終章 ウグレラルナ・星よ伝え Ugwrlallna zetryloknito

旭和ラノベ
星よ伝え/序章 第一章 第二章 第三章 第四章 第五章 第六章 終章 小辞典

     * Fekt Ear
 一二月一八日夜、新条約締結を祝う園遊会が王城の第三離宮庭園で開かれた。一二月といっても暦の都合だったし、赤道直下の高地にある王都は常春だった。
 エアーの着るドレスは半袖の質素なもので、宝石は一切なく、付け羽根もほとんど透明に近いものを選んでいた。控え室で軍服のサリィがお姿を見て、うんうんと頷いている。
「なかなか可愛らしゅうございますよ、エアーさま。シンプルなのもいいですね」
「私が生きているうちに象徴王制に移行させるつもりですもの。もはやこれまでのような贅沢なんかしていられませんですわ。国民の王室非難もでてきますでしょうし」
「でも、本当によろしいのですか? エアーさまより派手で豪華な服を召した貴人・貴婦人ばかりでございますよ」
「大丈夫ですわ。黙っていてもこれは目立ちますでしょうから」
「たしかにそうですね」
 着付けをする侍女長フォレー・メリも頷いた。
「このような陛下を誰よりも早く目にできるなんて、侍女になって良かったです」
「ありがとうメリ……う」
 エアーの顔がすこし青ざめた。
「あの……メリ、苦しくてよ?」
 感激して加減を忘れたメリの怪力が、エアーの背中に結ばれつつあったリボンをきつく締めていた。
「あああ、ごめんなさいごめんなさい」
 慌てて緩めるメリの横で、無表情の副侍女長エートゥ・レミがぼそっとつぶやいた。
「愚か者め、自分の首こそ絞めやがれ」
「え、レミさんなにかいいました?」
「…………」
 無口少女はしれっと澄ましていた。
 着替えが終わると、エアーはサリィと共に会場へ向かって回廊を進んだ。周囲を親衛隊が守っている。
「そういえばサリィ、ブルガゴスガの新帝モフレ・トリクシは私と同い年ですってね」
「モフレ朝で女帝は初のことです。宮廷闘争の末、傀儡に担ぎ上げられたのが目に見えます。ささやかな幸せでも見出せれば良いのですが、これも大愚戦争の運命でしょうか」
「……大愚戦争というと、一極陣の拡大問題はどうなっていますか?」
「予想通り、すでにツェッダ、ラクシュウ、イブンヤハートが実装を進めています。ミケンはいまのところ静観の構えですが、採用は時間の問題でしょう。ほかに三〇ヶ国以上がニフォイ教授の論文を入手し、ウグレラルナの内乱や第二三次銀河中心核星戦の資料を貪欲に収集しています。帝国はわかりませんが、また一極陣に敗れることがあれば、方針を転換すると考えて良いかと」
「あいつの思惑通りになりつつありますのね」
「防衛のために、我が国も一極陣の研究を続けざるを得ません。機動性の悪さは今のところどうにもなりませんが、戦略級爆弾一個で全滅する超密集を解決する糸口が、じつはすでに発見されています。仮の名は展開盾翼というのですが」
 エアーはため息を吐いた。
「今日の会場には、ツェッダの使者に同行してきた元凶マザコンエニフも来ていると聞きましたが、本当ですか?」
「ナウィ宰相が許可をだしたそうです。イメーク少将も来ていますよ。共有意識で再三接触してますが、反応してくれません」
 エニフ大将は金閣艦隊司令ツェッダ・セエイーエ大将に気に入られ、推薦により一階級下の中将・伯爵位でツェッダ公国軍へ迎えられた。イメーク中将も少将・男爵位となり、エニフの傍らにある。銀河系中心宇宙最強の武将を得た公王ツェッダ・マインは協調から軍拡へと路線を急転換しつつあり、数年後が心配だった。帝国ではエニフ大公家はお家断絶となっていた。リートゥレの腹違いの兄で当主たるシャアフォールをはじめ、一門は全員刑死――もっとも、知性図書館にて聞いた限りで判断するなら、リートゥレはむしろ喜んでいるだろう。
     * Fekt Ear
「フェクト・エニクロー・ウグレ・エアー国王陛下の、おなぁ〜〜りぃ〜〜」
 親衛隊イートゥ大尉の大声とともに庭園を見下ろす回廊の高台へ姿をあらわした主賓を見て、誰しもが驚いた。
 フェクト・エアーのドレスは身分を考えればまるで普段着のような軽装で、さらに一切の装身具を廃していたが、それ以上に関心を惹いたのは、色だった。
 エアーは純白のドレスを着ていたのだ。
