四〇 外:クライン・スピリット〜 Human Viewpoint.

旭和ラノベ
ソード妖夢オンライン7/三七 三八 三九 四〇 四一 四二

 茅場晶彦(かやばあきひこ)の野郎、一万人もSAO(エスエーオー)に閉じ込めやがった! 俺のテリマヨピザとジンジャエールを返しやがれ! ゲームだけどモンスターにやられたら本当に死ぬだと? 生きて帰りたきゃ第一〇〇層まで登り切ってクリアしろとか、ふざけたこと抜かしやがって。そんなの何ヶ月、何年かかんだよ!
「なあリーダー、どうしようか俺たち」
「夜はモンスターが強くなるらしいから、今夜はもうはじまりの街から出ねえほうがいいよな? 俺らみんなレベル一だし」
「じゃあ明日は朝からレベルあげか? 街の周辺で」
「でもよ、HPがゼロになったら、俺たちナーヴギアに殺されるんだろ?」
 知るかよって放り投げてぇけど、キリトの誘いを断っちまった以上、俺はリーダーとしてこいつらを意地でも守ってやんねえと。
「死ななければいいンだよそんなの。六人全員でカバーし合って、貝のように安全に戦えばいい」
 俺だって不安だけど、無理に元気ぶってんだよ。ハリー・ワン、イッシン、ダイナム、クニミツ、デール。こいつらみんな、気の合ういい奴らだ。俺みたく裏表のねえ単純な連中で、一緒にいて気持ちいいんだよ。絶対にひとりとして死なせたくねえ。だけど命を危険に晒さねえと強くもなれないよな、どうすりゃいいんだよまったく。
「なあリーダー、そのキリトってやつ、やはり俺らの案内とかコーチとか頼めねぇ?」
「無理ってもんだ。あいつは間違いなく最前線で戦える人材だぞ? それに俺ら初心者が六人もおんぶしちまったら、それだけゲームクリアが遠のいちまうだろうが」
 生存確率を高めるにゃ、キリトの指導をみっちり受けンのが最良だ。だけどそれは、みんなのこと考えたらマイナスになっちまう。この転移門広場は混乱のるつぼだ。俺らは仲間で固まってるからまだ落ち着いてるけど、周囲はそれはもう、ひどいもんだぜ。数秒置きに誰かが意味不明な奇声あげやがる。ワールドカップで敗退が決まった直後の応援スタンドみたいな有様だ。このお通夜状態な一万人の利益を考えたら、キリトは先に行かせてやんのがベストじゃねえか?
「まあ任せろよ。あいつ『ら』から数時間かけてしっかりレクチャー受けてんからよ。それでおめえらも強くしてやんから」
「リーダー! 付いていくぜ!」
「俺もだ!」
 みんなで団結、いいシーンだなっ。
「待てっ……あいつ『ら』って、リーダーがレクチャー受けた達人、もう一人いたじゃん!」
「そうだ! みょん吉だっけ。そのリアル剣術家も強いんだろ? そいつなら俺らを鍛えてくれるんじゃね?」
 いまの感動、台無しじゃん? ……俺の立場ねえよ。でもみょん吉は知り合いとやらを見つけてさっさと合流しちまったからな。ウィッチ・マリサの彼氏かなにかで技師だっけ? あんまり大人数でパーティーってのも問題だと思うんだが。
 いいタイミングでそのみょん吉からメッセージが来た。
『クラ之介さん、みょんです。大変な事態になってしまいましたが、その件につきまして、ぜひ直接会ってご相談したいことがあります。私の大切な友人たちも一緒です。当初の約束通り七時半に黒鉄宮の門前で落ち合いませんか? 私たちは「とても目立つ背が低めの三人組」ですので、すぐ分かると思います』
 背が低い? とても目立つ?
「どうしたリーダー? しかめっ面して」
「……これは、面倒をしょい込みそうだぞ」
 みょん吉たち、もしかしてリアルじゃ小中学生くらいのガキなんか? いくらみょん吉が強くて俺らの指南役になれそうでも、ほかの二人が頼りないんじゃ――初心者ばかりであまり人数増えると、かえって危なくね?
 こんな異常事態で、子守りまでしてる余裕なんかねーぞ。
     *        *
 と思ってた時期が俺にもありました。
「なななな、長野ちゃんじゃ――ないですか〜〜あ?」
 なんで麗しの銀髪ちゃんがここにいる!
「クラ之介さん。私です」
「おおお話できて光栄です。あののののの、どどどどど、どこかで出会いましたっけ。ああああ、一週間前に、秋葉原のおショップで、お会いに、でもあのときはお会話はまったくなかったと、ごきききき記憶しているでありますよ」
 宝くじで一億円でも当てた気分だ! 幸運すぎて頭が混乱してやがんぞ。夢なのか幻なんか? なんだこれデスゲームなんだろ? 長野ちゃんと偶然フレンド登録してたってだけでも強運なのに、べっぴんすぎんだろ三人とも。みょん吉は中坊で恋愛対象外つか俺犯罪者になっちまうけんど、ほかは女子高生だろうから、ギリギリOKなんか? 法律上でダメって何歳までだ? ともかく俺、クライン二二歳独身!
「みょんです」
「マリサだぜ」
「にとりです……」
 金髪がマリサさんで、青髪がにとりさんか。おっと興奮しすぎた。いつもの悪い癖で童貞をこじらせちまった。あまり挙動不審やってンと、せっかくのチャンスふいにしちまうぜ。
 ベータテスターだったというウィッチ・マリサが目的を伝えてきた。女だけだといろいろ危ないので守って欲しいと来たか。残念ながらみょん吉はキリト追って行っちまうようだが、ベータテスターの情報は得がたいもの、マリサがいるだけで俺たちは随分と助かる。
「任せろ! しっかり護衛してやんよ」
 ――安請け合いしちまったが、武士たる者、こんなときに女の子に頼られるなんて、一生に一度あるかないかって場面だぜ? そりゃ受けるしかねーだろ!
 それにしても、ふたりとも、めんこいなー。にとりさん内向的なのかまったくしゃべらないけど、こちらをチラチラって意識してくんのが、たまんねー。保護欲を掻き立てやがる。
     *        *
「あいつら……行っちまいやがったな」
 翌朝、キリトとみょん吉をマップ追跡で見たら、ホルンカって村のはるかずっと先に反応があった。俺はふたりと同時にフレンド登録してる唯一のプレイヤーだかんな。
「みょんから私へメッセージが届いてたぜ。キリトと先に行くってさ。フィールドボスは食っておくって」
「マジかよ。強いんだろフィールドボス?」
「みょんの位置から見て、すでに一体目が倒されてる。たぶん二体目も時間の問題だ」
「なっ、たったふたりでボスモンスターを平らげたってことか?」
 デタラメだな。命が惜しくねぇのかよ。
「――ルナーもホルンカを発ったし、アヤヤたちもはじまりの街を出た……ここは、動くか」
「動く? 今日は街の周辺で安全に狩りすんじゃなかったか?」
「レベルアップを兼ねつつ、みょんたちのあとを追う。ホルンカさらにメダイへ。構わないか?」
「いや俺がいちおうリーダーだが……みんなレベル一なのに危なくねえか?」
「私かにとり、デート一回でどうだ?」
「マリサ!」
 自己紹介以来で聞いたにとりさんの声、とっても澄んでてきれいだぜぇ。
「不肖クライン、姫たちのご期待に添えて見せましょう!」
     *        *
 マリサって女がすごい奴だった。
「ほらそこ並べっ――よし、攻撃!」
 元テスターだけあるぜ。言うとおり戦ってるだけで、かなり安全でかつどんどん先へ進めやがる。密集の横隊とかフルダイブで聞いたことねえぞ。でも実際に強ぇから、年下の少女でも俺ら素直にはいはい従ってる。ここはプライド捨てるしかねー。だってみょん吉に任せろと言った手前もあるし、マリサとにとりさんと一緒にいたら張り切る! もう実力以上に体の中からじわじわパワーがあふれ出すつーか、可愛い女の子が見てくれるだけでこれほど奮起できるなんて、生まれてはじめて知ったぞ。
 デートはにとりさんを指名させてもらったよ。勘だけんど、マリサはとっくに意中の男いそうな気がしてな。
「…………」
「…………」
 おたがい無言でメダイの町をうろつくだけだがよ、すげぇ新鮮だ。だって女の子とのデートなんて、それこそ八年ぶりだったンだぞ? このデートのため、前もってみょん吉にメッセージ送ったんだが――『ものは相談だが、べっぴんな青髪さんの攻略法をぜひアドバイスしてほしい』に、返事が『技術系の国家資格をダース単位で取ればあるいは』って、参考にもならねえ。俺何歳になってンだよ。それ以前にこのゲームに囚われてる間、資格って一個も無理じゃね?
