星よ伝え Zetryloknito

小説
原稿用紙換算416枚
銀河系中心にあるウグレラルナ王国の黒衣姫エアーは、星間戦争に立ち向かう。
イラスト:神學論争さん

序章 天の川にて Arfoz ryiktoez

序章 第一章 第二章 第三章 第四章 第五章 第六章 終章 小辞典

     * Jitugeten tellgelheusa
 開いたコンパクトから淡い光が漏れ、黒衣の少女が像を結んだ。同時にいきなりファンファーレが鳴り、ちいさな煙が噴いて立体投影のミニチュアな鳩が飛ぶ。鳩の顔は人面の老婆で、高笑いしている。数秒して怪鳥が消えると、目をつむって少女が微笑んだ。
『エアーです。驚かれました?』
「残念、平気だ。今回の掴みは大人しいなエアー。前回の顔面噴水が面白かったぞ」
 受ける声は若い男性のものだ。
『さてお父さま、お兄さま、こたびの連戦お疲れ様です。ご出陣なされてから、もう一ヶ月にもなろうとしてるんですね』
 感想に答えず、エアーは話を進める。これは手紙なのだ。投影の少女はまだ童女の領域に属する、幼さの残る顔立ちをしていた。
 黒い瞳と髪で、長髪をツインテールにまとめ、シルクのリボンで結んでいる。前髪は人形のようにきちんと切りそろえられている。着ている黒いドレスはフリルで彩られ、裾は短く膝上ていど。その裾を両手でつまむと、エアーは優雅におじぎをした。背中から流れている半透明の、カラスの翼のような飾りが四枚、揺れて虹色に煌めいた。どこまでも黒色に包まれている。
『王族の責務として図書館を守るためとはいえ、あまりご無理をなさらないでくださいね』
 心配げな表情を一瞬だけ浮かべて、すぐ真面目な顔になった。
『留守は私《わたくし》がしっかり務めておりますので、ご安心して戦いに専念なさってください――それからサリィがミケン経由で集めた情報によりますと、帝国は皇帝につづき、エニフ・リートゥレ侯爵まで出陣したそうです。この手紙が届くころにはすでに最前線でぶつかっている可能性が高いですが、相手は白い死神の異名を持つ騎士です、お気を付けください』
 そして一転して話題を変え、身の回りに最近あったことを楽しげに話しはじめる。感情豊かなお姫さまだった。
「…………」
 愛娘を見つめる若い父親の瞳は、じつに優しく慈愛に満ちていた。戦場にいる疲れが一挙に取れる。周囲に詰める軍部の重臣たちも同様だった。王の癒しは、部下にとっての清涼剤なのだ。
 しかし――
「天底方向にて空間跳躍の走査反応を多数確認! 距離二・一光分」
 上級オペレーター、女性士官トゥーア・レイ准佐の声で、艦橋に緊張が走った。
「跳躍実行は推定八から九分後、質量はいずれも母艦級! 数、二三四!」
 艦橋にどよめきが渦巻いた。二三四という数は、追手のブルガゴスガ帝国軍以外ありえない。ひるがえって、こちらはおびえる逃亡者だ。母艦の数も劣っている。一〇〇余名の艦橋要員が、一斉に艦橋後部の指揮官座に注目した。最高責任者で、主で、王たるフェクト・ソエセ三世を。
 多くの注視を感じたはずだが、王に動じる気配などなかった。それは当然のことで、王者としての義務だった。フェクト・ソエセはコンパクトを閉じた。小鳥のようなエアー姫の姿と声が消える。
 一人の父から一国の王に戻ったソエセ三世は、全軍の大元帥としてかくあるべき態度で堂々と立ち上がった。
 巨大なマントが誇らしげに揺れると、その影からトンボの羽根のようなものが顔を覗かせた。数は六枚、いずれも金糸に縁取られ美しい。エアー姫のものとおなじで、本物ではない。付け羽根と呼ばれる風習で、軍隊のそれは軍羽と呼ばれる。艦橋の全員が二枚ないし四枚の軍羽を背中から垂らしている。
 王は右腕を掲げた。その手にしっかりと握られた象牙の元帥杖が照明を反射し、高らかに輝いた。
 トゥーア准佐が回線を全軍に繋いだのを確認すると、ソエセ三世は静かに宣言した。
「忠実なる我が息子・娘たちよ、怖れることはない。こたび我々はきゃつらに三度の敗北を喫したが、ここでは負けることはない。我らウグレラルナ軍の背後にはいまや、知性図書館があるからだ!」
 声は王の映像と合わせ、おびえるように寄り添っていた艦隊全体の隅々にまで届き、響いた。
