な戦法しか道はない。それともうひとつ――貴様は人を殺せるか? 迷えば死ぬぞ」
 ミサはためらった。
「……たぶん、できません」
「すまん、やはりきついか。だが自分も死にたくないのだ――よし、全艦を機関全速で突撃させろ。電波吸収材は有人艦だけが積んでいる。それをミサイルで撒く。それから戦術上の理由から、吸収剤は一五分で効力を失うように作られている――チャンスは一五分だ」
 インペラートルは、敵が動き出したのを見て喜んだ。
「おお、ようやく仕掛けてきたか――」
 指揮をしながら、グラキエースに。
「どうすると思う?」
「敵の操艦士は能力こそ高いのですが、未熟です。参謀が操艦士を一人前に育てるとき、必ず通らせる洗礼があります」
「電波吸収材散布による、一騎打ちだな」
「はい……どういたしますか」
 インペラートルは、答えない。
「……麾下の全部隊に、戦闘の準備をさせて下さい。今のうちにありったけの艦艇を懐に包んでおけ――と」
 だが、答えない。
「インペラートル金風殿!」
「すべて俺に任せろ……こちらも突撃だ」
 あぜんとするグラキエースを無視して、インペラートルは音楽の指揮を続けた。
 一分を待たずして、白い彗星と金色の星団が交わった。相対速度は秒速数万キロに達する。ミサはまさかインペラートルも突撃してくるとは思わなかったので、減速のタイミングが大幅に遅れた。
「急減速――ついでに電波吸収弾発射!」
 あちらこちらで、金色の船と白い船がぶつかって、直後に大爆発を起こす。かすっただけでもアウトだ。かする瞬間は一瞬すぎて見えない。減速しようにも慣性制御技術だけでは手に負えない相対速度だ。金色の船も白い船も、大量の姿勢制御材(おもに水)を前方に吐きだす。両軍入り交じった宇宙は、氷霧に覆われて白く濁った。
 そして――白いもやの中、ストロベリーからミサイルが四方八方へと発射された。
 それらは爆発せず、なにやら金属質の粉をばらまいてゆく――きらきらと光ってきれいだ。だが、粉の中に入った艦船は、たちまち機関が停止してしまう。
 もやに光の粉が浸透してゆく。そして、青白いエネルギーの光がつぎつぎに消えてゆく。やがて白い彗星と金の星団は完全に混じる。濁ったもやのなかで死んだように動かぬ両陣営の軍艦が、ふわふわと漂っている不思議な宇宙が出現した。
 うす明るい濁った、動かない宇宙。
 そのもやの中から、推進と防御の青白い燐光をはべらせ、数百隻の小艦隊が現れた。
 いずれも金色だ。その中心には、戦艦ストロベリーがいた。
 ムロトは、うまくいったことに安堵していた。
「……他の士官たちも、今頃は独自の判断で近くの戦艦どもを集めているだろう」
 だがミサは、前を向いてじっとしていた。
 サリィが不思議に思い、
「ミサ、どうしたの?」
 ミサは、前方を指さした。
「――誰かが、歌っている」
 ムロトとサリィは、思わず辺りを見回す。だが、何も聞こえない。
「どうした准尉、疲れたのか」
「いいえ――ただ、きれいな女性の歌声が」
 サリィが、不安な顔のミサに近寄った。
「ミサ……どうしたの?」
 ミサは、両耳を手で押さえた。
「誰よ! 歌わないで!」
 ――と。次の瞬間、赤いにわか雨。
 ミサの周囲の戦艦たちが、一斉に爆発した。
 ムロト大尉が、信じられないという顔をしていた。
「な……」
 もやの中から、数万を越える白い軍艦たちが、次々と現れてくる。いや、動かないふりをしていたのが、動き出したのだ。砲門を開き、こちらを狙い澄ます。今にも撃とう、という構えだ。その周囲には、動かぬ金色の味方が太古からそこにあるかのように漂い――ミサたちは、わずか一〇〇隻!