「……ひゅいっ」
「おっと」
 緊張しすぎたのか、なにもねぇとこで転びそうになったにとりさん、反射的に支えてしまった。やわらけえ腕だ。女の子やわらかい! にとりさんってみょん吉とマリサよりさらに背が低くて、ホントに女の子してるよな。守ってあげてぇ。
「だっ、大丈夫か」
「……はい、ありがとうございます」
 つい目が合ってしまった。目が潤んでるぞこの子。顔が真っ赤になって体が硬直してる。俺も真っ赤さ。
「その髪と瞳、山奥の清流みてぇにきれいな青だな。似合ってんよ。染めたんだっけ? 元はやはり黒?」
「……ちがう自分になりたくて、でもなれなくて。みょんから染髪アイテム見つけたってメッセージ来たけど、もうこのままでいいやって。ありのままで見せようって」
 なにが言いたいのかわかんねーけど、どこか遠くを見つめる目が吸い込まれそうで。ひとつだけ理解できた。
 にとりさんフリーだ。確信したぜ。恋人いない。
 だけどこの子といるとき、下心はまだ表へ出さねえ。みょん吉と約束したからよ、守るって。俺がオオカミになってちゃ最低だよな。恋は時間をかけてゆっくり醸成していくモンだ。にとりさんがその気になってくれるように、俺は俺を磨く! ソードスキルをアシストなしで再現してみたり、宿で毎晩何時間も剣を練習した。こんな世界に閉じ込められてるし、男ならまず強くならねぇとどうにもならん。キリトみたくになりてー。
     *        *
 トールバーナで再会したキリトとみょん吉、なーにいちゃついてんだ? たった数日で親友レベルじゃねえか、仲良くなりすぎだろ。おめえら進展速度早すぎんぞいくらデスゲームだからって。吊り橋効果か、うらやまっ。こうなったら恋愛ネタでからかってやんよ。意識させて、その気にさせてやる。
 最前線に集まったツワモノども、よく分からんがそのままボスを倒すらしい。あれ? 俺らまでなぜ加わるンで? 初心者パーティーなのに、マリサに導かれてここまで来ちまった。最前線はキリトに任せる! って言ってたのが、なぜか自分たちがそこにいる。どういう運命だ? マリサよぉ。俺は仲間を誰も殺させねぇぞ。ボスに挑むっつーても、無理な戦いは絶対にしねぇからな。
 べっぴんばかり七人もトールバーナに集まってきた。みんな知り合いらしいんだが、ルナーなんか美人すぎて正視できねぇぞ、どうなってんだ? みょん吉、にとりさん、あんたら何者なんだ?
 フロアボス攻略会議で面倒なことになっちまった……相手はウサミミつけた小学生のガキだけど、まさかデュエルに発展するなんて。ただ心配しただけなンだよ、別にいちゃもん付けてるわけじゃねえよ。だって命かかってんだぞ? 小坊死なせたら目覚め悪すぎんだろ。あー、にとりさんに幻滅されないよう紳士的に戦わねえと。
 にとりさん振り向かせたくて毎晩練習してたおかげでなんとか勝てた。それにしてもハッピーラビットというこのガキ、度胸あんな。恥ずかしいことしちまった。
 会議後、にとりさんが袖を引っ張ってきた。うわぁ、こりゃ嫌われたか? ガキ相手に大人が全力で熱くなっちまったし。
「……なっ、なんです?」
「ナイスファイト、めいゆー」
 内心ヒヤヒヤだったのに、予想と違って正反対、かすかに微笑んだと思ったら、そのまま小走りに去ってった。
 なに? いまのなんだ? めいゆーってなんだ? 眩しい笑顔が、かえって不安になる。なんなんですかー、にとりさん!
 マリサに聞いてみた。
「ああそれな。仲間として認めたってことだぜ」
「仲間? 認めた?」
 マリサのやつ、憎たらしいことにニヤニヤするだけで、それ以上なんも教えてくれなかった。
     *        *
 第一層ボス攻略戦、すげーなみょん吉。キリトもすげぇけど。一〇連撃とか、フィールドボスがたちまち狩られるわけだぜ。
 みょん吉が最後にヘマって死にかけたが、キリトがなんとかボスを仕留めたぞ。心臓に悪いことすんなよ。そのあと、みょん吉がキリトにお姫さまだっこされて喜んでやがった――みょん吉のやつ、もしかしてキリトに惚れてんのか? あの様子から見たら、初恋じゃね?
 カマでも掛けてみっか。マリサと会話してるうしろから近寄って――
「――みょんもまんざらでもないようだな。キリトが好きなのか?」
「……命の恩人ですし、好きって言えば普通に好きって表現になるでしょ。ほかになんて言えばいいんです? 相棒でも友人でも、同性でも仲間でも、ペットですら好きは好きじゃない」
「慎重な返答だな。この一週間のはっちゃけた行動とは正反対だぜ」
「だって私、剣舞郷に舞い上がって……人間の子を相手に、間違って本気になったら、あとが辛くなるだけですよね」
 よし今だ!
「せっかくの初恋なのにな」
「ええ、せっかくのはつ――クラ之介!」
 よっしゃ、裏は取ったぞ。まだみょん吉に自覚がなくとも、こういうときは本音が漏れるモンだ。こいつぁ「好き」で決まりだな。
 第二層にあがったとたん、やりやがった。みょん吉とキリト、いつのまにか消えてやがる。
「からかいすぎたかな? 駆け落ちとはやりやがるぜ」
 マリサが喜んでたんで、俺も調子に乗ってキリトにメッセージ送ってやったぞ。
『ようキリト、駆け落ちは楽しいかい? みょん吉がおめえのこと好きだって、初恋だって言ってたぞ? おめえのことだ、この機会を逃せば彼女なんか二度とできねえかも知れねぇ。モテない男にいきなりのチャンス! もし長野ちゃんから告白されたら、しっかり受け入れてやんな。キリトもみょん吉のこと、気になんだろ? じゃなきゃあんな抱っこなんてできやしねえ』
 せいぜい悩み多き青春を味わってくれたまえ、若きリア充候補生。
 ちょっとしてからマリサが耳打ちしてきた。
「……やったぜ。みょんのやつ『隣にいる子を本当に好きになってしまいました』って伝えてきた」
「ほほう。それはキリの字にまた教えてやんねといけませんなー?」
 こんな檄文を送ったぜぃ。
『みょん吉がウィッチに宣言したぞ。おめぇに本当に惚れたって。あの長野ちゃん落としやがるたぁ、羨ましいったらありゃしねえなおい! これはみょん吉に聞いてみンのも手だぜ? きっと好きって答えてくれんぞ』
 さてと、反応が楽しみだ。人付き合いの苦手そうなキリトだから聞けるわけねーよ。だって長野ちゃんだぞ? 意識しまくってモンモンと悩め悩め。人の恋ってやつ、煽ンの楽しいなぁ。でもあいつらお似合いって思ってるのも本音だ。さっさと付き合っちまえって心のどこかで叫んでやがる。
 あいつらが動けば、俺もにとりさんに近づける気がしてな。
     *        *
 本当に付き合いやがったんかー!
 再合流してきたキリトとみょん吉が、いきなし彼氏彼女になってやがった。しかも俺があの爆弾メッセージ送りつけたその日のうち? キリトよぉ。若者よ、おめぇらのその真っ直ぐさが欲しい!
