フィギュア撮影講座2 活動編

よろずホビー
執筆:2017/03/24

 フィギュア撮影とは基本、二次創作の一種であり同人活動である。

 まず一言、優しい言葉は使わない。私が見てきたこと・体験してきたことを下地として、できるだけ正確に淡々と語っていく。
 フィギュアの写し方や講座系のコンテンツを充実させたレビューブログ(サイト)は、2年以内にほぼ100%の確率で更新を停止するかフィギュア撮影をやめてしまう。つまり後輩へ向けたバトンタッチのようなのだ。この事実に気付いて愕然としたので、講座系は永遠に完成させないことにした。
 すなわち、ちょっとしたメモを項目別で大雑把に分け、ひたすら貼り付けていく。講座2以降の全ページは意図的に雑然とし、適当に改訂・増補・添削され、Asahiwa.jp 閉鎖の瞬間まで完成しない。
 前回とった霧雨魔理沙(東方Project)口調は面倒なのでやめる。考えずともあれは東方光画機コンテンツ用だ。

 ツール編につづく活動編ではまだ技術論の具体に入らない。本項は以下の構成を取り、今後いくらでも変容する。
2−1 心構え
2−2 フィギュア撮影とは
2−3 表現物を公開せよ
2−4 継続すること
2−5 フィギュアの先


2−1 心構え
 フィギュアを写すのに心構えってなによ? と驚かれる人も多いと思うが、コミケやワンフェスに参加した人ならなんとなく分かるかもしれない。
 ワンフェスでフィギュアへレンズを向ける人の数は何千人いるだろう。コミケでコスプレイヤーさんへレンズを向ける人はさらに多い。なのにだ、実際にネットで公開してる人はどれほどいるのだろう? おそらく大半の人は漫然とただ写すだけで終わっていないか? せいぜい備忘録や記念撮影ていどではないか? つまり「公開前提」で写すという心構え、まずはそれが必要ではなかろうか。少なくとも講座を名乗るこのコンテンツを読まれてる人の中には、そういう意識で目に留めてる方もいると思う。

2−1−1 禁物の心理
 撮影講座を読んで「俺のレベルじゃ……」という反応をよく見かけるが、それは「遠回り」という心理トラップだ。実際はたいしたことない。デスクランプと、東芝キレイ色と、適当な三脚と、グレーカードがあれば、最高クオリティの半分くらいまでは一気に登頂できる。経費はせいぜい1万円以内だ。クオリティアップには何万円も必要な方面と少額で済む方面の差が大きい。まずは安くアップ、あとは少しずつだ。

2−1−2 積み重ねの先に
 講座っぽいテキストを書くとすべては実行できてない自分へのブーメランに気付く。だからといって甘いものを書くと「クオリティ下げてどうすんじゃ」となる。どこで線引きするのか、軽くて楽なものをみんな好みそうだが、ブログレビュアーの多くは面倒なルートへ飛び込んでいる。それが重なり差が生じる。やがてそれは決定的なレベルへ。
 人気のゆるふわな写真系ブログに多い「楽しくキレイに誰でも簡単」など嘘っぱちだ。あれはアフィリエイト誘導、小遣い稼ぎの文言にすぎない。けして難しくはないけどクオリティアップはそこそこ面倒くさいが現実である。我慢できるなら結果はちゃんとついてくる。ただしすぐには出ない。いろんなものが集まって、すこしずつの改善が幾重にも塗り重なって、ようやく「こいつはすげえぜ」になる。ほかに方法はない。すぐに結果を出せるのは選ばれし限られた才人か、ブレイクスルー寸前まで技量が溜まってた人だけだ。

2−2 フィギュア撮影とは
 趣味の範囲で行動してる限りにおいて、どこまでも同人活動である。いわばフィギュアの撮影とは二次創作の表現行為となんら変わらない。というのも写される萌えフィギュアの99%以上が版権物であり、フィギュアを写す人の99%以上が職業カメラマンでないからには、同人と断定するのが手っ取り早い。すなわちフィギュア撮影とはなにかというのは、萌え絵を描いたり同人誌を書くのと根本的には同じだ。しかもイラストレーターやコミックライターのプロ率は写真ジャンルよりはるかに高い。そのぶん写真ジャンルにおけるフィギュア撮影はよりアマチュアの領分が広く深いといえよう。

