三八 外:ネイティブフェイス

小説
ソード妖夢オンライン7/三七 三八 三九 四〇 四一 四二

 縄文時代後期、いまよりだいぶ広かった諏訪湖の河畔で発生した。種族は入り江の洲や草地をうろつく水童(みずわろ)だった。人とまったくおなじ姿を取る妖怪は当時きわめて珍しく、好奇心旺盛で大人しい性質もあって、人間たちが「スハ」って名前を付けて可愛がってくれた。まだ文字はなかったけど、あえて書くなら洲羽(すは)だろうか? 妖怪としては妖力あるほうで、よく空を飛んでたしね。
 アーフーっておねだりするとムラの人間が気紛れでエサをくれた。子供の真似をしてにっこり笑うとよく頭を撫でられた。
 火や塩で調理された人間の食べ物はなんて美味しい!
 人間を観察して火は(おこ)せるようになったけど、塩の入手方法が分からなかった。さらに人間ウォッチングを重ねると、里のあいだで物々交換をしていた。そのルートではるか遠方より塩が来ているようだ。市へ参加したい! 耳をそばだて、何年もかけて言葉を学習した。それは妖怪語よりはるかに複雑で、文化的な香りがした。
 塩が来るのを確認して、計画を実行した。まず「お友だち」に魚を捕ってもらった。それを煙で(いぶ)して燻製にする。保存食には付加価値があったから。
 ムラの市へやってきた妖怪を人間たちが警戒した。みんな黒髪なのに私だけ黄金(こがね)色だ。覚えたての人間語で、塩が欲しいと伝えた。ムラの人たちはなぜ湿地の水童が河童(かわわろ)みたいに大型の魚を持ってきたと聞いてきた。たしかに水かきを持たない私にはとても捕まえられない、両手で抱えるほどの魚が混じっていた。漁師から盗んできたと思ったのだろう。
 塩が欲しかった私は素直に答えた。頼んで捕ってもらったと。人間たちはおまえの毛皮服はどうしたのだと聞いた。頼んで作ってもらったと答えた。腕や足に塗っている赤色顔料はどうしたと聞かれた。やはり作ってくれたと答えた……人間のひとりが不思議なことを聞いてきた。
「スハは『能力持ち』か?」
 なんのことか分からなかったけど、「お友だち」に「お願い」するとみんな必ず良くしてくれるって答えた。その人間はさらに突っ込んできた。お返しはしてるのか? ありがとうってお礼を言ってるよ、ほかには何もしてないと答えた。人間はなら俺にもなにか頼んでくれと言ったから、塩をちょうだいって「お願い」してみた。でも人間は首を横に振った。やはり魚と交換しないといけないんだね。
「アーフー。アヤカシハ・ミンナ・ワタシノ・『オネガイ』ヲ・ナンデモ・キイテクレル・ノニ」
 ――人間たちの目の色が変わった。「スハのやつ、能力持ちだぞっ!」と大騒ぎになる。
 呼ばれてきたムラオサと呪術師が私をじろじろ見て、いろんな難しい質問をしてきた。まだ人間の言葉に慣れておらず、言ってることの七割くらいしか理解できない。塩を欲しがる妖怪なんて見たことも聞いたこともないそうだ。うん、私の味覚は人間とおなじだから、人間の進んだ技術で調理したものを食べたかったんだ。自力で人間の言葉を覚え、見よう見まねで火を使ったり干物や燻製で保存食を作ってたと伝えると、とても感心された。ムラへ入ってビリビリしなかったか? 力が抜けなかったか? 気持ち悪くないか? と聞かれた。私みたいなのを退ける「まじない」ってのが掛けてあるらしい。
「アーフー? ヘイキダヨ。ナンニモ・ナイヨ」
 私を囲ってるみんなが手を叩いて喜んでた。魔除けが無効化されてるのに喜ばしい? 最後に番犬が連れてこられた。犬は二度だけ私に吠えて様子見してる。笑いかけたらしっぽ振ってきた。お手、伏せ、お座り。エサじゃない動物とは仲良しだよ。
