エル・ファシルの英雄 Hero of El Fasher(F:El Facile)
同盟領外縁にある有人惑星エル・ファシルの近くに帝国軍の一部隊が侵入してきた。その数およそ1000隻。エル・ファシル守備隊は当然迎撃に出た。指揮官アーサー・リンチ少将は将来を期待されている若手士官である。その旗艦グメイヤに、最強の戦術家として後に名を馳せる当時若干21歳のヤン・ウェンリー中尉が、司令部幕僚陣の末端として乗り込んでいた。
帝国軍 2500隻
侵攻部隊1000
増援部隊1500 同盟軍 1000隻
エル・ファシル守備隊(リンチ少将 ヤン中尉)1000
前半戦
帝国軍侵攻部隊1000 VS エル・ファシル守備隊(リンチ少将 ヤン中尉)1000
双方200隻あまりの損害を出したところで帝国軍が引き上げにかかった。エル・ファシル守備隊もきびすを返して帰投しようとしたが、帝国軍が急襲してきた。撤退は擬装だったのである。この辺りの流れでヤンはなにもしていない。士官学校を出てまだ何年にもならない一介の中尉が少将に意見したところで、受け入れられるはずもなかった。
背後を突かれたエル・ファシル守備隊は混乱に陥った。リンチ少将は敵から距離を取ってから態勢を立て直そうとしたが、この判断が司令官の逃走と部下たちには映り、戦意を失った守備隊は総崩れとなり潰走した。エル・ファシルに逃げ込んだ戦力は200隻、将兵は地上守備要員を含めても5万人にすぎなかった。残る600隻は撃沈されるか、降伏するか、逃げ散るかしていた。リンチ少将の選択は最悪の結果となった。
帝国軍は増援部隊を呼んで戦力を3倍に増強し、エル・ファシルに迫りつつあった。戦力差は10倍以上で、まともな防衛戦はもはや無理である。300万人の民間人が軍港に押し寄せ、対処を求めた。
リンチ少将は民間人の対処が煩わしくて、対応を「暇な奴」に任せた。選ばれたのはヤン・ウェンリー中尉である。ヤンは「青二才め」と罵られつつも脱出作戦を立て、300万人が乗れるだけの軍用船と民間船をかき集めた。疲れたヤンに当時まだ15歳だったフレデリカ・グリーンヒル嬢がねぎらいで軽食とコーヒーを持ってきたが、サンドイッチを咽に詰まらせたヤンは紅茶がいいとぼやいた。このときすでにフレデリカはヤンに好意を寄せていた。
船が揃っても、ヤンはいつまでたっても脱出作戦を実行しようとしなかった。民間人の代表がせっぱ詰まってヤンに駆け寄っても、ヤンは彼らをなだめてひたすら時期を待っていた。
その時は来た。アーサー・リンチ少将と司令部の一部幕僚が、民間人と地上要員を残してシャトルに乗り、宇宙へと逃げ出したのだ。ヤンはいまとばかりに民間人たちに船への乗船を促した。
後半戦
帝国軍侵攻部隊2300 VS エル・ファシル守備隊(リンチ少将)200
旗艦グメイヤに従った艦が何隻いたか分からないが、敵が迫っていたからには、各艦にはすぐにでも出発できるよう最低限の運用人員が待命していたと思われる。集団心理もあり、ほぼ全艦200隻がグメイヤと運命を共にしたと見て良い。その運命とは――
狩猟の野ウサギのように逃げ回るうちにグメイヤの周囲には味方の一艦もいなくなっていた。いずれも降伏したか、撃沈されるかしたのだ。リンチ少将は帝国軍に艦橋まで乗り込まれ、銃を突きつけられて腰砕けた。
残存部隊が「囮」となっている隙に、ヤン中尉率いる船団は惑星の反対側から悠々と脱出した。ただしほとんど加速せず、恒星風に身を任せていた。帝国軍は船団を補足していたが、リンチ少将を追うのに集中していたし、船団があまりにも堂々すぎるので隕石群と勘違いして見過ごしてしまった。ヤンは上司や帝国軍がどういう行動に出るかを正確に予測しており、それを利用したわけである。
帝国軍 2300/2500隻
侵攻部隊800/1000
増援部隊1500/1500 同盟軍 0/1000隻
×エル・ファシル守備隊(リンチ少将→ヤン中尉)0/1000
リンチ司令官の判断は、司令部さえ健在なら増援を呼んでエル・ファシルをすぐに取り戻せる、というものだった。それは戦略的に誤った考えではなかったが結局脱出に失敗したこと、地上部隊と民間人を置き去りにしたこと、初期段階で味方に多数の犠牲を出したことで、一躍無能者・卑怯者の汚名を着ることとなった。過剰な非難は虜囚にあるアーサー・リンチの精神を病み蝕み、やがて因果は応報した――100万の流血を以て。
首都星ハイネセンへ帰着したヤンは民間人300万人を救った英雄として讃えられ、1日のうちに2階級昇進して少佐となった。しばらくマスコミにもみくちゃにされた後、赴任した惑星エコニアで、将来の部下となるパトリチェフやムライと知り合うことになる。その後は第8艦隊の参謀として数年を過ごす。
功績を立てすぎたヤンはこの後4年間も少佐で据え置かれる。普通の士官なら4年ペースの昇進でも早いほうだが、ヤンはその人柄や印象に反して軍人として稀代の天才なので、不遇であったと言わざるを得ない。ヤンがふたたび出世の階梯をのぼり出すには、ヤンの実力を認めていたシドニー・シトレ大将の、宇宙艦隊司令長官への就任を待たなくてはならない。ヤンの昇進ペースがもしあと2年も早ければ、同盟軍がラインハルトになぶり殺しにされずに済んだであろうことは、いうまでもない。