2−2−1 フィギュアを写す意味
 極論すれば「そんなものはない」と断言する。
 通販サイトやメーカー公式にいくらでも美しく凝った写真が載ってる。なら同人的なフィギュア撮影に意味があるのか?
 それは絵が下手な人や初心者へ「無意味だろ」「無駄だ」と難癖つけるのとおなじくらい無粋なことだ。むろん絵を描く人の大半はプロになれないがそれは無駄と切り捨てられるべきことだろうか? 一人のプロ漫画家が誕生するには、その何百倍・何千倍もの志望者が必要だ。この時点であらゆる表現者は土台の一部としてプロフェッショナルの誕生に貢献している。それにプロなど度外視で純粋で好きだから、趣味として楽しんでいる人もとても多い。写真もまた同じだ。

2−2−2 同人としての撮影
 趣味に効率と意味を求めるのはアリだろうが同時にナイともいえる。ただし同人活動として創作されるガレージキットの少なからずはおなじ趣味の撮影でようやく日の目を見る。二次創作のフィギュアが三次創作のフォトアートによって、ネットを通じ世間へ公開されていくのだ。
 さらに量産フィギュアについても、アクションフィギュアはブンドド、固定ポーズフィギュアもフィギュアポートレイトで共有コンテンツを中心に需要を持っている。これらは通販サイトやメーカーサイトではカバーしきれない方向性で、愛好家のフィギュア撮影がその表現および活動を大きく支えている。

2−2−3 カメラ&レンズとの適合
 スマホ&コンデジによるフィギュア撮影はブンドドを除きろくに紹介されない。もはやみんなの目は肥えてしまった。だからフィギュアレビュアーは高性能なレンズと良質の光で最高のフィギュアを写している。フィギュアが最高でもカメラ・レンズ・光が伴わないと結果もイマイチさんだ。ブンドドは複数のフィギュアを同時に解像させる必要があり、イメージセンサーの小ささが有効に働きやすい。1インチやマイクロフォーサーズのほうが有利だ。なにを言ってるか分からなくてもいまはいい。
 とりあえずレビューやイベントレポ、ポートレイトは高価なツールで、野外や遊び系は安めのツールで。それが「光学的」にもベターチョイスだ。フィギュア撮影には多様な構図と写し方とスタイルがあり、万人にとってのベストは存在しない。あるのはベターのみ。繰り返す、フィギュア撮影にベストのカメラなど存在しない。
 フィギュア撮影に慣れてきた人はたいてい大きなセンサーのカメラと小さなセンサーのカメラ、複数を所有して状況によって使い分ける。

2−2−4 撮影ツールと技術
 ツール性能は高画質をまったく保証しない。見込み率を高め、作業量を短縮してくれるだけである。使う人間次第だ。しかも投資金額が2倍になったからといって性能向上は2倍にならない。10倍払ってようやく2倍、100倍でやっと3倍ていどだ。おまけに高価な機材ほど正しい知識と技術がないと使いこなせない。むしろ安いほうが懇切丁寧なオートメーション機能に長けているが、よほどセンスある者を除けばそこそこまでしか達しない。凡人がクオリティの殻を突き破るには高い機材に挑むのが最短ルート、ほかの手段はおそらく遠回りだ。
 技術と知識は撮影間隔が長くなるとなまる。下手になる。勘違いが増殖していく。コンスタントに写さないと忘れる。レベルが下がる。ゲームなら一度あがったステータスは下がらないが、なにせリアルだ。技量を維持するためにも、一定間隔での撮影は必須だ。表現者として満足したいなら、ゲームなどを理由とした怠惰は危険シグナルといえる。なお私も実践できてない。いきなり数ヶ月もフィギュアを一体もアップしないこともあり、そのたび経験値とレベルを取り戻すのに苦労する。なかなか守れないからこそ、ここであえて書いておくのだ。