「これは文句なし、完璧じゃ!」
 里のまじないについて教えてくれた。悪意に発動する呪いだって。私は人間を美味しそうだとか、ものを奪ってやろうと思ったことが一度もなかったんだ。おなじ姿してるから仲間と思って憧れていて、子犬みたいに友好的だった。だから犬も私に噛みつかない。
 かぷり。
 ……いまのなし。
「祟り妖怪スハよ、おぬしは我らモレヤ族の聖なる家畜じゃ。祖霊さまの器になれ。わかったな?」
 集落で暮らせる! 私が持ってた家畜のイメージは「人間のお友だち」だから喜んだ。縄文の家畜はもっぱら犬で、狩りや夜警で活躍してた。あとは猪などが宴会用のストックで一時的に飼われてたくらい。騙されて奴隷や人身御供、そうでなくとも虐げられる危険もあったのに、私はまだ疑うことを知らなかった。たまたま素朴で温厚な部族に拾われたんだ。出だしからとっても幸運だったよ。
 モレヤ族は弓を得意とする狩猟に秀でた部族だった。投石や投槍はあまり使わず、ムラの外に出るときは女子供まで弓を装備する。モレ矢という意味で、モレはすでにみんな忘れてたけど、ムラの西にある広大な山や森を祖先が暮らしてた土地として特別視し、我々を守護するモレヤ山って言ってたから、たぶん森とか守って感じだと思う。合わせて森の矢とか、守りの矢とか。
 飼われることになった私は、家畜としては破格の待遇で迎えられ、呪術師の家、高床式の社に居候する。みすぼらしい毛皮を捨てて人の編んだ小綺麗な布服を着せてもらい、首から翡翠の勾玉をかけ、玉のビーズで全身を飾るようになった。武器はまじないを掛けた黒曜石のナイフ。私の怪力に耐えられる弦がなかったので弓は持たなかった。最初にできた友だちは私とおなじ恰好をした子だった。呪術師の世話や手伝いをする係でかならず処女、いわゆる巫女だ。
 普段は男や犬に混じって狩りへ出たり、女に混じって農作業や料理を習ったりしてた。一二歳相当だった私の見かけですでに「子供」じゃなく、みんな一人前に働いていた。呪術のまじないやお祭り、ムラの冠婚葬祭へは参加を義務づけられた。儀式では着飾っていつも中心で偉そうにしてたけど、宴会になれば一転、ほかの女に混じって男たちへ酒をついで回る。上座にはけして入れない。祖霊さまっておかしな家畜だった。
 私の最重要な仕事が妖怪退治だ。妖怪が妖怪を退治するって妙な話だけど、妖怪は人間よりずっと強いからね。妖怪一体を撃退するのに、人間はたいてい数人で組んでた。まず数の有利を確保して、さらに呪術師がまじないを掛けた破魔の槍や弓矢を使わないと追い払えなかったんだ。実体のない亡霊や煙状のオバケは、呪術師が直接まじないを掛けるしかないし。私が来るまで毎年何人か殺されていたのが、一人未満になる。
『お願い、立ち去って』
 退治は楽だったよ。『妖怪にお願いするていどの能力』で化け物を祟れば終わりだ。有益そうなやつがいれば私の「お友だち」にした。手長くん足長くんはそのときスカウトした仲間さ。最初こそ祟りで強引に言うことを聞かせたけど、腹を割って話し合い、本当の親友になった。人間の家畜になれば美味しいものを食べられて、適当に働いていれば害されることもなく、健康に長生きできる。私がふるまった料理を食べて、手長くんも足長くんも自由に使役していいよって許可してくれた。
 凶暴でヤバそうなやつ、とくに人食い系には迷わず死んでもらった。定番は『お願い、息を止めて』で、実体のない幽体系は「お友だち」にして呪術師の元へ連行した――後ろめたさはなかったね。なんたって私はほとんど人間と変わらない姿だから、帰属意識すら人間寄りだった。