 みょん吉のデレデレぶり、人が変わりすぎだ。初めてアキバで見たときは澄ました人形だったのに、なんだぁこのむやみやたらに可愛いネコみたいな子は。恋ってすげぇな。俺もそんな好意をにとりさんから寄せられてぇ。
「それだけベタ惚れされてるたぁ、まったくうらやましいなこんちくしょう――そうだ。みょん吉よう、幸せついでに、にとりさん取り持ってくれよ。どうやったら俺を気にするようになってくれるかなあ」
「聞かれてますよ」
「え?」
「……ひゅい!」
 にとりさん! いつからそこにいましたか! ああっ、逃げてった。
「しまったあ! 俺の秘めた心を!」
「これまで一度もまともに口説いてなかったんですね。でも彼女は察しが良いですから、とっくにモロバレだったと思いますよ」
 ちょっとヘコんじまったが、考え直せば――とてもいいこと聞いたぞ。俺の恋心は筒抜けだったんか。しょせん童貞だしなぁ。でも嫌がるそぶりは見せてねえ。むしろ特別扱いで、にとりさんから話しかけてくれる男は俺だけだぞ。あのハッピーラビットとのデュエルを境に変わった。つまり……まだ期待あんぞこれ。彼女の中で俺は、その他大勢の男じゃねえ。確実にクラインってひとつの枠を与えられてんだ。そこにもっと俺をアピールしてやんぞ。
 心を知られて拒絶されてねぇから、リアル充実を目指す俺の戦略が変わった。にとりさんの役に立つ! 強い俺を見せようとか、そんな抽象的な段階じゃもうねぇ。具体的に、積極的にこの子の悩みを解決してあげたい。青い髪と瞳を褒めたあんとき言ってた謎の言葉。一字一句しっかり覚えてる。あの水底のような目に俺は心奪われちまったンだ。
『……ちがう自分になりたくて、でもなれなくて。みょんから染髪アイテム見つけたってメッセージ来たけど、もうこのままでいいやって。ありのままで見せようって』
 にとりさんは自分を変えたくてSAOへ飛び込み、でも変わらなかった。ありのままのにとりさんを認めてくれる人と、仲良くなりたいんか?
 何週間も一緒にいるうちに、この子が対人関係で深く悩んでるって分かってきてた。女の子同士で話してるときは快活に笑ったり、突っ込んだりしてて、本当の性格は明るくてよく笑う子だ。意外と口も悪そうで、俺もそうだから親しみ持てる。でも特定の性別――男にゃがらりと変わる。
 男を前にしたとたん、にとりさんは閉じ籠もっちまう。慣れてきてる俺に対しても、ぜんぜん態度は硬い。分厚いシャッターを閉じてしまう。それでもたまに油断したみたいに友人へ対するように接してくれる。そうでないときは他人行儀で、心の予防線を幾重にも張ってやがる。キリトどころじゃねーぞこの重傷度は。
 腹が立ってきたぜ。
 どこの男だ! こんないい子を男性恐怖症にしてしまったクズ! 俺が根性たたき直してやんぞ。
 ――でもそれは叶わねえ。
 犯人はどうせソードアート・オンラインの外側だ。にとりさんとは関係ない生活を送ってるだろう。俺は知らないそいつを叱ることもできねえ。
 恐怖症を克服する手が皆目わからないけど、男への不信感を和らげればいいんだよな。
 マリサとディアベルが攻略組ってのを立ち上げるってんで、にとりさんのトラウマ治療も考えてそれを利用できねぇか相談してみた。
「攻略組で、にとりさんをなにか責任ある長に置くのはどうだろう。サブでもいい。俺が全力でサポートしてやんから」
 俺は社会人で貿易会社に勤めてるから分かるんだが、あるていど大きな組織ってやつは責任で人を縛る。それの継続で人は否応なしに変化を求められるンだよ。良い方向に変わったとき、その結果でもたらされる利益をステップアップって呼ぶんだ。立場ってのは義務がともなうから、無役で自発的に行う成長よりずっと楽に変化できやがる。プラス方向にもマイナス方向にも。俺が全力でプラス方向に曲げてやんからよ、にとりさん。
「……クラインの協力か、それは良さそうだぜ。もともとあいつはマイスター組のサブマスターって決まってるんだが、その補佐みたいなこと、頼んでいいか? 攻略ギルドの活動もあるから大変だろうけど、にとりが懐いてる男って、おまえだけだから」
「任せてくれい!」
 また安請け合いしちまったが、気苦労の連発だった。
「クライン〜〜。恐い人がいますー」
「また変な男から告白されたわ、どうしようー!」
「……クライン、ここにいたんだね」
「ストーカー? ストーカーだったら嫌だよ!」
 にとりさん、どんだけ男が苦手だったんスか! 攻略組が発足してからこちら、頻繁に俺のところへ逃げてくるようになって。それは嬉しいけど、俺の目標は立場と弱みへつけこむみたいにお近づきになるんじゃなくて、男らしく女の役に立てることっ!
 学のねえ俺にできンのは、にとりさんの話をひたすら聞くことだけだった。ほかになんもやってねぇ。
「なんでみんな私の見てくれだけで勝手に好きになってすぐ告白してくるの? ちがうのよ、私は思ってるほどの女じゃない。もっと腹黒くて……」
「クライン! 私もまたボス戦に出たい。でも弱いから出られない。待ってるのってけっこういろんな考え事しちゃって、辛いこともあるんだ」
「ねっ、クライン。今日ね、やっとエギルさんと一〇分間も話ができたよ! 成長してるんだよ、もっと逃げないようにしないとね」
「私ね、この水泡風土記(みなわふどき)でもっとみんなの役に立ちたいんだ。この世界を一日でも早く終わらせてね――あっ、でもそうなったらクラインともお別れか。寂しくなるかも」
「クラインって凄いよね。風林火山のみんなをちゃんと強くして、全員が無事で。攻略ギルドって有力なとこたいてい誰かメンバー死んでるのに、クラインは誰も死なせてない。それで私の悩みまで聞いてくれてありがとう」
「第二二層! なによこれっ、見た? 私の住んでる長野の田舎に似てるんだよここ。すばらしいクリスマスになりそうだ」
「正月の初詣なら、初日の出から一緒してもいいよ。いつも助けて貰ってるからね。魔理沙(まりさ)みたいにたまにはサービスさ」
 にとりさんの笑顔を見る機会が増えて、同時に内面も出してくるようになってくれて。俺は決心した。正月、告白しようって。ほかの連中とは違う。俺だけはちゃんとにとりさんを見てきた。だからにとりさんをそのものとして受け入れたい。
 ところがなんだ? 大事件が連続して起きやがった。
     *        *
 まず血盟騎士団(けつめいきしだん)が攻略組から離脱しやがった。ヒースクリフのやつ、なに考えてやがる。
 マリサが言った。フロントランナーを復活させんだとよ。うへぇ、なりふり構ってられねえってか。
 ところがだ。第二五層、フロアボス攻略戦。
 あのハッピーラビットが殺され、リュフィオールも討ち死に。パーティーメンバーからふたりも死者を出したルナーさんが怒りのあまり――いきなり化けた。
 空を飛んでフロアボスの攻撃をすべて跳ね返して、ものすごい謎のチート弾幕攻撃であっというまに倒し……アインクラッドから消えた。
 なにが起きたのか、分からんかった。とにかく凄いことが起きてたってだけ。
 攻略組の少女たち、にとりさん含むべっぴん集団が第二二層の山荘に閉じ籠もっちまった。マヨヒガっていうらしい。ルナーについてなにか話すつもりだろうけど、結論が出ねえようだな。俺たちは待ちつづけた。彼女らが教えてくれるのを――
「――クライン」
 マヨヒガ荘から出てきた少女たち、水色の髪と青い瞳を持つにとりさんが、走り寄ってきた。
「私たちのこと、本当の秘密を話さないといけないの。時間いいかな?」
