二宮忠八飛行館

おでかけフォト
撮影:2010/09/27

日本の航空機の父

 2008年9月24日は、Asahiwa.jp 史における悲劇の一日として記録されている。
 香川県中讃南部において観光を試みるも、一帯の水曜定休日慣行に巻き込まれ、失意のまま讃岐を後にしたのである。参考:香川(´・ω・`)記

 ――それからほぼ、ちょうど2年の良き日となった2010年の9月27日は、月曜日だった。

 やって来たぜ!

 2年前に入れなかった、二宮忠八飛行館!

 すぐ近くには、二宮飛行神社というところがある。

 敷地内に二宮翁の銅像が建っていた。

 お堂は高さ3〜4mていど。ミニチュアで可愛い。

 ここはいわば分社みたいなもので、本殿は京都府八幡市にある。饒速日命と航空事故の犠牲者を祀っているらしい。建立者は二宮忠八氏。アニメ業界のディズニーやマンガ業界の手塚治虫みたいなことを、先駆者として航空業界で行ったんだな。

 内部は1部屋のみであっさりしてるが、内容は恐ろしく濃い。

 模型カテゴリーでレポ扱いしているのは、100機近くはあろうかという膨大な模型飛行機群の存在だ。思わず1時間近くも撮影した。

 歴史順に見ていこうと思う。
15世紀後半 飛行の原理 レオナルド・ダ・ヴィンチ
 現存する世界最古の飛行発想はダ・ヴィンチによるものだった。しかも同時に2種類。いずれも実際に作っても飛べない代物だったが、人力による飛翔行為を正面より考察している。下はスクリューポンプを元としたヘリコプターである。後にプロペラとなった。

 こちらは羽ばたくことを実践してみようとした器械の模型。伝説によればダ・ヴィンチの弟子が飛行を試みたという。もちろん落ちたが、この形式は後に固定翼式のグライダーへと受け継がれる。

1783年 人類初の飛行 モンゴルフェ兄弟
 人間を最初に空へと誘った道具は飛行機ではなく気球だった。模型はアメリカの興業用気球らしい。気球はすぐに発展を開始し、1800年代には飛行船が登場する。

1891年 人力飛行の実現 リリエンタール兄弟
 世界初の人力飛行は、ドイツのリリエンタール兄弟がグライダーにて実現した。風洞実験など徹底的な理詰めによる設計を行い、飛ぶことに成功した。操縦は体重移動などによって行っている。
 グライダーそのものはもっと前に登場していたが、紙飛行機のように低空を滑るだけで、自在な操縦は出来なかった。日本でも1785年の浮田幸吉の例があるが、それは滑空ではあっても、飛行とは認められていない。リリエンタールのグライダーは上昇・宙返りさえしてみせており、一般には1891年をもって人力飛行の実現としている。

 欧米より遠く離れた日本で、二宮忠八氏が動力飛行に着想し、独自に研究を行っていた。リリエンタールが飛んだ同年、日本初の動力飛行模型が登場する。
1891年 カラス型飛行器 二宮忠八
 飛行器とは、二宮忠八が初めて呼んだ語彙である。これを森鴎外が1901年に飛行機と表し、外来語に依らぬ日本語の単語が誕生した。もし二宮がいなければ、エアクラフトの直訳、飛空機などが広まっていたかも知れない。飛行とは自発的に飛ぶこと。挑戦者らしい名付けだろう。

 公文書やニュースなどで広く使われる航空機という単語は、気球やグライダーなども包括している。すなわち、飛行機はあくまで自動飛行機械のことだ。
 ゴム動力の一見玩具みたいな模型だが、航空力学が形さえ成していなかった当時、自力でここまで完成させている。リリエンタール兄弟のグライダーも、そのノウハウはほぼ100%が独自開発だった。

1893年 玉虫型飛行器 二宮忠八
 日清戦争時に軍人として大陸に赴いていた二宮が、軍上層に開発を働きかけた機体。あまりにも早すぎた考えに誰もついてゆけず、要請はことごとく蹴られた。

 試作の小型模型かなにかが現存しており、それを忠実に再現したものがこれ。

 二宮忠八が思い描いていた本来のサイズはこうだった。

 なかなかの勇姿だ。写真では明治26年(1893年)発明とあるが、正確には設計といったほうが良いだろう。周囲に設置されている凧は、二宮が凧を力学研究の中心に使ったことに由来している。

 解説文。1985年に作られたという。文にある1985年のつくば万博も、1988年の瀬戸大橋博も、両方とも行っているが、まだ子供だったこともあり、このデカブツを見たかどうかすら覚えてない。

 玉虫型飛行器は、このままでは当時の技術で作っても飛べなかっただろうと言われている。というのも、グライダー式でないのに関わらず、動力が人力だったからだ。人力飛行がいまでも難しいのは、鳥人間コンテストなどで分かるだろう。

 人力動力の限界に二宮は早い段階で気づいていたようで、軍を辞めた後は機械動力飛行の研究に移行している。

 そして二宮が最後にたどり着いたエンジンは奇しくも、かのライト兄弟が世界初の飛行機に採用したものと、まったく同じ出力を持っていた。ちゃんとした研究者なら、当時の技術では普通に至った数値だという。二宮の方向性はブレておらず、間違ってもいなかった。