 お願いが通じない妖怪もいた。この能力にも制限があって、言語の違う妖怪には効かないし、通じても私よりすこし強い妖怪が上限だった。効かない妖怪はたいてい人食いだったから、周辺のムラやほかの部族も総出で山狩りに繰り出した。そういう討伐でほかの部族に飼われてる妖怪と知り合うこともあった。とくに巨大な白蛇のソソウと頭鹿人のチカトはシャクジと呼ばれる「神」だった。妖気とはちがう聖なるパワーを放っていて、私には眩しかった。もう家畜を超越しちゃって完全に信仰の対象、畏れる大自然と同格だった。ほとんど目を輝かせてたね。
 人と人の戦いにはノータッチだった。戦争は人間かつ男の華で、女はむろん妖怪・神・犬も参加を許されない「儀式」だった。縄張りや狩場・水利を巡る小競り合いが中心で、奇襲や夜襲は御法度、一方の戦意がなくなった時点で終了してたから、どんなに死んでも一〇人くらいで済んでいた。近くのムラはすべておなじモレヤ族で、湖を囲むように六つのムラがあった。総人口は減ったときで四〇〇、増えたときで六〇〇人ほど。南にソソウ族一二村、東にチカト族一〇村がある。神を抱える部族は人口が多い。
 これらのことを数十年かけてつぶさに学び、常識的に行動できるようになった。妖怪は人間と違ってどうしても身につくのに時間がかかる――覚えが悪いから、しばらくあーうー扱いされてた。見た目が女の子で助かったよ。男の子だったら幾度となく棒で叩かれたりしただろうね。子を産める女は財産だから、ムラ全体で結束し乱暴な男から守ってた。種付けなんて男が一匹もいれば十分だったから、戦争や狩りでいくら死のうがお構いなしだった。生活こそ家族単位で夫婦の絆もあったけど、総遇婚といって良い相手がいれば誰彼かまわず肉体関係を持ってたんだ。乱交社会だから甲斐性のない男は徹底的に無視された……呪術師や土器師(かわらけし)などの特殊技能は、狩りが下手な男にとって最後の望みだった。専門職を格好いいと思う女も一定数いたから。女にも語り部や巫女や子守りがあって、採集や農作業に出られない体の弱い子が従事してた。虚弱だと子を産むだけで命の危険に晒されたから、巫女職は延命になった。
 人外だけど男たちは愛を語る「女」として私を見ていた。容姿レベルは群を抜いてトップで、どんな評判の美人も届かなかった。そんな私が健康なくせに巫女の姿をして狩りに出てるのが背徳的だったようだ。良く口説かれたけど、私は誰にも体を許さなかった。デートする仲になってもキスすら拒絶してた。人間はコロコロ死んでたから、まだ子を産めない女の子も「愉しむ」ために男とやってた。私くらいの幼い外見でも十分に性愛の対象だったんだ。ロリコン天国だね……でも私はどれほどいい男にも絶対になびかなかった。夜這いをしかけた性欲魔人は痛めつけて追い払ってた。
 本能が警告してたんだ。
「まだ早い」と。
 どうしてそんなふうに思ってたのか皆目分からないけど、全力で純潔を守りつづけろってなにかが告げてた。
 ――すると『神さま』になっていた。
 モレヤ族のみんながそう望んだから、すこしずつ力を得て妖怪の体がつくり変わったのさ。祟り神といって、自然災害や病気などこの世の苦しみが擬人化した妖怪が、よく神さまへクラスチェンジしてた。彼らを総じてシャクジさまという。