「……もちろん」
 湖の岸辺に移動して、にとりさんが桟橋を歩いていく。俺を先導して。二〇センチ以上背の低い少女が、ふとどこか遠くへ行きそうに見えた。なぜそう思ったんだかわからねえ。なんとなく背中から抱きしめちまいそうになった。いけない、そんなことをすれば終わる。すべてがおしまいになる。そんな気がしちまって、動けなかった。
「……ハッピーラビットもルナーも死んでない。というよりナーヴギアていどじゃ殺せない。でもリュフィオールは亡くなってる」
「え? どういうこった」
「ねえクライン。私がもし人間じゃなかったらどうする? 拳銃くらいなら撃たれても平気なバケモノだったら」
 なにを言ってるのか分かんなかった。
「……なんです?」
 俺のほうを振り向いて、悲しそうに笑ってくる。
「おかしいと思わなかった? 死んだら終わるのに、最前線へ平気な顔して押し寄せてた女の子たち。ルナー以外、みんな髪や目が変だよね。あの日――はじまりの日。茅場に外見リセットされてからわずかしか経ってなかったのに、髪と目がもう人間ではありえないカラーに染まってた私。染色アイテムってすぐには手に入らないのに」
「――え?」
 ふと、頭によぎったにとりさんのセリフ。もう何度もリフレインさせてるから、忘れない言葉だ。
『……ちがう自分になりたくて、でもなれなくて。みょんから染髪アイテム見つけたってメッセージ来たけど、もうこのままでいいやって。ありのままで見せようって』
 もしかして――
「にとりさん、チュートリアル前は黒髪だったとか」
 髪の一房をくるくるっと指で巻いてる。視線を逸らした。不安そうなにとりさん? くそっ、分かってやりてぇのに、俺の未熟モンが。
「うん。黒い髪で、黒い瞳だったんだ……日本人になりたくて……この髪と目が、本当の私そのままなのよ」
「まさか人間じゃないって言うんスか」
「ありえないよね? こんな気持ち悪い色なんて、人間じゃ――」
「そんなことねえよっ!」
 大声で否定してた。
「クライン?」
 勝手に言葉が出てくんぞ。
「綺麗だよ! とっても美しい色で、まるで沢の清水だ! 滝壺の水だまりだ! にとりさんは俺にとって眩しい、川の精だ!」
 俺の励ましと同時に、たしかに見た。にとりさんの右目からひとしずく、涙が頬を伝っていくのを。
「……ありがとう。クライン正解だよ。私ね――幻想郷(げんそうきょう)の河童なんだ」
 噂だけ聞いたことある。よくあるオカルトのひとつ……不思議な箱庭世界って。
「信じます! にとりさんのこと、信じます!」
 あー、なんで無条件で俺、変なこと叫んでんだぁ? 普通なら世迷い言って思うだろ。なぜ疑いもせず信じるって言ってんだ。俺が見てきたからだな。ずっとこの少女が悩んで、俺に相談して、症状と向き合って、しだいに良くなってきた過程を、ずっと一緒に見てきたからだ。その子がこんな大事なときに、嘘なんかつくわけねぇ。
 にとりさんはにとりさんだ。たとえ何であろうとも。
「じゃあ私の年齢聞いたら、たぶんもっと驚くかもね……」
「……年齢っすか」
「六〇〇年とちょっとくらいかな? 生きてきた年月」
 ものすごい数字を聞いた。
「ろっ、六〇〇ぅ?」
「うん。すごい長生きだよ河童。なにせ歳を取らないからね。長老クラスは一〇〇〇年以上もいっぱいいるし」
 ……ファンタジーを聞いてやがるぞ俺。すげぇ話だ。
「じゃあもしかして、生まれたときからずっとその姿とか?」
「さすがにもっと小さかったわ。たぶん『発生』したときの外見は、人間でいえば一〇歳相当くらいかな。人間の形になる前も何年くらいかあると思うけど、知性なかったから記憶もないや。で、人間の形になってからいまの大きさになるまで一〇〇年近くかかって、あとは五〇〇年以上ずっと固定」
 ――固定。おいおいっ!
「えっ……永遠に若い嫁?」
「ひゅ?」
 しまった、俺の下心を知られちまっ――すでに手遅れか。俺が好きだってにとりさんかなり前から知ってたはずだ。それでも普通に接してくれてんだ、ありがたい子だ。優しい子だ。だから俺も変わらずに接してやんよ。
「にとりさん、不肖クライン。あなたが河童だと改めて信じます! 信じさせてください!」
「恩に着るよ、めいゆー」
 おっと、その言葉、久しぶりに聞いたぞっ。めいゆー。それが「盟友」のことだって、アスナさんが教えてくれたぜ。にとりさんにとって俺はそのていどには大事な人ってことだ。自信つくぅ〜〜。
 つづけてエギルへ話をしにいったにとりさんと別れてすぐ、俺は月に吠えた。
「永遠に若い奥さん! ヒャッハー!」
 人類の夢、男の夢だぜ。何十年経っても若いままの奥さん。最高すぎんだろ! 女子高生相手にマジになってる俺ってロリコンじゃねーかって思ってたら、あちらがずっと年上。こいつぁ合法だ! エクセレント!
 翌日、元旦。第一〇層の神社モドキで初詣したついでに、俺はにとりんさんへついに告白をかました。
「にとりさん。この不詳クライン、あなたに惚れております。どうか結婚を前提のお付き合いを!」
 しまったー! なンで結婚って、何段階飛び越してんだよ俺!
「うーん」
 えっ! にとりさん悩んでます? 真剣に悩んでくれてる。すげぇ、ほかの男はただの「付き合ってください」でも、即答で断られてた。なのに俺はちがう。連中より何歩もにとりさんに食い込んでる。すげーぞ俺。
「……ごめんなさい。でも、めいゆーとしてから、なら」
 どうせすぐOK貰えるなんて思ってなかったさ。そんな雰囲気じゃなかったしな。
「いま『から』と言いましたね? それって見込みがあるってことッスか?」
 だから外堀からゆっくり埋めてくんだよ。それがにとりさんを手に入れる唯一のやり方だ。
「ひゅいっ? あのそのようなつもりでは」
「ひゃっホゥ!」
 これまでもずっと話をただ聞くだけだった。にとりさんが自分で見て、自分で決めるんだ。俺は駐車場で誘導してる人、サポートしてるだけ。ほかになにもできねえ。だからおなじ方法で行く。
「――ま、いいか。じゃあ、デートのつづき行こっ。めいゆー」
 ほらね、いまの俺には最高の返事だ。まんざらでもねぇ顔してやがる。ずっと笑顔だもんな。告白した男が俺だから、ちゃんと悩んでくれて、とりあえずキープしてくれた。ありがとよっ、にとりさん!
「おうよ! ……おおっ、顔が赤いじゃあーりませんか、にとりさん」
 俺はこの子を本気で救ってやりたい。もっとにとりさんの見てる世界を知りてぇ。六〇〇歳オーバーとか知るかよ。にとりさんはにとりさんだ。好きになった子がたまたま妖怪だったンだ。
     *        *
 妖怪少女たちが一斉に「なんちゃらするていどの能力」へ目覚めたらしい。月の力って言ってた。魔法の一種か?
「めいゆー! 見て! 見て! これが私、これが河童だよっ!」
 すいすいって泳いで回るにとりさん。すげぇ速さだ。第二二層の湖で力を試してんだけど、人間超越してんな、世界最速のスイマーでもあそこまで速くねーだろ。ほとんど魚だ。
「……久しぶりに泳げて最高の気分だったわ。現実に無事帰ったらクラインたちと水泳したいよ」
 水から出てきたにとりさん、すごい光景っス!
「にっ、にっ、にとりさん! 見えてる! 透けてるっすよ!」
「あれっ……きゃっ。ごめんね」
 水着の準備を惜しむほど急いでたから、困ったことになった。
 でもにとりさん、なんで恥ずかしがってるだけで怒らねえんで? しかも謝るなんて。俺ってもしかして異性として意識されてないッスか?
