第四章 チャレンジャーのキッス

旭和ラノベ
ヴァルキリー・スプライツ/第一章 第二章 第三章 第四章 第五章 第六章 第七章 設定資料

 夜の帳が降りて、すでに長い。
 ドームに隣接するホテルの、最上階の展望室。そこでナンは横浜の夜景を眺めている。
 なかなか寝付けなかった。
 竹刀はついに見つからず、仕方なく大会運営事務所に紛失届を出した。さすがに盗難とは言えなかった。力王や斬にしても、盗難されたとは言わなかったらしい。VSのプレイヤーたちの間には、ナンの大事な竹刀がなくなった、という話題のみが広がった。それよりも、中華英雄が見せたおそるべきトリニティ対空砲火のほうが注目を浴びていた。
 今日は一回戦一六試合を行った。半分の一六チームが敗退し、明日はさらに一五チームが敗れる。一気に決勝まで行くのだ。あたりまえのことだが、勝負には常におなじ数の勝者と敗者がいる。だが勝ち続けるのは一チームだけで、あとは必ず負けを経験する。誰もが勝ち続ける、というわけにはいかない。
「……姉さん。私、決勝まで行かないと戦えないんだって」
 窓越しに映る風景は、高松の夜景より幾倍も輝いている。不夜城の横浜港方面から、つねに重低音が聞こえてくる。ときおり汽笛が響いた。
「……ナンさん。寝られないんですか?」
「斬くん」
 馬子斬が展望室に入ってきた。
「なかなか可愛いパジャマですね。どこのブランドですか?」
「ありがとう。まだマイナーだけど、モーモーズっていうんだ」
 白地に黒斑の、牛柄パジャマだ。
「モーモーズですか」
「観光用品から出発して長いことやってきたみたいけど、最近いろんな服飾やインテリアで売り出してるんだよ」
 両手を横に伸ばして広げ、斬の前でくるりと回って見せた。
「好きなんですね」
「うん。きっと秋以降にブレイクするよ」
「そうなるといいですね――僕、ナンさんがうらやましいです」
「え? いきなりなに?」
「好きなもの、好きなことがたくさんあって」
「……斬くん」
「僕ははじめて本気で好きになったのが、VSなんですよ。覚えていますか? 僕がナンさんと、会った日を」
 ナンはふふっと笑った。
「忘れてなるものですか。あんな面白い体験……」
 一〇ヶ月とすこし前になる。
 防具を外した剣道着のナンは、男の子の手を握って走っていた。
 中学棟校舎の裏に来て、ようやく止まる。
「ナン〜〜、お姉さまはどこ行った?」
「ショタショタ一年よ、おーい」
「特製の竹刀でウンとのしてやる」
 遠くからは、囃したてる女子たちの声が聞こえる。
「……せいぃぃ、こりゃ先輩にやられるなあ」
 見ると、私服の男の子は息が荒い。
 一年か二年ほど年下だろうか。知的でかわいい顔立ちだ。
「それで――誰だっけ?」
「斬。馬子斬。斬は『斬る』です」
「変わった名前だね。馬子くんは、私になんの用だい?」
「うんとね……」
 また顔を赤くして、もじもじする。
 そのときだった。
「……だからあ、わかるでしょ?」
 女子の声。
 見ると、ほんの一〇メートルほど離れた楠の下で、二年の男女が向き合っている。
「――うん。えーと。ほら、つまりそういうこと?」
 男子のほうは嬉しそうな顔をしている。
「そういうこと……ね、どうなの?」
 先輩たちの遣り取りは見ていてじれったい。
「馬子くん。あれ、告白、だよね」
「…………」
 コクコクと頷く斬。と、その顔がトマトみたいに紅潮した。指先まで赤い。
 その急変が伝染し、ナンまで赤くなった。
 恥ずかしくて仕方がなくなったので、斬の手を引いてさらに走った。
 足音に先輩たちが気付く。
「うそぉ、見られてた!」
「実は俺もいいなと思ってたぞ〜〜」
「え、つき合ってくれるの? ラッキー!」
 あちらはなにやら一度に解決したようだ。
 校舎の屋上まで逃げて来て、ようやく斬は口を開いた。
「違うんです。けっして貴方に懸想というか、恋慕というか、憧れというか、誤解です」
 一〇分以上かけて否定しまくって、ようやく本題に入った。
「えーと、VSを一緒にやりませんか?」
 拍子抜けたが、かえってそれが、運命的な啓示に思えた。
「……私がスリーオンスリーチームの仲間を探しているの、知っていたの?」
「はい。悪いとは思いましたが、南新町で聞いていました」
「格好悪いなあ。私、ずっと断られているんだよ? 条件があるんだ。私ってばまだぴよぴよのジュニアクラスなのに、いきなり斬撃を練習しているんだ。それでもいい?」
「はい。だからこそです……僕のいるチームの名は、『剣ノ舞』といいます」
「――もしかして、ブレードマニア?」
「……そうです。僕もリーダーである兄さんもシニアクラスですが、斬撃を習得しようと必死になっています」
 ナンはその言葉に、同胞の匂いを感じた。
「おなじなんだね……まだ下手なのに、ブレードマニアを目指すなんて」
 手を差し出す。
「改めてよろしく。馬子斬くん」
 斬がその手を握り返したのは言うまでもない。
 それが、剣ノ舞が勢揃いした瞬間だった。
 それから一〇ヶ月。その間に三回、公式大会の予選が巡り、三回目で全国に進んだ。
「……いま思ったら、本当にバカだったね。今ならわかるよ。なぜ斬撃を練習するのが、アダルトクラスからであるのが望ましいのか」
「まず近づける回避力を得ないと、斬撃もなにもない、ですよね」
 CPU戦で判定するプレイヤーランクは、自機のダメージの少なさが最重視される。
「――それで斬くん。なぜいきなり、あの日のことを話題に出したの?」
「負けたからです」
「え?」
「今朝、高松駅で出会った三人のバカがいましたよね?」
「ああ……」
「あの三人、つまりのーたりんキッズホイッツは、狙撃が得意なスナイプマニアです。それに僕と兄さんは負けて、斬撃で戦っているのを散々コケにされました。これがナンさんを誘うきっかけになったんですよ」
「……基本的に、負けず嫌いなんだね」
「格闘技好きな父さんの血なんです。僕も兄さんも、強そうな変わった名前ですよね。そして僕も兄さんも、自分の名前にだけは負けたくないんです」
「……私も、自分の名前に負けたくないよ」
「ナンさんもですか」
「三人揃って、おバカなんだ」
 なんだか嬉しくなった。
 こんなところに共通点があったなんて。
 斬がこういう話をしてくれるなんて。
「斬くん。もしかして私を励まそうとしているの?」
「……ちょっとちがうかも知れません。僕もなかなか眠れないんですよ」
「そうか。だからここに」
「一回戦は、ナンさんがいなければ確実に敗退していました。だからこそ、僕は感謝しているんです」
「あ……」
 そういえば斬も力王も、撃破されてしまったのだ。
「ナンさん。僕はもっと頑張ります。好きなこのVSで、ちゃんと勝てるように」
「斬くん?」
 斬くんがなにか必死そうだ。
「僕にはかつて、確固とした居場所がありませんでした。僕はあまり苦労しなくても、勉強ができます。みんなが僕を勉強好きだと言います」
 斬の目がまっすぐにナンに注がれた。
「ですけど僕は、ただ単に先生に怒られるのが怖いだけ。だから真面目に課題をこなしているだけでした。それにこれをやればちゃんと出来る、という道がある。だけどVSは違います。苦労してもそれが報われるわけではない。正解もない。極端な話、どのようなプレイをしてもいい――」
「…………」