「ブルガゴスガ帝国の目的が図書館の秘密である以上、うかつには攻撃できない。そこに我々の勝機がある! 事実、帝国はこれまで三〇回以上図書館に攻め寄せたが、我らの祖先が撃退してきた! ウグレラルナ王国は知性図書館の意識・博物者《メソーエメ》と契約を結んだ、選ばれた民の国だ。帝国は我が妻と長男を殺し、多くの忠臣を歯牙にかけた悪魔だ。したがって、正義は我らにある!」
 艦橋全体から、声援が返ってくる。艦隊のあちこちで、兵士たちは王の言葉に戦意を高ぶらせ、勇気付けられた。
 ソエセ三世の見目は若い。原種人類ならばニ〇代後半だろう。だがそれは王の威厳を不足たらしめるものではない。経験がすべてを補うのだ。王の実年齢は八五歳だ。王だけでなく、艦橋の皆が若々しい外見を持っている。遺伝子操作と医学的対処により老いるのがきわめて遅く、そのぶん平均二七〇年強の長寿を約束されているからだ。
 健康で平温な生涯を無事に送れば、の話だが。
「最後の勝利は我らにあり!」
 妨げるのは、星間戦争。
『勝利は我らにあり!』
 兵士たちが一斉に返す。
「よろしい。全艦戦闘用意!」
 と叫ぶと、ソエセ三世は元帥杖を仕舞い、指揮座に腰掛けた。
「フォー、指揮を執れ」
「はっ」
 健康的な小麦色の肌を持つ、好青年然とした長身、フェクト・フォー元帥が進み出た。ソエセ三世の次男で、エアーの兄だ。見かけの年齢は二〇歳ほどで、父王と並べたら親子というより年の離れた兄弟のような見かけだが、実年齢は三八歳、成年に達したばかりだ。親衛艦隊司令官フォー元帥はきびきびとした口調で指示を出した。
「空間跳躍妨害を最大のまま全艦天底回頭し、図書館を背にするよう移動せよ。各騎士団は出撃用意。砲手は砲撃準備、帝国軍の出現に合わせる。弾種は全弾、対消滅弾!」
 艦橋の中が慌ただしく蠢きだした。
 ソエセ三世とその部下たちは一七〇隻の母艦を集結し、ひな鳥のように寄り添って、ある宝を守ろうとしていた。艦橋の壁面は全面で外宇宙の様子を投影している。その後部に、真珠のように美しい白い遊星があった。
 名は、知性図書館という。
 遊星というだけあって、この直径一五〇〇キロの白球を重力の鎖で縛り、公転させる特定の星は存在しない。しかし知性図書館は周りの宇宙からの光を受け、鈍く輝いていた。
 周囲は昼のように明るかった。宇宙には空気がなく、大半の空間は限りなくなにもない真空で、ゆえに真っ暗だが――そんな宇宙空間とは思えない、白昼の空間だった。淡く漂うガスで、妖精界の夢幻へと迷い込んだかと錯覚するかもしれない。
 ここは太陽たち――恒星が密集する、天の川銀河系の中心からわずか一〇〇光年ほどしか離れていない宙域だった。大量の星間ガスが乱舞し、黒い領域がほとんど見られぬ信じられない数の星々が咲き乱れ、美しくも過酷な世界を演出している……
 誰しもがそのような不思議な世界に見とれる暇もなく、個々の任務に精励していた。ソエセ三世もフォー元帥も満足げに見守っている。
 しかしそんなフォー元帥に、意見を言う者がいた。
「フォーさま、頭を抑えてもいまの帝国軍には通用しません。弾の無駄撃ちです。極端に一極へと密集する陣形も考えものです」
 青白い顔をした痩身の青年士官だった。王族に正面から意見する姿は堂に入っているが、フォーはあからさまに煙たそうな顔をしていた。
「セトエトゥ参謀長、言うな。図書館を背にするにはこれしかない」
「ですがこのままではおそらく……」
「もう決めたことだ!」
「……わかりました。ならば小官はこの状況で最善を尽くします――」
 参謀長は空間に浮かぶ近くのスクリーンを操作すると、わずか一〇秒ほどでまた言った。
「フォーさま、敵出現予測位置および時刻出ました。全艦にデータを送り、狙点の固定は終えております。同調準備も終了済み」
「セトエトゥ・エエメ、それで点数でも稼いだつもりか」
 フォーの嫌みを参謀長は無視した。
「奇襲できますが、いかがされますか?」
「ふんっ。出会い頭を叩ける瞬間は?」
「すでにカウントダウン中です」
「言え」
「了解致しました――アクト《八》、ソフト《七》、ソクゥ《六》、クエエ《五》……」
 セトエトゥ参謀長を苦々しく睨みつつも、その合図に合わせフォー元帥は右腕を振り上げていた。
「……クエイ《四》、トゥロ《三》、トゥエ《二》、エーネ《一》」
 元帥の腕が振り下ろされた。
「撃てぇ!」
「ソラ《ゼロ》」
 全天が煌めいた。

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