 私は神になるずいぶんと前からシャクジとして祀られていた。石の神って意味だ。星占いで私の生誕地を適当にでっちあげ、人間たちがその辺に転がっていた三メートルていどの丸い扁平な大石を祀った。岩の前面に細い石棒を数本建て、さらに壕で囲って縄張りを作った。石は何百年何千年と保つから、一目で特別な場所ってわかる。木と草の社は風水害や時の浸食に脆かったから、人間たちは恒久的な神の庭を用意したんだ。禁足地に定められ、私と呪術師しか入れなかった。ほかの者が入れば結界でビリビリ痺れた。
 最初は石を拝むとか滑稽だねと笑ってたけど、数年して体に不思議なパワーが入り込んでることに気付いた。かすかな細い一本の糸が、あの聖地から私へまっすぐ繋がってたんだ。するとあの石皿をなぜか愛おしく思うようになっていた。ただの転石へ頬ずりしたり変な子だった。人の意識で「意味」を与えられた岩が「陰陽」の陰物へ変化した。陰気を受ける穴場が女の私だった。信仰の回線はやがてすこしずつ太くなり、四六時中リレー中継されるようになった。最後には聖地関係なく、人の祈りがダイレクトに私へ向かうようになる。
 祖霊さま、スハさま、聖処女さま、どうか私たちに「ご利益」を。
 どうして男に体を許さなかったのか理解できた。きっと処女じゃなきゃ女神になれない。呪術師のお世話をしてる巫女とおなじだ。でもロリコンどもが私を抱きたがっている……行為中にうっかり「スハ!」と叫んで女に殴られる変態が何人もいた。
 神になってから呪術師が種明かしをしてくれた。誘惑への忍耐を試されてたんだ。私が真に正しく無垢なる者であれば、教えずとも純潔を守り神聖であるだろうって。すごいね人間。だって祖霊の器に指名されてすでに五~六世代は経ってたよ。呪術師は口伝で弟子へ教えてたんだ。一緒に暮らしてるのにまったく気付かなかった。人間たちの秘密に対する忍耐力のほうが凄いよ。
 神になるため、聖なる石にずっと「抱かれ」てたんだ。よって処女を保つ必要があった。女の石とレズしっぱなしだから、男になびくわけがない。「我に返った」おかげで、自然石への奇妙な愛情みたいなものはきれいさっぱり消滅していた。ろくでもない宗教に拾われたものだ……。
 神になって一年後、呪術師に連れられてシャクジへの挨拶回りに出た。といってもモレヤ族が常時交流を持ってるシャクジ保有部族はふたつしかない。
 まずチカト神の元を訪れた。
 いまでいうマラソンランナーみたいに、スリムな筋肉質の肉体を持ってる男性神だ。頭だけ鹿。彼の社は一〇〇〇の獣頭で埋まっていた。チカト族が奉納した獲物の頭部だ。ほとんどが白骨化しているけど、剥製の飾りもたくさんある。鹿の頭も多いけど、チカト神は気にしてない様子だ。まあ私ものちにシンボルとなったカエルが食われようが狩られようが気にならないしな。チルノが凍らせるのは怒ってるけど、あれは遊んでるから腹が立つんだ。食べるなら文句は言わん。
 それにしてもこの神……
「あの……頭に矢が刺さってるよ?」
「おお、すまんすまん。すっかり忘れてた」
 狩人に間違えて射られたそうで。日常茶飯事すぎて気にしてないそうだ。なんておおらかな神だ。
 案内されたチカト神の聖地には円形の岩ではなく、巨大な石の棒が反り立っていた。周囲は環濠が掘られ、内側をたくさんの丸い石で囲っている。ストーンサークルだね。陰陽の陽物、男性の金精を示していて……つまり私とは反対だ。ホモだな。このシャクジのシステム、一〇〇〇年近くも前に東より伝わってきたそうで、チカトは近隣最古参の神だそうだ。妖怪時代と合わせてすでに一五〇〇年は生きてるらしい。大先輩! その間、頭に矢が刺さること数百回、投石に当てられること数知れず、槍で突かれること星の数。
 いやそれ自慢にならないから……もしかしてチカトさん、私みたいにかなりトロい?