 ムロト大尉は、頭を押さえた。
「なぜだ! なぜ電波なしに操艦ができる!」
 サリィも、怖さに体を震わせる。
「な、なんの冗談よこれ」
 そのとき、遠くでいくつかの小爆発が連続して起こった。
「有人艦が……みんなが……」
「なぜ? どうして?」
 混乱する二人。ミサは、しかしこちらをいつでも殺せるのに殺さない白い軍艦たちの砲塔に、怒りの目を向けて叫んだ。
「あなたね――こんなことをしたのは! 私は、私はみんなを守るんだから!」
 そして――そして、ミサは倒れた。
 ミサは意識を失う直前、金色の船たちがぴくりと動き出すのを感じた。
     *        *
 ミサは、白い空間に浮いていた。濁っていて、気味が悪い。
『どこよここ』
 響く。自分の声に驚いた。まるで自分で自分に通信しているみたいだ。
 ――夢かしら。
 ためしに歩く真似。すると一面の草原があらわれ、地に足がついた。
『……思った通りになる。夢見バンドみたい』
『そうだよ』
 とつぜんの声に、ミサは左右をきょろきょろと見回す。
 と、今度は音楽だ。聞き慣れないけど、聞き心地はいい。歌詞のないコーラス付き。
 さっきの歌だ。なのに姿は見えない。
 ミサはいらいらして、念じた。
 ――誰よ、出てきなさい。
 歌が止み、もやが、一気に晴れる――そして、いつのまにか草に道ができた。
 道の先に小さな広場がある。ミサは駆けた。
 その広場には、一人の見慣れぬ若者がいた。人間ではない。耳が尖っているし、瞳が猫のように縦長だ。着ている服も質素なりに華やかだが、どこか人類離れしている。背中のしだれた羽根みたいなものは、きれいでよく似合う――そして、黒い小さな天使。もしかしてこの天使が歌っていたのか……
 ミサは直感した。彼はウグレラルナ人の士官だ。それにしても、ウグレラルナ人は白い髪に白い眉、白い瞳を持っているはずだけど……なぜみんな黒いのだろう。
 首を捻るミサに、青年が右手をあげた。
「やあ、お嬢さん。俺の言葉は通じるかい?」
「やあって、何を言ってるの?」
 声が戻っている。もやが晴れたからだ。
「よかった、やはりここでは翻訳なしで通じるみたいだ。それにしても、まさか相手が君だったとはね。ミサ――でいいのかい」
 ミサは驚いた顔で、
「私を知ってるの――ああ、例の放送ね。名前はミサで正しいわ……あなたが変な裏技を使ったの?」
 ウグレラルナ人の青年は首を横に振った。
「俺は何もしていない。これは突然起こるのだ……俺は『意思の狭間』と呼んでいる」
「意思の狭間?」
「意思の力が極大まで高ぶると、思考影響の強い者はここに来る。たぶんな」
「たぶん?」
「君でまだ二人目だからだ――今までは、俺しかいなかった」
 と、ミサがいきなり青年に殴りかかった。
 しかし青年はさらりとかわす。ミサの拳は、中を抜く。
「君みたいな小さなお嬢さんが、人を殴ってはいけないよ。しかも握り拳で」
「なんで私の星を狙うの!」
「おや……」
「なんで私の母さんを、親友を殺そうとするの! 帰ってよ!」
 青年は、理解できない、という感じで肩をすくめた。
「俺は戦争をしている。だから君の星を狙う。艦隊戦のほうでも、君の戦艦を除いてじゃまな軍人はみんな殺した――一度この空間に来ると、なぜか思考影響が機械で増幅させなくても使えるようになるのだ。そのうえ電波吸収材すら利かなくなる。驚いたかい、すごかっただろ? 誉めてくれないか」
 ミサの肩が怒りで震える。叶わないから、もう殴ろうとはしない。口で勝負する。
「あなた……戦争を楽しんでいる!」
「ちがう。俺は生きることを楽しんでいる」
「……生きること?」
「俺は君と同じ『仕組まれた子』だ。そして遺伝子に競争が好きで好きでたまらない性格を書き込まれている。俺の人生とは勝つことだ。大艦隊を率いて宇宙を闊歩し、純粋に勝つ。美しく勝つ――それがなにより楽し……かった、だな」