 つぎの水泳でもまた水着を面倒がって、幻想郷じゃ河童の素潜りは服が一般的なンだってさ――いや変だろ! 俺は嬉しいけどよ。
「油断して釣られちゃったー……」
 なぜかニシダ釣り師の釣竿に「獲物」として釣り上げられちまったにとりさん、水に濡れて大変な有様だけんど、俺とニシダ氏の前では透けてる下着を隠そうともしなかった。てへへって頭掻いてる。
「すまないことをしたねー。大丈夫かいお嬢ちゃん」
 ニシダ氏が腕を伸ばして立ち上がったにとりさんだが、その顔がとたんに赤く熟れはじめた。
「……みっ、見ないでー!」
 伸ばした手のひらから水流がほとばしり、俺とニシダ氏の間をぬって、桟橋の後方から近づいてたほかの釣り客どもを片っ端から蹴散らしてく。みんな若い男だ。
「きゃー! 来るなっ!」
 それでも男の数が多いんで、にとりさん水に飛び込み、頭だけのぞかせて顔まっかっか。俺とニシダ氏がぽつんと残された。
 にとりさん、羞恥心ちゃんと持ってたんだ。
 さすがに聞くしかなかった。ニシダ氏みたいな五〇歳台の枯れ仙人と一緒にされてっと、なんか男として情けねーつーか。
 落ち着いて乾いた服に着替えてから、バンガローで教えてくれた。
「私ね、自分が認めためいゆー以外から、いやらしい目で見られるのが嫌なんだ」
「……え?」
「クラインが私とどうなりたいか、どうしたいかって、もちろん知ってるよ」
「若い連中で、俺だけなら構わないと? 俺ならにとりさんを、そんな不純な目で見てもいいって? ……自信と期待、勝手に持ちますよ?」
「――持っていいよ。だってクラインは、最初はほかの男とおなじで表面しか見てなかったけど、いまはちゃんと内側の私を見てくれてるから、嫌いじゃない。でも待ってね。それしか言えない」
「にとりさん……」
 にへって笑った。自慢するときの顔だ。
「私ってほら、下手に頭が良くてさ。オタクだったクラインが、きっと十代にやってた恋愛ゲームを真似て、奇妙なステップを踏んで私を『攻略』しに掛かってるんだなぁって、最初から読めちゃってたんだ。心はもっと複雑でいい加減なものなのに、確実にフラグが立ったと判断しないと次に進まないから、だからこそ警戒解いて心おきなく相談してたし、抵抗感にもなってるのかな? もっと自然でスマートがいいって女のワガママで」
 図星すぎてどうしようもねーよ。女の子をそういう尺度で身勝手に分析しててすんません!
「……めっ、面目ないっす」
「もちろん感謝もしてるんだよ。対人恐怖症が三〇〇年もつづいてた原因ね、私自身にあったんだ。河童だからいつでも水辺へ潜って逃げられるもの。でもこの世界じゃ逃げられないうえに男だらけ。そんなとき水辺代わりになってくれたのがめいゆーで、水辺なのに男だよね。都合の良い紳士だからかな、頼っちゃった理由。ごめんね利用して。でもクラインといると心地よかったからつい甘えちゃって。サブマスの義務として男たちと一緒に活動してくうちに、何百年も悩んでたのなんだったんだーってくらい平気になっていって……ほんの二ヶ月でだいぶ改善したの、まちがいなくめいゆーの献身のおかげだよ。たぶん私にとってベストの療法にうまく当たったんだ――だからね、あなただけは特別なんだ。めいゆーになら、ゲームのヒロインみたいにフラグ攻略されてもいいかなって考えてる私も、たしかにいるんだよ。クラインなら間違いなく私だけをずっと愛してくれるだろうし」
 閉ざされてた心の内をここまで赤裸々に聞かせてもらえるなんて、俺って果報者だ! また近づけた。
「俺、まだまだ精進しますっ!」
「――でもね、おっきな問題があるんだ」
「問題っつーと? 俺が締まらない三枚目で、ハンサムじゃねえとか?」
 にとりさん、目が据わった。うわ可愛いけど迫力あんぞ。
「怒るわよ。選び放題だからこそ、私は容姿で判断しない――もっと違うことさ。クライン、高卒か良くても短大卒でしょ」
「……恥ずかしながら、にとりさんと釣り合う頭の良さは持っておりません、はい」
 やっぱネックはここか。風土記読んでて、にとりさんの頭の良さは知ってた。妖怪じゃなけりゃ、大学……それも東京六大学あたりきっと余裕の頭脳だぞって。なんでこれほど博識な子がネットゲームなんかやってんだって不思議に思ってた。
「でも男気は最高だよっ。風林火山のみんなを見てたら分かる。先に行かせるべきだってキリトの価値をすぐ理解してたように、クラインには人を見る目があるし、その目にかなって惚れてもらった私も光栄さっ。だから私は自分の価値観へ修正を図ってるのかもしれない。頭のいい人じゃなきゃ嫌だって、好みじゃなかったところに、めいゆーは――確実に浸透してきてる」
 最高の褒め言葉っす。
「頑張らせていただきます!」
「ごめんねキープしつづけて生殺しにしちゃって。精神的なことだから、こればかりは恐怖症の治療とおなじで、時間かけるしかないんだ……だからせめて、これまでの感謝でご褒美あげる」
 頬にキスもらって、俺はとろけちまった。女神のキスで指名しても断られてたのに、最高だぜ!
     *        *
 ヒースクリフの旦那が作った解放軍になにもさせたくねえのか、マリサたちがフロントランナーをどんどん先へ行かせてる。攻略組も追いつけなくなってな? 俺の風林火山がなんとか食いついてんけど、そのせいでにとりさんと会える機会が減ってった。すると文通が始まった。
『昨日また告白されたよ。でもめいゆーと付き合ってるって嘘ついて断ったから、話の裏よろしく。キスしたってくらいなら言ってもいいからね、嘘じゃないし』
『ついに水泡風土記の最終号を出したわ。みんなお疲れって言ってくれた。私にできること、みんなやったって。最高傑作はやっぱりキャンセル・コンボ・ブーストの単純化に成功したことかな。クラインはどう思う?』
『ねえクライン、第三五層で見つかった蘇生アイテムってどんなの? ぜひ私にも見せてよ』
『――そう、クラインでもみょんたちに追いつけなくなったの。良くやったと思うよ、お疲れさま。あとはアヤヤとメイプルに任せよう。風林火山、まだ終わりじゃないよ。私だってメンテサポートで頑張ってるから。マリサやディアベルさんと相談してみようよ、クラインたちの新しいポジション』
『みょんがゲームオーバーになったって、聞いた? 大事な話があるから来て』
 第五〇層でいきなしみょん吉が消えた。第二五層のルナーとおなじく、封印を解いちまったらしい。それでマリサたちになんか言われちまったんか。
 第四七層、フラワーガーデンの花畑で待ってたにとりさんは元気がなくて、いつもよりすこし小さく見えた。
「つぎは第七五層……そこで誰かがゲームオーバーになるだろうって」
「能力を、解放するんスか」
 区切りのボスって言うらしい。鬼のように強ぇから、月の力を解放し、妖怪のパワーと弾幕で一挙にぶっ潰す。ただし代償はゲームオーバー。
「候補はたぶん、布都(ふと)と魔理沙と……私」
「どうしてにとりさんが? マイスター組のサブなのに!」
「水泡風土記を完結させたよね? その時点で私の役割は半分以上、終了してるの――ねえクライン、久しぶりにデートしよう」
 正月以来となる手繋ぎ。
 まだ命をかけて頑張ってる連中がいんのに、みんなを残して先に現実へ帰っちまう。こいつの性格なら、嬉しさなんかまったくねえ。むしろ心配と不安のほうがずっと多いよな? 安心させたいから、思いっきり抱きしめてやりてえ。でもまた俺の体は動かなかった。情けねえ……恋にフラグは関係ねえってにとりさん言ったのに、信用はされても完全には好かれてないって、自信持ちきれねえ俺のオタク的な古く凝り固まった観念が、どうしても腕を前に進ませなかった――
「いくじなし……」
 デートの最後に言われちまったー! 慌てて抱こうとしたら、抵抗してこなかった。反対に俺を抱き返してくる。
「それでいいんだよ――」
 五分あまり、転移門広場の前で抱き合ってた。とっても長く感じちまった。
 いつもの調子に戻ったにとりさんから、別れ際に言われた。
「いまの絶好だったのに、なにしてんの? 口吸いしてきても受け入れるつもりだった、交際申し込まれたら結婚前提でなけりゃOKするつもりだったのに、惜しいことしたね。残念なめいゆー。妖夢(ようむ)をあっというまに落としたキリトみたいに、もっとチャンスを大胆に利用しなきゃ、悪い男になれないゾ?」
 魔性の笑顔だったぜ。慌てて好きだって告白したんだけど、そっけなく断られちまった。うわぁ、女って雰囲気で生きてるって本当だな。つぎは逃さねえぞ!