 陰と陽より発するシャクジは、妖怪時代の能力に加え、ご利益という新能力を獲得する。
 チカト神のご利益は武運長久、さらに狩りの成就。単純に「やる気」を向上・持続させるものだから、いろいろと使い勝手がある。祟りのほうは「やる気」を根こそぎ奪う。乱暴者、ヒステリック女、自己中心的な迷惑者に喝を入れる。
「ところでモレヤ。おぬしのご利益はなんなのだ?」
「はい――開墾だよ」
 人間たちは以前から原始農耕を営んでいた。移動生活や季節定住を送る狩猟採集民族はすでに少数派で、人間たちの営みはとっくに狩猟・漁労・採集・農耕の通年定住になっていった。山奥だからまだイネもムギも伝わってなかったけど、ドングリとかツルマメやアズキといった保存のきくものをムラの周辺に植え、副食としていた。
「……それはそれは、とてつもないご利益だな。俺が知ってる範囲でも最大級だぞ」
 私が獲得した新たな能力は、坤だった。字の通り「土に申す」能力で、まあ土いじりだ。正確には「土壌」にお願いする能力だね。土と水と石と木を操る。これがいずれも揃ってないといけない。渾然一体となった土壌でないと、私の意思が通じない。おそらくすべてが混ざり合う湿地の水童だったことが影響してると思う。
 つづけてソソウ神を訪問した。
 ソソウ神は白い大蛇だ。竪穴住居ほどもある巨体で、可愛いからほど遠いけどこれでも女神……じゃなく牝神さま。声帯がないから思念で話す。
『モレヤ神スハよ、我が眷属、我が同胞となった褒美を授けよう』
「あ~~う~~!」
 ソソウからの波動を受けた瞬間、股間へ走ったとてつもない気持ちよさに思考が飛んでしまい、足腰が立たなくてへなへな座り込んでしまった。昇天ってやつさ。変な嬌声をあげると、周りにいた男どもが大喜びで手を叩きだす。脳髄の奥を駆けめぐるあまりの幸福感に、しばらくの間ふわふわしてたよ。心地の良い脱力だった。
 ――これが絶頂か。
 男と女が楽しいことをして、最終的に達するアレだ。動物の交尾くらい何度も目撃してる。たしかにメスが気持ちよさそうにしてるけど、まさかこれほどとは。寿命の短い人間が、子を作れない若さでも愉しんでるわけだった。
 ソソウ神は女性の味方で、女の欲求不満を解消する安産や子宝の神だ。自分ばかり優先してあちらの技術がお粗末な男も多いからね。祟るほうは不実な男、下手な男を勃起不能にしてしまう。女に尽くすと誓約すれば解除する。飴とムチを使い分けてソソウ族を繁栄へと導いている。ソソウは自分の巨体ゆえ「ヤる相手がいない」欲求不満から、こんな能力を得てしまったらしい。
『人と完全におなじ形をした神は初めてじゃ。これは面白いおもちゃだのう』
 ……お手柔らかに、あーうー。
 神としてのお務めが始まった。
 私が土地へ「お願い」しただけで林が拓かれ、土が均され、石が砕け、出水は引く。病害虫はどうしようもないから、それは人間たちの努力に任せた。容れ物を用意し、あとは災害時の復旧工事を手伝うのが私の仕事さ。道を作ったりもしたよ。私のご利益は消耗も激しいから多用はできないけど、モレヤ族の生活を劇的に楽にできた。作物の収量がぐんと増えていく。人口も増加し、ムラの数が増えていった。豊穣にちなみ、私のシンボルが雨を呼ぶカエルとなったのはこの頃だ。まだカエル帽子はない。
 妖怪退治も楽になった。お願いが効かない相手への攻撃手段。両手を叩くポーズを取れば、巨大な土くれの手を生成し、悪漢をぺしゃんこに出来たんだ。はじめて得た遠距離攻撃術さ。飛んでるやつには効かないけど。
 神になればもうあちらは解禁だったけど、ずっと禁欲してたし、もったいなくて大事に(みさお)を守ってた。それにソソウのおかげで発散できてたからなあ。
 ソソウと出会うつど、挨拶がわりにご利益を授けられた。当時の私は縄文の価値観に染まってたから、ちゃっかり愉しんでてね、抗議もしなかったよ……これやるとソソウも私も「信仰」を得られたんだ。最高の容姿をもつ処女がその場で悶え崩れてあえぎ声だしてる姿、居合わせた男たちがおっそろしく喜ぶからね。神にとって強烈な好意の感情はそれだけでごちそうなんだよ。
 神になって二〇〇年くらい経ったある日のこと。
 人食い妖怪対策で集まった族長たちの会食中にやられてしまったときだ。これはさすがに参った。強力な人食い妖怪は下手すると何十人も死ぬから大真面目なんだ。いくらなんでもタイミングが悪すぎて、いつもの信仰の感触がない。男たちは私とソソウに引いていた。
「お、お願い、勘弁してソソウ。恥ずかしすぎる……」
『わかりました……』
 激しかった波がすっと引いていった。え? なんだ? なにが起きてる? ソソウがおかしなままだ。私へ頭を下げている。どういうことだ?