 まるで知性図書館を彷彿とさせるパール仕上げの生地が、エアーを包んでいる。足も腕も思いきり露出させ、耳目の集中に成功したエアーは得意な顔で来賓一同を見渡した。
 見知った顔がいくつも見える。
 宮家司の三人が揃ってこちらを見ていた。キークゥリとイッフォクは満面の笑みだったが、ナウィ宰相は柄にもなく杯をこちらに掲げ、気障に微笑んでいた。
 エエ・クゥヴエ国防大臣はニフォイ・ニセ教授、助手A・Bの四人で一卓を占領し、唯我独尊でひたすら食べつづけている。
 ヴィルトシュタインとショオニはエアーに気づかず、議論に夢中となっている。財務と経済を担当するふたりは出会うたび意見交換をして、足並みを揃えているようだ。
 傷の癒えたフォレー・フオートゥ中将は長男のクラーニセ中尉といっしょだ。クラーニセは皇帝を仕留めた功で昇進していたが、エアーは相変わらず本名では呼ばない。というより長いので忘れている。彼は頬を染め、鼻の下を伸ばしている。アフラカヌ撃沈の際クラーニセを心配したというエピソードを聞いて誤解しているようだが、エアーにその気はない。クラーニセの脇にはなぜかラシニ・トゥエシがいてハンカチを噛んでいた。
 エエ・クトゥーレイ中将とシエセマ・イレン中将が一緒にいた。年の差があるが、気が合うということで内乱以降仲が良い、というのは最近知った。巨漢シエセマ中将は涙で拍手を送っている。白い服の意味に直感で気づいたようだ。エエは祖父と同様、料理を手当たり次第に口へ持っていきながらも、こちらに視線を向けて笑みを投げた。
 そして――エニフがいた。不気味に目立たないイメークが横に控えている。一月ぶりに見るエニフ・リートゥレはツェッダ公国軍騎士団長の正装だったが、特別待遇でマントや服地に白が目立つ。ワイングラスを掲げ、エアーに向けて乾杯の意思表示をしていた。エニフは護衛で囲まれている。これはウグレラルナ人によるエニフ暗殺を警戒したものだった。なにしろ彼は先王ソエセ三世を殺しているからだ。帝国への裏切りによりこの場への出席を許されているにすぎない。
 相変わらずの仇には違いなかったが、エアーにはすでに復讐する意志はなかった。エニフの超然とした考えは、彼を人間離れした存在のように感じさせていたからだ。エニフの視界がエアーていどであればともかく、世界が交差することはなかった。エアーにとてエニフは謎の人外も同然だった。
(後はここに、ウアリさえいれば……)
 だがそれは叶わない。失われたものは戻らないからこそ、いまを大事にしよう。似たようなことを、銀河中心核星戦であわや父を失いかけた侍女長のフォレー・メリが言っていた。
 エアーは右手をゆっくりと挙げた。
 皆が一瞬で鎮まる。
 深呼吸をして、挨拶をはじめた。
「……みなさんお疲れさまでした。戦争は終わり、帝国の影は消えました。ですから私は、今日をもって黒衣を脱ぐことにしました。後ろを見ていた喪章は、もはや必要ありません。不幸にもたくさんの命が失われましたが、これからは彼らのぶんも私たちは生き、歩んでいかねばなりません。前を見なければならないのです。前を向いて歩くのに黒衣は不向きです。黒衣姫の名は、今日をもってなくなるでしょう――明日のために。みなさん、ありがとうございました。そして、これからもよろしくお願いします。ウグレラルナ王国のために、尽くしてください」
 余韻が消えないうちにはじまった拍手は、静かに庭園全体に広がり、エアーを祝福した。内乱の決戦時のときのような「私のために」などとは、もはやエアーは言わなかった。その成長を誰もが喜び、女王としての彼女を認めた瞬間だったかも知れない。
 エアーは満足して、ゆっくりと庭園につづく階段を下りようとした――
「みっ!」
 肝心の一歩を、いきなり踏み外した。
 尻餅をついた体勢で数段ほど落ち、腰を強く打った。絨毯が敷かれてはあったが、その下は大理石だ。
「いたぁ〜〜い」
 痛みに腰をさすっていると、聞き慣れない音と、声がした。
「く、黒っ!」
 真っ赤な鼻血を散らし、幸せそうな顔をしたクラーニセが昏倒するところだった。
     *        *
     おわり Fornesw 2005/02

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