ウサてゐ!

おでかけフォト
撮影:2010/12/13,2011/01/01

 てゐっ!

鍋焼きラーメン

 いまいち全国的にマイナーなままの高知県須崎市ご当地ラーメンを食べて、いざ出陣! 連れは因幡てゐ。2011年の干支がウサギだから。

 今年は広島へ行く予定だったが、降雪によって高速がほぼ全線通行止めとなり、一般道を矢印のプランで松山へ向け鈍足行軍することとした。須崎に寄ったのはタイヤチェーンを買うため。雪が珍しい四国・九州では、自動車道も雪対策に時間がかかる(保有重機が少ない)ので、すぐストップする。

 川沿いに遡ってゆく。

 やがて県境近くで、雪と出会った。カーブを曲がったとたんに、いきなりの雪景色。すぐにチェーンを付ける。雪中運転は舞鶴旅行などで数回経験している。

 てゐと新雪。ちょっとした吹きだまりで、高さは20cmくらいか。

 あ、倒れた。

 マンガみたいな跡が出来たよ。

寒風山トンネル(新寒風山トンネル)

 長さ5432mは四国最長で、無料で通行できるトンネルとしては日本最長らしい。トンネル内より吹き抜ける温風のため、道路の出入り口のみ路上の雪が溶け消えていた。抜けるのに6分かかったよ。

 トンネルを抜けると路面が完璧な雪面。アスファルトが見えない。

 愛媛側は海の近くまでずっと雪景色だった。

 やっと路面の雪が消えてきた。

 平地近く、雪が緩んでいた場所でチェーンを外した。山間部の平均時速はわずか35Kmだった。

 西日本最高峰の石鎚山系。石鎚山(1982m)そのものは峰のさらに向こうの峰の奥に隠れており、麓からはまったく見えない。

 ところでいきなりのハト。

 どこから紛れ込んだのだろう。この後、コンビニ内は大捕物となった。

 愛媛県松山市に到着した。写真は松山城ライトアップ。

椿神社(伊豫豆比古命神社)

 旧暦年賀の椿祭りには期間中公称50万人もが押し寄せる、松山屈指の神社スポット。

 初詣で人波に揉まれるのがイヤなので、2010年のうちに来た。

 ほかにも先駆けでお参りを済ませる人はけっこういるみたいだ。

 松山城の公園で、イルミネーションがちらちらと。ほとんど誰もいない。

 さてと、風呂へでも入りに行こう。

道後温泉(本館)

 松山に来たなら、文献上日本最古とされる温泉に寄らない手はない。下の写真に見覚えがある人もいるかもしれない。

 宮崎アニメ「千と千尋の神隠し」の舞台デザインは道後温泉本館だ。

 風呂に入るぜ!

 出てきたぜ! ちょっと分かりにくいが、石けんに「道後温泉」の文字が。

 松山は夏目漱石の小説「坊ちゃん」の舞台でもある。ちなみにどんな物語かはさっぱり知らない。受験で習うだけ。

 坊ちゃん以上に外せないのが、この果物。

 愛媛といえばみかん。イルミネーションツリーのコンセプトとして選ばれるほどだ。

 商店街を歩けば、さまざまな柑橘類の各種商品が並んでいた。年の瀬だろうが気温0度だろうが関係なく、冷えたジュースを売っている。そして観光客が寒いのに飲んでゆく。不思議な光景だ。

 もうすぐ2011年なので、年越しそば。

 あけましておめでとう! 2011年はてゐ年だ。

 初日の出の時間帯は寝ていたので、初直射日光。

 門松でお年賀気分を満喫。

 道路情報を見ると、松山市――高知市の間で通行止めが解除されたようだ。しかし新たに徳島自動車道が通行止めとなるなど予断を許さない状況なので、四国内というより、このまま松山で元日を過ごすことにした。

 朝食は目玉焼き。因幡の白ウサギが好きな、お月様に見えるから。

 昨晩につづき、道後温泉にやってきた。

 本館も国旗を掲揚して年賀モード。

 観光名物らしい人力車も数を揃えて観光客を待ち受ける。昼頃にはすごい人混みとなるんだろうねこの辺りは。

湯神社
 道後に戻ってきたのは、本当の初詣をやっちゃうため。いかにも人の少なくて楽に参拝できそうな、しかし名前だけは松山らしくて観光客にはありがたみがなんとなくありそうな、そんな場所がここ。

 巫女さん発見。

 さてと、今度は坊ちゃんでも巡ってみるか。
坊ちゃんスタジアム

坊ちゃん列車

??
 坂の上の雲関連かな?