     *        *
 ついにその日が来ちまった。
 第七五層で魔理沙がゲームオーバーになった三日後、にとりさんが指名された。それを第六一層の転移門広場で聞かされて、俺の頭は半分真っ白になっちまったよ。
「くっ、区切りのボス、もういねえんじゃねーのか?」
「……ヒースクリフがあの茅場だってバレて逃げたとき、示唆したらしいんだ。まだ強いボスが複数いるみたいに。それにほら、はじまりの街の地下ダンジョン」
 上の層が拓かれるにしたがい、黒鉄宮の地下に巨大ダンジョンが出現してしだいにオート拡張されてった。でもこういう「おまけ」にフロントランナー動員するわけにゃいかなくて、おもに解放軍がちまちまマッピングしてたんだけんど、すげえ手に負えないのがいやがった。
 まるで死神みてえな恰好した奴で、壁抜け能力まで持っていやがる浮遊属性のやっかいな固定ボスだ。骸骨姿でカマを振り回す。三〇人のパーティーが蹴散らされ、あわや人死に出すとこだった。途中の雑魚とあまりにも差がありすぎんから、茅場の残した言葉と合わせて、区切りがまだいるって根拠になってやがるらしい。むろんこの死神に貴重な幻想郷クラスタ差し向けやしねえよ。徹底的に放置だ。たとえ倒してすげぇ武器が手に入ったところで、キリトの二刀流には誰も勝てねえからな。
 ……で、焦っちまってよ。周囲の目も気にせず反射的に言ってた。
「本気で好きっす。愛してます! 結婚してくれ!」
 うわあ、雰囲気もなにもあったもんじゃねえぞこれ。しかも前は結婚しないならOKだったのに、また結婚前提だしよ。
 やっちまったー。
「……いいよ、好きだし」
 耳を疑った。
「――え?」
「だからいいよ結婚」
 まじっすかー!
 にとりさんの笑顔、すごい綺麗だった。赤面症って聞いてたっすけど、なんでそんなに太陽みたく真っ赤なんです? どうして感激して涙まで流してるんです? いまの俺って、すげえ焦ってたのに。みっともなくて恰好悪かったのに、女ってわからねー!
     *        *
 棚からぼた餅ってあるよな。
 その餅、本当に落ちてきたらどうやって食えばいいんだよ。
 つぎの日からいきなし、にとりさんがおなじ宿のおなじ部屋に泊まるとか言い出してついてくる。
「……あの、にとりさん。俺」
「…………」
「なんでベッドに入って来るんスか?」
「…………」
「あの俺、あっちのソファーで寝ますんで、おひとりでどうぞ」
「……抱き枕かわりとキスくらいまでなら、いいのに」
 聞かないフリして耳塞いでる。なんだよこの変わりよう、どうしろってんだ。清く正しい男女交際、何段階すっ飛ばしてんだよ。童貞の俺にリード期待すんなー。
 このままだと睡眠不足で死にかねんので、二日して聞いてみた。
「にとりさん、いったいなにがあったんスか?」
「――幻想郷に帰ったら私、盟友と会えなくなると思う。これで最後になるから」
 かなり厳しい言葉を浴びせられる。
「……なんです?」
「私ってほら、妖怪じゃん? アインクラッドならともかく、信じてない人には現実じゃ見えないの。幻想郷と日本に別れたら、たぶんそのまま。だからせめてこちらにいる間は、クラインの夢を叶えてあげようって」
「じゃ、じゃあ俺って、同情で結婚させてもらったってことッスか?」
 すこし悲しそうな表情で、にとりさんがうつむいた。
「だって仕方ないじゃない! 私が日本に行っても、クラインにしか見えないんだよ? 車が来たら私、はねられるわ。自転車や人が走ってきてもぶつかるよ。買い物すら出来ないのに、日常生活どうやって送るのさ――この逢瀬はソードアート・オンラインじゃなきゃ実現できないんだ」
「俺が幻想郷に――」
「だめ! ……それはいけないよ。クラインにはクラインの生活がある。せっかくこれからが人生で一番大事な時期なのに、働き盛りの若さを楽隠居だらけの秘境でたかが色恋に無駄遣いなんていけない」
 たかが色恋じゃねーよ。
「俺、にとりさんのこと本気で好きっす! 生涯愛しつづける自信あるっす! だから大丈夫」
「ならこの世界で全身全霊、愛してみせてよ! 私のためを思うなら、クラインはちゃんとあなたの人生を日本で送って!」
 時間がないんすね。お互いにきれいな思い出を作ろうって腹づもりっすか。俺は本気でもにとりさんはまだそこまで好きじゃない。だから折衷案。
 とんでもねえジレンマに陥っちまった。手を出せばにとりさんの要望を受け入れたことになる。でも俺の夢はにとりさんとリアルで付き合うことだ。この世界の関係を現実まで持ち越すこと。とても無理だ。どうすればいいんだよ!
 もはや手をすら繋げなくなっちまった。まるで初めて出会った直後みたいに、緊張しまくって情けねえぞ俺。自信がなくなってくる。どうしてあれほど積極的ににとりさんを手に入れようと動けてたんだ俺? まるで中学生みてぇだ。俺なんかで永遠に若い嫁と釣り合うのかって、妙なことばかり気にしはじめた。
 仕方ねぇから互いの意見をすり合わせようと交換日記を提案してみる。
「小学生かー!」
 河童の水鉄砲でぶっ飛ばされた。そですか、中坊どころかもっと下っすか。
     *        *
 第五五層での作戦に備えての水練中だった。いきなしみょん吉が憑依してきやがった。
 ダチども俺の正気を疑ってやんの。でもにとりさんはさすがで、わずかな会話でみょん吉のこと確かめてしまった。
 どうもみょん吉のやつ、俺を中継してアスナさんに憑依してえみたいだな。女は怖いっつーか、短いやりとりで俺の内面がどんどん暴露されてやがる。うわあ、ちくしょう、露骨にバレバレだぁー。情けないとこ、みょん吉にもにとりさんにも見せたくなかったのによう。
 そしたら情けない俺の本音を知ったにとりさん、驚きの返答が来た。
「すまないねクライン。私は何百年も生きてきたから、感覚が人間とは違うんだ。なら私から行けばいいよね」
 積極的に腕を取ってきて、さらに……とんでもねえ一言が来た。
「――最長で一八年ほど待ってあげる」
 その長い長い年月が意味してること、俺はすぐ理解してたぞ。だってSAOどころか、完全にリアルへ繋がってやがんからな、その歳月。
「……なんと言いました、にとりさん?」
 俺の背中をパンとはたき、いつにもまして真っ赤になってるにとりさん。リンゴみてえな顔だ。
「女に何度も言わせることじゃないよっ!」
「いいんですかい? 俺、期待しちゃいますよ」
 一番良かったときの関係が戻ってきたみてぇで嬉しかった。
 にとりさん、右手を俺へと示した。親指だけ曲げて、四本の指を広げた形。
「四〇歳。それまでに私が満足できる、賢くて出来る男になって見せてね。成功したあかつきには……」
 きれいなウインクを見せる、水辺の妖精。トドメを放ちやがった。
「あなたが死ぬまで愛してあげよう」
 繋がった! 仮想現実から現実世界へ、幻想郷から日本へ、俺の想いが繋がったー!