「だから僕は、兄さんのプレイ方針に従いました。あえて難しい道を進む。それが強くなる近道に違いないと。正道がないからこそ、僕はVSを面白いと感じられました」
「斬くん、そんな経緯があったんだ」
 斬は熱っぽく語り続けた。
「おかげで僕は、VSをしている間は僕でいられます。一過性なのでVSは確実に将来廃れるでしょうが、僕は居場所を見つける方法を知りました。ですので僕はずっと、僕になりつづけたいと思います。もちろん自分勝手に好きにする、という意味ではありません」
 一気に言って、そして安心したのか、斬はガラス張りの壁に背もたれた。
 ナンはその隣に立つ。
 冷房の送風が髪に当たる。心地よい。
「恥ずかしいことを、真顔で言えるんだね」
「……え?」
「あ、勘違いしないでね。感心してるんだ。いいこと言うね――そうだね。私もずっと、私になりつづけないとね。姉さんには、けっしてなれないんだから」
「はい。迷わないでください。ナンさんはナンさんのままで、いいんです」
 ぽとり。
 なにか、胸のつかえが取れたような気がした。心を覆っていたもやが晴れてゆく。
「斬くん……」
「はい」
「年上だけど、ちょっとだけ甘えさせて」
 体の力を抜き、そのまま斬の胸に躍り込む。
 斬はナンの体を、しっかりと受け止めた。
「意外と力があるんだね」
 斬の整った顔を見つめた。
「ああ……そうか。はじめて会ったときは、私より五センチは低かったのに。成長してるんだ。あと三月も経てば、斬くんのほうが背丈が高くなるね」
「僕は、それが嬉しいです」
 心なしか、斬の顔が赤いようだ。
「どうして?」
「まだ言いたくないです。僕にはまだ、その資格がありません」
「男の子なんだ……」
 男の子の胸に、そのまま顔をうずめる。
 斬の顔が視界から消える。だけどその体温は感じる。今日はどうかしてる。斬と――いや、異性の男の子と、こうして密着しているのは、幼い日、父にだっこされた時以来だ。
「あ……」
 ついと、頬を水が流れた。それは温かい。
 視界が、急激にぼやけてくる。
 ナンは斬の胸で、静かに泣いた。
     *        *
 次の朝、ナンは穏やかな目覚めを迎えた。
 自分しかいない部屋。馬子兄弟は隣の部屋にいる。
 パジャマを脱ぎ、シャワーを浴びて髪を洗った。新しい下着に着替え、制服を着用する。
 部屋を出たのは朝の八時だった。
 隣の部屋をノックすると、すで制服に着替えた力王と斬が出てきた。
「おはようございます先輩、斬」
「ナンさん、おはようございます」
「おはようナン……」
 力王はあくびしながら答えたが、すぐにあることに気付いた。
「斬?」
「あ……」
 ナンは思わず口に手を当てた。
 斬もすこし頬が赤い。
「……なにかあったのか?」
 と怪しんだ力王をナンはなんとか誤魔化した。
 朝一〇時。大会の二日目がはじまった。
 その第一試合には、当然だがいきなり剣ノ舞が出ることになっている。いつもの竹刀が、お守りがないことに、ナンはさすがに不安を隠しきれない。
『大変だね、お守りをなくすなんて』
 ファイト真のマイクに、力無い苦笑いで適当に答えた。正直、今朝の食事のこともあまり覚えていない。相手チームのこともろくに見聞きせず、気が付けばいつのまにかコックピットに乗っていた。
〈こちら力王&十兵衛。ナン、朝からずっと気が抜けているぞ。大丈夫か?〉
「あ……すいません先輩。頑張ります」
〈いや、体調が悪いなら無理をするな。剣ノ舞は三体でひとつ。互いに助け合えばいい〉
「ありがとうございます。でもだいじょうぶです。LVシステムのメディカルチェックもなにも言ってきませんし」
〈いや、俺が心配しているのはメンタルな方だが……〉
「先輩、三体でひとつと言いましたよね?」
〈――わかった。じゃあ斬、敵の情報をくれ〉
〈対戦相手の轟山ですが、予選の戦績は大阪地区一位です。残念ながらまた強豪との対戦になりますね。戦闘形式は狙撃主体のスナイプマニアで、得意戦術は騎兵式です〉
 斬が暗記している情報を提示してくれる。
「斬……くん。作戦はあるかな?」
 また呼び捨てにしそうになった。
〈とくにありません。記録では轟山はあまりにも多様な装備を使用しているので、まったく読めないのです〉
〈行き当たりばったりということだな〉
 機体選択画面で、相手機体が出た。チーム名、轟山。金色のクレイル・ドゥ・ルーン二輌に、白いスプリガン一台。
 ナンはその名前に驚いた。
「全国大会で、オリジナルVSでそのまま参加してくるなんて」
〈声がうわずっているぞナン。調子が悪いのはわかるが、事あるごとにいちいち驚くな〉
「……すいません」
 先輩はあえて竹刀のことに触れない。それがありがたかった。昨夜は斬に励まされ、またちゃんと泣けたことですっきりしたように思えたが、やはり実際にいつものあるべき竹刀が手近にないというのは、簡単には体が納得してくれなかった。
 こちらもエントリーを終えると、戦場が映し出された。
 赤い。夕焼けの風景だ。
 武藏が立つ。「始動準備」と表示され、武藏の肩が優しく上下をはじめる。
 枯草荒野。アメリカ・ネバダステージだ。遠くに見える光の帯はラスベガスだろう。
 そのかすかな街の灯りが目に入ると、ナンは映画館にいる気分になった。
 そして――「戦闘開始」と表示。
 戦闘開始同時にゴーグルに警告点滅!
 え?
 間に合わなかった。
 右腕付け根に当たった。装甲の一部が蒸発爆破し、それが強烈な衝撃波になって、武藏は三〇メートル以上飛ばされた。
 オーバーヒートの表示が出る。
 筐体がくるくると二回転した。
「か、開幕ビーム!」
 衝撃で揺さぶられた頭を振りながら、武藏を起きあがらせて即座に跳躍させた。そこに追撃の機関砲が突き刺さる。間一髪で連続被弾を免れた。
 武藏が跳躍アクションをしている最中に、めくれたスカートを戻した。武藏が地に足をつけているときに手を動かせば、それがLV入力に反応してしまう。見る人がいないとはいえ、恥ずかしいものは恥ずかしい。今日はモーモーズのワンポイントだ。
〈こちら斬&総司。ナンさん〉
「だいじょうぶ斬。いまので引き締まったよ」
 ――と言ってから、また呼び捨てにしたのを気にしてしまった。
 その直後、またもや被弾。
 荷電粒子ビーム砲の強烈な一撃がさきほどとおなじ箇所に照射され、右腕が吹き飛んだ。
「くっ!」
 激震がナンを襲う。このままではやばい。
 ゴーグルで確認すると、正面から高く細く昇っている砂塵。経験的にこれは、急速接近の敵情を示すサインだ。正面のクレイル・ドゥ・ルーンはまっすぐに突っ込んでいるのだ。また警告。今度はちゃんと回避する。
 近くを準光速のエネルギー流がほとばしる。ただし一切、そう、まったく見えない。ゴーグルにまっすぐな照射の線が走るのみだ。
 光学兵器は見えないだけに恐ろしい。
〈ナン! このていどの砲撃にうろたえるな〉
「すいません先輩!」
 見れば力王の十兵衛は敵に対して大きく斜めに膨らんだやや遠回りの軌跡を取って近づいている。ホバーVSが得意とするずらし軌道で、射撃を避けつつ近寄る。
 斬の総司もエキセントリックに上下左右に移動しながら、確実に敵に近寄っている。武藏だけが遅れている。
 陣形と連携が崩れつつあった。
 ナンは焦った。足を引っ張っている。
 だけど陣形はともかく、敵はまっすぐに迫っている。いよいよ間近に迫った。
 距離四〇〇メートル。
 ……加速!