 まさか……
「お願い、汝を我がくびきより解放する」
『……え? おいモレヤ、妾になにをした!』
 なんと私の「お願い」する呪い、祟り神へ効くようになってたんだ。効果の強い能力は、対象が細く限定される傾向にある。私のご利益が「土壌」にしか効かないように、祟りはかつて妖怪しか束縛しなかった。それが祟り神になって変化し、おなじ祟り神を呪うようになったんだ。代わりに妖怪へお願いする能力がすとんと消失した。親友の手長くん足長くんだけ残してお友だちとはバイバイしたよ。
 祟り神たちを統率する能力。
 ――あとはもう、躍進へと一直線さ。
 だって神を従えるんだよ? シャクジは例外なく人語を理解したから、楽なものだったさ。人間語は妖怪語ほどローカル色が強くないからね。交易のおかげで単語や用法が混じり、ちがう言語でも似たような文法や語彙があっていろいろ重なっていたから、片言と身振り手振りでなんとかなった。日本語というものがすこしずつ形成されてたのさ。それをうまく利用できたし、妖怪もしだいに人語中心でしゃべるようになる。
 私から仕掛けずとも、ただ暮らしてるだけでトラブルに巻き込まれることがある。そのつどお願いで相手を鎮めてたら、しだいに上下関係ができてくる。
 大半のシャクジが私に勝てない。それだけ「お願い」は強力だった。無効化の能力持ちもいたけど、巨大な土くれの手で挟み込む技でたいてい片が付いた。土が物理的に動いてる状態は能力の影響外だからね。弓より放った矢、投石紐から投じた石つぶてといっしょさ。反射能力もこの技でお手玉になった。矢や石なら打ち返せても、巨大な土の塊だから神のほうが飛ばされる。面白かったよ。それで相手の集中が途切れた隙にお願いすれば終了ね。呪い殺す系のヤバい神もいたけど、こちらはそのヤバさゆえに相手側が使えなかった。石神を一体生み出すには膨大な祈りと儀式、一〇〇年もの歳月がかかる。その神を殺せば部族間の全面抗争は避けられず、下手すれば一〇〇人以上が死ぬ。ほかの神が調停や仲裁に出てきた時点で降参さ。
 私も全勝とはいかずたまに負けてたけど、トータルで見れば絶対優位は動かなかった。
 何百年かしたらシナヌ一帯のシャクジ信仰、その最高権威になってた。まだクニの概念も王という称号もなかったから、ただ本名のスハで呼ばれてたよ。シナヌのスハさま。ソソウもチカトも本名があるはずだけど、私は後輩だから神名しか知らなかった。いやチカトは千の鹿の頭って意味だから、そのまま? おそらく部族が神に名を合わせた例か? なんにせよこのころから神は複数の名を持ってたんだ。シャクジは普通、神にしてくれた部族名を神名として名乗ってた。元の妖怪名で呼ばれてるのは私くらいで、それをもって特別視の証とされていた。いまの感覚なら天皇に名字がないのとおなじかな。
 私の名前が一人歩きして、モレヤ族の領土はスハ、中心の湖はスハ湖と呼ばれるようになった。私の暮らす里はモレヤトミで、トミとは富むだ。のちの諏訪大社上社前宮となる。私はここになんと三五〇〇年以上も住んでいた。単純に家として使ってただけで、モレヤ族のほかの集落やお社にもよく出入りしてたよ。あちこちでイベントあったし、飛べるからすぐだし、私が姿を見せて間抜けに「あーうー」してると男も女もみんな頬を緩ませてたし。私は好きで自分から積極的にあーうーしてた。たとえば宴会芸でカエル座りして「ケロケロ」啼くとそれは大受けした。神というよりマスコットだね。でも信仰は信仰さ、なんでもいいんだ。人間とちがって私のあーうー属性は絶対に改善の仕様がないと、一〇〇歳すぎには諦めてたからね、なら乗っかるほうがいいだろ? 不変ってのも困りもんだ。
