第三章 「ミサの初陣」

旭和ラノベ
星伝/第一章 第二章 第三章 第四章

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 私の今の目標――それは、カレル少佐が来るまで、生き延びること!
 私の今の力――それは、考えるだけで艦隊を動かせること!
 私の今のすべきこと――それは、それは、それは……
 あれ?
 ミサは仁王立ちのまま、それきり無言で固まっていた。
 参謀席のサリィがそれを不思議に思い、
「ミサ……どうしたの?」
「ええと。私……」
 ミサは頭を掻いた。
「……何すればいいの?」
「…………」
「…………」
 サリィの両目が大きく開かれた。
「……そうよね。ミサ、何も知らないんだし――あたりまえよね……」
「ああ、あからさまに失望の顔……」
「いえ、いいの。参謀で小隊長である私が、ここはちゃんとリードすべきなのよね」
「おまけに自分で議論してる……」
「というわけでミサ准尉!」
「はいい!」
 サリィのきりっとした声に、ミサは思わず敬礼した。
「全艦左舷旋回、敵艦隊に艦首を向けて」
「はい……」
 ミサは頭の中でイメージを浮かべる――戦艦たち、緑の点を向きなさい。
 すると小隊旗艦ストロベリーを含む戦艦たちが、一斉に緑の円盤を向く。
 全天モニターを見れば、きらめく霧が周囲を漂っている。戦艦たちが姿勢制御で噴出した水がたちまちに凍った氷の霧だ。
「これでいい?」
 サリィはしかし、ミサを無視して端末とにらめっこだ。
「……この宙域における光子砲の有効射程は――先ほどの射程相殺戦で推定七七〇〇万キロ、四・三光分。敵の加速度と時間差を加味した現在位置から……そろそろ来るよ!」
「何?」
「第一波が――戦帆を張って」
「せんほセンホ戦帆……どうするの?」
「叫ぶの。戦帆展開って!」
「戦帆展開……これでいい?」
 と――戦艦たちの前部から中央部の上下に走るヒレ構造が、にわかに光を帯びた。
「……これが戦帆だったのね」
 戦帆の輝きが、やがて半透明なエネルギー場を戦艦に被せた。戦艦の進行方向に対して、フード状に青白く輝いている……そのときだった。
 サリィの端末から、警告音が響いた。
「来た! 防御して――」
 サリィが叫び、ミサが訳も分からず辺りを見回した瞬間――
 敵であるミケン軍の球形陣がにじみ――その方向から、宇宙にあるはずのない風が、突風となって吹き寄せてきた。それも宇宙で響くはずのない轟音とともに。
 推進排出した氷の粒が流されながら蒸発し、戦艦たちが揺さぶられ――ミサとサリィのいる艦橋も、振動で激しく揺れる。
「きゃあああ」
 全く予測していなかったミサは、腰砕けで派手にこけた。
 サリィはなんとか端末机にしがみついている。
「なんなの、なんなの!」
「ミサ、攻撃よ!」
「攻撃?」
「四・二分前に発射された、光子砲の一斉射よ……」
「でもこれ、ただの宇宙の風じゃ」
「ちがう……見て戦艦たちの先端を」
 ミサが周囲の宇宙を見回すと……
「……溶けてる」
 戦艦たちの前部構造が赤熱し、少しずつ浸食されているではないか。そして戦帆の輝く周囲には、風が戦艦を大きく避けるような感じで淡い衝撃波面が形成されている。
「戦帆って、バリアなのね」
「勢いを横に逃がしているだけよ。正面からの攻撃をかわす手段はないから、溶けることで防御する、角装甲を装着してるわけ」
 ミサは揺れを我慢しながら、自分の椅子に掴まって立ち上がった。
「でも見てよ、戦艦の先っぽどんどん溶けてる! このままじゃあ……」
「大丈夫――膨らんだ中央部の直前まで、ぜんぶ角装甲だから」
「……それって、全長の四割はあるよ」
「だから角状の装甲という名なのよ」
「知らなかった……あれが全部ただの金属の棒だなんて」
「宇宙じゃ、とくに艦隊戦では永遠に攻撃をかわすのは、究極的にほとんど不可能だからね――だから、軍艦はこんなに大きくなっちゃったわけ」
「理屈はいいわよ、私はどうすればいいの?」
「いずれ攻撃は止むわ――防御を崩したらだめよ。ミサ、平気?」
「……うん。頼もしいサリィに感謝」
 と、右舷側にあった戦艦の一隻が、何かの拍子で大きく横に傾いた。
 次の瞬間、その無人戦艦は後部の機関部から爆発した。その悲痛な爆発音が時差もなく艦橋にこだますると、ついで中央部が破裂し――最後に頑丈な前部の角装甲だけが、後方に流れていった。
 ミサの青ざめた顔が、参謀を見つめる。
「サリィ……」
 参謀は、きびしく前方を見据えている。
 その濃い肌に、赤い閃光が重なる。黒色人種のサリィ・クトゥプが、一瞬だけ血の色に染まった。別の戦艦が爆発した光だ。
 ――あちこちで、爆発が繰り返される。戦艦たちは横に、あるいは上下に振られたが最後、派手に爆散して果てる。
「ミサ! いくら角装甲があっても、これでは意味がないよ。戦艦をまっすぐに制御することだけを考えて! 集中よ」
「う……うん。集中集中! まっすぐまっすぐ――あああああ!」
 ミサとサリィのいる艦橋が大きく上に傾き出した。戦艦ストロベリーが風圧に耐えきれずに持ち上げられている――その速さに、重力制御のベクトル補正が追いつかない。
「ああ……」
 ミサの手が椅子から離れた。後ろの壁まですべり、そこで壁に軽くぶつかった。
「あああ! 死ぬのいや! サリィ、助けて」
 参謀席のサリィは、首を振った。
「こんどは、ミサしかいないの。艦を抑え付けて! 敵への怒りを集中力に変えるの」
「敵、敵、てき……くそっ、もう、カレル少佐の……むっつりエッチ!」
 その気合いとともに、ミサは両手を絡めてて頭の上に掲げ、それを振り下ろす動きをした――すると、不思議なことにストロベリーの傾きが止まり、静かに元に戻りはじめた。
 ミサは大きくゆっくりと胸を上下させながら、大股で艦橋の中央部に出た。そこでさきほどのように仁王立ちとなり、腕組みをした。振動を物ともしない。
「ムロト大尉は、一度笑ってみせろー!」
 そう叫ぶ――すると、あちこちで傾きかけていた戦艦たちが、姿勢を正しはじめたではないか。爆発の閃光もぴたりと止む。
「ミサ……すごい……でも怒る相手が違うよ」
「やはり身内を怒れば効果あるね。私、どうしても個人的なうらみもないミケン人は敵だと思い込めないから……」
「でもミサ、この戦闘は逐一記録されているけど」
 ミサが、とたんに不安な顔でサリィを見る。
「……ほんと? 派手に悪口言っちゃったよ」
 サリィは、目を閉じて、ゆっくりと首を横に振った。
「大丈夫――小隊長として許可する。すべては、生き残るため! はーい、これで上は何も言えないわ。そういう決まりだから」
「よっしゃあ!」
 ミサは張り切り、正面を――嵐の元である緑の球を睨んだ。
 と、その風が急激に弱くなった。にじんでいた緑の球はすこしずつ元の像を取り戻しはじめた。音も小さくなり――
 ついに、止んだ。
「……どうして?」
「敵がこちらも攻撃してくることを予測して、砲撃を止めて防御に移ったのよ。何せこの灼熱の風はしょせん光にすぎないから、届くまで四分もかかるもの――結果を向こうが知るのは、撃ってから八分後よ。でもまさかこちらが混乱していて攻撃してこないなんて、思ってもいないでしょうね」
「あの……それって、もしかして防御中は攻撃ができないってこと?」
「うん。攻撃をまともに食らっている状態で砲撃しようものなら、もう自爆よ――なに不安な顔してるの、そのあたりを駆け引きでなんとかするのよ」
「駆け引き……」
「さあミサ、駆け引き開始よ。残った艦艇を八つに分けて」
「なんで八つ?」
「太古から、ニホノ系にとって縁起がいい数だから。ミサ、ニホノ系よね?」
「……それは初耳」
 ミサは軽く念じ、自分の近くに艦隊の情報と敵と味方の相対位置や陣形をあらわす立体図を投影させた。
「残り一九一二隻……ちょうど二三九隻ずつになる――分裂して」
 スクリーン外の艦隊が動き出す。
「ミサ、私たちはそのうちの一つに紛れ込むわよ」
「……敵に的を絞らせないためね」
「そうよ……それにしても、早く味方の巡航艦は戻って来ないかしら……」
 ミサは図を見た。
「来てるよ……三〇〇〇隻ほどが天頂方向に」
「えっ、どこどこ……ホントだ。距離一・五億キロお? 八分前の光じゃない。いつの間にミケンは時空跳躍干渉までしてたの」
 ミサが困ったように、ため息をついた。
「秒速五〇〇キロ……なんか、のろのろと来てるねえ。私の思考影響はたったの一〇〇〇万キロしか届かないし……」
「はーい! ミサ、やるっきゃないよ。八つに分けた塊を、五万キロずつほど間隔をあけて、ぜんぶ天頂方向に移動させて――もちろん敵の攻撃に防御が利くように、常に艦首を向けたままでよ」
「合流するのね……分かった。動くよ、戦艦たち!」
 戦艦たちは、後部の羽根のような板を数枚、下方向に向けた。
「全速力!」
 威勢のよい音が響いて、戦艦の直下方向に長く白い噴出炎が伸びる。戦艦たちは、見る見るうちに加速してゆく。
「……ねえサリィ。気づいたんだけど、宇宙なのになんでずっと音が聞こえるの? しかも距離によるタイムラグなしに」
「はーい! それは全部、臨場感を演出する機能でーす!」
「ありがとう、実にわかりやすい答えだわ……緊張がゆるみそう」
「ミサ、バカ正直に上に向かわずに、適当に斜めに軌道を変えて――そう。それから、防御を解いて、砲撃よ!」
「どこを狙うの? あの敵の光は四・二分……今はもう三・九分ね、も前のものでしょ。きっと私たちみたいに分裂――」
「大丈夫。敵はこちらより超絶に優位だから、そんな面倒はしないよ――撃って」
「う……うん」
 ミサは、右手を挙げた。だけどふらふらしていて、どこか頼りない。
「な……なんか恥ずかしいよー」
「ミサ! 危機を抜け出したとたんに緊張感なくさないで。命がかかってるのよ」
「サリィだって同じじゃない! ……わ、わかったわよ、やるからさあ」
 ミサは正面を向いた。頭の中で、八つの塊が矢をつがえ、悪玉の緑に狙いを定める。
「――砲撃隊列、光子砲用意!」
 すると――各々の戦艦が互いに重なり合わない位置関係を判別して移動しはじめた。さらにヒレ構造の光が消え、少し傷ついた角装甲と膨らんだ中央部の段差から、大量の砲門が伸びてきた。一隻あたり、軽く五〇門はあるだろう。正面から見れば、角装甲をきれいに囲むように、砲門が整列しているはずだ。