 念じて加速機構を発動させる。
 ダブルミサイルを牽制で発射し、それにルーンが対処している合間に、足裏の拍車を降ろし、滑走モードを発動させた。背中のスラスターが加速機構の煽りを受けて激しい炎を吐き出し、その振動がナンにも伝わった。
 距離、二〇〇メートル。
 迫る夕闇で明確に視認できなかった金色の車体が、にわかにその姿をあらわした。先端が細い、ホットロッドバギー車。それがVSクレイル・ドゥ・ルーンだ。正面には二門のビーム砲塔が見える。
 ルーンはミサイルを誘導妨害で切り抜け、半球のビーム砲塔を二門ともこちらに向けてきた。ゴーグルに射撃警告が起こる。
 ナンはとっさに右に跳んだ。
 だが――
『甘いでナンちゃん! デートや!』
 ルーンの砲塔がさっと跳んだ方に動き、武藏は至近での不可視な直撃を食らった。
「フェイント!」
 赤い炎が見えた。筐体が武藏の動きを再現し、ナンはまたくるくると回った。今度は縦方向だけでなく、横方向の旋回も混じっていた。四点ベルトが肩に食い込んで痛い。目も回った。
 頭を振ってなにも考えずに、ただ跳べと念じた。平衡感覚が回復しなくとも、武藏は勝手に回避行動を取ってくれた。起きあがった武藏が垂直ジャンプをした直後、その地面に機関砲の嵐が叩き込まれたのだ。
 空中でスラスターを噴かし、武藏はかろうじて窮地を脱した。ナンが被害を確認すると、胸部が大きく熔けて赤熱していた。左肩のポッドが軒並み射出部をやられている。武藏は空中でポッドを基部ごと強制排除した。
『やるねナンちゃん。デートや!』
「なにをわけのわからないことを……はっ」
 聞いたことのある声だ。昨日「ナンちゃんとデートっ!」と力王の後について叫んでいた連中の一人にちがいない。
「竹刀を見つけてないじゃない!」
『デートや!』
「全国大会でふざけないで!」
『俺はマジやでー』
 嘘だ、絶対に嘘だ。
 真下を猛牛のごとき金色の鋼鉄車輌が駆け抜けた。時速一四〇キロは出ている。
 地に降りたところで、ナンは右肩の機関砲を浴びせかけた。しかしルーンの車輪が巻き上げた土埃で、本体のロックが外れた。位置が掴めない。掃射の雨は空しく煙に吸い込まれ、かつ一発の命中判定もゴーグルには表示されなかった。
 だめだ……一方的に翻弄されている。
 残った左手で刀を抜くと、武藏は無我夢中で煙に突っ込んだ。煙の後を追えば、ルーンがいるとナンは思った。そしてそれは間違ってはいなかったが――
 いきなり横腹を取られた。
『眠いことすんなや、デートぉ!』
「せいぃ!」
 叫んだときには、すでに手遅れだった。
 白と黄色の世界が視界を覆った。
 耳をつんざく爆音とともに激しい上下の振動がきた。世界の色は赤と黒になり、ピーという音がして画面が消失し、コックピット内は赤く暗い照明に照らされた。
 ジャッキがゆっくりと下がる。
 その間、ナンはずっと動けないでいた。
 コックピットのハッチが開き、差し込んでくる光が眩しい。外部の音が耳に飛び込んできて、ようやく厳しい現実を認識できた。
「撃破されちゃった……」
 なんであんな、ふざけた連中に……
 こちらは真剣に戦っているのに。
 いや、本当に真剣だったのだろうか? 思い返すと、あれほどあった「辰津美と戦う」という強い願いが、すっかり薄れているように思えてならない。竹刀が消えたことで、精神的な勝利への執念が後退したと考えられないだろうか。
 ここは全国大会。趣味を超えた楽しさと栄光を求め、そして本気でぶつかる。だが大会の演出を見てもわかるように、あくまで「遊びの場」だ。
 辰津美の向日葵を思い出した。
 あれは、楽しんでいる。楽しいのだ。
 私は――楽しんでなかった。遊んでなかった。この楽しさ、遊びというものは、子供のそれである普通の意味とは異なる次元だ。より純粋な、ある意味の高みのようなものだと思う。
 きっとそういう意味で「遊べ」なくなったとき、実力を出せなくなるのだ。
 なるほど、私は撃破されるべくして撃破されたのだ。
 放心したようにベルトを外す。コンパクトを取り出し、乱れた髪とスカートを整えながら、ゆっくりと喧噪の世界に戻った。
 渡しの上でスクリーン群を見上げる。
『必殺・十兵衛乱舞《ジェイ・バースト》!』
 なんといきなり十兵衛の必殺技が発動したところだった。
 左目の眼帯が外れ、そこからクラスターロケットが二本発射された。
 そのロケット弾を追う形で、右手で刀を抜く。左手には機関銃(機関砲と威力はおなじ)を持っている。
 ルーンの横腹に分裂した子弾群が集中着弾し、高熱の嵐が起こった。右舷ビーム砲の半球砲塔が破壊され、前面装甲が叩かれて派手な黒い爆炎をあげる。ルーンはあまりの衝撃で浮き上がった。
 その隙に秒速六〇メートルで殺到した十兵衛は、ルーンの横面装甲に刀を叩き込んだ。
 十兵衛の動きが一気にスローになる。赤い火花が金色の装甲に散り、そして灼熱の傷が生まれる。
 刀はルーンを深く撫で斬って去った。十兵衛はふたたび速度を増しつつ、一目散に距離を取ってゆく。
 ルーンが荒野の風に沈んだ。
『リンク、こちら猛雄&月光二号。一足先に冥界の門スーパーくぐりますわ』
 赤い傷から煙と炎が出ている。
 数秒後、スパークが起こるや、閃光と爆発の煙が立ち上がった。
 爆発を背にしょい、ホバリングの白煙をあげながら、十兵衛はガッツポーズを取った。
『ひゃっほう!』
 威勢のいい歓喜に十兵衛のちょんまげが揺れる。
 ドームがわっと沸く。
『うぬぬ、十兵衛に注意やで!』
『わかったわリーダー』
 こうして聞いていると、観客には戦場の様子が一目瞭然だ。プレイヤーには、通信中の味方と近くの敵の声しか聞こえない。
 轟山の筐体のひとつがゆっくりと降りてきて、中から高校生が出てきた。撃破された機体の操縦者だ。やはり見たことがある。昨日力王の後について竹刀を探し回っていた少年の一人だ。試合前の顔見せでは気が抜けすぎていて、気付く余裕がなかった。
「あ、ナンちゃん」
 こちらにハローと手を振ってきたが、ナンに答えるつもりはなかった。軽薄でふざけてはいるが、大阪優勝なのだ。誰が応じるものか。それは嫉妬ではなく、むしろ格上の強者に対するライバル意識であっただろう。
「騎兵式か……なんて強いの」
 やっかいな戦い方だ。
 轟山は乱射しながら突撃し、通過、反転、再突入――を延々と繰り返している。狙う相手はあるときは総司、あるときは十兵衛になる。あるときは二機で一機に集中し、あるときは一時的に逃げ回る。
 状況が短時間でめまぐるしく変化し、混乱しかねない。
 強い。ふざけては、いない。
 軽いセリフは、こちらの怒りを誘うための駆け引きに違いない。
 そんななかで力王も斬も頑張っているのに、自分は早々に撃破され、なにも出来ない。
 悔しかった。
 だが――剣ノ舞は、格上の相手に信じられない善戦を見せていた。それは調子がいいときのナンが乗り移ったかのような、機敏な回避にあった。総司も十兵衛も、一回戦では割合容易に撃破されたというのに。
 戦況は完全に膠着し、互いに決め手のないまま時間は四分をすぎた。
 このまま行くと、おそらく判定となるだろう。
 と、ここで轟山に動きがあった。
 スプリガンとルーンが、それまでの騎兵式をやめて、急に最短コースで総司に殺到しはじめたのだ。