2−2−5 難しい意識の両立
 figmaやねんどろいど、キューポッシュ等のアクションフィギュアを用いてジオラマや演出的な遊びを写すとき、普通ていどの感性ならきれいに写すことなど考えてはいけない。ここに失敗した実例がいる。私はかつてTwitterで受けそうな写真を量産してたが、クオリティ派に転向したとたんスランプが続き一切止めた。
 遊び心あるブンドド撮影で画質方面や写真論からのクオリティ追求は、凡人には「遊び」の邪魔でしかない。二兎追う者は一兎も得ず。Twitterで爆ツイされる動画や写真の大半はスマホレベルだ。つまり必須以前に必要条件ですらない。せいぜい光源に東芝キレイ色を採用するくらいで、ほかは無関心で良い。
 大半の人は一度にひとつのことしか出来ない。ブンドドで集中するならネタに注力するべきだ。レビューなら反対にクオリティを求めるほうがおそらく幸せになれる。両方ともできちゃうのは一部の器用な人だけだろう。ただしアクションフィギュアだけはレビュー時にブンドドも入れたほうが深みが増す。

2−3 表現物を公開せよ
 ワンフェスには数千人のカメラマンが出没するが、実際にブログやSNS、記事の形でアップされる率はかなり低い。多くの人が写すだけで満足し終わる。私もカメラを手にして最初の7年はそうだった。さてAsahiwa.jpには古い写真も多く、初期ほど「なんだこの下手」と恥ずかしくなる有様だが、ずっと公開しつづけて消しすらしていない。それは古い情報を求めてくる方がいるからで、中にはほかにネット上に残ってない希少なものも混じっている。この講座を読んでいる人には「公開したい」と考えてる人もいるだろう。公開できてない理由の少なからずに下手だからというごく自然な摂理もあろうが、人生は一度しかなく時間は限られている。逡巡してる間にどんどん名作フィギュアが登場しているぞ?

2−3−1 どこに公開するのか
 twitterやInstagram(写真SNS)、ふたばちゃんねるなどの匿名画像掲示板が手っ取り早いだろう。好きなときに好きなように表現できる。ただし検索エンジン的にはとても弱いし、投稿した直後しか見てもらえないし、誰かまとめブロガーのお金稼ぎに使われるかも。中には個人サイトやブログに挑戦する人もいる。検索エンジン的にはブログやサイトのほうが強い。
 ソーシャルメディアではブンドドがレビューより受けやすい。反対にレビューブログはブンドドブログより受けやすい。
 動画なら迷わずYouTubeかニコニコ動画。自サイトやブログでのフィギュア動画はほかのコンテンツがあるていど充実してないと厳しい。

2−3−2 共有コンテンツの特徴
 ブンドド(ジオラマ系)とフィギュア・ポートレイト(野外撮影含む)は共有系で滅法強い。というよりSNS含む共有系でほかのフィギュア写真はサンプルレビューや新作情報くらいしか受けない。私のサイトは毎日何千人かが見に来てくれるが、地味なフィギュアレビューであり、twitterアカウントやRSSアンテナではさっぱり盛り上がらない。一般にブログアクセスと共有アカウントの閲覧は比例しない。たいていの管理人はどちらかだけが強い。たまに両方とも強い人もいるがごくレアだ。
 共有コンテンツではアクセスは刹那的な傾向が強い。長期に渡ってジワジワ見られる率は低めだ。

2−3−3 個人ブログ(サイト)の特徴
 レビュー形式および検索エンジンに強い。ブログ・プラットフォーム・htmlウェブサイトなどの個人運営ないし少人数運営は冗長な情報が発生しにくく、雑音が少ないぶん記事ごとの検索エンジンの重要度付加が高くなる傾向があり、検索すればわりと上位に出てくる。とくにレアなものやほかに扱う者の少ないツールや作品・玩具。私のレビューでもメーカーが消えてしまい、うちがAmazonを抑えトップ表示されるフィギュアすら存在する。
 個人ブログは細くとも長く見てもらえる。記事が増えるほどジワジワ検索エンジンからの流入が増えてくる。なおブンドドとブログ形式の相性はあまり良くないようだ。