 ミサは右手を掲げる。頬がにわかに恥ずかしさの桃に染まる。
「砲火!」
 右手をやけくそ気味に振り降ろしながら、叫んだ。
 そして――見えない風が、発生した。
 どんという音――これは機械が作り出した創作だが――とともに、風が流れ始める。
 戦艦たちには、何の変化もない。ただ、撃つ先、緑の塊と周囲の星々が、さっきと同じようににじんだだけだ。空間が高エネルギーで揺らいでいる。
「不思議、光らない……」
「光子砲と言っても、その実体は超高熱のエネルギー流よ。見えるほうがおかしいわ」
 ――と、サリィが答えたとき、
 投影映像にあった八つの塊のうちの一つが、唐突に消滅した。
「なに――モニター拡大!」
 ミサが消えた戦艦の塊があった位置をスクリーンに拡大投影させると――そこには、灰色の残骸のみが漂っていた。丈夫な前面の角装甲たちですら判別できない。
「どういうこと、原型も留めていないよ!」
「こちらは防御していなかったんですもの……くやしいけどミサ、向こうはカオス理論プログラムソフトでこちらの数分後の動きを事前に察知しているわ……完全にではないけどね――さもなくば、おそらく八つの塊すべてが、瞬時に撃ち抜かれていたでしょう」
「どうする?」
「なら、こちらもプログラムで回避に専念してやるわ」
「サリィのプログラムあんまり当てには……」
「バカおっしゃい、誰がこんなときに自分のを使いますか! 偵察のときは訓練だったし、敵が出現した直後ではプログラムを準備するより作るほうが早かったの――あった。人類連合のどこかの天才プログラマーが作ったカオス理論応用回避ソフトよ。昨年期の実戦成績は第二位!」
「第一位は?」
「あれは先見の明があった別の軍団が三年間の独占使用権を獲得してるわ」
「……なんで命がかかってるものにそんな使用権とか」
「それがビジネスってものじゃない? とにかく行くわよ」
「うん……攻撃中止。戦帆展開、防御戦!」
 ミサの命令を受け、戦艦たちは物騒な砲塔をしまい、また戦帆を輝かせはじめた。
「ミサ、投影映像の上に出る軌道誘導線通りに、七つの艦隊を同時に動かせる?」
「やってみせる。私、限界操艦数の一パーセントしか動かしてないじゃない」
「それだけ切羽詰まってるけどね――GO!」
 ミサとサリィの連携技が始まった。
 戦艦たちは複雑な軌跡をたどりながら、確実に天頂方向に近づいてゆく。
 投影映像には、ミケン軍がひっきりなしにあちらこちらに集中砲撃を浴びせているのが見て取れる。ミサたちが攻撃してこないのを察知して、滅茶苦茶に撃ってくる。だが、ことごとくが七つの塊の至近をむなしく通過していった。
 しかし――
「やったわ、もう一〇分も凌いでいる! でもそろそろパターンを変えないと……」
 とサリィが端末に念じはじめた瞬間――
 艦橋が、大きく揺れた。
「う、なになに?」
 さすがに今度は転ぶことはなかったが、ミサは集中を乱された。投影映像の戦艦たちの、動きが単純になる。
「砲艦戦隊のX線砲を最大に拡散させて斉射したものよ。こちらが素早いから、相当ヤケになってるみたい。だいじょうぶ、勢いだけはあるけど、ただの温風だからやられないよ。堪えて艦隊を――そうか、しまった!」
 サリィが叫ぶと同時に、数個の塊が投影から消えた。
「やはり……これで動きが鈍るのを予測して集中的に光子砲を……」
「防御していても、一瞬で消えるのね」
「……もう二光分しか距離ないもの、集中砲火を受ければ角装甲や戦帆なんてないも同然よ。それ以前に数の差も二〇〇倍以上あるし……つらいよう」
「サリィ、落胆しないで! とにかくやるしかないでしょ!」
「でもミサあ、あれ見てがんばれる?」
 サリィの指さす先――目の前には、今や視界のかなりを覆う緑色の大星団――艦隊が、煌めいていた。その三〇万隻を越すまでに増えたすべての軍艦の砲塔が、ミサとサリィの小さな体を狙っている。ミサも、思わず身震いする光景だ。
「それにもうすぐ、電磁加速砲――リニアキャノンの有効射程だよ……そうなると、攻撃の激しさは今の倍になる……電磁加速砲の赤い雨が、赤い重粒子の弾が、私たちを引き裂くの……」
「……ねえサリィ」
「うん?」
「歴史で習ったんだけど、こんなとき、よく降伏ってするよね」
「……いいえ」
「え?」
「ミケン軍に関しては、強者が降伏勧告を行い、弱者が受ける、という形式美をまず崩さないの。それ以外は無視されるか、逆に……怒るわ」
「それって、向こうが言わない限りだめってこと?」
「つまりそういうこと」
「ごめんね……」
「なによ、ミサ」
「私、戦争してるのバカじゃない? って言ったよね――あれ、知らない者の罪な一言だったんだね……大馬鹿者でごめん」
「いいよ、私も軍に入る前はそう思ってたもん。エリート参謀で後方勤務専門、楽に金持ち金持ち〜ってバカ考えてさ。でも入ってから後方勤務希望蹴られて、前線でいつも初陣の怖さに震えて。今、経験してるけどやはりこわいも……の――」
 サリィの口が止まった。体も。
「どしたの? サリィ」
 サリィの視線が、端末の投影映像に集中している。
 と、サリィが、いきなりミサに笑顔を向け、無言で万歳をした。
「……もしかして、来たの?」
「来たよ! 敵の時空跳躍干渉に、すさまじい反干渉が起きてた!」
「どういうこと?」
「敵より強力な味方が、この宙域に現れたの――数分前に」
 ミサの顔が、にわかにほころんだ。
 来てくれた!
 あの人が……来てくれた!
 よくわからない人だけど。
 あまり知らない人だけど。
だけど、だけど来てくれた。
 私たちを、助けるために!
 あんなに嫌いなはずなのに……
 なのになんて頼もしいの。
「父さんが!」
「あ〜。ミサ、今『父さん』って言った」
「もう、どうでもいいじゃない。それで、とう――カレル少佐は、どこに出現するの?」
「出現し、た、の。すでにね。もうすぐここに光が届くはず……それは、敵の――」
 サリィは、足元を指さした。
「真下だあ!」
 サリィの顔が、白く光った。ミサの顔も。
     *        *
 戦艦マニエール・リエの艦橋で、カレル少佐は仁王立ちになって腕組みをしていた。
『……ミサイル以外の全砲門を開き、戦艦たちを陣の前面に出す。敵の注意をすべて、こちらに向けさせるのだ』
 会話はチャットリンクで行われている。
 急速に場所を変えながら、戦艦や巡航艦たちが砲門を出現させる。光子砲に、電磁加速砲だ。
『少佐、準備完了です』
 カレル少佐は腕組みをしたまま――
『よし。重砲撃戦開始……』
 これだけは声に出して叫んだ。
「砲火!」
 見えない疾風と、赤い雷雨が宇宙に現出した。
 ほぼ同時刻、戦艦ストロベリー。
「ミサ、大隊旗艦マニエール・リエより思考影響通話よ」
「なにそれ?」
「どの回線も妨害されてるから、思考影響で話をするの」
 ミサは、投影図を見た。
「でも、軽く五〇〇〇万キロは離れてる……」
「はーい! カレル少佐の思考影響なら、じゅうぶんに届くよ」
「サリィに『はーい』が戻った! って、うわあ〜、すごいじゃん五〇〇〇万キロ!」
「まあ、ミサが届かないから一方通行だけどね」
「あははは……とにかく繋いで」
「覚えておいて、思考影響は光と同じだから、これは三分近く前の情報よ」
 ミサの正面に、カレル少佐が映った。
「父さん……」
『ミサ・マリー、生きていてよかった。怪我はないか?』
「うん、ないよ……」
「だから聞こえないって……」
『今そちらに無人の盾艦を三万隻ほど全速で飛ばしている。それで身を守って、俺の戦いを見ていろ――』
 そして消えた。
「もしかしてじゃなくて足手まとい? なんかつまんない」
「まあまあ――それから気づいた? ミサ、また父さんって呼んでたよ」
「それはもういいって。あ、ねえサリィ、盾艦って何ができる? 強いの? 私、なんかしたいな〜!」
「何かするの? でもムロト大尉が……」
 ミサは、胸を張った。
「大丈夫! 撃退アイテム持ってるから」
 その頃、戦艦マニエール・リエ。
『敵がこちらに攻勢正面を向けました』
『ミサ・マリーは?』
『とっくに狙われておりません』
 ようやくカレル少佐の表情に、小さな余裕の笑みがあらわれた。
『……それでムロト、さっきの奇襲でどのくらい削った』
『三万隻ほどです。残念ながら戦死者はいないようです』
『残りは?』
『敵の残り数は約三一万隻。一・五億キロほど離れて四万隻ほどが合流しようとしていますが、間違いなく無人ですので無視して構わないかと』
『そうか……では、こちらのほぼ半分以下ということだな。よし、さっさと片づけるぞ――フランジーエ大尉!』
 カレル少佐の目の前に、顎髭男の胸像が投影された。中東系のフランジーエは、きりりと敬礼した。
『フランジーエ中隊長、俺が合図したら、一七万隻を率いて敵の右翼を圧迫せよ。そのための艦隊編成を今からしておけ。操艦接続を許可する』
『はっ』
 顎髭のフランジーエが消えると、カレル少佐は参謀のほうを向いた。
『敵の右翼と正面を同時に圧迫すれば、いつどこにスキが出来るのか。さすがにそこまでは、一介の操艦士に過ぎぬ俺には読めない――ムロト、その瞬間を俺に教えてくれ』
『必ずや見極めてみせます』
『よし……攻撃四、防御六で、第二戦速。戦艦を温存するため、巡航艦を前に出しつつ前進する』
 カレル大隊のうちで戦場に間に合った六七万隻が、一斉に動き出した。
 その金の雲に、緑の球体は怒り狂ったように砲撃を加える。赤い雨が降り、熱の嵐が吹き荒れる。
 だが、数で倍する金は、整然とした円盤陣の、鏡のようにきれいな面で、これを迎えた。緑の敵が攻撃を集中させるところで防御し、してこないところで反撃する――それはミケン側も同じである。防御をしたと思えば攻撃に転じ、そして防御する――優秀な先読みソフト同士による、ハイレベルなさぐり合いが続く。もちろん、角装甲のおかげで両者に被害は出ない。ただ、距離だけがじわじわと詰まってゆく……
 巨大な球と、巨大な円盤が、互いを貪ろうとしている。今や金の軍艦には緑が映り、緑の軍艦には金が映る。熱の嵐は装甲を溶かし、赤い雷雨は装甲を削ぐ。攻防の応酬は激しくなり、ところどころで防御のタイミングを誤って爆発する艦が出始めた。中には度重なる集中砲撃で角装甲を摩耗しきり、脆い機関部に直接エネルギー弾を撃ち込まれて果てる艦もいた。