「……総司を倒す気なんだ」
「判定は残機数がスーパー最優先やからね」
 轟山の猛雄が言った。
 その言葉も無視する。ナンは総司が気が気でない。轟山は剣ノ舞をちゃんと研究している。予選では、剣ノ舞で一番撃破されていたのは総司なのだ。
「斬……頑張って」
 ナンは両手を合わせて祈った。辰津美と戦いたい。またその想いが急速に、ふつふつと湧き上がってきた。敗れてから闘志が出ても意味はないが、祈りとしてなにか効果が出ればいいな、と思った。
 ――もし本当にいるなら神様、斬と先輩に、どうか力を与えてください。
 だが現実は厳しい。
 ホバークラフトのスプリガンが、機関砲を乱射しながら突入してきた。総司が射撃を回避している間に、至近で浮遊機雷をいくつか投射した。
 それらは二重反転式ローターでふわふわと浮かぶと、三五ミリ機関砲を撃ち始めたのだ。アサシン機雷だ。
 文字通りの弾幕を、総司は回避しきれない。
 たちまちあちこちを被弾する。
 その間にスプリガンはさらに加速して、完全に浮かび上がった。両脇から小さな羽根が生え、後方からジェットが吹き出て速度が増す。スプリガンは落ちた紙が地面の上を滑る表面効果を利用した、表面効果翼機《WISE》にもなれるのだ。ホバークラフト時は車体の一部が地面についている。
 完全浮遊したスプリガンが急旋回し、機関砲を総司に撃った。労せず命中する。アサシンの三五ミリ徹甲弾ではたいしてダメージはないが、こちらの五六ミリは違う。
 白い悪魔の奇襲に、総司は地にゆっくりと墜ちた。飛行システムをやられたのだ。背中で煙がくすんでいる。
『まだまだあ!』
 足で地を踏んだ総司は、刀を抜いて果敢にもスプリガンに斬りかかった。その脇腹に灼熱の見えない槍が刺さった。ビーム砲の直撃だ。照射を受けた羽織構造の一部が、荷電粒子に叩かれて気化し、爆発した。
『月光一号を忘れてへんかー! デートぉ!』
 ルーンが突っ込んできた。
 吹き飛ばされた総司に、さらに一撃をお見舞いしようとした――が、ルーンの進路上で地面が踊った。機関砲の掃射だ。
『俺もいるぞ!』
 力王の十兵衛が追いついてきたのだ。回避行為を余儀なくされ、ルーンの追撃は阻止された。その隙に総司は体勢を取り戻し、スプリガンへの斬撃をふたたび試みた。
 だがスプリガンもやるもので、ずらし軌道と急速旋回を繰り返して、総司に斬りかかる機会を与えない。そうなると互いにふたたび射撃の駆け引きに入る。総司は刀で斬る機会をうかがいつつ、左手の機関銃をスプリガンに浴びせる。腕のベルト状給弾がカラカラと流れ、大量の空薬莢が排出されてゆく。
 総司を狙いたいルーンのほうは、十兵衛の激しい攻撃に逃げ回るしかなかった。
 戦闘終了時間が、刻一刻と迫る。
「……なんで苦戦しとるんや!」
 先ほどの余裕がなくなってきた猛雄が、味方に怒声を浴びせている。どこに持っていたのか、大阪名物のハリセンを振り回していた。
 ナンは祈るのみ。
 射撃の嵐が、狭い領域に密集している。
『ナンちゃんとデートさせるんやあ!』
『竹刀を見つけてから言ってください!』
『デートぉぉ!』
『うくっ』
 総司が刀を失った。
『斬、ぼっとするんじゃない』
『すいません、兄さん』
『こら月光一号、俺より目立つな!』
『そんな、リーダーぁ。ナンちゃん〜〜』
『しつこいですね。僕がナンさんとのデートを阻止してみせます!』
 ルーンの砲塔が破裂した。
『やるな。なら勝ったらデートさせろ』
『……そ、それは』
『ほう、そういうことか。なら俺も一口乗った! スプリガンの永富がデートの権利をいただいて見せる!』
『そんな』
『斬、うかつなこと言うな! 関西人は突っ込んでくるぞ』
 十兵衛の左腕がふきとんだ。
『なんと――』
『隙ありやな』
『こうなったらなんとしても勝つ!』
『ということは、成立だな、剣ノ舞』
『いや、違う。違うぞ』
『男なら二言するな!』
『兄さん、こいつらダメだよ』
『ちくしょう』
 スプリガンの残った機雷が誘爆を起こした。
『き、貴様。ナンちゃんとデートぉ!』
『俺も、ナンちゃんとデートぉ!』
「……なによ。私はモノじゃないのに」
 なにか景品みたいに扱われている気がして、すこし機嫌が悪くなった。真剣勝負のはずなのに、どこか間抜けで興ざめする。
 四機ともが満身創痍で、五体無事な機体はない。まさにボクシング状態に等しい。
 どちらが優位かまったくわからない状況で、最後の一〇秒が来た。
 総司の前に、スプリガンが滑り込んできた。十兵衛の射撃を避けた際に、操縦を誤ったのだ。
『チャンス』
 総司は左手を向けた。小手構造の外側が開き、筒が伸びてきた。そこから黒い小型爆弾――グレネードが投射された。
 三発の爆弾がスプリガンに集中着弾し、その後部がめちゃくちゃに破壊された。
 あきらかに移動が不可能になったスプリガンは、しかし吹き飛ばされた勢いでそのまま横にいる十兵衛に突っ込んでいった。それほど強い慣性が働いているのだ。
『ただではやられへんで!』
『うわっ、来るな!』
 十兵衛は右手を向けて総司とおなじ小手武器を使用しようとしたが間に合わず、衝突して飛ばされた。ちょんまげがぶるるんと揺れる。力王の乗る筐体もぶるんぶるんと蠢いた。
 ――十兵衛が地に落ちたところに、ルーンのビーム砲が命中した。十兵衛が爆発した!
 タイムアップ。
「やり、二対一で俺らのスーパー勝ちや!」
 と猛雄が叫んだが、しかし判定は逆だった。
『剣ノ舞、判定勝利!』
 ファイト真がマイクで絶叫した。
「そないアホなことあるか!」
 猛雄がスクリーンを示した。たしかにちょんまげが一本、風に吹かれ、空しく飛んでいる。カメラは執拗にちょんまげを追っており、それが観客の笑いを誘っている。
 だが――そのスクリーンにはたしかに、勝者として剣ノ舞の文字が出ていた。
「……時間切れ後の攻撃だったんだ」
 ナンのつぶやきに、隣の猛雄が「うそっ」と言った。
「総司のグレネードだけが有効で、そのダメージが決定打に……」
「――ホンマかいなスーパーホンマ!」
 意味が通じない変なことを言いながら、猛雄は渡しの手すりをハリセンで叩いていた。その揺れがナンにも伝わる。
 神様に通じたのだろうか? いや、これは仲間の力が、勝利に対する意欲が引き寄せた勝利だった。だから神様には感謝しない。感謝すべきは、仲間だ。力王と斬はそれぞれに活躍し、二人で勝利をもぎ取った。
 力王と斬がコックピットから出てきた。ナンは嬉しいやら申し訳ないやら、複雑な気持ちで仲間を出迎えた。
 轟山の面々は抱き合っておいおいと男泣きに泣いている。全力で戦った果ての惜敗。その涙の重さは、ナンにはよく理解できた。
 下に降りると、ファイト真は轟山に気を遣うように対処してくれた。
『勝負は時の運! 今回運命の女神はたまたま剣ノ舞に微笑んだが、轟山はもちろんよくやったぞ!』
 比較的短く終わったインタビューのあと、ステージ下に皆が降りると、いきなり轟山の三人が騒ぎ出した。
「胸くそ悪いわ。せっかく俺さまがスーパー大活躍したのに、ふたりのクズに足を引っ張られてもうた」
「うそこけー! おまえが一番最初にやられたやんけ」
 パシーン。
「ほんま、頼むで自分!」
 パシーン。
 猛雄は仲間のハリセンにどつかれた。
 ……いつのまに、三人ともハリセンを?