2−3−4 フィギュアレビューとフィギュアポートレイトは孤独
 フィギュアレビューはおもにブログ形式で、ポートレイトは写真共有系で行われる。一般的に反応は少ない。ブンドドや画像掲示板ほどダイレクトな感想はなかなか返ってこない。この孤独に耐えられるか? フレンドリーな文章によって毎回一定の反応を得られるブロガーもいるが少数、たいていのレビュアーはぼっち属性から共感を得にくく、ほぼ無反応である。ただしコンスタントに更新してるとアクセスだけはじわじわ増えていく。無言で見てくれる人がかなりいるのだ。反応をもらえる幸運なブロガーですら大半の閲覧者はなにも言わない。
 サイレントな活動とノーリアクションの表現。
 フィギュアレビューとポートレイトは無反応に延々と立ち向かう。無言に耐えられないなら匿名画像掲示板に投下すれば良い。ただし出来が良いほどまとめブログに回収されるだろう。それはあなたのコンテンツとして残らない。

2−3−5 ブンドドは反応がキモ
 ぶーんどどーんからブンドド。燃えでも萌えでもアクションフィギュアを中心に元気なジャンルだ。共有系ツールおよびSNSを通して、2010年代に入り爆発的に拡大していまやメインストリームだ。レビューやポートレイトと違い画質方面のクオリティが追求されにくい反面、ネタや演出内容へのクオリティで勝負していく。共有系はそのときしか受けない率が高く、反応が重要という性質を持っている。ブンドドが好きなフィギュア撮影者は少なくともコミュニケーションに悩む機会はレビュアーほどではない。
 承認要求が強いなら迷わずブンドドだろうが、尽きせぬアイデアと感性を延々と試される。感性に自信なければフィギュアレビューのほうがまだ見込みある。こちらは純粋にフィギュアの出来を魅せるジャンルだから、優秀なツールと確かな知識があれば一定以上のクオリティをなにも考えずとも提供できる。ただし金がかかる。
 どれもこれも一長一短なので、活動内容と公開方法をきっちり選んだほうがいい。少なくとも成功例の後追いから始めれば間違いにくいが、成功者は「すでに古い」ことも多く注意だ。

2−3−6 感性はレビューでも通用する
 遊び心と感性の領域は性格と相性なので、表現に自信がなければ最初から学ばないほうがましであろう。たとえば私は写真がキレイとは言われても写真が上手とはまず言われない。キレイは誰でも辿り着けるが、上手はそう簡単に言われない名誉ある特別な言葉である。ゆえに感性に優れたレビュアーを尊敬の眼差しで褒め称えよ。ただし感性系の人は飽きるというよりはステップアップによって、フィギュアシーンにそれほど長く留まらない。

2−3−7 混ぜと由来
 専科と深化を果たしたブンドドだが、アクションフィギュアのレビューでは浅いブンドド行為も多い。むしろ初期のブンドドはフィギュアレビューより発露した。フィギュア系の画像掲示板すらフィギュアレビューサイトの後発なのだ。じつは通販サイトのレビューすらレビューサイト・ブログの後追いにすぎず、フィギュアレビューサイトはすべてのフィギュア撮影の源流である。たぶん。最盛期には数百にも達した古式ゆかしいウェブサイト形式のフィギュアレビューサイトは、現役だとうちを含めもはや数えるほどしか残ってない。まだ燃え主軸のほうが元気。ブログならざっと200〜300ってところか。レビューもやってます的なテーマ複数が圧倒的に多い。

2−3−8 動画によるフィギュアレビュー
 おもにYouTubeにアップされているが、あまり受けてるように見えない。ほかのジャンルと比べて萌えフィギュアは苦戦している。一部の例外を除き、ネタ系フィギュアの良くても数%くらい。悪ければ0.01〜0.1%くらい。静止画による高画質レビューを見慣れてる人がとても多いぶん、動画はネタや演出がなければ難しいだろう。
 演出とはパーソナリティだ。プライズフィギュアをアミューズメントでどう取ったか、そういう話を面白く語ると、アクセスは一挙に爆発的に増加する。つまりコミュ能力や会話術がないと動画によるフィギュア撮影活動は難しい。ユーチューバーはそのキャラクター性によって人を集める。どんなフィギュアを紹介するかじゃない。紹介されたフィギュアのクオリティに興味をもった人はどのみち高画質なレビューサイトや公式サイトを見に行く。