 やがて相対距離が一五〇〇万キロに狭まったときだった。金の円盤の後ろから、もう一つ小ぶりの円盤が生えてきて、大きな円盤から抜け出した。
 小さな円盤は大きな円盤の裏側を横滑りして、緑の球にとっての右側に出た。
『よし、横を取るぞ』
 フランジーエ大尉が、自分の戦艦の艦橋で叫んだ。
「砲火!」
 小さな円盤が攻撃に参加した。とはいえそのぶん大きな円盤のほうが細くなっているので、全体的な火力はたいして変わらない――しかし、小さな円盤は、しだいに球の横に回り込みだした。
『大尉、もうすぐです。もうすぐ、敵の脆い側面を突くことができますぞ』
 フランジーエの参謀、インディア系のメヘター中尉が、興奮気味に騒ぐ。
 フランジーエは、両拳を震わせてメヘター同様気を高ぶらせる。
『このまま進め進め! 敵陣を最初に切り崩せば、手柄になる――今度こそ悲願を、五年ぶりの手柄を俺にギブミー!』
 だからと言って、ミケン軍も簡単に横を取らせない。右翼横面に二小隊を配置して壁をつくり、猛烈に反撃してくる。
 一方、戦艦マニエール・リエ艦橋では――
『フランジーエとメヘターは攻勢に強いのですが、しょせんお調子者コンビです――』
 ムロト大尉が、いきなり身も蓋もないことを伝えていた。
『――おそらく善戦はするでしょうが、今回も決定打にはならないでしょう』
『だからこそ、引きつけ役にいい』
『もう十分です。すでに敵の球陣には、中央にかすかなほころびが出来ています。たぶん中隊と中隊の隠していた境目でしょう。そこを突けば決勝点になるかと』
『そうか、もう好機が来たか。よし……アクショーノフ中尉、ラムザウアー少尉』
『御用ですか』
『はっ』
 二人の胸像投影が現れ、カレル少佐に敬礼した。二人とも金髪の男性だ。
『アクショーノフ砲艦小隊はムロト参謀が提示するデーター通りの箇所を集中砲撃せよ。ラムザウアー戦艦小隊は、その直後に完全防御で突入しろ。いつもの盾艦がいないが、俺が後方から援護する』
『必ずやお役に立って見せます』
『了解!』
 そして二人は消えた。
 大きな金円盤の一画に、四万隻の砲艦が密集している。細身の砲艦たちが、その中央部を大きく開かせていた――まるで花が咲くように。やがて一隻あたりで軽く二〇〇門を超えるX線砲が姿をあらわにした。剥き出しの砲門が多いぶん当たり判定が大きいので攻撃されるともっぱら弱いが、単艦あたりでは戦艦以上の攻撃能力を持っている。
 その中心に、一隻の戦艦がいた。アクショーノフの乗艦である。艦橋で、アクショーノフは右手を大きくあげた。
「許可は出ています――目前の味方無人巡航艦ごと、敵を撃ちます」
 彼はチャットを使わないタイプのようだ。直接しゃべっている。おもむろに腕を振り下ろす。
「砲火です」
 数秒後、アクショーノフの姿が白くなった。
 前を飛ぶ巡航艦群が一斉に爆発したのだ。
 目を開けていられないほどの光が発生していた。
 そしてそれが消えたとき、アクショーノフの前には何もなかった。
「全艦砲門閉じ、急速冷却開始。ただちに後衛に下がり、防御に専念します」
 二分後、カレル少佐は大喜びした。
『脆い砲艦を狙われないようにするため、まさか味方の巡航艦ごと撃たせるとは、ミケンは夢にも思うまい。じっさいほら、中央にあんなに大きな穴が開いたぞ』
『ですが、こちらにも四〇〇〇隻もの無駄な損害が出ました。連合市民の税金が……』
『うるさいこと言うな、始末書四〇〇〇枚で済むだろ』
『書くのはこの自分なんですよ……』
『まあまあ。さてと――ラムザウアー少尉、突撃だ』
 だがカレル少佐の号令を待つことなく、ラムザウアーは飛び出していた。五万隻の戦艦だけで構成された強力な小隊は、戦帆をぎんぎんと光らせて、矢のように突出した。
『俺様の力で、この戦闘は終わりじゃい』
 ミケン軍は、それを狂ったように迎撃しようとする。
『おお、ラムザウアーなんぞに手柄を独り占めされてたまるか!』
『はい大尉、もっと攻撃しましょう!』
 フランジーエ大尉とメヘター中尉のコンビも張り切る。
 その圧迫に、ミケン軍の右翼がついに読みを誤った。防御すべきときに攻撃を選択してしまったのだ。砲撃の瞬間に船体の一部を貫かれたミケン軍艦たちは、単なる的となってたちまち連鎖爆発していった。
 緑の中に、白い爆発煙が蓄積してゆく。爆発の衝撃波で、ミケン軍の右翼が少しずつ形をゆがめる。痛みにのたうつ様に、アクショーノフの開けた穴もゆがむ。
 そのすきに、ラムザウアー小隊は一挙に距離を縮めようとする。
 しかし――ミケンの左翼が、まだ生き残っていた。
 ラムザウアー小隊の先頭に、ミケン左翼から見定めたような集中砲火が炸裂した。
「うおお!」
 一〇〇〇隻以上の戦艦が、あまりの熱に溶け散った。航行不能な艦が続出し、後列から来る戦艦の進路を乱す。ラムザウアー隊は自然に足が鈍くなった。さらにそこに、ミサイル群が接近する。
『……だめか。ラムザウアーを下げて、もうひとつ突入小隊を編成するか』
 とカレル少佐がつぶやいたときである。
『盾艦小隊。窮地の味方を援護します!』
 という思考影響通信が、少佐の耳に届いた。
 カレルの顔に、さすがに驚きが浮かんだ。
『マリー! 見てろと言っただろうが!』
 盾艦の一隊が、すでに最大戦速で戦艦小隊の前面に躍り出ていた。
 三万隻の盾艦は、中央部から後部まで続く長い横面装甲を傘のように広げ、正面から見たらまさに壁のような物理障壁を展開した。それが整然と隙間なく並ぶ。
 とてもタフで、ミケンの砲撃をいくら受けてもびくともしない。
 ミサイル群には、おとり――デコイミサイルを大量にばらまいて対処している。
 唖然とするラムザウアーに、ミサの声が届いた。
『さあ、突入して下さい!』
 ラムザウアーは声に出して答えた。
「すまぬ、お嬢!」
『お、お嬢?』
「少佐の娘さんだから、お嬢だ。この恩はきっと返すぜ、フロイライン・カレル」
 そしてミケンの攻撃が弱くなった瞬間を見計らい、チャットで号令した。
『突撃再開!』
 たちまちのうちにアクショーノフの砲撃で開いた陣形の穴にたどりつくと、急減速して相対速度を調節した。穴の付近はミケン軍の艦艇の残骸が大量に浮遊して、それが幸いしてミケン軍の攻撃を受けにくい。またミケン軍にも穴を埋めるべく掃海戦力を投入する余力がなかったので、そこはまさに宇宙にできたちょっとした森だった。
『近接戦闘。格闘艇放出!』
 それまでの防御から一転、戦艦の腹に搭載してあった無人格闘艇を大量放出する。格闘艇群は器用に残骸の森をくぐり抜け、ミケン軍に接近戦を展開した。
 戦艦一隻あたり一〇〇〇機搭載してある格闘艇は、全長の倍はある五〇〇メートル級の長大な光槍を数本持っている。形状はいわば腕を持ったミニ戦艦で、主な攻撃方法はすばやくミケン戦艦にとりつき、オートマニピュレーターで構えた槍を突き刺すのだ。
 ミケンの軍艦は防御の要に角装甲を使用しているが、人類連合でいう戦帆がない。かわりに、重力場で押し固めた緑に淡く輝く気体外殻がある。それは「殻」というだけあって気体のくせに固く、槍では貫けない。
 ただミケン軍艦は気体外殻を吹き飛ばさずに攻撃や廃熱をすべく、異様に長い砲身や排熱管を持つ。そこを格闘艇の槍で突かれると、誘爆して艦本体がやられるのだ。
 格闘艇の奇襲に、緑の軍艦たちは混乱した。
 ある巡航艦の一群は蜂のように偵察機を腹から出し、身を守ろうとした。だがいかんせん戦闘能力が低い上に全長五メートル足らず。たちまち二〇〇メートルを超える格闘艇に蹴散らされ、逆に巡航艦群はさらけ出した腹を突かれて次々に爆発していった。
 ある戦艦群は群がる数万の格闘艇に対し、引きつけた艦砲の一斉射で半分を撃破した。しかしその後は、あまりにも素早い動きに砲門の狙いがついて行けない。たちまち肉迫され、ばか長い砲門が突かれて傷つく。さらにそれに気づかずに撃ってしまい、暴発から自爆する愚かな戦艦が続出した。
 とはいえ、ミケン艦隊はいつまでも混乱はしていなかった。やがて組織的にミケン側の格闘艇を繰り出してきた。ミケン側の格闘艇は、長大な光鎌で武装している。光槍、対、光鎌。格闘艇同士の激しいドッグファイトが、そここで繰り広げられる。
 また、残骸の海では侵入に気づいたミケン戦艦と、侵入した戦艦たちがミサイルで応酬し合っていた。狙われると極端に弱い砲塔の類はすべて隠している。中央後部から発射される大量のミサイルが、互いに発射される。爆発が空間に連続し、まさに完全な乱戦だ。敵味方の軍艦が陣形も忘れてからみあう。なかには相対速度が速すぎてかわせず、ぶつかって二つに折れ、爆散する運の悪い敵味方もいる。
 これで大勢は決した。一度でも懐を許せば、数の少ないミケン軍にもはや対抗すべき手段はない。急速に士気は落ちるはずだ。
 カレル少佐が、いよいよと思って大号令を発した。
『全艦、一分間の重砲撃戦の後、突入。ラムザウアーに続け!』
 そして付け足し。
『ただし、どこかの訓練小隊は除く!』
 ミケン軍は、二〇分後に崩れた。
     2
 ミサとサリィが戦艦マニエール・リエの艦橋に入ると、怒った顔をしたムロト大尉が早足でやってきて、いきなり殴る構えを見せた。
「貴様ら、いくら勝利に貢献したとはいえ、なぜ命令違反を犯した!」
「ひゃああ」
 サリィはすっかりおびえ、ミサの背中に隠れてしまった。
 しかし今回、ミサは反撃手段を持っている。一つの写真入れ首飾り――ロケットをおもむろにムロト大尉の眼前に掲げる。
「……今回は、これで許してもらえませんでしょうか」
 ムロトは、そのロケットに訝しげな視線を送っていたが、
「ムロト様……アン・リン」
 とミサがつぶやくと、たちまち白い顔をして後ずさった。瞼がこまかく瞬く。
「……誰にも見せてないか?」
 ミサは、深く頷いた。
「わ……わかった。ごほん! あー、まあ今回は敵を発見したこと、そして訓練生にしてはまともに対応できたこと、さらに勝利を決定づけるアシストをしたことで、帳消しにしよう――」
 ミサは元気に敬礼した。
「は、ありがとうございます」
「ありがとうございまーす」
 反射的にサリィ・クトゥプ准尉も続いた。
 周囲がざわめく中、ムロト・カケル大尉はミサに細目で無言の視線を投げかけた。
 ――ロケットを渡せ。
 ミサはしかし、ロケットをおもむろに片づけてあらぬ方向を向いた。
――え、何のこと?