「……過去形なのね」
 青年は頷いた。
「俺はある日、この意思の狭間に来てしまった。それから急にいろいろと見えるようになって――つまらなくなった。だから待った。他の者が来るのを……だがどうだ、誰も来ない――いつも期待はずれだ。だが今日はちがった。本当にすばらしい日だ」
 ミサは少年のような青年を睨んだ。
「私には最悪よ!」
「君の都合はどうでもよい。君はきっと俺の麗しきライバルになる。そう――俺は好敵手が欲しかったのだ!」
 そしてミサにずんずんと歩み寄り、その左手を強引に取って引き寄せ――キスをした。
 口と口で。
ミサの瞳が揺れた。世界が凍ったようにミサは感じ――青年の温もりといい匂いが伝わる。しかし直後には体験したことのないすさまじい嫌悪に変換された。ミサは異種の青年を強く押し、跳ねるように脱出した。
 そしてすかさず殴りかかる。また握り拳で。しかしもう青年はミサから離れていた。
「なにするのよ! はじめてだったのに!」
 ミサは涙目だ。口元をしきりにこする。
 青年はにやりと笑い、右手を胸に当てておじぎをした。礼のようだ。
「我々にはたいして意味のある行為ではないが、人類にとってそれは愛や憎しみの糧であると聞いている。やはりそれなりに効果はあったようだな」
「どういうこと!」
「君は今から、俺のライバル。これは運命なのだ――楽しい日々が来そうだ」
 そして青年は手を叩いた。とつぜんミサの周囲が暗くなった――
『また今度、意思の狭間においで……俺の名前はインペラートル。黒のインペラートル……全銀河大戦を終わらせ、いずれこの銀河を征する者だ――』
 ミサは、虚空にわめいた。
『な、なによ、人殺しの英雄気取り! 色情狂! なにがライバルよ、受けて立とうじゃない。私はカガミガワ・ミサ。ただの女の子で戦争は嫌いだけど……いつか大艦隊であなたをやっつけてやる』
『――大艦隊を自在に操艦するほどの幸せは他にはない。いくらミサ、君が戦争が嫌いだと言ったところで、その快感を受け入れればすべてが空しい……さあ、早くこの俺を倒しに来い……快感に溺れながらな』
 ――……
 ミサは、目が覚めた。
 心配するサリィのアップ。ミサはそれを無視して勢いよく起きあがる。頭が当たる。サリィが痛がっているが、ミサは自分の額の痛みとサリィの不幸を無視した。走る。戦艦ストロベリーの艦橋の、一番前まで走る。壁に手を当て、宇宙に叫んだ。
「何が快感よ! 悪かったわね、こんな大艦隊を自在に率いたら、もちろん気分がいいわよ! でもね、あんたとちがって私は、守りたいものがあるんだから!」
 ――次の瞬間……
 戦艦ストロベリーを中心に、何かの波動が周囲の宇宙に広がったような気がした……
 そして。
 すべての艦艇の操艦接続が、一斉に切れた。
 ミサ・マリー・カガミガワ・カレル准尉とインペラートル金風殿を除いて。
     *        *
 ラクシュミー、都立第三アーザード年長校天文台――
「見てください。奇蹟だ……」
 ムハメッドが言うまでもなく、リンとリエはその映像に注目していた。
 さきほどまで混じっていた金と銀が離れていた。そして離れながら――二つともが、人の形を取りつつあった。
 金色の塊は――三人は、同時に叫んだ。
「ミサ!」
「あの子ったら!」
「カガミガワさん!」
 身長数十万キロはあるミサは、真摯な表情で両手を広げ、銀の人の前に立ちふさがった。
 小さな惑星ラクシュミーを守るように。
 一方、銀の人――巨大なインペラートル金風殿は、ウグレラルナの敬礼を崩さない。
 二人の巨人は、真空に浮いていた――まったく動かない。ただ、ミサもインペラートルも、服がまるで風になびくように揺れている。髪もだ。その風は――恒星シヴァ一二だ。その恒星風に合わせて、まるで本物の服や髪のような揺れかたをしている。