『魔理沙に続けて、にとりもデレた!』
 憑依してるみょん吉の驚きなんて知るかよ。俺の喜びようは、宇宙のてっぺんまで突き抜けやがったぜ。
 にとりさん抱え上げて、アークソフィアの町中をガキみてぇにはしゃぎ回ったよ。
「三〇〇年ぶりのめいゆーは合格してくれるかなあ」
 ……不穏なセリフは気にしないでおこう。
     *        *
 つまりあれだな、にとりさん最初から俺を日本にいさせて、時が熟成すんの待つつもりだったらしい。
 幻想郷と妖怪たちのこと、SAO事件で公になるんだってさ。
 妖怪たちがいるって間違いねえ事実だから、この事件を境に時間が経てば経つほど妖怪を信じる人間が増える。明治最初まではほとんどの人間にゃ妖怪って見えてたらしい。でも明治維新の文明開化で急速に信心が減った。それで生まれたのが幻想郷の大結界らしい。妖怪が復権し、河童が見える人間も増えてきたら、にとりさんもそのうち大手を振って日本の町中を歩けるようになる。
「私ね、日本の大学に行きたいんだ。たとえば東大とか。そのときはクラインとこお世話になるから、よろしくね――東京に住んでるよねクライン? たまのリアル関係の会話から推定してたんだけど」
「もっ、もちろんっす! 東京在住っす! ――どっ、同棲すか? 同棲! ひとつ屋根の下に、俺とにとりさんが!」
 いけねえ、童貞特有の発作を起こすとこだった。恵まれつつある童貞ってのは大変だ。一歩間違えりゃ嫌われてリアル充実から転落だぞ? 大事な時期ってわけさ。
「おっと、私が愛してあげるって条件を満たすまで、Cはお預けだよ? まあ手を繋いだり抱き合うのはもちろん、Aはいつでもやってあげていいし、Bも雰囲気次第でOKだけどさ。ちなみに私、まだ生娘だから」
 にとりさんの感触を現実で味わえる未来が待ってる。それだけで十分っす! 挿入とかまだ想像もできねー! つか六〇〇年間、どの男も到達してねーっすか! もしかして賢くなるって条件、すごくハードル高くねぇですか?
『三〇〇年ぶりのめいゆーは合格してくれるかなあ』
 ふとあのセリフが頭をよぎり、こわごわと聞いてみる。
「……俺も東大とか受からないと、だめです?」
「すでに社会人として世間さまの役に立ってるのに、仕事やめる気なの?」
「いやもう何ヶ月も休んでるから、クビになってもおかしくねぇし」
「大丈夫だよ。風林火山の気持ちいい爽やかな男たちを選んだクライン。正しい目を持つきみが選んだ会社だから、きっとクビになってないわ。盟友はその男気だけで、私をこんな幸せな気持ちにさせてくれてるんだよ? 鑑定眼にもっと自信を持ちなよ。きみが選んだ私が言うんだから間違いない」
 背中をぱしんと威勢良く叩かれた。にとりさん、意外と体育会系。
「じゃあせめて、具体的な目標と数値を示してくださいよぉ」
「そうだね――できれば技術系がいいけど、なんでもいいから国家資格を……二〇個くらい?」
 以前みょん吉に言われてた条件、まさかにとりさんから実際に突き付けられるとは思いも寄らなかったっす。
「あっ、クライン。住所と電話番号とメアドとリアルネーム、教えて。ついでに実家のほうも。引っ越しても大丈夫なように。私もリア名とかメアド教えるから。あっちへ戻ってもメール文通くらいできるよね」
 でも夢が具体化してやがるー! すんばらしー!
     *        *
 みょん吉を通じて、外側から貴重な情報がもたらされたぜ。
 区切りのボスに匹敵する超ボスっての、第九〇層から第九九層までいるらしい。
 そこで外にいる妖怪たちがなにを考えたんか、幻想郷オンライン計画ってのおっぱじめやがった。
「データの乗っ取りがうまく行かなければ、オリジナルの超ボスとそのまま戦うんだって。私はいざというとき、能力開放を指名されたまんまだから、同行しないといけないんだ」
「……いよいよお別れっスか。よっしゃ、ここは不肖クライン、未来の夫として、河城(かわしろ)にとり嬢の晴れ姿をしっかり見送らねえとな!」
 ディアベルも魔理沙のとき見送ったよな。だから俺もいくしかねえ。風林火山はほかの五人で適当に冒険してろ。どうせまもなくこの世界ともおさらばだ。にとりさんと別れたら、下手すりゃ一〇年は直接には会えないかも知れねえ。だから一分一秒でも惜しいんだよ。
「ありがとう。私も嬉しいよ。愛してるとはまだ言えないけど、好きだってくらいなら、言えるよ。好きさクラ――壺井遼太郎(つぼいりょうたろう)さん。本当に大好き。私をここまで導いてくれてありがとう。三〇〇年の悩みを氷解させてくれて、また男の人を信じられるようにしてくれて、心から感謝してる。だから……最後まで見届けてね」
 それでな? なんだよ妖怪ども。みんな間抜けじゃねーか。みょん吉みてーな連中ばっかだな。
 楽勝と踏んでやがったら、途中から強敵に急変しやがったぜ。おいおい、鬼かしらんが巨大化する幼女とか勘弁してくれよ。
 みょん吉がキリトを集中的に鍛えまくって、なんとか第九八層まで無傷で来たけんど、ここでついに嫁とおさらばだった。
 ふたりの幼女吸血鬼が、空飛んでさらに即死級武器だってさ。なんだよそりゃ。
 いきなりだったぜ。
「盟友!」
「おうぇい?」
「私を愛してるかー?」
 反射的に――「がってんでい」って即答しちまった。
 すると無表情だったにとりさん、急にひまわりみたいな笑顔を咲かせてくれた。
「私も……めいゆーを愛してるよ!」
 そこからは凄かった。にとりさん俺へ飛びついて首へ抱きついたんだよ。それ両手で支えちまったら、なんとお姫さまだっこだぜ? さらににとりさん――いきなり俺の唇を奪いやがった。雰囲気もなにもねーよ。なんだよそれ! 何度もチャンスあったのにハグ止まりで手を出さなかった俺も悪いけどさ、ファースト・キッスがすげえ場面で訪れちまった。変態紳士が過ぎたー! にとりさん大事にしすぎた報いがきちまった。
 にとりさん封印解除だ、その全身を奇妙な輝線が走って、幻想郷に暮らす河童少女が……ほとんど同じだけんど……正体をあらわした。そのまま空を飛んで――ちょっと待てい! 俺、手を離したら落ちてしまうだろーがっ!