 ムロト大尉は顔を赤らめ、両手を挙げ、ぶるぶると体を奮わせてミサに近づいた。
「何してるんだ、ムロト」
 カレル少佐が言ったのをきっかけに、ムロトは周りの興味深そうな視線に気づいた。すると恥ずかしさで力が急に抜けたのか、しぼんだように体をくねらせながら、参謀席に戻っていった。
「まったく、おかしな奴だ」
 そして娘を見る。
「ミサ・マリー……よく生きて戻って来た」
「父さん、怒ってないの?」
 カレルは首を振り、屈んでミサを抱いた。
「いや……本当はミサ、おまえが怒るべきなんだ。どうして私を戦場に送ったの、と」
「……でもね、なぜか腹が立たないの――父さんが来てくれたことのほうが、うれしかったから。それに生き残ったことも」
「そうか、ならよけいに怒れぬ――とにかく俺には、怒る資格はない。俺は、ミサがここにいる、それだけでいい。すまなかった。つらかっただろう――」
「父さん、感傷的にならないでよ」
「――クトゥプ准尉」
「はい!」
「……よく娘を補佐してくれた。ありがとう――もう一人前だな、今日中に少尉昇進への推薦状を本部に出そう」
 緊張していたサリィの顔が、一気によろこびに満ちた。
「……は、はい! こちらこそ!」
「父さん、サリィを評価してくれてありがとう」
「ミサ・マリーもそう言ってくれるのか……父さん? ――マリー!」
 カレル少佐は、ミサの両肩を掴んだ。
「な、なに?」
「マリー。俺をさっきから、父さんって、呼んでなかったか?」
「……えっとー。そうだよ、父さん」
「もう一度呼んでくれ、名前付きで」
「カレル父さん。エミール・カレル父さん!」
「マリー!」
 カレルは、ミサを強く抱きしめ、頬にキスの嵐だ。
「やだ、くすぐったいって。あはははは」
「ミサ・マリー、おまえ戦闘中は、どういう態度で指揮を取っていた?」
「え……何よ唐突に――ええと……??」
 思い出せないミサの後ろからサリィが、
「カレル少佐、仁王立ちで腕組みです」
「わはははは! 俺と同じじゃないか! やはりかわいい娘だー」
 そして唐突に、子供にやる「高い高い」だ。
「きゃああ、父さん。やめてったら」
 ミサの抗議にカレル少佐は面白がり、メリーゴーラウンドよろしく回る。
「ほらほら、昨日より裾が短いだろうが。足をばたつかせたら見えるぞ」
「ああん、やだ。どうすればいいのー!」
「リエはそのうち諦めて抵抗しなくなったぞ」
「母さんにもやってたの!」
「うれしい時はな」
「あああ、この人、大人だと思ってたけどちがうよやはり」
 カレルはミサを降ろした。
「この人じゃない。父さんと呼びなさい」
「格下げさせたの自分でしょうが……あり?」
 と、そこで二人ははじめて、周り中から大笑いが起きていたことに、はじめて気がついた。ムロト大尉だけは笑っていなかったが。
     *        *
 損害を集計すると、カレル大隊の損害は参加戦闘艦艇六八万隻のうち、わずか四万隻足らずだった。そのうちの一割は「味方の恣意的な誤射」というやつだった。人的被害は幸いにもなかった。
 一方、ミケン二個中隊のほうは参加戦闘艦艇三八万隻のうち、一五万隻を失って潰走した。二人の中隊指揮官のうち、一人は逃げたが、一人は捕虜にした。戦死はいずれも小隊指揮官で、内訳は操艦士二人、参謀二人の計四人だった。艦の被害に対して少なすぎる人的被害に、ミサは違和感を覚えずにはいられなかった。
 ミケン軍に対し、現在フランジーエ中隊が追撃をかけている。だが跳躍子量――カレル大隊本隊は後から戦場に来たので、ミケン軍より跳躍子を溜める絶対時間が不足していた――の差から、おそらく逃げられるだろう、ということだった。
 そしてミサは父に従って、マニエール・リエの一画にいるミケン人捕虜と対面した。
 初めてみる異知的生物は――凍っていた。
 約一〇体の捕虜(中隊指揮戦艦一隻と、小隊指揮戦艦一隻分の人員とのこと)は、いずれも冷凍されていた。強化ガラス越しにミケン人が見える。
 そしてミケン人を見た瞬間から、ミサはそのユーモラスな姿にすっかり惹き付けられてしまった。
 ミケン人は、白い外骨格を持つ珪素型生物だった。その本体はなんと完璧な球であり、そして顔と胴体が完全に一体化しているのである。
 単純に言えば、顔から手足が生えているのだ。ついでに二本の角もある。これは長いほど年寄りらしい。
 どの個体も体に何もつけていないようだ。つまり裸だが、ミサはなんとも思わなかった。外見が人とあまりにも違いすぎる。ただ、人で言う「額」に相当するところに、どの個体も飾りを付けていた。それは小さな円だったり、単なる針だったり、二又の針だったりした。階級章のデーターバンクで調べると、なんとこれこそがミケン軍の「階級章」だった。偉くない〇〇針士と偉い〇〇角士がいるらしい。
 ミケン人――なかなか面白い、ひょうきんな生命体ではないか。なぜ人類連合はあらゆる記録にプロテクトをかけ、このユーモラスな姿をグロテスクと主張するのだろう。ミサは白一色というウグレラルナ人もぜひ見てみたいという、好奇心を覚えた。
 ミサは数分ほど興味深く観察していたが、
「ねえ、父さん……」
「なんだい、ミサ・マリー」
「……どうして凍らせているの?」
「自殺するからさ」
「じさっ……」
「ミケン人は『名誉の自決』と呼んでいる。彼らの社会はいまだに安定せず、統一国家らしきものがない。いちおう『星間国家群連邦』という国の名前みたいな連合議会組織があるが、いくつかの大国に利用されているだけだ。銀河系の中心にいるというのに、ウグレラルナや人類連合と共闘して、こうして銀河の果てに顔を出す勢力もいる……」
「え……こちらの味方になるミケンもいるのに、インタビューのとき、最後に『ミケンを倒せ』って……」
「あれは条約で『敵になっているミケンを打倒する』という解釈に落ち着いている」
「条約? わざわざミケンに断ってるなんて――わかんないよ、その感覚」
「人類連合としては、ミケンの反動勢力が協力してくれる道を残しておきたい。それにミケンの偉い方も保険を張りたいのさ。自分が中央での力を失ったとき、昨日の敵を頼るためにな。下克上に裏切りが日常化しているミケンならではの処世術ではないか」
「処世術ね――」
「裏にはいろいろとある。そして表も――戦争をなかなか実感していないことがある」
「実感……」
「俺がいまいち実感できない理由だが……たとえばここにいるミケン士官。いちおう生きていることになっているが、じつは降伏したとき、一〇名中四名が自殺していたのだ」
 ミサの顔に困惑がいくつも重なって面白い顔になった。
「……どうなってるの?」
「ああ、原種惑星にはない技術だったな。無理矢理生き返しているということさ。微細機械――ナノマシンを大量に使って」
「脳は? そこを銃で撃ち抜いたらもう……」
「脳のカオス理論を知っているか? まあにわかには信じられないだろうが、脳のだいたい二割ぐらいが残っていたら、残りの八割を記憶網ごと復元できるのだよ。さすがに完全とはいかないが、九九パーセントは確実だ」
「それって、いわゆるクローンじゃ……」
「でもな、公式には生き返ることになるんだよ。とはいえ、操艦士なんかは脳が破壊されなかったとしても、一度心臓が止まればその能力を永遠に失うらしいがな。話は逸れるが、つまり操艦士はクローンでは増やせない。機械で思考影響脳波を記録再現しても無駄らしい。だからこそ操艦士は貴重なのだな」
「不思議……どうして力がなくなるの?」
「理由は未だに不明だ。すぐにオカルト野郎が騒ぐから、あまり言うなよ――とまあ、ここまで言えばわかるだろうが、ミケンの自殺はほとんど格好だけみたいなところがある。自殺しない者は、恥らしい。痛いからよせばいいのにな――だいいち、操艦士の自殺率がやたら低いのが、何よりの証拠だ。食いっぱぐれるからな」
「……なんか、死ぬほうも生き返すほうも、命を軽んじているみたい」
「あまり言うな――とにかく寿命が来た死以外では、普通では目に見える死者はまずいないのだ。それが、俺が戦争の悲惨をいまいち実感できない理由なのかもな。戦死とはすなわち、死体が残らない蒸発しかないから」
「……それを悲しいとは、思わないの?」
「ミサ・マリー。君はまだ純粋だ……頼むから、答えられない質問をしないでくれ」
「私、悲しくなくなるこの戦争って、なんか――いやよ。せっかくきれいな宇宙をいつでも見ていられるのに、どうして戦争なんかしてるんだろ。だって、この広い銀河系の三分の一に、人類はたったの一五兆人しか住んでいないんでしょ? 私知ってるのよ、一恒星系だけで、住もうと思えば何百億人もの人間が住めるって……現在の領域だけで、まだ無限に近い人間が暮らせるはずなのに」
 ミサは、さみしそうに冷凍装置のガラスをさすった。
「ミサ……おまえは、聡明な子だ」
「ミケンでもウグレラルナでも変わらないはずでしょ? 私たち、本当はいくらでも平和に暮らせるじゃない。宇宙だけが何も変わらないのに、どうして生物の心って変わるのかしら――いっそのこと、三種族は出会わなかったほうが幸せだったのかもしれない――なにより戦争をするぐらいなら、どうして他の銀河に新天地を求めないのかしら。近くに大小マゼランとかあるでしょ?」
「……それは、おそらく疲れたからだ」
「疲れた?」
「ああ――あるいは、怖くなったのかもしれないな、冒険することが。戦争のほうが、ずっと楽なのだろう。無人の星系を苦労をかけて有人化するのは骨が折れる。開発費からすごいし、人を呼ぶには経済的に魅力的ななにかがないといけない。宣伝も大変だ。ビッグビジネスの割には、実入りが少なく根気がいる。昔とちがい、創立者は煙たがられて感謝されない。新しいものを創る人が、確実に減っている――それに比べ、ウグレラルナもミケンもすでに完成された開拓惑星や施設を多く持っている。狙わない手はない」