 富に栄えるスハを知って、たくさんの部族やムラが石神を欲しがったよ。交易で有利な立場を得られるから、モレヤ族はシナヌ中を探し、適性を持つ「従順な祟り妖怪」を見つけてはどんどん各地へ送ってた。信仰が商売道具にされてたんだけど、当時の私は無邪気に「石神が増える」と喜んで、みずから推進してた。手長くんと足長くんまで祟り妖怪でもないのに身内贔屓でシャクジにしちゃったよ。妖怪でいたほうが気楽だって文句言われたけど、生存してる手長足長族は大半が神になった子だから結果オーライ。
 私と人間の子は神になるんじゃないかと思われ、縁談がたくさん舞い込んでたけど、みんな断ったさ。チカト神と人間の子が、頭がいろんな動物の「半妖」だったから、簡単な話じゃなかったのさ。石神の多くが元妖怪だしね。チカト神の孫からはもうただの人間に戻った。でも神と神の子供はさすがに神だった。ソソウとおなじ大蛇型のシャクジが見つかって、しかもオス。ソソウちゃん晴れてお嫁さんになれた。おかげでシナヌのシャクジたち、白いヘビだらけになったよ。たぶん三分の一くらい。白いヘビがスハ信仰のイメージになる。私も一時はチカトと交わろうか悩んだけど、「鹿の頭」が生理的に無理だった。
 イネやムギが伝わったころには、シナヌはほぼ石の神、祟り神の信仰に染まっていた。モレヤ王国の誕生だ。王の概念はまだ当分先だけど、ほかに呼びようがない。スハ・モレヤ・シナヌ・ソソウ・チカト・シャクジも近年の発音に合わせてるだけで、当時はもうすこしズレた呼び方をしてたはず――なんだよ。でも継続して話者だった私ですら正確には覚えてない。言霊(ことだま)といって、超常者の発声には力が宿ってたんだけど、これじつは数百年おきに正誤が変わって、伝承じゃなく慣用で発音ないと術も効かなかった。だから術の使い手として古い呼び方は忘れるしかなかったんだ。あらゆる封印や魔法は言語の変容と忘却に対して無力だったよ。もっとも人間の叡智は立派で、近世以降、古代語が解読されてどんどん復活したね。大半は無効だった時期にさっさと内外より開封済みになってたけど、たまに未盗掘で発動しちまう例もある。ツタンカーメンの呪いとか。
 モレヤ王国の領域はシナヌに留まった。巡幸とかしてたんだけど、象徴の私がもうそれ以上、遠くに行けないんだ。「中央」のモレヤトミから出発して、行けるところまでで終わりだ。存在力をドカ食いして燃費の悪い神族は、信仰を失えば消えてしまう。知ってもらうだけではダメなんだ。その神を崇めない地域に行けば、急速にパワーが減る地域密着型、土地と人間に縛られる土着神だった。モレヤ王国はおかしな国だよ。戦乱や征服で誕生する普遍的な国のイメージとはだいぶ違っていた。女王のお願い能力でゆるやかに統合された、共同体のおおきなバージョンかな。一〇〇〇年くらいは租税すらなかったよ。国家事業も道の整備くらい。いつまでも自然歩道のままじゃ使いづらいし。ほかは強力な人食い妖怪が出たときの即応態勢で、戦闘力の高い神を要地に配してた。聖地はどうしようもないけど、民ごと移動すれば神も平気だったよ。選ばれた部族も地域のリーダー格になれるから反発は少なかったね。あと部族間のいざこざを仲介する、そんなところかな。