 明治時代では作っても飛べなかったと考えられる設計でも、いまの技術ならば飛べる代物に仕上がる。制限された中で日本人が発揮する探求心はすごいね。

1903年 動力飛行の実現 ライトフライヤー号 ライト兄弟
 アメリカのライト兄弟は、リリエンタール兄弟の研究を元に、動力飛行機を発明した。リリエンタール兄弟も機械動力飛行機の開発を行っていたが、1896年、オットー・リリエンタールの事故死によりその流れはほぼ止まっていた。

 リリエンタール機よりも合理的な操作系を採り入れ、完成度を高めたライトフライヤー号は、1903年12月17日、世界初の飛行に成功する。
 ライト兄弟初飛行のニュースは信じる人が少なかったため簡単には広まらず、二宮が知ったのは数年経過してからだったという。二宮忠八は莫大な金がかかる飛行機の開発をすぐにやめたと言われる。玉虫型飛行器を軍に提案したように、いずれ国の主導で作られるだろうと踏んだのだろうか。

 後に軍は日清戦争当時の非を認め、二宮に謝罪すると共に、動力飛行発想を当時に遡って表彰した。二宮忠八の動力飛行発想は、世界でもっとも早かったと日本国内では言われており、欧米でもイギリスなどが認めているらしい。

 ただ、ゴム動力の飛行模型が1870年代にはすでに存在していたらしく、飛行機の開発は世界ほぼ同時進行の競争だったとの意見もある。成功したのがリリエンタール兄弟とライト兄弟の流れで、二宮は証拠が多く残っていたおかげで光明を当てられた、運の良い失敗者の一人だという。実際はその通りなのだろう。科学万博で注目されて以後、それまで歴史に埋もれていた二宮忠八は、再評価が進んでいる。

 ここより以後は、その後の航空機の発展を模型で見てみよう。
1909年 ブレリオ11
 ドーバー海峡の横断に初成功した。

1910年 アンリ・ファルマン1910型 日本
 日本がフランスより購入した。日本の航空産業はこの機体の初飛行により始まった。

1910年 ドゥペルデュサン フランス

1910年 エトリッヒ=タウベ ドイツ・オーストリア
 世界初の大量生産機らしい。

1910年 ブレゲー フランス

 航空レースが開かれるようになった1910年前後の飛行機はなんらかの記録を抱えているものが多いからか、模型になる機体が目立つ。

同時期の飛行機

1927年 スピリット・オブ・セントルイス号(ライアンNYP-1) アメリカ
 チャールズ・リンドバーグが大西洋単独無着陸飛行に初成功した機体。

1935年 ユンカースJu52 ドイツ

1936年 ヒンデンブルグ号 ドイツ
 事故により失われた悲劇の飛行船。飛行船旅客時代の絶頂と終焉をもたらした。

1938年 九七式飛行艇 日本

1942年 二式飛行艇 日本

 さて、この辺りで面倒臭くなってきたので、調べるのは止めることにした。数が多すぎて、ぜんぶ機種を特定していると、2〜3週間は余裕でかかりそうだ。

 展示順に撮影したので、だいたい下にゆくほど新しい機種になってゆくが、数十年くらい多少前後している。ところどころで短く解説っぽいものを。

 民間機や軍用機が入り混じっており、その筋には有名らしい機体ばかりで構成されている。

 下のはいまではほとんど見かけない水上機。プロペラ全盛期には水面より離着陸する機体が一ジャンルを築いていたという。

 こういった2重翼の複葉機は第1次世界大戦期の。複葉機は空気抵抗が大きくて効率が落ちるらしいが、飛行機を大きく重くするとこの方式じゃないと丈夫には造れなかったらしい。後に技術の進歩で複葉機は消えた。

 下はジェット機だね。ツボレフTu-104。実用的な初のジェット機は第2次世界大戦のメッサーシュミットMe262だけど、今回撮影した中に混じってるかは不明。詳しくないので見分けが簡単にはつかん。

 日本の飛行機、全日空。

 これはさすがに私にも分かる、いわゆるジャンボジェット機。

 歴史コーナーの最後には、一気に宇宙のスペースシャトルがあった。大気圏内でのシャトルは世界最大のグライダー。

 ここより先は、ほぼ軍用機で固められた香川進空会の展示スペース。歴史コーナーの模型にも同会の手がけた模型が多く混ざっている。
 1機目はいきなり初期のジェット戦闘機だね。機体の真ん中にエンジンが付いている。

 海自のヘリ。ローターの下がり方まで本物っぽい。

 ジオラマになっている模型もある。

 この頭は……超重爆B29辺りかな?

 すごい星の数、見事な撃墜王だな。

 出撃……でもこういうサヨナラって、もしかしてカミカゼ特攻?

 これで以上。ほとんどすべての飛行模型を写してると思う。

 以上のように、ほとんど模型しか写してこなかったけど、文章や解説もいろいろとある。

 たとえば二宮翁顕彰に関する当時の新聞とか。
 ……って、これしか写してない! いや本当に、立体物とか模型にしか興味がないんだなあ我ながら。

 こういうのにお馴染みの土産物コーナー。

 買ったのはカラス型飛行器――を、きわめてシンプルにしたもの。

 ここは香川県だから、ごはんは当然のようにさぬきうどんにしたぜ!


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