「なんか変。そういうの、盗賊っていうんじゃなくて?」
 それはな――と、カレル少佐が何か反論しようとしたときだった。
『少佐! 大変です!』
 というムロト大尉のチャットが、カレルの頭に飛び込んできた。数秒して、血相を変えたムロト本人が部屋に飛び込んできた。
『どうした、ムロト』
『じ……じ……』
『落ち着いてしゃべろ』
『すいません……自殺した連中に脳を撃ち抜いた奴が一人いまして……そいつの脳の復元データーを検証したところ、大変な情報を掴みました』
 にわかにカレル少佐の顔が険しくなる。
「口に出して言え」
『でもここには、カガミガワ・カレル准尉が』
「どうせ口の軽い貴官だ、三日と保たずにべらべらと広めるだろうが――言え」
 ムロト大尉は数秒ほど黙っていた。かなりショックを受けたはずだが、表には微塵も出さなかった。
「……それでは、報告します……シヴァ一二星系モンゴロイド〇五が、敵の特務部隊に狙われています!」
     *        *
 そのミケン士官は、名をホーンブレンド三又針士(大尉に相当するらしい)と言った。ちょうどミサが撫でていた冷凍台に転がっていた、長めの角と黄色っぽい白色の目を持つ、操艦科(!)の中隊長だった。
 コンピュータに記録された彼の復元記憶によれば、ウグレラルナ契約大共和国軍の一隊が任務を帯び、ミケンの助けを借りてモンゴロイド〇五を急襲する予定だというのだ。
 その目的は――深潜在能力の操艦士を育む、原種惑星全住民の消去。
 しかし、道中でミケンの先行偵察隊――すなわちこの中隊が、半日前のインタビュー放送を偶然知り、事態は急変した。
『この女は、作戦対象である原種惑星出身の可能性大。作戦の主旨を完遂すべく、捕捉撃滅を提案す』……さんざん悩んだあげく、この通信を添えて後進のウグレラルナに送り、返事を待たずに偵察範囲を広げた。
 そこでいきなり、ミサの訓練小隊とばったり出くわした――という展開だった。
 そしてホーンブレンド三又針士は、自殺の直前にこう思った。
『敵の指揮官よ。わずかな囮を用い、小生らを破った主のあっぱれな指揮ぶりに敬服する。小生は罠を見破れなかったことを恥じ、操艦士としての命をここで終えよう――』
 ミケン語を人類連合の標準語である高速英語に翻訳したものだ。翻訳前のと同じ音声だが、かわいい声だ。どうやら男のようだが――女の子にしか聞こえない。
『ああ、残った人生一〇〇年は何をして暮らそうか――そうだ、家業を継いで回船問屋にでもなろう……でも嫁がいない……痛そうな銃口だ……いくぞ……ああ、痛そう……名誉の自決をしたとなれば、小生にも来てがある……いくぞ……いく……ぐはあ!』
 ムロト大尉はそこで指を鳴らした。すると、ミサやカレル少佐の頭に直接響いていた記録が終わった。ミサもカレル少佐も、すっかりあきれた顔をしていた。
 ミサはさすがに冷ややかな目で凍ったホーンブレンド三又針士を見た。宇宙の医療技術はすごい。かろうじて側頭部(?)に丸い銃創痕がうすくのこっているだけだ。
「こいつ、最初から生き返してもらうことを前提に逝ったのね……でもすごい。まだ一時間とたってないのにもう治ってる。治してるとこ見たかったな」
「とにかくこれが、ミケン社会の現実だ。捕虜収容場に入れるより、さっさと開放――いや、宇宙空間に放出したくなる」
「でも父さん……彼の自殺した理由で……いえ、疑うわけじゃないんだけど」
「罠なものか、完全な偶然だ。だいいち初陣の愛娘を送り込むわけがないだろ」
 ミサは、思わずムロト参謀をじとりと見た。
「ムロトは真面目な、正義の味方おたくだ。悪を倒すのに味方を犠牲にはしない」
「はい、自分は正義の味方おた……少佐あ〜」
「じゃあ、このミケンの人って自殺損?」
「そろそろ軍を辞めたかっただけじゃないのか? 結婚したがってたみたい……おい」
 カレルは、両手のひらで自分の両頬を軽く叩いた。すると頬が緊張を取り戻した。
「……ミサ・マリー、重要どころか重大なこと、忘れるところだったぞ!」
 ミサも頷く。
「あんまり最後が面白かったので……父さん、原種惑星の消去ってどういうこと?」
「……戦闘種族でいくらでも人材のいるミケンはともかく、現在、人類でもウグレラルナでも、操艦士が不足しているのだ……知っての通り、理由は分からないが操艦士と原種の子は、ほぼ確実に操艦士になりしかも能力が平均的に高い……人類とウグレラルナはここ一〇年ほど、ときどき思い出したように原種惑星を潰し合っているのだ」
「そんな説明はどうでもいいわ! 母さんよ母さん!」
「ああ、分かってる……ムロト、どう思う?」
「はい……ミケンは獲物があれば飛びつきますが、ウグレラルナは一度目標を定めると、状況が多少変わっても無視する傾向があります――おそらくミケンの提案に首肯せず、モンゴロイド〇五を直接突く腹かと」
「母さんが、リンが、みんなが殺されるなんて! 助けに行かなくちゃ」
「落ち着け――いくら敵がいるとわかっていても、軍は簡単には動かないんだ」
「だからそこを早く! 今すぐ行こうよ」
 カレル少佐は、興奮するミサの腕を取った。
「マリー、まず落ち着け! 私はこれからロス連隊長に上告する。それからだ」
「父さん……それで、防衛隊が出るのにどれぐらいかかるの? ここから私の星まで、たったの一一〇〇光年、最短で半日だよ」
「悔しいが、早くて二日……それは敵の規模が不明だからだ。ミケン艦隊は降伏直前にすべてのデーターを消去した。記憶を覗いた中隊長でさえ、二〇〇万隻以上か? というていどしか知らない。規模が判明するまで、二二二連隊は動かないだろう。そして最終的な防衛作戦の実現そのものを保証できない……そこまでの権限が私にはないのだ」
「助けないなんてどうしてあり得るの!」
 カレル少佐は悔しそうに、
「……原種を、軍はそれほど重要に思ってないのだ。ロス連隊長はその典型でな――とくにここ数週間は、ロス大佐が奇妙なのだ」
「ロス大佐? ああ、あのすごい笑い方するけど、目がどこか卑屈な」
「こら、上司の悪口を言うな……とにかくモンゴロイド〇五付近の巡航が、めっきり滞るようになってな……まあこれは今にはじまったことではない。そのたびに中央から注意を受けている。ただおかしいのは、ミケンの存在を時空跳躍通信で報告したのに、未だに『敵の本隊を捕捉すべし』という当然の命令が降りないことだ」
「母さんの危機なのに、なんで父さん、そんなに冷静に物を言ってられるの?」
「違う! ……すまない、俺はどんなときでも状況を正確に把握する訓練を受けているのだ。そのためには――冷静なふりをしないといけないのだ」
「でも、母さんが……母さんが!」
「だから、少しでもいい方法を模索しているのだよ!」
「母さんを助けて……」
「簡単にはいかないが、必ず救出作戦を成立させてみせよう」
「それじゃあ遅すぎるよ! 母さんが、リンが、みんなが死んじゃう!」
 ミサは涙を流しながら叫んだ。
「なぜ? 宇宙はずっと原種の平和を保証してきたじゃない! なのに戦争してること隠して、おまけにいざとなって裏切るなんて酷すぎる――私、行くよ」
「マリー!」
 ミサは首を振った。涙も散る。
「ちがう、私はミサよ。私、反抗期自覚したばかりだから、さっそく反抗する権利を行使しちゃうからね!」
 そして腕を父の腕を振り切って、そのまま走り出した。部屋を抜け出す。
「……反抗期、か」
 娘を呆然と見送りながら、カレル少佐はつぶやいた。
「赤ちゃんで別れたら、次はいきなりこうか――俺は損な役回りだな、リエ」
 そのカレル少佐に、
『放置しておいていいのですか? 少佐』
「ムロト……大丈夫だ。あれほど気が高ぶっていたら、操艦はできんよ」
『いえ、できます』
『……どういうことだ』
『さきほどの戦闘記録を解析していたところ、カガミガワ・カレル准尉の操艦限界数が、爆発的に上昇していました』
『爆発的に上昇……だと? はじめて聞く表現だな』
『そう形容するしか、ありませんでした』
『それで……何十万になった? たしか前は二〇万隻台だったな。倍になったのか?』
 ムロト大尉は冷静な顔で、しかし顔色だけは気が高ぶった赤味を帯びて、
『いいえ――二五〇万隻です』
『それは奇遇だ。俺がインタビューで大嘘かましたのと同じ数ではないか』
『はい、まことに奇遇です』
 沈黙。
 カレル少佐が「あー!」と叫ぶまで、三〇秒の空白があった。
     3
 数時間後……
 とある二連恒星系を背景にした宇宙に、金色の雲が現れた。
 すさまじく無秩序な艦隊配列だ。戦艦のとなりに砲艦が並び、その下には盾艦や巡航艦がいる……完全にごちゃまぜである。ただ、その雲はとても濃かった。軍艦が通常ではない密度で密集しているのだ。
 その中に、戦艦ストロベリーの姿があった。
「時空跳躍終了。ミサ、跳躍子を溜めながら、予定通りこの二連恒星系から姿勢制御剤と反物質を補給するよ」
「サリィ、お願い――私疲れたから寝る〜」
「待って、ラムザウアー少尉から通信よ」
「……出るー」
 ミサが目をこすりながら立ち上がると、金髪青年の投影胸像があらわれた。
『お嬢、さすがに強行軍で眠いだろ。次の時空跳躍は俺がかわってやる』
「……うん、お願い。まさか四一万隻も連れて来れるなんて思ってなかったもんで……操艦接続解除〜」
 そして何か言いたげなラムザウアーを無視し、ふらふらと艦橋を後にした。
 戸惑うラムザウアーに、サリィがチャットリンクで謝った。
『ごめんなさい、少尉。カガミガワ・カレル准尉は、とても疲れているの』
『いや、いいって、クトゥプ准尉』
『それにしても物好きですね、ラムザウアー少尉。敵の規模も判明していないのに』