「いやん。スーパーな俺の頭が底抜けのあほになるやん。スーパーマンホールや。空も飛べる正義の穴やで。米国産」
「わけわからんわボケ!」
 パシーン。
「半世紀前のネタや! いつ仕込んだ」
 バシーン。
「スーパー痛いな。ネタの仕込みは大丈夫や。実は俺、今年で七一」
「なに、ほんまか?」
「逆から読んだらな」
「死なす、絶対に死なす!」
 バシーン。バシーン。
「とにかくデートはご破算やけど、まだ竹刀がある。さっさと見つけにいくで」
「わかったわリーダー。スーパー見つけような」
「そいでナンちゃんとデートぉ!」
「ナンちゃんとデートぉ!」
「ナンちゃんとスーパーデートぉ!」
 三人は一列に並んでどこへともなく去っていった。こんな連中を相手に真面目に試合をしていたことを考えると、さすがに頭が痛くなって来た。一時は高度な駆け引きかと思ったが、どうやら素のようだ。だが彼らは間違いなくトッププレイヤーなのだ。
「なんてマイペースなチームなのかしら」
「あれに本気で怒って自分を見失ったら、確実に負けてましたね」
 斬の言葉に、ナンも力王も頷いた。
 真面目な連中ほど彼らのペースに乗せられ、怒ることで自分を見失って自滅していったのだろう。轟山はその天然であるマイペースさを最大限に利用してきたのだ。
 いろんなプレイヤーがいる。それがヴァルキリー・スプライツというゲームであった。
     *        *
 試合後、剣ノ舞は部屋に戻らず、観客に混じって次の試合を観戦していた。昼休みを挟んだ第三試合の相手がヤイロバーズに決まった。相も変わらず逃げまくって一機だけを仕留める純粋逃げは、四国大会で戦ったときよりさらに熟練度を増したようである。東京二位のブラックローグトリプルが、一方的に敗れ去っていた。
 剣ノ舞の面々は奮い立った。
「……よし、リベンジだ」
 力王の言葉に、斬が力強く頷いて返す。
 その場でコミュコンノートを立ち上げ、VSのカスタムツールを起動させる。カードを入れて、なにやらこつこつと打ち始めた。
「――なにをしてるの?」
「さっきは運に救われただけです。ですから僕は、できるだけでも総司を強くしないと……対純粋逃げ専用総司に、新たな機能を加えます」
 勝利へのさらなる意欲に燃えていた。
「さっきの戦いで苦戦したのは、私が――」
「ナン。話がある」
「え?」
 力王が席を立った。後ろの席に座っている人が「こら、見えないぞ」と抗議したが、力王が振り向くととたんに口をつぐんだ。
 パンダが、戦士の顔になっていた。
「ついてこい」
 ナンはその迫力に押される形で、無言で従った。
 ナンはときどき、力王の深さを感じる。
 普段はのほほんとして快活で、パンダパンダしているのだが、ひとたびなにかあれば、とたんに戦士に変貌するからだ。ナンは辰津美が真の戦士であると思っているが、もしかして力王も近いのでは、と思っていた。
 ――力王がナンをつれてきたのは、ドームの外縁にある、屋上のひとつだ。
 スタッフパスを持っているので、あちこちに入ることができる。ここはもちろん、普通の入場者は来ることが出来ない区画に位置していた。
 ドームの布製の屋根を支える綱を巻き付けた装置があちこちにある。屋上は長さこそ二〇メートルはあるだろうが、幅は人が二人も並べばいっぱいになってしまうほど狭い。ドームの外縁に沿う形で、ゆるやかなカーブを描いている、細い廊下のようなものだ。
 そして屋上の手すりはせいぜいナンの胸元辺りまでしかなく、危なっかしい。ナンはその手すりに体をあずけ、外側を見渡した。
 横浜の旧港と、市街が見える。地面すぐ上には灰色の空がよどみ、その濃さは瀬戸内海の比ではない。あまり長時間眺めたい景色ではないが、風だけは気持ちがよかった。
 かえり見れば、青いドームがまるで水平線のように広がり、空に吸い込まれてゆく。世界の広がりをナンは感じた。
 力王が口を開いた。
「VSだが、どうしてヴァルキリー・スプライツの正式名を、ほとんど聞かないと思う?」
「え?」
 いきなり思いもしなかったことを問われ、ナンは困惑した。
「えーと。頭文字を合わせたらVとSになって、ちょうど兵器の名前とおなじ……」
「そうだな。これは完全に狙っている。英語のVERSUSも略せばVとSだ」
「あ……」
「どいつもこいつも『対決』にこだわっているのさ。気取ったヴァルキリー・スプライツの名称がほとんど使用されないのは、そこにある――もっともこれは受け売りだ。ネット上で囁かれているいくつかの仮説のひとつにすぎない」
 暑い風に力王の前髪が揺れる。
「凄いですね」
「なんだ?」
「だって私、そういうことを考えたこともないんですよ」
「なあに。俺はただ単にナンより暇なだけさ。そちらは剣道とVSを両立させているじゃないか」
「剣道のほうはさっぱりですけどね」
 中学では剣道部に所属し、さらに家でも暇さえあれば道場で稽古している。が、それでもナンの剣道はVSほど強くない。中一の四国大会ベスト四が最高記録だ。
「結果の話じゃない。ナンは剣道をしているときは幸福そうじゃないか」
「あ……よく見ているんですね」
「練習しか見たことはないが、なかなかいい顔をしていたぞ。あれは好きじゃないと出来ないな」
「よくわかるんですね」
「まあ――俺もかつて好きなことをしていたからな」
「たしか、空手でしたね」
「だけど俺は当時は気が優しすぎてな――おかげでさっぱり弱かった。空手そのものは好きだったんだが」
「それで、VSをはじめたんでしたっけ?
「なにせ相手の顔が見えないからね。でもそれだけじゃないぞ。俺が去年VSをはじめたとき、中三だった。わかるな?」
「はい」
 ――受験だ。
 力王やナンが通う中高一貫校は、高等部のほうが生徒数が多い。つまり高校からの入学者も募っているのである。
「俺はエスカレーター組じゃない。外の中学からの受験組だった。ふつう受験生ともなると、まずゲームなんかしないよな」
「だけど先輩は、見事にやってのけました」
「うむ」
 力王は誇るように胸を張った。たしか倍率はわずか一・二倍だったっけ? とナンは思ったが、言わないでおいた。
「人間、なにかプレッシャーがあるとかえってやり遂げることもある。俺はその典型さ。親のご褒美のあるテストは必ず高得点を取れたし、大食いでタダになります、という類の挑戦で失敗したことはない」
「……そんないきさつがあったんですね」
 受験に関してナンは深く考えたことはなかった。中学には推薦で入ったし、高校にはよほど成績や素行が悪くないかぎり自動的に進めるので、将来大学を受験する気でも起きないかぎり、事実上受験戦争とは無縁な青春が約束されているのである。
「ナン、そして三つ目だ。俺がブレードマニアにこだわる理由は、実はそれを最初に知ったときに、大爆笑したからだよ」
「え……」
「なにが悲しくて超音速の弾幕をかいくぐり、二キロ以上彼方の敵に斬りつけなくちゃならないんだ? ばかばかしいといったらありゃしない……それで気がついたら、斬撃ばかり練習していた。いまは空手に復帰する気もないほど、VSが大好きだな」
 それにしては今でもすごい筋肉量だ。ナンはこの先輩が隠れてトレーニングを欠かさずしていることを、斬から聞いている。
「なんか、斬――くんと似たようなことを言っていますね」
「ん? なにかあったのか斬と」
「……いやまあ、竹刀の件で励ましてくれたんです」
「ふうん。そうか」
 チッという小さな舌打ちが聞こえた。
「なんでしょうか?」
「ああ、すまない。なんでもない」
「それでこだわりがどういう結論に繋がるのですか?」
「ナンはずっと竹刀にこだわって来たが、それは俺たちがナンを仲間として大事に思っているのと、おなじくらい重いことなんだって、知って貰いたいんだ――一回戦で俺たちはふがいなく撃破された。だからこそナン、きみが不調なときは、俺たちを信じてくれ。俺と斬は全力をもって、ナンを峰風辰津美と戦わせて見せるよ」
「…………」
「うん? どうした」
「……あはは」
「なにかおかしいか?」
「あ、ごめんなさい――」
 ナンは、胸に溢れるなにかを感じていた。
「――先輩、それって、決勝に行こうって言っているんですよ? すごい目標ですね」
 照れで顔が火照っているのを自覚して、力王から顔を逸らせる。
 風が暑かった。
「先輩――ありがとうございます。もう昨日から何回も言っている気がします。でもこういうのって、何回言っても、減る物じゃないですよね? 逆に嬉しい気持ちがどんどん溜まっていく。なんか、楽しいです」
 力王の心が温かかった。
 だけど――その言葉が、弟のほうから聞けたら、もっと嬉しかったかな。
「え?」
 なにを今、考えた?