 二人はそれぞれの艦橋で、まさに同じポーズを取っていた。サリィ・クトゥプ准尉もムロト・カケル大尉も、そして一方ではグラキエース白羽官も、さらに白モードに戻ったラエティティアも、何も言えない。それほど、ミサもインペラートルも鬼気迫る迫力があった。いや、インペラートルは、どこかに遊んでいるような不敵さが混じっていた。
 巨大な二人の足元では、混乱が起きている。すべての操艦が不可能になったのだ。サイズモもウィクトーリアも、勝利を目前に起きた正体不明の出来事にすっかり困惑し、カレルはひたすら金色の娘を見上げていた。
 と、金色のミサが、カレル特務少佐のほうを見た。その瞬間、停止していた機関部に灯がともり、戦艦マニエール・リエが動き出した――強制的に。
「マリー……おまえが動かしているのか」
 それと同時に、他の金色の艦艇も動き出す。それをカレルは、奇蹟を見るような瞳で見続けていた。
 しばらくして、宇宙の巨大なインペラートルが敬礼をやめた。
 すると白い船のほうでも動きがはじまる。人類連合軍から離れる動きだ。強制的にどこかより操艦接続が入っている。白い船の中に、人類連合軍に降伏したはずのミケン艦艇も含まれていた。きっと今頃、アシュクロフティンは大はしゃぎしているだろう。
 そして金と銀、二つの艦隊がかなり離れたところで、ふいに操艦接続が切れた――同時に、二人の大巨人も崩れてゆく。元の陣形に戻り始める――
 そのときウグレラルナ陣営では、人類連合軍の増援が時空跳躍してくる兆候を捕らえていた。それを聞いたサイズモ銀翼帥は、半ば惚けた顔で、しかし即断した。
「連隊の全士官に告ぐ。作戦は失敗した、時空跳躍用意、ただちに転進する」
 それに参謀スキエンティアが抗議した。
「どうしてですか。いくら無傷の増援があったとしても、眼前の敵はすでに半減しています。こちらの損害を考えれば、まだ不利になったわけでは……」
「黙れ秀才! いまの操艦不能状態がまた、しかもこちらだけに起きたらどうする。不測の事態だ。原因が分からぬ以上……撤退だ!」
サイズモの顔が憤怒で煮えたぎり、腕は無念で震えている。それをようやく察知したスキエンティア女史は、深く敬礼した。
「失礼しました――今は撤退しましょう」
 一方、ウィクトーリア白風殿は顔を髪ほどに赤くして悔しがっていた。
「やだやだやだやだ、なんてやな結末だ。インペラートルだ、インペラートル金風殿が手間取ったのがいけない!」
 参謀のマルス金羽官が何度も頷いて、
「そうか。やはり好きなのか」
「聞こえてるぞ――後でお仕置き決定ね」
 マルスは後ずさった。
「あああああ、お仕置きって何ですか〜!」
 離れて、巨艦メヘルクレ。
 インペラートル金風殿は、満足な顔をして操艦席に座っていた。
「今日はいい日だ。森のヒナ鳥はなんと天界の牙鳥だった。俺のライバルに相応しい」
 参謀のグラキエースが、首を傾げた。
「ライバルとは、たしかウィクトーリア白風殿のことではなかったのでは?」
「ウィクトーリア……どうしてだ」
「……白風殿もかわいそうに」
「変な奴だな――まあいい」
 インペラートルは、肩の天使に囁いた。
「あのことは秘密だからな、俺の天使」
 ラエティティアは頷いた。
『かわいい服だった。私、真似する』
 一回転。青いワンピース姿になった。
 グラキエースが頭を抱えた。
「ああ、ラエティー、そんな服は知らないぞ。どこで覚えたんだ」
『べえーだ!』
     *        *
 白い艦隊が光とともに消え、かわって新たな金色の雲海が現れた。惑星モンゴロイド〇五――ラクシュミーでは、各地で大きな喝采が起こっていた。
 ――例の天文台。
 カガミガワ・リサは丘に出て、そろそろ夜が明け始めたうす明るい空に祈った。そのリエの頬を、二筋の涙が流れ落ちる。