『なあに。過去の例から見て、惑星焼夷戦は二個中隊が相場だ。最大でも一個大隊だろうさ。それより、これで俺は准尉に降格間違いなしだ。でも恩があるからな――俺の戦艦小隊は、突撃に失敗するところだった』
『私も少尉への推薦はご破算ですよ。まったく、カガミガワ・カレル准尉の懇願に負けてしまいました――でもこれで一年は、食費に困りませんのよ』
『ああ、俺もその線でお嬢に恩を売ればよかった……彼女になってくれ、とか』
『そういう要求に答える余裕は、今の准尉にはありません』
『冗談だ冗談だ、あまり頬を膨らませるな――ところで補給作業の件だが、操艦指揮を俺が引き継ぐから、ついでに俺の参謀をこき使おう――お、いやな顔すんなや。お前は俺が庇うから降格ない……うるさい!』
 いっしゅんラムザウアーの胸像が消えた。
「…………」
『――ああ、俺の相棒はいいってさ』
『いま、腕力でねじ伏せませんでした?』
『うんや、快く承知してくれたぞ。滝の涙を流してな。さあ、君も眠るといい』
 サリィはにっこりと微笑んで、声に出して承諾した。
「……ええ、ぜひそうさせていただくわ」
 ラムザウアーの投影は消えた。
 同時に、サリィの作り笑いも消えた。
「困ったものよね……なまじ数が少ないもんだから、多少人格に問題があっても許されるし、事を起こしても降格で済む……どれもこれも昔だったら死刑ものなのに」
 そして息を吐いた。
「ま、いいか。首謀者が操艦士の場合は、たいてい参謀は許されるしね……だいいち、おばかな普通の人に過ぎない操艦士を、エリート中のエリートにして最高の頭脳集団である参謀より上に置くことが多い、軍の人事そのものに問題があるのよ! キー! 昔の偉い政治家曰く『秀才たちに権限を与えれば、反乱を起こすのだよ、ふっ』てかー! 変態ばっかしの操艦士のほうを、なんとかなさいよ! ……あれ、ミサ?」
「うるさーい、眠れなーい」
「ご、ごめん〜……聞いてた?」
「うん……秘密にしたければあー、食事一年ぶんの約束うー…………」
 サリィ・クトゥプ准尉の喉が、緊張でごくりと鳴った。
「なしね」
「……はい」
 サリィはうなだれた。
     *        *
 ウグレラルナ契約大共和国軍の一隊が、広大な宇宙の片隅で、時空跳躍と時空跳躍の合間をくつろいでいた。
 白い彗星のような艦隊が、いかにも優雅に行進しているように見える。その中心には、ひときわ大きな巨大戦艦があった。三角錐の角装甲、数枚の羽根状の後方へ開く板、長大な青い尾帆。どれもが、普通の白い船をただそのまま巨大化したものだった。
 しかしそこに、二隻の異色な巨大戦艦が寄り添ってきた。一隻は角装甲の形にやや曲線が混じり、板構造に黒いラインが入っている。尾帆も二枚もある。もう一隻は色から違う。白をもっぱら尊ぶウグレラルナにあって、普通ではない色――赤で塗りたくっている。角装甲に至っては、二つの先端を持つ実用無視なもので、羽根状の板がやや短い。これは尾帆が一本。
 二つの異色巨大戦艦は、普通の巨大戦艦に細いチューブを接続した。
     *        *
 普通の巨大戦艦の艦橋。戦艦の主は、椅子に座っていても抜きん出て背が高かった。
 その白い巨人は、余裕を見せて笑っていた。
 細い優しそうな眉、すべてを知っていそうな深い瞳、おおらかそうな口元。
 その巨人は、誰からも好かれそうな、そして慕われそうな、そんな顔をしていた。
 巨人が座っている椅子は、普通のものよりはるかに大きかった。となりの参謀席の、軽く一・五倍はあるだろう。
「おお、来たか!」
 巨人が、これまたいかにも頼もしげな太い声でうれしそうに言った。
 黒髪のインペラートル金風殿と、赤髪のウィクトーリア白風殿が、その共に美しい顔に小さな笑みを浮かべて、艦橋の左右から同時に入ってきたからだ。二人とも同じような軍服に身を包んでいる。人類連合軍とちがい、ウグレラルナ契約大共和国軍では軍服に男女差はほとんどないようだ。一見ライダースーツのような純白眩しい軍服は、しかし布地はかなり薄そうだった。人類連合軍のような胸の階級章はない。
 そして軍服を見事に着こなす二人は、早足で歩いている。
 インペラートルの後ろには、彼の参謀であるグラキエース白羽官が付いている。
 ウィクトーリアの後ろには、彼女の参謀であるマルス金羽官が付いていた。
 参謀は、二人とも可哀相なほどまったく目立たない。艦橋で勤労にいそしむ他の士官たちも同じく目立たない。誰も彼もが、白かったからだ。違うのは、せいぜいで階級を示す背中の軍羽だが、それも色の半分が白なのであまり効果を発揮しない。
 だが――だが、インペラートルとウィクトーリア、そして巨人は違っていた。異彩を放ち、目立っていた。普通のウグレラルナ人たちは、誰もがちらちらと彼らを見る。それを三人とも、当たり前のように受け流すのだ。自信たっぷりに、威風堂々として。
 インペラートルとウィクトーリアは、巨人の前で胸に右手を当て、ウグレラルナ式の敬礼をした。そして手はそのままで騎士のように右膝を床につけ、左足を前に出す優雅な半座り姿勢となり、うやうやしく頭をさげた。すると、巨人は席から立ち上がった。
 座っていても巨人だった男は、さらに大きくなった。背中に垂れた軍羽は、艦橋にいる部下一〇〇人の誰もが持っていない、銀色の巨大な鳥の羽毛だった。残る二人の異彩に巨人の参謀、一部の運営科士官が、根から少し上向きに伸び、すぐに大きく垂れる風にしだれそうな翼状の派手な軍羽を背負っている。他の者は、半透明な部分の多い、虫の羽根みたいな軍羽を垂らしていた。
 巨人が、頼もしい笑みを浮かべた。
「二人の大隊長に来てもらったのは、他でもない。ちょっとした、実にささやかだが、しかし心の奥底から不愉快で面白くないトラブルが発生したのだ」
 ウィクトーリアが、ゆっくりと頭をあげた。赤いセミロングが静かに揺れる。
「……ミケンのたかだか一個中隊が不注意によって壊滅したことが、それほどお気に障ることなのでしょうか、サイズモ銀翼帥」
「ある筋から耳にした話では、ウィクトーリア大隊長はミケンの提案に乗り気だったそうだな。それとも、まだ『ミサ』とやらに執着があるのかな」
 ウィクトーリアの赤い猫のような縦長の虹彩が、さらに細められた。
「いいえ……小官の失言でした」
「私は一つの局地的な敗戦ごときで大隊長は呼ばない、ということだ」
 それにインペラートルが頭をあげた。
「するとサイズモ銀翼帥は、他にもっと悪いことが起きたと言われるのですか」
「うむ――誰か当ててみろ」
 しかし、誰も何も言わない。
 サイズモ銀翼帥は静かになった艦橋を見回したが、目を合わせた者が次々に視線を逸らせるので、やがて面白くなさそうに、
「ゲームなのに、これでは興がないではないか。それではヒントをやろう――標的の星を叩いた後で、敵艦隊が大挙して出現するおそれがある」
 そしてまた見回す――
「……裏切り、ですか」
 ぽつりと、上司インペラートルの後ろに控える参謀が言った。
「グラキエース、貴官か」
「――はい」
 グラキエース白羽官は、固く緊張した面をあげ、連隊長を見上げた。
 連隊長――サイズモ銀翼帥は、にんまりと愛嬌のある笑いを見せ、
「言ってみなさい。くわしく」
 皆が、にわかにグラキエースを注目する。
「……単純なことです。先の戦いで我々の存在を知ったにもかかわらず、敵はまったく仕掛けてくる様子がありません。普通ならこちらの動きや戦力を確かめるべく、消耗覚悟で巡航哨戒網を展開するはずです……それすらせずに我々が無人の野を跳ぶのを許しているのは、明らかに以前から我々の侵攻を知っていた――そう解釈するのが常道でしょう」
「異議あり」
 ウィクトーリアの参謀マルス金羽官が、手をあげた。
「発言を許可する」
「ありがとうございます、サイズモ銀翼帥――グラキエース参謀、我々は銀河円盤の中を進むのではなく、天底宇宙側より回り込んで航路外宇宙から奇襲をかけています。敵が哨戒偵察網を敷く余裕がないとは、考えられませんか?」
「本当にそうでしょうか? 我々一二一連隊が一惑星を潰すためだけに六〇〇万隻を超す過剰な編成で望んでいるのは、ひとえに今回の戦略目標が、これまででもっとも人類連合の深い領域にある原種の星だからに他なりません。それだけ敵の捕捉を受け易く、苛烈な戦闘が予測されたからこそ、万全の布陣で来たわけです。そして現在、我々はあまりにもうまく進みすぎています――カオス式による予測では、九七パーセントの確率で、すでに星戦級の戦闘を二度は行っていたはずです……反論をどうぞ」
「その予測は、どのソフトによるものですか」
 グラキエースは雪のように白い顔に暖かな微笑みを浮かべ、
「ラエティティア……対話型超総合予測理論プログラム、ラエティティアです」
 そして指を鳴らす――すると、グラキエースの背後に、白いロングドレス、白い天使の翼を持った、ウグレラルナ人の聖女が現れた。身長はグラキエースの五分の一ほど。空中に浮かび、きれいな目を閉じて何かに祈っている。大きな白い、きれいに風切羽根が並んだ翼をはばたかせ、グラキエースの頭上をゆっくりと回り始めた。
 おお……艦橋中からどよめきが聞こえた。
「……わかりました。ラエティティアを使いこなせるとは、感服しました。おそらくその予測に間違いはないでしょう。サイズモ銀翼帥、異議を取り下げます」
「いいのか、マルス……まあいい。なにしろ、グラキエースは完全に正しいからな」
 うおお……また艦橋がざわつく。インペラートルも、自分の参謀に驚きの視線を向けていた。
「ならば、はじめようか――」
 サイズモ銀翼帥がいきおいよく大椅子に座る。軍羽とハーフマントがすこし遅れて、椅子とサイズモの背中との間におさまった。
「スキエンティア銀風殿、断罪の時間だ。裏切り者をここへ――それから翻訳ナノマシンも飛ばせ。量は適当でいい」