「どうしたいきなり」
「ええ、ああ……な、なんでもないです」
 急にたちのぼってきた後ろめたさと動悸に、ナンの心は動揺していた。
     *        *
『さあみんな、お昼休みは思ったより長かったかな? 待ち遠しかった、三・回・戦・の、はじまりだー!』
 ファイト真の叫びに、会場は絶叫ともいわんばかりの爆発で答えた。
 耳に手を当て、ナンはその騒音から逃れようとした。一〇秒ほどしてようやく静まったようなので、耳を開放する。
『それでは三回戦第一試合、剣ノ舞バーサス、ヤイロバーズ!』
 正面にはすでに、ヤイロバーズの面々が並んでいた。私立高校の男子だ。
『実はこの戦い、四国大会決勝の再現だぞ。そのときは剣ノ舞は惨敗したそうだけど、今回はどうかな?』
 マイクを力王に向ける。
『さっきの戦いで俺たちは幸運の女神に好かれたようです。今回もその運をたぐってみたいものですね』
 ファイト真はマイクを斬に移動させる。
『馬子斬くん、純粋逃げは世界大会を制した戦術だけど、対策は出来ているかな?』
『秘密です』
『おおっと、これは見事な策士ぶり』
 さらにマイクがナンの元に来た。いっしょに動いてくるカメラのレンズに緊張する。カメラの後方から照らされる照明が眩しい。
『峰風南ちゃんは、さきほどは竹刀がなくて苦戦してたみたいだけど、大丈夫かな?』
 ナンは元気のない声で答えた。
『……うーん。まだちょっとわかりません』
 ナンのセリフに会場がざわめいた。向かいにいるヤイロバーズの面々もナンに注目しているようだ。
『これはボクとしては、個人的に心配だね。さてと、ヤイロバーズはどうかな? チームリーダーの新井正一くん』
『僕たちは来年、大学受験です』
『それで大会に出ていていいのかな?』
『いいんですよ。いい想い出を作って受験に専念していきたいです。いずれにせよこの大会を最後に、来年の春までVSは一時中断ですね――ですからこういうドラマのような再戦は、想い出を作る上で望むところです』
 皮肉な再戦だな、とナンは思った。このような復讐戦を望んでいたのは、ヤイロバーズが二回戦で破ったブラックローグトリプルにしても同じだったはずだからだ。このチームは東京大会の決勝で中華英雄に負けている。しかも辰津美に三機斬りされるという、屈辱でしかない負け方を許していた。
 もちろんナンにしても負けた側である以上、ヤイロバーズとの再戦はのぞむところだ。もっとも剣ノ舞ではナン以上に、撃破された当人である斬が一番燃えているようだった。
 そんなナンの思いを知らない真が、勝手にヤイロバーズを応援するかのような言い方をした。
『これは凄いぞ。戦う受験生の快進撃は、いったいどこまで行くのか! では各自、戦闘準備!』
 どうやらファイト真には、ヤイロバーズの勝利濃厚と映っているようだ。ならば勝って見せようと、ナンは静かにさらなる決意をした。辰津美に追いつくには、辰津美が負けた戦術に勝つ、という課題が出てくる。中華英雄はトリニティ砲火を編み出しており、飛行VSによる純粋逃げに対しては事実上無敵になっている。すでに克服しているのだ。ならばこちらも克服すべきだろう。
 六人はスチール製の階段をかけあがり、渡しの上で左右に分かれた。左に剣ノ舞、右にヤイロバーズ。
 六人のうちで、ナンの表情だけがずっと沈んだままだ。ほかの五人はそれぞれにそれぞれの理由で闘志を抱え、戦士に変貌しつつある。コックピットに入り込む。ナンだけが一人遅れた――
 と、ドアが閉まったとたん、ナンの表情が一変した。まっすぐだった眉が尻上がりに寄せられ、顔全体に力が入ってゆく。そこには戦士となったナンの姿があった。
〈こちら力王&十兵衛。ナン、見事な演技っぷりだったぞ〉
〈こちら斬&総司。ナンさん、これで八色は間違いなく、ナンさんを狙ってくるでしょう。本来のナンさんの回避と二連装誘導妨害なら、撃破される確率は低いはずです〉
「うまくいくといいね。イージスの例もあるし」
〈なあに、その時はそのときさ〉
 先輩の軽い口調に、自然と嬉しくなる。ナンは馬子兄弟との間に、いままでよりも強い絆を感じていた。
 ナンは対純粋逃げ専用のカードを取り出す。この機体は、外に情報が漏れない対CPU練習戦でしか乗っていない。つまり未公開なわけである。
 ヤイロバーズは驚くだろうか。
 駆け引き。
 その楽しさをナンは噛みしめていた。
 辰津美と戦いたい。勝負の魔法だけでVSをプレイできない。やはり楽しくないと。
 高次元の楽しみとは、そういうものだろう。あくまで遊びでないといけないのだ。
 機体認識が終わり、戦場が映し出された。
 戦場は中国・万里の長城だ。
 敵陣との間に東西に伸びる小高い丘の峰と、稜線上を走る赤い長城がある。その壁によって八色は一切見えない。
 なにをするでもなく、壁を見つめているうちに戦闘開始となった。
 武藏を発進させる。と、目の前に急に敵の反応が現れた。ほぼ同時に三つ。
「なぜ? なぜ来るの?」
 見上げると、それは当然ながら敵のケツァールカスタムだった。直では二週間ぶりに見る、極彩色の鳥。色彩は白を基調に黒い頭、緑の羽根、青いワンポイントなど、カラフルに塗られている。だが――前回と違うところは、長い尾がないことだ。それに全体的にスリムに見える。
 今回の八色は、軽い。
「こちらナン&武藏。敵は極めて軽装です!」
〈わかってる。これは純粋逃げではない!〉
 三機はまっすぐ十兵衛に向かっている。その速度はあまりにも素速い。時速四〇〇キロ近くは出ているのではないか?
 いったいなにをする気なのだろう。
「……とにかく先輩、救援に向かいます!」
 車輪走行モードにして、力王のほうに向かう。
 すでに斬と力王は戦闘に入っている。
〈兄さん、一気に全武装を使い切るつもりで行きましょう〉
〈当然だ! 当たれー!〉
 力王がディペットミサイルと炸弾機関銃のダブル近接信管迎撃を行うが、三機を同時に抑える弾幕はとうてい張りきれない。しかもあまりにも素速い。
 八色たちはほとんど被弾することもなく、強引に――いや、芸術的とも言える上下回避を披露して、十兵衛の頭を取った。至近一〇〇メートルで機関砲の火を噴かせながらミサイルを発射する。
 あまりに近くで対処が間に合わず、ダブルミサイルを食らう十兵衛。さらに機関砲による徹甲弾群の追撃だ。五六ミリ徹甲弾がつぎつぎに十兵衛を襲い、装甲が叩かれる。
〈うぬぬ……なんと素速い!〉
 武藏と総司が横から攻撃するが、相手は常識外れの軽装で素速い。回避しつつ、同時に十兵衛へのたゆまぬ乱射をつづけた。と、八色たちが地雷を投下した。
「……爆撃まで」
 ケツァールは二箇所にランチャーを持っているから、ミサイルと地雷を同時に積める。
 地雷は円盤型のハウンドだ。地に降りると低空を滑るようにホバリング自走し、十兵衛を追尾した。
〈なにくそっ!〉
 迎撃しようと地雷に機関銃を向ける十兵衛だが、空からの攻撃が激しくてできない。地雷に気を取られたところに至近ミサイル群。それらは誘導妨害で無効化させたが、徹甲弾の掃射を食らって転んだ。
 そこに四個のハウンドが殺到した!
