トリグラフ Triglav

イゼルローン要塞へ配備された当初、機能美溢れる美麗艦としてヤン・ウェンリーの新しい旗艦と目されたが、正直変な形にその気をなくしたのか、こんな美しい艦は乗るより見てるほうが良いとお世辞を残して、あっさり頼れる後輩に譲ってしまった。ヤンは歴史オタクではあったが兵器オタクではなかったため、機能フェチである工廠関係者と異なり美的感覚はより一般人に近かったのだろう。
ひょうきんな外見を持つトリグラフは設計思想と運用に限界が見えていたアイアース級(パトロクロス級・アキレウス級)に代わる、次世代の旗艦用大型戦艦トリグラフ級1番艦として開発された。試作艦であったが、満足した軍部の判断によるものか、そのまま制式艦とされた。当初は2番艦以降も建造する予定だったが、投機的侵攻で破綻同然に追いつめられた同盟末期の困窮が、わずか1隻に留めてしまった。貧乏はトリグラフの形状と運用にも強い影響を与えている。

三つ叉に分かれた艦首砲は80門。これはシヴァ(80門)、アガートラム(64門)、クリシュナ(60門)辺りと競う最高数であるが、トリグラフで特筆すべきはアイアース級を上回る動力機関出力である。ビーム砲は動力炉のエネルギーを使うから、心臓が強くてパワフルなほど砲撃力も増す。いくら砲口が多くても、ほかの多砲門艦には補いようのない限界があるのだ。たとえば次世代の競合艦だったアガートラムのビーム集束口径はアイアース級標準より3cmも細い22cmに抑えられている。

すなわちスパルタニアン空母の動力炉と推進機関を改修し、これが横長の個性的な胴体に繋がった。横幅72mしかないスリムなアイアース級が省エネ艦なだけかも知れないが、同盟軍の宇宙母艦は意外なことにアイアース級に匹敵するかより質量の大きい巨艦である。スパルタニアン満載時でも艦隊に随行できるべく空母の動力機関はパワフルだが、核融合炉は量産艦艇向けの調整を受けているようだ。その頸木をチューンナップで解き放ち、理論値ギリギリの全開出力を射撃に利用した限定解除モデルが、トリグラフである。

砲口が離れているほど熱の処理が容易で、連続射撃が可能となる。帝国軍艦の砲門が離れる傾向にあるのは口径が太く大出力だからである。砲門群の形でそれを実現したのが、トリグラフだとは考えられないだろうか。
熱で低下するのは集束力と狙いだが、砲門群が三つもあれば、普通なら威力が弱まって撃てない熱量でも、冷えている部位での観測結果を用いた補正により、有効な射撃を維持できるのかも知れない。
機能分散は整備性が低下するが、旗艦用戦艦だから運用コストはあるていど見逃せるだろう。

底の三つ叉に分かれる辺りにスパルタニアンの発着口が2列横に並んでいる。詳細は不明だがスパルタニアン空母と異なり、完全格納式と思われる。さすがに旗艦級で量産艦艇とおなじ仕様にはできないだろう。スパルタニアンの運用可能機数はわずか16機である。並の戦艦よりは多いが、アイアース級の標準24機におおきく劣っている。どの方向から見ても艦体の露出面積が広く、被弾確率の高いトリグラフにおいて、近接防御性能は重要課題だと思われるが、短距離兵装の要である単座式戦闘艇をあえて減らしたのには、エンジン・動力と同様の金銭的な事情でもあったのだろうか。
側面のナンバーG-6は、アニメ制作現場で使用されたトリグラフ用の色番号「緑の6番」から。

テールフィンは単純な作りで、ヒューベリオンなどの旧型旗艦よりもさらに簡素な、単層構造となっている。新技術が合理化を可能にしており、コスト削減に一役買っている。
なんとか形となり完成したトリグラフは、従来艦とかけ離れたボリュームから受け入れ可能な港湾施設がほとんどなく、しかたなくイゼルローン要塞に配備された。全体的に同盟より大きい帝国軍艦艇用に設計されたイゼルローン要塞の軍港では、容易にトリグラフを整備できた。同盟末期の貧乏さは、有能すぎるヤンへの精鋭提供を出し惜しんだ本国政治家の悪意を超えて、最新戦艦を前線に送り込んだのである。
配備されてから数々の死闘を経て、宇宙戦艦で大切なのは形でなく機能であることをトリグラフは実証した。ひょうきんな形からは思えぬ高い攻撃性能を危険と判断した帝国軍の指示で、バラートの和約後、トリグラフは解体処分となった。帝国軍が怖れたのは単艦としての性能というよりはむしろ、トリグラフの技術的検証が量産艦艇へ応用されることだったと考えられる。だが後の歴史が証明するように、同盟にもはやその余力はなかった。なにしろ戦艦を作ることさえ禁止されたからである。
艦名は東欧バルト地方で信仰されていたスラヴ神話の軍神で、三つの頭を持つ。いうまでもなく艦形から来ている。