「ミサ……ありがとう――エミール、ミサを死なせたら、許さないからね……」
 そのとなりでアン・リンが腕組みをして空を見上げていた。鼻をすする。
「こんなん、一生忘れられないよ。ミサ、ちゃんと宇宙になじめたようじゃん――いつかあたいもあそこに……」
 そのころ、宇宙。
 ミサは、拡大投影させた惑星ラクシュミーを見つめていた。
「やっと分かった。私、我慢ができないんだ。今まで何も知らず、何の力もなく……一方的な保護の民でいたことに。だからすごい力が持てる操艦が好きなんだ、きっと」
 となりのサリィが、頷いた。
「私もそう思う。好きなことしてると心が広いって言うし、思い当たるもの……ミサは勇気もある。私、尊敬しちゃうな」
 ミサは赤面した。
「やだ、そんなに誉めなくても……とにかく、宇宙でやっと好きなこと見つけたよ。これからも……あ、ムロト大尉」
 ムロト大尉は、どう言ったらよいか困っているみたいだ。だからミサが先制した。
「ムロト大尉、お勤めご苦労様です。これからもよろしくお願いします!」
 ミサは淀みなく言うと、きりっと敬礼した。
 ムロト大尉もそれに敬礼で答え、そのまま無言で離れて行った。
「……ミサ、戦争嫌いとか、散々言ってたのにどうしたの?」
 ミサは、頭を掻いた。
「いやあ、倒したい野郎ができてね……売り言葉に買い言葉なんだけど……私の性格じゃ一度口に出すともう引き下がれないし……戦争は嫌いだけどね、あはははは!」
「はーい! ライバル?」
「そんなんじゃないって……そんなんじゃあ、ないよ。あの色魔野郎は……」
 ミサは、両拳に力を込めた。
 ――いずれこの銀河を征する者……奴は、そう言った。
 いつかまたこの星に来る。
 だから私は、軍人でいなければならない。
 たくさんの戦艦を操れる、軍人で。
 ――きっと、耐えることができるだろう。なにせ私は操艦が好きで、そして私は自分でこうすると決めたのだから――最初はみんな強制されたけど、今は違う。
「これが私の決めたこと、これが私の好きなこと」
 青いラクシュミーに敬礼する。
「守れた、私の一番好きなもの。でも今はさようなら……母さん、リン。大好きよ」
 そしてミサは生まれた星に、背を向けた。
 しかしせっかくの気分を、サリィが台無しにした。
「ねえミサ、ミサの誕生日調べたんだけど、五月五日って、ニホノ系では男の子を祝う日なんだって。だからミサ、ちょっと勇者っぽいところがあるのかな」
「サリィー! ああ、せっかくわたくし、ほろほろと酔っておりましたのにい!」
「ごめんごめん! でもミサ、芝居のレパートリー少ないね」
「まだあるよ。悪女とか婦警とか教師……」
「今度見せてね。はーい、誕生日に戻るけど、この戦いできっと休暇が出るから、後祝いしようよ。ニホノ系古代伝統、子供の日を。ちなみに三月三日に生まれてたら、かわいい女の子の日だったのに」
「へえ……サリィ、いろいろ調べてるね。だけど私、それぜんぶね――初耳だよ」
 ミサは、かわいらしく微笑んだ。
     *        *
 戦艦マニエール・リエ。
『そうか……ミサ・マリーの操艦限界数が、人類過去最高値の一五〇〇万隻か……』
 報告を終えたムロト大尉の胸像が消えた。
 エミール・カレル特務少佐は、ため息をついた。思考チャットリンクで聞かれたくないので、口に出す。
「これでマリーは、二度と普通の生活は送れないな……戦争が終わらない限りは」
 そして決意を固めた。
「俺のこれからのすべてを、マリーを守ることに費やそう!」
 右の拳に念じた。
「これが俺の決めたこと、これが俺の好きなこと」
同じ台詞をたったいま娘が使ったことなど、父は知る由もなかった。
     *        *
     了 1999/11

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