 松山にはほかにも、そこそこの年配者に著名らしいものがある。司馬遼太郎の小説「坂の上の雲」の舞台としてだ。その主要登場人物は、正岡子規と、若い世代には謎の、秋山兄弟。例によって小説の内容は知らない。

秋山兄弟生誕地

 軍事関連がそこそこ好きなら、名前くらいは聞いたことがあるかもしれない秋山好古。ちなみに私はここに来てはじめてその存在を知った。謎の秋山兄弟が、謎でなくなった。勉強になったよ。

 騎兵畑を歩いて大将にまで昇進したらしい。

 日露戦争でバルチック艦隊を撃破した日本海海戦は、日本人全員が一度は歴史で習う。そのとき連合艦隊を完勝へと導いた軍師が、秋山眞之。いわゆる東郷ターンと呼ばれる、丁字戦法の立案者だ。

 こちらはさすがに知っていた。ただしフルネームを除いて。世界3大提督の一角・東郷平八郎を支えた名参謀が、秋山なにがしだった、ところまでをうろ覚え。

 海戦史上ほぼ唯一といわれる完全勝利の知謀にあやかりたいと、胸像の手を触る人が後を絶たないらしい。この通り手の甲だけ錆がない。

 個人的にはわりとどうでもいい、整備された生家。

 その解説。

 正岡子規の関係は見るのをすっかり忘れていた。記念館や資料館のたぐいも正月休みだったので、この1枚でお茶濁し。

松山城

 ……なにかがおかしい。

 なぜか洋風の小城が松山市に。

 小さい方の塔は吹き抜けだった。大きい方はトイレや休憩所に、展望所。

 眺望は良かったよ。

 おっと。

 あちらが本当の松山城か。どうでもいいけど洋風なこちらはフライブルク城というらしい。

 ロープウェイに乗って一気に頂きへ。

 お城も正月ムードだったよ。当たり前か。

 松山城の説明だぜ。

松山城(本物)

 あれはなんだ?

 初代城主のゆるキャラらしい。すっかりブームだね。

 でもキャラは新しくても、この通り現物は古いよ。現存12天守のひとつだからね。江戸当時のまま、あるいはそのときの材木を一定量残している天守閣は、日本に12しか残っていない。そのうち4城が、なぜか四国に集中している。

 寄せてきた敵を狙い撃ちする穴。物騒だね。戦うために造られた、まさに名前通りの城。

 天守閣はぐるっと360度ひと囲みの、回廊状となっている。

 天守まで攻め込んだ側はまず中庭状の空間へと飛び出すこととなり、四方八方から矢と鉄砲の集中攻撃を受け、一方的に殲滅されるという。恐ろしい仕組みだ。

 城の中には歴代藩主の具足とか――

 武器類などが展示してあった。

 曲輪の窓より臨む天守楼。天守閣はわずか3層だが、天守そのものの構造はかなり広くて大きい。

 天守からの眺め。

 中世欧州風のフライブルク城も見える。ドイツのフライブルク市と、松山市が姉妹都市を結んでいることに由来しているらしい。

 城にあった六実庵という店で、年明けうどん。

 漫画家のサインなどが飾ってあった。ちょっと有名な店?

 下りはリフトで。

 下に降りたら、登るとき気づかなかったデカブツ発見。

 日露戦争仕様の大砲なのかー。

 松山城の記念メダルを手にして、後は帰るのみ。観光三昧な年末年始の1泊2日となった。

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