「はい」
 サイズモの隣、参謀席に座っている女性のスキエンティア銀風殿が参謀端末机に念じると、天井に穴が開いてそこから何者かを乗せた円盤が降りてきた。
 その何者かとは――「頭・兼・体」のミケン人だった。二人いる。一人は灰色の瞳を持ち、その瞳の中には白い小さな円が蠢いている。活動中のミケン人は、眼に光が点る。体はやはり「はだか」で、額に唯一の装飾品、階級章である三又の針が輝いていた。角は短く、まだ若い。そしてこの灰色の瞳を持ったミケンの若武者は、右手に簡単な仕組みの火薬式実体弾銃を持っていた。
 その銃を突きつけられているのは、灰色瞳の士官より角が二倍は長い、赤紫の光沢ある瞳を持つ士官だった。階級章は左右非対称の「三日月鍬形」で、右側に大きかった。
 二人のミケン士官は、ちょうどサイズモ連隊長と二人の目立つ大隊長の間に降り立った。円盤が床に溶け込むと、銃を持った士官が一言。
「なぜ裏切った、角上、ルベライト右角士」
 その言葉はミケン語だったが、音が空気中を飛ぶ間に、ナノマシンによってウグレラルナ語に翻訳変換された。しゃべった者と同じ声でウグレラルナ語が響く。
 外見の珍妙さに合わせ、声も子供のようにかわいい。口調は悔しそうだが、表情がまったくない。なにせ体が岩石だ。
「…………」
「なぜ黙っている。いいか、ホーンブレンド三又針士はな、名誉の自決を遂げたのだぞ。操艦士なのにだ! もう宇宙を飛べないのだ……悲しいぞ、小生は悲しいぞ」
 弾劾する士官の灰色瞳に、泡が浮かんだ。どうやら気が高ぶっているらしい。
 だが、ルベライト右角士は何も言わぬ。赤紫の瞳も、何も語らない。
「そうか……ならば小生が、このアシュクロフティン中隊長が、角上の罪を話してやる」
 アシュクロフティンはそこで、観客にアピールするべく艦橋を見回した。顔と体がいっしょなので、足をぺたぺた動かしながらだ。ミケンの足音は、かわいい。
「小生は今後、ルベライト右角士を角上と呼ばぬ、主で十分だ――小生とホーンブレンド中隊長が敵人類連合軍の見事にして巧妙な罠にかかって敗退したとき、主は報告を聞くなり『約束が違う』と言った。すぐに濁したが、小生の正義を見つめる瞳はごまかせなかった。その一言で主は……墓穴を掘った!」
 すると、はじめてルベライトが口を開いた。
「ふっ……裏切りは武人の美学だろう」
「……主は卑怯を美学と申すか!」
「そもそも、この侵攻作戦は失敗する可能性があった。だから我は正しい手順を踏んで可能性を極限に高めたのだ――そう、向こうが勝つ確率を! そして直前で我々は離脱し、ウグレラルナが負けるのだ。こうして我々は、通常よりはるかに高い確率で勝利と利益を得るのだ!」
「白々しい。主はおのれのみで裏切るつもりだったはずだ。その方が漏れる口が少なくて成功率が高いし、なにより報酬が多い――主の屁理屈に実に合うではないか」
「うう……我こそ正義だ……」
 ようやくルベライトの瞳に感情――泡が浮いた。焦りか恐怖か、判別できない。
「一回死ね。主の操艦生命もおしまいだ」
 いきなり引き金が引かれた。
 どうん。
 火薬の煙が立ち、ルベライト右角士は後頭部の破片を散らせて前のめりに倒れ――なにせ体が球だ、ころころと転がる。散らばった破片も、ぜんぶ岩石だ。雲母のような黒い粉片――脳が混じっており、それが数秒ほどかかって降り積もった。またわずかに散った液体は――健康に良さそうな鉱泉、ミネラル水だった。最後にルベライトは、顔の面を上にして止まった。瞳の光が消えている。
 しかしその本来は壮絶なはずのシーンを、ウグレラルナ人たちは誰一人として表情を変えずに見守った。眉一つ動かさない。冷淡ではなく、見物している感覚に近い。
「内応した裏切り者の、処刑終了!」
 アシュクロフティンは、声だけ興奮気味に言い放ち、銃をくるくると回して――なんと口の中に入れた。
 サイズモ銀翼帥が、右手をゆっくりと掲げた。
「……アシュクロフティン操艦科三又針士よ」
「はっ、サイズモ角上!」
 返事をしたのはよいが、アシュクロフティンはサイズモ銀翼帥の方を向いていない。ぺたぺたと足踏みして、一〇秒かけて対面できた。そしてお辞儀。角がぶんと振れる。
 サイズモ銀翼帥は、何かを堪えるように、口元を左手で隠した。
「あー、ルベライト大隊長が『不名誉の他決』となった以上、ミケン軍で一番階級が高いのは貴官だ。ぜひ臨時に同盟ミケン大隊を率いてもらいたいのだが」
「必ずや、角上の期待に応えて見せます」
「……いや、だから我々はあくまで契約同盟関係だからリキまなくとも良い――ところで貴官の操艦限界数は?」
「恥ずかしながら、一一二万隻であります。大隊を率いるに、さし支えありません」
「そうか、ならば頼む」
「は、それではこれで失礼させて頂きます」
 床からまた円盤が生えた。そしてお辞儀をしたままのアシュクロフティンだけを乗せると、天井に消えていった。
 後には、奇抜なオブジェとなったルベライト右角士。
 だが――
 インペラートルは、新大隊長の口元がにやりとしていたのを見逃さなかった。
「……下克上のミケン世界か。裏切り者が、たった一言で今度は部下に裏切られるとは皮肉にもならん」
 そう、小さくつぶやいた。
「さてと……」
 サイズモ銀翼帥が、口元に添えていた左手を降ろした。笑みがこぼれる。
「あいつらには真剣事かもしれぬが、見目が面白すぎていまいち乗れぬ――どうでもいい寸劇は終わった、我々は我々の仕事をする。情報では敵が集まってその総戦力がこちらを上回るまで、わずか一五刻だ。よってただいまより偵察行為をやめ、最短距離で奇襲を行う! ――目標、惑星モンゴロ……」
「お待ちください」
 女性の声に号令を遮られ、巨人は面倒くさそうに頭を振った。
「……なんだ、スキエンティア銀風殿」
 サイズモ銀翼帥の参謀スキエンティアは、床の前衛彫刻を指さして、
「まだ寸劇は終わっていません。生き返さないのですか? これ」
     *        *
 一方、人類連合軍、二二二連隊総旗艦、巨艦ドラグーン艦橋。艦橋のスクリーンは今、宇宙を映していない。
『なぜです! 敵が迫っているというときに、なぜ私をわざわざ呼び戻したのですか』
 カレル少佐が、すごい剣幕でジャック・スチュワート・ロス大佐に抗議していた。
 艦橋には、ほとんど人がいない。人払いをしているようだ。カレルの付き添いは、ムロト大尉だけである。
 ロス大佐は、ずっと気味の悪い笑みを浮かべ、カレル少佐を睨め付ける。
「くくく。だからね、君の娘さんには悲劇のヒロインになってもらうんだよ」
 なぜかチャットリンクを使わない。
『……どういう事ですか』
「くくく。そうだね、そろそろ君には知ってもらわないとね――おっと、その前に、チャットを切らせてもらうよ。聞かれたらいやだからね」
 ロス大佐が指を鳴らすと、カレルは頭の中に流れていた、チャット独自の「感覚」が消えたのを感じた。
「……どうして」
 ロス大佐は、相変わらずの笑みで、いきなり語り始めた。
「くくく。とある時間から一日以内に、モンゴロイド〇五に羽根野郎と角野郎が現れる。そしてモンゴロイド〇五は全滅。それを悲しむ君の娘! くくく。そして正義の味方である我々が登場し、このロス様の見事な指揮で、憎むべき羽根野郎と角野郎を撃退。くくく。こうして君の娘は宇宙に旅立った直後に故郷を失った悲劇のヒロインとなり、人類連合の士気を高めるのだ」
「もしかして、その『時間』というのは……ミサ・マリーの宇宙での誕生日! では、急に迎えの任務が一日早まったのは……」
 ロス大佐は、両目をいっぱいに開いて、さらに大口を開けて笑った。
「くあっくあっくああ〜。その通り。予定通りにこちらでの一五歳を待ってたら、向こうに掴まるかもしれないだろ」
 カレル少佐は、小さく身構えた。
「……で、敵側は誰が裏切って来たのですか」
「裏切る? 鋭いねえ、もう気づいたの。くくく。そういや、ミケンのルベなんとかがあるルートで言ってきたな。ミケンが先行偵察任務を受けるようにするから、道を開けてくれってなあ。くくく。まもなく二二一連隊三九〇万隻が着くから、いっしょにそいつら叩くよ。とうぜん、皆殺しだ」
「……あなただけが、おいしい思いをしようと言うのですね」
「くくく。何を怒ってるのだい。君も英雄になれるのだよ」
「あの星には、私の妻がいます」
「ああん? たしか戦場近くに身内のいる者は前線に出ないはず……ああ、原種ね。くくく。原種の女を本当に愛しているとか? まさかね――私に言わせれば、あれは非効率的な保護だよ。遺伝子を冷凍保存すれば済むじゃないか。今のところ力ある『仕組まれた子』は原始的に交配させないと誕生しないが、まあ近いうちに羽根野郎のように短期間育成を実用化するだろうさ――だからな、いらないの。くくく」
「……上は、上が黙っていないのでは」
「くくく。そんなのはねえ、よくある事後承諾でしょ? これは軍の宣伝になるから大丈夫さ、揉み消してくれる。それに市民たちは表でこそ原種保護をすばらしいと言ってるが、現実には蔑んでる者も多い。原種の星は、なぜやたら規制が厳しく、また戦場に近い辺境にしかないのかな? 多くのエゴイズムの化学反応が原種保護指定惑星だよ。さあ、協力しなさい。君はただでさえ、こちらの指令からずれた宇宙で偵察を行い、あまつさえミケンと戦ったのだからさあ――」
「少しでも訓練しやすい宇宙でと思い……」
「なに文句を言ってるのかな? くくく、君は身内の特別扱いが過ぎるねえ」
「……ロス少佐、私はこれで失礼致します」
 カレル少佐は敬礼をして、艦橋から去ろうとした――すると、
「カレル、勝手なことをするなよ」
 追尾弾銃を持った黒人の士官が、カレルの前にいた。