2−3−9 同人誌
 フィギュア写真活動ではもっとも少数派。写真同人誌を出してしまう。ただし同人誌を出したフィギュア撮影者は高確率でブログ活動を縮小する。撮影講座とおなじく満足度の高すぎる禁断のコンテンツ活動のひとつだ。なんにせよ自費出版活動しかもフルカラーはそこそこの体力と時間を要する。同人誌を発行し即売会へ参加し在庫をはけるまで、膨大な手間がかかる。そこに喜びを見いだせば先につながるし、中にはそこからフィギュア撮影を有償で請け負うようになり、プロあるいは半プロになった人もごく少数だがいる。また同人誌活動を通し人のつながりも生じる。むろんコミュ障には敷居が高い。

2−4 継続すること
 フィギュア撮影は同人・二次の活動なので、いつやめても自由だ。といっても長くやっていったほうが人に覚えてもらえるだろうし、より多くの人に見てもらえる。技術論うんぬんへ入る前にまず継続しやすいスタイルについて語っておく。

2−4−1 マイルールは継続の一助
 ルールを決めておくと更新・アップにメリハリを付ける。いい加減でもブログ運営や定期投稿は可能だが、あるていどこだわりを決めておくといい。私のサイトみたいに決めすぎるのも手だが、面倒臭くなるので適度がほどほどだろう。簡単なルールは、毎月何体買うとか、アルターは必ずレビューするとか、店頭サンプルを逃さないとか、ワンフェスには毎回参加するとか、そんな感じ。ほかにロリフィギュアでいくとか、エロフィギュアいっぱいとか、プライズ中心とか、ねんどろいど中心とか。
 ブンドド等の共有系なら週末にかならずひとつはネタを投下するとか、タイムリーは逃さないとか、ほかの人とコラボを定期化させるとか、シリーズ化するとか。いくらでもやり方はある。とにかくルールを作って適当に守ると長続きしやすい。厳密に守らずともよいだろう。あくまでも努力目標だ。

2−4−2 完成するとやめてしまう
 どんな物事でも下手から始まり上手へ至る。その究極が「完成」だ。この完成が趣味の世界では落とし穴で、満足してやめてしまう率が急速に高まる。この講座ページの最初で「完成させない」と触れてるのもその一つだ。完成を目指して一気に突き進むもよし、先延ばしにして細く長くやるもよし。
 このサイトで扱う「フィギュアレビュー」における完成は、ずばり商品サンプルだ。それを目指すのは諸刃の剣。

2−4−3 趣味に飽きるとき
 多くの人はフィギュア撮影を何年かやって「普通に飽きる」が、違うパターンがある。それについて語る。
 通販サイトやメーカーサイトのサンプル写真がレビューの完成形といえる。その特徴は中望遠くらいで1メートルとか離れて写し、レンズを絞って全体を解像させ、シャープ処理で細部の特徴をきっちり示し、照明は十分に拡散させ、背景は単調で目立たず、余計な演出は最小限に留め、発色がきわめてニュートラルかつ正確で、露出も大人しく白飛びや黒つぶれがないところ。
 さて、これらを遺漏なくすべて実現したレビューブロガーはどうなるだろうか? 完成から2年以内に、ほぼ100%の確率でフィギュア写真をやめて先に進むか、ブログそのものの更新を終えてしまうのだ。
 私は百人以上の引退や活動休止を見送ってきた。ブンドドは小物環境が「揃いすぎる」かアイデアが「枯渇する」と、フィギュア野外撮影は「旅行しすぎる」と、フィギュアポートレイトは写したい方法論を「実践し尽くす」と、それぞれ飽きのボーダーラインとなる。実力もネタもあるのに引退してしまう「勿体ない」の裏には、飽きという人間ゆえのどうしようもない構造がある。まさに仕事にでもしないと続かない。
 なお飽きても半年から2年ほどの間を置きまた戻ってくる人もいる。

2−4−4 アマチュアこそが継続の力
 フィギュア撮影を続けるにはプロの作法をあるていどまで取り入れ、あとは無視するほど良いという結論に至る。漫画家や小説家と違い、写真趣味からプロになれる確率は圧倒的に低い。つまりオタクの「専門フォトグラファー」はとても少ないのだ。オタクメディアの写真担当はたいてい二足のわらじだし、プロの技に近づくほど表現から離れる日も近づいてしまう。皮肉なものだ。
 長く続けてるレビューブログは、プロフェッショナルの視点ではおそらく下手な写真を見せている。ブツ撮りのプロから見たら、私のレビュー写真は商品を全体解像させておらずとてもサンプル写真として使い物にならない。だがしかし、それでもあるていど受けている。