 光と轟音がして、連続して土煙が噴出する。土の塊が周囲に飛び散った。
 八色たちはミサイルと地雷を撃ちつづけた。
〈畜生ぉ!〉
 という力王の声とともに、ひときわ巨大な炎の塊が噴き起こり、そして消えた。
 十兵衛の撃破を確認すると、八色たちは急旋回して、すたこらさっさと距離をとりはじめた。
 それを追う武藏と総司だが、相手はひたすら逃げつづける。
「な、なんなの? あの戦い方は」
〈……奇襲逃げです〉
「え?」
〈あの猛攻で武装の大半を使うため、後は牽制しつつ逃げるんですよ。VS発表半年後から一年目くらいまで流行った、逃げ系戦術の一番最初の形です〉
「そんな古い戦術にまんまと填るなんて」
〈恥じることはありません。完全な奇襲でしたし、それにこの奇襲逃げは新しい形です〉
「新しい?」
〈ええ。前に流行った奇襲逃げは、重装甲で行うものらしいです。ですので軽装甲での素速い突撃は、まったく新しい形です。それだけ腕に自身があるんでしょうね〉
 なにか腹が立ってきた。
「……許さない! だってこれって、私たちを見くびっているってことじゃない。それに私の演技がまったく通用しなかったなんて」
〈ナンさん、相手は大学受験生ですよ。頭が冴えている集団です。裏の裏を掻かれても、別に不思議じゃありません〉
「どうして落ち着いていられるの? 斬……くん」
〈相手が、全力でこちらに対処しているからですよ。だから嬉しいんです〉
「え?」
〈だって、二回戦までは通常の純粋逃げだったんですよ? さあ、反撃です!〉
 三機揃って万里の長城を越えた八色の後を、斬の総司が追っていった。
 武藏も二〇秒ほど遅れて丘を駆け上がり、スラスタージェットで高く跳躍し、赤い長城の上に降り立つ。踏みしめた箇所がへこんだ。
 総司は三機から牽制攻撃を受けていた。
〈ナンさん、援護射撃をお願いします。敵の攻撃はすべて、僕が引き受けます〉
「斬くん……」
〈言いましたよね、ナンさん。助け合うって。この役割分担が最適なんですよ〉
「わかった。じゃあ任せたね」
〈今度こそ、役に立って見せますよ〉
 ああ……そんなことを気にしてるんだ。
「無理はしないでね」
 二回戦でナンは無理をして撃破された。だから今回は、慎重に行こうと思った。ナンは武藏にその場で片膝をつかせた。
 衝撃で長城の外壁が剥離する。戦車数台分の重量だ、崩れもする。
 右肩の機関砲で狙いを定める。
 ロックはしない。
 部分ズームし、フリー照準サークルを出す。
「――アタック!」
 先読み狙撃。
 炸弾機関砲が連射を開始した。
 距離一・三キロ。一・五秒後に一機の八色が白煙に包まれてすこし下降した。
 幸先がいい。
 すこしずつ狙いを逸らせる。
 逃げたつもりの八色はその通りに動き、また当たる。
 これは剣道と同じだ。
 機関砲の火線は竹刀であり、それを避けるのは防具をつけた対戦相手だ。動きを読み、そこに射撃という竹刀を叩き込むのみ。
 それゆえ射撃訓練をしたこともないナンは、スナイパー特技に多少秀でていた。まったく動かない状態でなら、その命中率は高い。
 いつもは弾を温存させるため、長くても連続一五秒で射撃をやめる。
 だが今回は違う。
 二〇秒……辰津美姉さんと戦いたい! ……三〇秒。
 熱量警告が出て、射撃が強制停止した。
 通常冷却に加え、砲身の緊急冷却機構が発動する。六秒してグリーン。
 再射撃――一〇秒、二〇秒、まだまだつづける。
 雨で増水した渓流のような轟音が、耳に心地よい。はじめて聞いたときは煩わしかったが、慣れるとけっこう気持ちよい。
 武藏の執拗な攻撃に、八色の連携が乱れた。
 余裕ができたところで、総司が逃げる八色に狙いをつけた。
 十字砲火が生まれた。
 被弾して地に墜ちる八色。
 総司と武藏はミサイルを放った。
 八色はまだ生きていた。誘導妨害を起動し、こちらのミサイルを無効化させた。
 ゆっくりと飛び立つ。形こそ鳥だが、ヘリフライヤーなので滑走は必要ない。一二枚の小型プロペラ群が翼構造の内部に保護されている。
 しかし上空にあがったところに、機雷がみっつ浮かんでいた。総司が放ったアサシンだ。三五ミリ徹甲弾の米字掃射を受け、八色は弾き飛ばされた。
「いまだ!」
 そこを狙う武藏。と、弾切れだ。一〇〇〇発を撃ちきった。
 仕方がないのでミサイルを二本撃つ。
 機関砲基部から空のドラム弾倉を排出し、背負っていた補助装備の追加弾倉を自動装填した。ベルト状に連なった弾が伸びて、先端が接続される音が響く。装填時間、約三秒。その間、砲身では緊急冷却のモーターがフル稼動していた。
 冷却終了を待つ。
 二秒後、ゴーグルにグリーンシグナルが点灯した。
 射撃再開。
 狙った八色はなかなか死なない。弾数的に普通の相手ならとっくに落としているが、なにしろやたらと素速い。
「さすがに全国レベルは上手い……」
 二つめの弾倉も半分以上撃ったところで、隅に追いつめた八色が連続被弾した。
「チャンス!」
 戦場の隅は回避方向が限定される。戦場外に三秒いればリングアウトとなるからだ。戦場領域は直径四キロ・高さ一キロの円盤形で、境界はゴーグルでないと確認できない。
 ディペットミサイルを四本。対純粋逃げ武藏は、ポッドを倍の八連に増設している。
 さらに機関砲を撃ち続ける。
 一筋に飛んでゆくミサイル群。必死にミサイルをかわそうと旋回する八色だが、武藏の砲火が八色を繋ぎ止める。
 この八色はすでに誘導妨害を使い切っている。誘導妨害は連続一五秒しかもたない。
 至近でミサイルがつぎつぎに炸裂した。
 八色はまともに破片と炸薬の爆風を浴び、お手玉のように放り投げられた。
 そこに総司のミサイルが雷光の牙を剥く。爆裂の獣に噛まれた八色は弄ばれるように地面に激しく叩きつけられ、その衝撃で爆散した。
 これで二対二。
 ナンはふうと一息ついた。竹刀のことから、どうやら回復しつつあるらしい。
 さっきまで逃げていた八色たちが急旋回し、ふたたび攻撃モードに移った。
 二機が狙っているのは――総司。これは当然の選択だ。武藏の回避能力は地上VSに限れば四国一なのだ。
「斬くん、頑張ってね」
〈ナンさん〉
「活躍できたら、ご褒美をあげるから」
 ナンは援護射撃の準備に入る。
 機関砲はちょうど弾切れだ。周囲には優に一〇〇〇を超える空薬莢と、冷蔵庫よりすこし大きいドラム弾倉が落ちている。
 それらを手でさっとどけると、武藏は片膝つきの足を左右組み直した。
 両脇腹にある棒状の部品をふたつ取る。
 組んでひとつにすると、砲銃になった。銃底のチューブを左脇に繋げる。バズーカ砲のように砲銃を構え、狙いを定める。
 二機の八色が総司に群がり、なにやら攻撃している。総司は回避地獄に陥っていた。しかも右手に握っていたはずの炸弾機関銃がない。
「斬くん、銃がなくなっているじゃない」
〈破壊されちゃいました〉
「されちゃいましたって……」
〈大丈夫です。昼前に保険を組み込みました〉
 あのときか。
「わかった。じゃあ撃つね」
 機会を待つ。一秒……二秒。
 いまだ!