帝国軍 2500隻
侵攻部隊1000
増援部隊1500 同盟軍 1000隻
エル・ファシル守備隊(リンチ少将 ヤン中尉)1000
前半戦
帝国軍侵攻部隊1000 VS エル・ファシル守備隊(リンチ少将 ヤン中尉)1000
双方200隻あまりの損害を出したところで帝国軍が引き上げにかかった。エル・ファシル守備隊もきびすを返して帰投しようとしたが、帝国軍が急襲してきた。撤退は擬装だったのである。この辺りの流れでヤンはなにもしていない。士官学校を出てまだ何年にもならない一介の中尉が少将に意見したところで、受け入れられるはずもなかった。
背後を突かれたエル・ファシル守備隊は混乱に陥った。リンチ少将は敵から距離を取ってから態勢を立て直そうとしたが、この判断が司令官の逃走と部下たちには映り、戦意を失った守備隊は総崩れとなり潰走した。エル・ファシルに逃げ込んだ戦力は200隻、将兵は地上守備要員を含めても5万人にすぎなかった。残る600隻は撃沈されるか、降伏するか、逃げ散るかしていた。リンチ少将の選択は最悪の結果となった。
帝国軍は増援部隊を呼んで戦力を3倍に増強し、エル・ファシルに迫りつつあった。戦力差は10倍以上で、まともな防衛戦はもはや無理である。300万人の民間人が軍港に押し寄せ、対処を求めた。
リンチ少将は民間人の対処が煩わしくて、対応を「暇な奴」に任せた。選ばれたのはヤン・ウェンリー中尉である。ヤンは「青二才め」と罵られつつも脱出作戦を立て、300万人が乗れるだけの軍用船と民間船をかき集めた。疲れたヤンに当時まだ15歳だったフレデリカ・グリーンヒル嬢がねぎらいで軽食とコーヒーを持ってきたが、サンドイッチを咽に詰まらせたヤンは紅茶がいいとぼやいた。このときすでにフレデリカはヤンに好意を寄せていた。
船が揃っても、ヤンはいつまでたっても脱出作戦を実行しようとしなかった。民間人の代表がせっぱ詰まってヤンに駆け寄っても、ヤンは彼らをなだめてひたすら時期を待っていた。
その時は来た。アーサー・リンチ少将と司令部の一部幕僚が、民間人と地上要員を残してシャトルに乗り、宇宙へと逃げ出したのだ。ヤンはいまとばかりに民間人たちに船への乗船を促した。
後半戦
帝国軍侵攻部隊2300 VS エル・ファシル守備隊(リンチ少将)200
旗艦グメイヤに従った艦が何隻いたか分からないが、敵が迫っていたからには、各艦にはすぐにでも出発できるよう最低限の運用人員が待命していたと思われる。集団心理もあり、ほぼ全艦200隻がグメイヤと運命を共にしたと見て良い。その運命とは――
狩猟の野ウサギのように逃げ回るうちにグメイヤの周囲には味方の一艦もいなくなっていた。いずれも降伏したか、撃沈されるかしたのだ。リンチ少将は帝国軍に艦橋まで乗り込まれ、銃を突きつけられて腰砕けた。
残存部隊が「囮」となっている隙に、ヤン中尉率いる船団は惑星の反対側から悠々と脱出した。ただしほとんど加速せず、恒星風に身を任せていた。帝国軍は船団を補足していたが、リンチ少将を追うのに集中していたし、船団があまりにも堂々すぎるので隕石群と勘違いして見過ごしてしまった。ヤンは上司や帝国軍がどういう行動に出るかを正確に予測しており、それを利用したわけである。
帝国軍 2300/2500隻
侵攻部隊800/1000
増援部隊1500/1500 同盟軍 0/1000隻
×エル・ファシル守備隊(リンチ少将→ヤン中尉)0/1000
リンチ司令官の判断は、司令部さえ健在なら増援を呼んでエル・ファシルをすぐに取り戻せる、というものだった。それは戦略的に誤った考えではなかったが結局脱出に失敗したこと、地上部隊と民間人を置き去りにしたこと、初期段階で味方に多数の犠牲を出したことで、一躍無能者・卑怯者の汚名を着ることとなった。過剰な非難は虜囚にあるアーサー・リンチの精神を病み蝕み、やがて因果は応報した――100万の流血を以て。
首都星ハイネセンへ帰着したヤンは民間人300万人を救った英雄として讃えられ、1日のうちに2階級昇進して少佐となった。しばらくマスコミにもみくちゃにされた後、赴任した惑星エコニアで、将来の部下となるパトリチェフやムライと知り合うことになる。その後は第8艦隊の参謀として数年を過ごす。
功績を立てすぎたヤンはこの後4年間も少佐で据え置かれる。普通の士官なら4年ペースの昇進でも早いほうだが、ヤンはその人柄や印象に反して軍人として稀代の天才なので、不遇であったと言わざるを得ない。ヤンがふたたび出世の階梯をのぼり出すには、ヤンの実力を認めていたシドニー・シトレ大将の、宇宙艦隊司令長官への就任を待たなくてはならない。ヤンの昇進ペースがもしあと2年も早ければ、同盟軍がラインハルトになぶり殺しにされずに済んだであろうことは、いうまでもない。