2−4−5 アマチュアゆえのやり方
 閲覧する人の大半は、フィギュアの全身が解像してるかどうか意外と気にしてない。うちでは部位ごとの接写を載せており、解像させない欠点を補っている。部位アップは通販サイトやメーカーサイトであまり扱えない主題だ。理由はアクセスと転送量が膨大だから、どうしても写真点数に制限を受けてしまう。パーツごとの拡大は長くつづくブログの多くが採用している。アクセスが少なく転送量も小さい。それが細部を見せる意味で凝ったレイアウトや自在な内容を採れるのだ。
 解像させない理由はブレ対策と作品志向からくる。細かい理由は省くが光学的な理由により、絞りすぎた写真は解像度においてコンデジと変わらなくなる。一眼レフらしい写真、フルサイズらしい解像感の写真を表現の方向から突き詰めると、絞りすぎないボケコントロールへ行き着く。通常はポートレイトジャンルの方法論によって扱われるべき技術だが、アマチュアはこれをフィギュア全身という構図に対しても積極的に採用していく。プロ的には考えられないことだろうが、アマチュアだからいいのだ。
 全身構図は全体解像させる主義の人でも、長くやってるアマチュアであればほかのやり方がプロのセオリーから離れていく。たとえばポートレイト的な演出を好み多用する。たとえば白飛び黒潰れを表現技法に取り込む。そういったズレによってモチベーションを維持していく。

2−4−6 細部まで理解しなくても良い
 この講座、最初から専門用語が飛び交ってなにを言ってるのか分からない? そのうち説明されるだろう。イメージ的にそんなものかなと思ってもらえればいまは良い。私のこの文章はすべて10年以上にわたる実体験を元にしており、少なくとも主観において嘘は書いてない。最低限、私の認識において書かれてる内容はおそらく事実だろうという印象だ。ひたすら思いつくまま書いており、じつは裏を取りきれてない。間違ってる部分もあるかもしれないが、大勢においてトンチンカンではないと信じる。

2−4−7 ほかにもある短命の理由
 いきなり企業サイト並まで整備されたスタイリッシュなブログが長続きした事例はほとんどなく、だいたい2〜4年で更新を終える。長続きしているブログやサイトはいかにも素人臭い素朴な見た目やレイアウトが多い。完璧とは完成であり、完成とは終わりといえる。
 すなわち写真の技量ではなくブログやサイトの立派な見かけや構造そのものが短命の引き金を引いてしまうのだ。
 ……これほどの皮肉があろうか。
 飽きやすい人はツールの拡充やコンテンツの隙をわざと残し、ちょびっとずつ整備していくといい。堂々と半端でいよう。未完成はむしろ必要悪ですらある。

2−4−8 さらにほかの理由をまとめて
 更新がプレッシャーになるなら休もう。理由はなんでもいい。アクセスが減っても気にするな。気になるならアクセス解析など外してしまえ。
 レビューした写真や文章がアレなら匿名掲示板やSNSで揶揄されるので覚悟せよ。私も下手とか死ねと何回も書かれてきた。その結果がいまの充実した過剰なツール環境だ。耐えられなくてやめる人もいる。暇人の一言は表現しようとする者の隙に厳しいが、それが的確な批判・批評かたんなる言いがかりなのかは、場合によって大きく変わる。それをどう判断するかは人次第だ。どうしても面倒なら掲示板もコメント機能も封印してしまえ。
 ほかにもあるぞ。これまでAPS-Cやエントリーレンズだった人がいきなり馬鹿高いカメラやハイエンドレンズを購入しちゃった直後にレビュー活動を終えてしまう確率はなんとなく3割くらい。そういうのを踏まえ、私はハイエンドレンズをマクロに留めている。
 高価なカメラやレンズを買うと、プライズや安いフィギュアを次第に写さなくなる人が多いが、それはツールの格式に縛られた状態かもしれない。
 1万円超えのスケールフィギュアや店頭サンプル中心になると、撮影回数がどうしても減っていく。これがいいことなのか悪いことなのかは価値観それぞれだが、ブログのアクセスが減る傾向にある。ただしサンプル撮影を徹底すれば期待値によってアクセスは維持される。
 カールツァイス(コンデジじゃない、10万以上するガチ交換レンズのほう)の単焦点は鬼門の一種で、手を伸ばすとドールに傾く確率が急上昇する。できるだけマクロプラナーか、せいぜいズームレンズに留めたい。
 ドールへ旅立った者は簡単にはフィギュアへ戻ってこない。なおドールブログのアクセスはフィギュアブログの1〜3割ていど。写真のレベルやクオリティが向上しているのにアクセスが減る。といってもフィギュアブログもしょせん燃え玩具系の1〜5割だ。すなわち最強は燃えたぎる漢。