「ニコルソン中佐……艦が増えていたからもしやと思っていたが……まだ中佐の巡航任務は三日ほど残っていたはずですが」
「イベントがあるから戻って来たのさ――だいいち、ミケンのくそルベライトと交信してたのは俺だぜ。実の娘に振られたアホは寝てな。あーははははは!」
「くくくくく」
「ははははは」
 ロスとニコルソンが嘲笑する。大佐と中佐の参謀たちも笑う。
 ロスが歩み寄って来た。カレル少佐を見上げ、空々しい笑みを浮かべ、さらに心から楽しそうな目をして、
「くくく。カレル少佐、君には看板女優を説得してもらう。協力してくれるだろ? このままでは、愛する妻と娘の、二人ともを失う。せめて一人は助けなきゃなあ」
 カレル少佐は、観念したように肩の力を抜いた。
「――分かりました」
「くくく。うんうん、そうしてくれ」
「二人とも、助けてみせましょう」
「くくく?」
 カレル少佐は、いきなりロスの顔面に肘鉄を叩き込んだ。ロスは鼻血を出して笑いながら後方に倒れた。
『精神極めて不安定だぜ。くくく、ご主人様の操艦接続を解除したぜ』
 コンピュータの艦内放送だ。
「悪い趣味だ……操艦接続要求! こちらエミール・カレル操艦科少佐だ」
『おや、もう操艦接続。くくく、完了しだぜ』
「なっ!」
「動かさせないぞ!」
 慌てた悪の参謀たちが、カレルに殴りかかる。細身の男二人だ。
「頭がいいだけの奴に、何ができる!」
 カレルは先にかかってきたラテン系少佐に牽制のパンチをかまし、踏み込んで胸をついてバランスを崩させる。さらに間を置かずに脳天へ踵落としをお見舞いすると、その少佐はふらふらと二、三歩よろめいて足から崩れ、倒れた。
 カレルはその転倒も見ずに、後方から殴りかかってきた白人大尉の一撃を避け、わずかに距離を取った。この参謀は多少は武術の心得がある独特の動きを見せたので、警戒したカレルは大技の使用を避けた。小技だけでの攻防が二〇秒ほど続いたが――そのときだった。
 小さい噴出音がしたかと思うと、小さな爆発音がした。そしてカレルの対戦相手が「あっ」と叫んで、いきなり前のめりに倒れて来たのだ。思わずその顎を殴ってしまったカレルだったが、動きがおかしすぎるのを不審に思い、完全に倒れる直前で抱いた――すると、背中が大きくもげていた。大量の血が溢れ出て、黒い焦げと赤くただれた肉が、びくびくと波打ち――すぐに止まった。死んでしまったのだ。
「ちくしょう、シローニネめ邪魔しやがって」
 叫んだのはニコルソン中佐だった。
 カレルは、血で染まった手を振った。まだ暖かい血が、床に飛び散る。
 ニコルソンが、歩み寄る。
「こ、殺してやる――カレル!」
「使用禁止項目解除要請……艦橋内の武器を持った暴漢を封印・確保せよ」
「ああ、させるかあ!」
 武器を持った暴漢――ニコルソンが構える――しかし、
『暴漢確認だぜ、くくく。使用禁止項目一時解除だぜ――最適防御、局地超重力場を発生するぜ』
 ニコルソンは、突如として俯せに転んだ。まるで床に吸い寄せられたように。
「ぐわああああああ!」
 ニコルソンは床に寝そべって苦しそうに蠢く。そしてたちまち泡を吹く。腕から銃を落とす。だが、まだおさまらない。風が吹く。超重力場が艦橋の空気を集めている。ニコルソンは息も苦しくなる。みょうな音がして、手足が変な方向に折れる。まだおさまらない。腹のあたりで音がした。そしてニコルソンは完全に気を失った。
「重力場解除」
『解除したぜ』
 カレル少佐は汗を拭った。
「ふう……ぐおっ」
 カレル少佐は、脇腹に痛みを感じた――ゆっくりと見てみると、ざっくりと肉がない。だが焦げているので血はあまり出ない。光線銃の傷だ。カレル少佐は、傷を押さえた。しかし急激に視界がにじむ。灼けるように熱い。いや、痛い。だが――
「リエ! マリー!」
 叫ぶ。踏みとどまった。
「な……なぜだー!」
 カレル少佐が細目で声のほうを向くと、ロス大佐がムロト大尉に取り押さえられていた。そのロス大佐の近くには、転がっている光線銃が一艇。
「……なぜ、それで接続が切れない!」
「――私の限界操艦数は、なにせ七〇〇万隻ですからね……」
 ロス大佐の顔に、憎しみの皺が寄った。それが本当の顔なのだろう。
「だからエリート操艦士はいやなんだ! 俺は二八〇万隻がやっとで、一七〇歳で大佐どまりなのに」
「……あ、そうですか。でも私は会えないリエとマリーを守るためだけに精進したのですよ。努力を途中から放棄した人に言われたくないですね……ぐ……」
 カレル少佐の額に、急激に脂汗が噴く。
「少佐! このままでは死んでしまいます。ここは自分が片づけますから、はやくメディカルルームへ……」
「……ムロト、こちらにスタッフを呼べ。俺は今すぐにでも、全艦で出撃する……」
 そして、その場で仁王立ちとなり、天を仰いだ。
 ――スクリーンを。
 艦橋の内壁が、いっせいに宇宙にかわる。艦内が暗くなった。
「全艦隊時空跳躍……用意……蓄積量に差があるので、跳躍子を平均分配供与せよ」
 口元から血がしたたれる。血が苦い。またもや目が眩む……
「少佐、本当に死んでしまいます! 生き返っても力を失いますぞ」
「まだいたのかムロト……言っただろ、俺は守るために戦ってきたとな、今がその時なのだよ――限界まで時空跳躍! 待ってろ、リエ……マリー……――」
 艦橋内が、虹色の光に包まれた。
     *        *
 え――
 ミサは、誰かに呼ばれたような気がして目が覚めた。
 勢いよく上半身を起こす。パジャマの「くまさん」と「MISA」の文字が、元気に顔を出す。ミサは、そのまま薄い布団をのける。
 ――なに?
 ミサは体をずらし、ベッドに腰掛けた状態で辺りをきょろきょろと見回した。
 広い、しかし殺風景な部屋だ。空間は一〇〇人が立食パーティーできるほどだが、ミサが使っているスペースはベッドと洋服掛けだけ。ミサのバッグやトランクが、ベッドの横にまとめて置かれてある。荷物は、まだろくに片づけられずにあった。
 そうよね――ここは、宇宙。
 最新鋭戦艦ストロベリーの艦橋のすぐ後ろ側にある、士官用個室だった。
 ミサは、首を振った。宇宙に出て、もう何日も経った気がする。だけど、まだ二日と経ってはいないはずだ。そういえば、暦が違うとかで宇宙での誕生日は一日ずれていたが、正確には何時間ずれているのだろう――ミサは、小さなあくびをした。
 と、ミサはベッドの隅に置いてあるペンダントに気づいた。手にとってみる――ちがう、ロケットだ。ミサはロケットを開いた。
 立体投影。ムロト大尉が現れた。変なポーズを取って……
あれ?
 なにか、点滅している。
 ミサは念じてみる……
 あ、何考えてるんだか。これは地上の技術じゃないか。触らないとね。
 ミサは小さな点滅に触れる。予想通り、ムロト大尉が消えた。
『へーい、裏コーナー!』
「リン!」
 声とともに、別れる直前のリンのパジャマ姿。元気に笑っている静止立体図だ。宇宙とちがい地上では、ロケットペンダントのような廉価システムは、さすがにリアルタイム表示とはいかない。
『この裏コーナーは、ミサが宇宙に出て一日たったら起動しまーす。おお、来たな。ということは、ちゃんとムロト様を愛しているということか副会長様』
 ミサは微笑んだ。
「リン……さいしょから私をファンクラブの副会長にするつもりだったんだ」
『これから何人か続くけど、みんなミサが宇宙に行くことを知らないから、そこんとこよろしくね。ムロト様が来る直前までずっと集めていたんだぜ〜』
 と、写真が変わった。
「……テラ!」
 古い天文台で見せてもらった、あの映像だ――でも、完全な球体になっている。
『ムハメッド・シャイフです。ミサさん、卒業おめでとうございます。このテラは、僕が見つけた過去の観測記録から復元したものです。先輩方の努力を横取りするみたいですが、一人の人間が旅立つ門出にふさわしいと思い、拝借することにしました。ミサさん、どうか元気で……僕は……君がすこし、気になっていました』
 ミサはくすぐったそうに笑った。
「やだ、ムハメッドったら……好きかあこがれなのか、はっきりなさいよ。もちろん前者なら、ノーだけどね。でも、フレンドとしてなら……」
 次は、ミサの夢見バンドを掲げた、私服のギエム先生が現れた。
『カガミガワ・ミサ君。恥ずかしながらヘアバンドを返し忘れていた――近いうちに取りに来い。その時は食事を奢ろう。それからだが、なかった卒業生番号をあのくそ校長から獲得した。驚くな、なんと『七七七七七七七』だ! セブンズセブン――まあ、本当は二〇〇〇番ほどずれていたが、一足先に卒業する者の特権だ、胸を張って受け取れ。誕生日には新しい幸運の卒業証書と、ついでに皆勤賞の賞状が家につくだろう。私に盛大に感謝しろ。それでは最後に……限界はない! 信じるんだ! ……おそまつさまでした』
「ギエム先生、あせって早口ね。でも校長にたてついて、将来だいじょうぶかな」
 それからも、ミサと仲の良かった友人や、あれ? と思ったらリンの友人とかが数名ほど、静止写真入りで好き勝手なメッセージを入れてくれていた。
 そして最後に、またアン・リン――
『ミサ! どうだった? これであたいのプレゼントはおしまいだ。それではこのロケットを大切にな! 長生きしろよ、あたいが死んでも忘れるなよ。ムロト様よろしくな』
 さいごは早口で終わった。アン・リンのやるせない想いが伝わってきた。
「ああ……」
 ミサは、ロケットを閉じ、胸に抱いた。
「私は――私は、みんなを守りたい。守る力を持ってるからには、守りたい……ああ、アン・リン、リエ母さん……ムハメッド、ギエム先生、みんな……死なせないからね」

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