 トリガーを引くと、見えないエネルギーが飛び出した。狙った獲物を瞬時に荷電粒子が激しく叩き、装甲が赤熱膨張、爆発した。
 その八色は空中でくるくる回った。
 逃げていた総司が素速く動いた。右袖が開き、もうひとつの銃が出現する。それを左手に持つと、転び状態の八色に追撃の至近照射を浴びせた。
『なー! そんなのアリか!』
 八色のわめきが斬の回線を通じてナンに届いた。
 その攻撃は超短パルスレーザーだった。
 至近で高エネルギー兵器の洗礼を受け、八色の頭部が瞬間的に蒸発した。総司は刀を抜いて右手に握りつつ殺到し、交差しざまに斬り裂いた。
〈奇襲・池田屋斬り!〉
 燃え墜ちる八色に見向きもせず、急旋回する斬。最後の一機を斬ろうとした。
「斬! いけない!」
 ナンの注意は間に合わなかった。
 振り向きざま、総司の胸に機関砲のピンポイント射撃が浴びせられた。薄い装甲しかない胸元はたちまち破裂し、内部の機械が露わになる。さらに一〇秒以上の掃射を受け、総司は溜まらず墜ちた。
〈ナンさん……今回もごめんなさい〉
 浅葱色の隊服が緋色に染まった。
 総司を仕留めた最後の一機は、間髪置かずナンに襲いかかってきた。ナンはすこし焦ったが、気を取り直した。こちらは無傷ではないか。
 ナンは万里の長城から降りて、原野で迎え撃った。その機体は機関砲のみを使用してくるので、すでにミサイルと地雷は切れているようだ。ナンにしても荷電粒子ビーム砲しか持っていない。
『やりますね、さすがです』
「その声はたしか……新井さん」
『八色が二機も墜ちるのは初めてです』
「こちらはずっと苦戦のしっぱなしですけど」
『いずれにせよ、ようやく本気で戦ってくれて嬉しいですよ』
「え……」
『隙ありやー!』
 八色の射撃を、武藏はさらりと避けていた。ちなみに新井は最初の着弾を確認した後で叫んでいる。
『うーん。これでも通用しませんか』
「そちらだって凄いじゃないですか!」
 ナンは移動先を予測してビームを撃つ。しかし新井機の八色は労せずしてかわした。新井機はほとんど無傷に見える。
 新井の反撃を、ナンも難なくかわしてゆく。
『いい動きをしますね。おなじ県に住んでいたら、どんな手を使ってでも仲間にしたかったですよ』
「残念ですけど、私はブレードマニアにしか興味がないんです」
『たしかにそれは残念ですね……』
 そのとき、時間切れの表示が出た。
     *        *
 引き分け。
 その判定に会場はどよめいた。
『おおっと! 引き分け。一〇〇〇試合に一回しかないという、珍しい事態だ! VSのスリーオンスリーバトル形式の公式大会では、はじめてのことだぞ!』
 係員が集まって協議を開いているが、どうやら誰も引き分け時の規定を知らないらしい。五分ほどしてスタッフの一人がなにか黒い小冊子を持ってきた。レギュレーションブックのようだ。そして――
『どちらが勝者かは、規定により、じゃんけんで決定するぞ!』
「じゃ、じゃんけん?」
 再試合だとばかり思っていたナンは、その内容にあっけに取られた。それは力王や斬、ヤイロバーズの新井にしても意外だったようだ。
『主旨はこうだ。VSの試合はその時に出しうる最高の力で戦うのであって、二回目はあり得ない――』
「だからじゃんけんか……」
 力王がガハガハと某ジブリの某トトロのように笑った。
「面白い! 受けて立とう」
『なお、じゃんけんは三対三の勝ち抜きで行われるぞ』
 くじを引き、じゃんけんの順番が決められた。
 剣ノ舞は、力王・ナン・斬。
 ヤイロバーズは、工藤・小西・新井。
 力王VS工藤。
『必殺!』
『はい!』
 力王がグーで勝った。幸先がいい。
「がんばって先輩!」
「兄さん勝って!」
 力王VS小西。
『行くぜよ!』
『必勝!』
 後出しで力王の反則負け。しかも……
「そのままでもグーにチョキで負けだった」
「仕方がないわねえ」
 涙を流す力王の頭をとんとんと突っつくナン。これは竹刀があったときによくやっていた行為だ。竹刀がないので、指で代行しているのだ。
「私の勝負強さを見ていなさい!」
 ナンVS小西。
『せいーやっ!』
『行くぜよ!』
 ……ナンの負け。ナンのしょぼしょぼなグーに対して、小西は見紛うことのないパーを出していた。そのパーが燦然と黄金の輝きを放っているようにナンには見えた。
 辰津美が遠くに消えたように思えた。
「ごめんなさい先輩、斬くん。私、運がなかった」
『おおっと。剣ノ舞、これで後がなくなったぞ。最後は馬子斬くんに掛かっている!』
 ファイト真の言葉に、固くなって頷く斬。
「斬くん、変な煽りに緊張したらだめだよ。ね、きっと大丈夫だから」
 ナンは斬の両手を取ると、合わせて強く握った。その行為に斬の顔がすこしほんのりと赤くなるが、ナンは夢中なので気付かない。
「うん……行ってきます」
 一方、ヤイロバーズのほうは三連続抜きだ、と工藤や新井が小西を応援している。
「がんばりやあ、小西ぃ!」
「行ってください!」
「ななな、なんで俺、勝ちゆうが?」
 当の小西は重責に手足がまっすぐなままだ。
 斬VS小西。
『い、行くぜよ!』
『ぽんっ!』
 斬の出したパーに対し、小西はグーを出していた。
『よし……』
 斬は静かにガッツポーズ。その小さな体――といってもナンとほぼおなじ身長だが――が、ナンにはじつに頼もしく思える。
『さて、これで泣いても笑っても最後の大勝負。大将同士の一騎打ちだぞ』
 斬と新井がずいっと並んだ。
 互いに勝利がかかっている。二人の表情は、じゃんけんだがあくまで真剣だ。
『じゃーんけーん……』
 ファイト真がゆっくりと言う。
 斬VS新井。
『ぽんっ!』
『当たって砕けろ!』
 チョキとチョキとで同一。
『これは心臓に悪いぞ! もう一度だ! ――じゃーんけーん……』
 斬VS新井。
『星になるんだー!』
『ぽん!』
 一瞬、ナンの目の前がスローモーションになったように思えた。世界がゆっくりとコマ送りのように動く。白黒なモノクロの世界で、斬の手元がゆっくりと広げられた。これはパーか、チョキか? それに反応するように、新井の指がチョキを形作ってゆく。このままでは、パーにチョキ、チョキにチョキ。五割の確率で斬が負ける――開きかけた斬の手が、途中で止まった。また指に力を込めて、それを閉じ……
 ……気がつけば、力王が斬に駆け寄り、小さな弟を抱き上げていた。肩に乗せて壇上を走り回り、おおおう! と歓喜の咆哮をあげて騒いでいる。
 一〇秒近くたってから、ナンはようやく正体を回復した。
「……いまの、なんだったの?」
 首を振って、馬子兄弟を見つめる。
 仲間か……
 いいものだ。
 じゃんけんの三勝はすべて、馬子兄弟が稼いだものだ。二回戦にせよ、一瞬だけ斬の攻撃が速かったので勝ちを拾った。
 この兄弟には、本当に強運の女神が微笑んでいるかも知れない。とにかく辰津美と戦う、という望みはまだ残った。いや、一気に現実味を帯びてきた。
「たまるか、へちな星になってしまった……」
 虚脱してがっくりと肩を落とした新井を、仲間たちが慰めている。真剣勝負の結果を責めるような不心得者は、この場には誰もいない。すべての結果を厳粛に受け止められる者にしか、ここに立つ資格はないのだ。
 馬子兄弟が帰ってきた。力王が斬を降ろし、斬は恥ずかしそうにナンに頷いた。ナンは嬉しくなって斬の腕を取って、ぶんぶんと上下させた。
「ナ、ナンさん……」
「斬くん、最後だけど、どうして急にグーにしたの?」
「え?」
 斬の顔に、驚きの表情が浮きでた。
「……すごい動体視力ですね。どうしてそれで、剣道では通用しないんですか? ――そうです。たしかに僕は最初、パーを出す気でした」
「なっ! それって負けじゃんかよ」
 力王が頭をかきむしる。
「ですけど、ナンさんがグーを出して負けたのを思い出して、グーにしたんですよ」
「え……」
 斬はにこりと笑った。
「だって、ナンさんは剣ノ舞を全国大会へと導いた、勝利の女神ですから」
「……斬くん」
 胸にこみ上げてくるこの感情は、なんだろう。ナンは思わず斬の首に思いっきり抱きついていた。
「ナ、ナンさん」
「斬くん。試合中に、活躍したらご褒美をあげるって言ったよね?」
「あ……はい」
「じゃ、あげるね」
 ナンは可愛く頼れる後輩の額に唇を寄せ、軽くキッスをした。斬の額は、すこし塩辛かった。じゃんけんの緊迫で、汗を掻いていたのだ。ナンはそれを不快に感じるどころか、かえって嬉しくなった。勲章の汗だ。
 離れると、顔を真っ赤にした斬がいた。
「こ、光栄です!」
 足元が落ち着かないのか、所在なさげに交互に組み直しつづけている。横で力王が「NOォォーッ!」とわめいている。
『おーっと! 剣ノ舞で、なにかすごいことが起きたぞ! これは女神のキスか!』
 ファイト真のマイクと、いつものカメラマンがやってきた。それにナンは落ち着いて答えた。
『いいえ、チャレンジャーのキッスです』

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