2−5 フィギュアの先
 フィギュア撮影をやめて先に進む人は多い。たいていの人はステップアップというよりは興味の変遷だ。ドールジャンルへ流れる、風景写真へ向かう、旅行写真に傾く、ポートレイト写真家になる……さてここで覚悟して欲しい。
 ――写真の腕が上達してる場合が多いのに、以前ほど閲覧して貰えなくなってしまった。
 という厳しい現実がある。

2−5−1 同人から離れると力量を試される
 それまでのアクセスや受けはその多くがじつは同人であることの付加効果によって支えられていた、というパターンが多い。一次作品のファンや、ネタを知らずともオタクコンテンツ消費者というだけで見てくれるのだ。
 その人の表現者あるいは創作者としての真の実力は、同人・二次から離れたとたんに突きつけられる。
 ブロガーの9割以上がフィギュア時代からアクセスを落とす。共有系も大半でフォロワーが伸びにくくなる。むろん同人・二次に留まっていれば別だが。

2−5−2 活動縮小
 まったりという流れ。多くの人はこれだ。二次活動でフィギュア撮影・写真をメインに据えた。結婚や社会人としての出世で趣味へ集中できなくなった、などの理由で活動を縮小していく。単純な更新減でアクセスも減るが、フィギュアジャンルに関して後人へ託してる状態なので気にする必要はない。バトンタッチとして講座やTipsを残す。フィギュアの写真群もそうだ。

2−5−3 消す
 いきなり現役時代のフィギュア写真をすべて消去してしまうパターン。どうしても気になって先に進めない、あるいは過去の写真が恥ずかしいなどさまざまな理由がある。そこそこクオリティが高くても消される場合があるが、放置という形で残される例が多い。中には成果物の消去がもったいなくて、維持費を払い続ける人もいる。私はかつて全消去派だったが、一定の向上を果たしたいまは分からない。

2−5−4 孤独に耐えられる者だけが真にアップできる
 こちらはさらに上を目指す視点。
 フィギュア撮影は写真ジャンルとしてかなり初級に属する。つまりプロから見ればチョロい。ナショナルジオグラフィック級をレベル10とすれば、フィギュア写真は最高級でもせいぜいレベル2〜3ていどだ。アマチュアで苦労してる人は多いが知らん。調べればいくらでもプロの技が転がっているし、本も売っている。ちなみに私は2014年頃まで本すら買わなかったヘタレである。さっさと買っておけば遠回りせず済んだのに……いまも苦心してる。
 向上心のとても高い人は、運良く仕事になった場合を除けば、フィギュア撮影から卒業してしまう。あるいはドールへ向かい、あるいはほかのジャンルへ移っていく。
 しかしフィギュアから離れたジャンルはレベルの桁が違うため、目の肥えた閲覧者が多く簡単にはアクセスを集められない。上手になるまでの期間、フィギュア時代からは考えられないほど見てくれる人が減る。その孤独に耐えられる者だけが真のステップアップを果たすと思う。

総括
 フィギュア撮影は同人・二次と定義して語ってみた。
 今回はこれで終わりとする。活動編と書いたようにどう行動していくか方向性の内容となった。具体的な技術論はようやく3回目からだろうが、1回と2回の間隔が9ヶ月……先は長そうだ。


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