「デスゲームという強烈な吊り橋効果のおかげでせっかく久しぶりに条件外で『本当に好きな人』ができたのに。もっともらしい試練を与えて、成長を楽しみながらゆっくり『愛していくフリ』を味わおうと思ってたのに、もうゴールインじゃないか。つまらない――よくも私の『遼太郎改造計画』を邪魔してくれたわね。ぎったんぎったんにしてやる」
 妖怪の技ってやつを間近で見た。水を操る河童の術、すごいってもんじゃねえ。吸血鬼をあっというまにこてんぱんだ。こんな強烈なパワーを秘めてる女の子から好意を寄せられてる俺って、どれだけ偉いことになってんだ? 怖さはなかった。すでにみょん吉とか見てきたしな。どれほど人間離れした能力を持っていようが、俺はさんざんに普段のにとりさんと接してきたんだぞ。付き合ってきたし、想いが成就した。興奮だけあったぜ。
「私は妖怪として第一世代の個体なので、河城姓は譲れないわ。壺井さんはほかに兄妹は? 家名を継ぐような」
「……います。おりますとも!」
「じゃあクラインが私に婿入りして。あなたが河城遼太郎になる。わかった?」
 おいおい、にとりさんのほうから一挙にそこまで進めてくれんのかよ。夢が叶って最高に幸せだぜ? だって俺、まだにとりさんとキスしかしてねーんだぞ。しかも彼女のほうから略奪キスだ。それがもうひとっ飛びに婚約とか、嬉しすぎて涙が出てきたぞ。
「は、はい! 喜んで!」
 結婚の約束を取り交わすと同時に――
「めいゆー、愛してるぞ〜〜」
 青い塵となって、俺の愛している少女は幻想郷へ帰っていった。
     *        *
 その二日後に俺は無事、目覚めた。
 なぜか知らんが俺の名が日本中に知れ渡ってやがった。幻想郷オンラインって名前と顔伏せてたんじゃなかったんかよ! リハビリ中から色々とマスコミとかうるせえんだけど、ある日を境にぱたって止んだ。総務省か厚生省あたりが動いてくれたらしい。
 両手が動かせるようになるや、PCでにとりさんと文通が始まった。文面から好き好きオーラ全開でさぁ、キリトにみょん吉が向けてるあのデレデレな感じな? 実際に受けてみたら、すげえ恥ずかしくて、でも楽しいなこれ。人生初の相思相愛、しかも結婚前提。俺もウキウキだぜ。絶対に破談なんかさせねえぞ。俺の嫁、俺の愛。きっちり守ってみせらあ。家族はなぜか妖怪との婚姻に乗り気でな、まあ俺をこういう性格に育ててくれた親と兄弟だ、理解はあんぞ。
 チャット環境を整え、三週間ぶりに直接会話したぞ。
「にとりさんが俺に惚れた瞬間?」
『ん。じつは二度目のプロポーズのときさっ』
「えっ……あんな雰囲気もなくて、焦りのあまり破れかぶれの勢い任せで言ったんが?」
『だって、あんなときだからこそつい本音が出るよね? 似たような手で妖夢の初恋たしかめたくせに、知らないなんて言わせないよ』
 細かいとこ見てんなあ。
「にとりさんには負けます」
『もちろん迫真の演技で大嘘付けるやつもいるし、とっさに自分を誤魔化せる人も多い。私がそうなの――誰にでも真顔で即席の嘘つけて、しかも信じさせちゃうんだよ。その厚い仮面で、めいゆーを心の底から愛してしまったってこと、(ゆかり)たちも含めてキスの寸前まで隠せてた』
「俺もしっかり騙されてましたッス」
『そんな腹黒い私だからさ、クラインの愚直な真摯さがありがたくて。あの一生懸命さにぐっと来て、私と本気で結婚したいと思ってるなあって、ならこの人の一生、いただいちゃおうって決心したんだ。そしたら胸の中がすごい幸せで満たされてね、ああっ、めいゆーのこと、私も本気で好きになってたんだなって確信できたの。もう遼太郎のことしか考えられなくなって、妖夢みたいな恋愛バカになったのさ。いやあ、五〇〇年ぶりの爆発的な感情だったよ。いいものだね』
「そんなことなら、あんときキスとかしとくんだった……」
 俺のこと本当に好きになってくれた瞬間の、女神さまみてぇな表情、あの感涙――にとりさんが隠せなかった巨大すぎるサインを、俺はまさかって思い込みで見過ごしちまった。情けねえな。
『キスなら何百回でも出来るよ――アルヴヘイムでね』
 ああ。アルヴヘイム・オンライン。レクトが発表したすげえゲームらしい。幻想郷の妖怪は空を飛んでる。それを俺も体験できる――
「新しい仮想世界で、にとりさんと並んで飛びてえ」
『きっと実現するさ。迎えに来てねめいゆー。即日、結婚してあげる……じゃなくて、結婚したいです! お願い、私を奪いにきて』
 いくつか公表された仕様の中に、SAOとおなじ結婚システムが混ざってやがった。
「ああっ、きっと行く。行きます!」
『ありがとう、遼太郎は最高だよっ。あ、ところで国家資格の件だけどね――』
 うっ、辛い現実が。それはそれこれはこれで、にとりさん、俺をやはり頭脳的にめっちゃ鍛える気なんだよ。一流大学楽勝で行ける才女の夫が、ただ男気あるだけのアホだと、政府高官とかに示しが付かねえって。どんだけ出世する気ですかにとりさん。俺のほうも社会的にも最低限、CEOくらいには達して見せろって、きつーい!
「……す、すんません。さすがに退院するまでは勘弁してくだせぇ」
『まあいいわ。会社のほうは無事に復帰できそうだし、それだけでもめっけもんかな。いい社長に雇われてるね』
     *        *
 それから三年近くが過ぎた――いろんなことがあった。仮想現実を挟んで人間と妖怪の衝突が一部で起こったが、それよりも現実世界で慎重に進められてきた、幻想郷の日本復帰計画。ただし大国の横槍があって『東方プロジェクト』が発動、さらに誰もが予想しなかったあの城の具現化によって、いくつかの深刻な問題がまとめて解決された。
 関東平野上空を周遊してるあの城はものすごい影響を世界中に与えてる。あのデカブツを見ていまだに妖怪やオカルトを信じないって奴らがいたら、それは人間というより、考える脳を持たねえなにかだ。
 世論はいっきに加速した。にとりさん誰にでも見えるようになって、大歓喜で俺のアパートへ転がり込んできたよ。その日のうちに俺の生活全般を監督するようになって、一緒に資格の勉強にあけくれてる毎日。でも幸せだ俺。
 今日、ついにある法律が可決されようとしている。
 改正婚姻法だ。正式には民法をはじめ複数の法律に分散してる婚姻関係の一斉改正。
 先々月、憲法などで日本国国民が再定義され、妖怪の基本的人権が認められた。同時に河城にとりさんは日本人となったわけだ。
 ついに最後のハードルが消えようとしている……
 テレビの中で、おっさんがマイクに向かって話してる。
『……は、以上をもって、修正議決いたしました』
『ばんざーい、ばんざーい』
 いつものお決まりがテレビに映ってるが、これが意味するところの重大さを、俺も隣の少女もよく理解してるよ。
「おっ、押すよ! ハンコ押すよっ!」
 興奮ぎみで、俺に手を合わせてくる。ふたりで合わせた手で、書類に印を押した。壺井って名で。
 残念ながら戸籍なんとかが間に合わずに、にとりさん俺へ嫁入りすることにしたんだ。いつ整備されるか分からない法律待ってるより、さっさと結婚して幸せになるほうが優先って、女は思い切りがすげえな。壺井にとりってわけ。まあ俺が老いて死んだらまた河城に戻るだろうけんど。
 実際に改正法が有効になるのはまだ先だし書式も未整備だから、これはただの儀式だ。でもどうしても、成立した瞬間にやっておきたかったんだよ。
「ねっ! 新婚旅行どこ行こうか! やっぱり本命は欧州原子核研究機構CERNかな、それともアメリカ航空宇宙局NASAも捨てがたいなー」
「アカデミックすぎますって」
 この河童とのデートは、いつも凄いとこばっかだ。女の子が行きたがりそうなところなんか皆無。俺にはちんぷんかんぷんな専門用語がびしばし飛び交う、科学や建築の最前線。国家規模のプロジェクトが大好物。なのに興奮しておおはしゃぎで、感謝してくれたにとりさんから甘い雰囲気作ってくれてサービス満点なんだこれ。おかげで門外漢の俺が退屈することも、飽きることもねえ。まあ女と縁のあまりなさそうな解説案内役の人たちには、目の毒すぎてわりい。にとりさん可愛すぎるかんなあ。なのに男ばかりのディープな分野に興味を持ってて、どこへでも顔を出してく。しかもめっちゃくちゃ詳しい。
 法律の問題からまだ大学には行けてないけど、将来、学者や研究者からモテそうだわこりゃ。なんでアホで貧乏な俺を見返りもなく無償に愛してくれたんだ。本当に愛さえあればあとはどうでもいいって、生きながら表現してる子だ。だからこそ愛おしいぞこいつ。
「私はめいゆーの男気に惚れたのさっ。頭がいいだけの人、顔がいいだけの人なんていくらでもいるよ。でもあの世界で河城にとりを守りながら、深い停滞から救ってくれたのって、遼太郎だけだった。三〇〇年で唯一の――クライン・スピリット」
 問題がひとつ。
 現実でまだC、できてねえ。
 だってよう、貫けない……
 俺のアレが弱っちくて、にとりさんの頑丈すぎて……
 銃でたいしたダメージ与えられない妖怪だから、そりゃ強かろうさ。大陸間弾道ミサイルの直撃に耐えやがった子もいたそうだし。
「過去の盟友たちみんなこの『真の最終試験』に合格できなかったけど、遼太郎はこれまでと違いそうだから、そのうち通ると思うよっ! 愛があれば勝てる」
 長く生きてきた余裕から気楽なもんだよなあにとりさん。可愛いからすべて許せちまうけんどさ。この特別な笑顔を独り占めしてるってすんげえ贅沢だ。
「……精進します」
 高望みしたオタクが奇跡的に、永遠に若くて極上の奥さんをゲットできた代償かもしんねーな……
 リアルの遼太郎はいまだに童貞のまんまだ。

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