 これらの政治はすべて、モレヤ族のムラオサ会議で決められていた。私は本当にお飾りだったよ。自分が族長になろうとして、信じる民に殺された神の話をいくつか聞いてたから、どれだけ不満に思ってもずっと大人しくしてた。神は永遠に代替わりしないから、野心家たちにとって悪夢なんだろうね。下々がどう思ってるかじゃなくて、権力に手が届く者がどう考えるかだった。ただのお飾りじゃ一方的に利用されるだけだから、最低限の抵抗はしたよ。「縁談を断る権利」を再獲得するだけで一〇〇年掛かったけど。じつは四~五度ほど神と人の婚礼を勝手にやらされたのさ。ほかに見る者のいない夜の床を狙って、精神操作系や精力喪失系の祟り神で排除したけど、スケベオヤジに私の柔肌を見られるたび凄まじい嫌悪が全身に走った。相変わらずシナヌ最高の美姫だったから、純潔を通すだけで大変な苦労をしてたもんさ。野心家ってだけで嫌うようになった。
 やがて私にひとつの称号が与えられる。
『土着神の頂点』
 あるいは、土着の神という考えが起きたのは、モレヤがシナヌより広がれなかった事実から来てるとも思う。神々の役割は変わらないままだった。飴とムチ、ご利益と祟りでもって、自分のムラや部族を富ませる。私も御幸ついでに墾田や土木工事の監督みたいなことやってたよ。長年の経験でいろんな技術やノウハウを蓄積してたから、いちいちご利益を使うまでもなかった。スハ以外ではどうしても消耗に対する回復が遅れるから、能力を出し惜しみするしかないんだ。妖怪や広域神と違って土地神は制限が多かった。人間に匿われてるぶんみんな長生きできてたから、トレードオフかな。妖怪のままでいれば私みたいな変わり種はとっくに殺されてたよ。人妖が生き残りやすくなったのは人間タイプが主流になってからさ。因幡てゐだってずっと人間に飼われて無事だった。妖怪のままご利益を獲得する妙な能力持ちになったけど、彼女の妖怪本来の能力は――たぶんイタズラをするほうだ。
 ようやく私と同タイプの神がぽつぽつ登場し始めてたな。ご近所がすぐ北、コシの地で日本海に面するイトイの川神さまだ。イトイは太古より翡翠の産地で、その翡翠のイメージが擬人化した女神、ヌナカワって呼ばれてた。初めて私に匹敵する容姿の女と出会えて、すぐ意気投合、セレブなご友人になったよ。数週間くらいならシナヌから出ても大丈夫だったからね。ヌナカワも男からの誘いが多かったから、処女を守り抜く手ほどきをした。
 彼女は宝石と清流の神霊だけあってとんでもない面食いだった。ありえないほどの理想像を聞かされたけど、私も同意する部分が多かった。男の基本性質に関しては正反対で、彼女は大望を持つ夢想家を好み、私は内省的な空想家が好きみたい。ヌナカワ、野心家はやめとけ。泣かされるし長生きしないから。私だってこんな性格だから長生きできてるんだよ。
 時は移ろい、言葉の画一化がしだいに進み、伴うように流通がますます盛んになった。大陸渡来の進んだものが続々とシナヌへも入ってくる。水耕と青銅は飛躍的に人口を増加させた。ただ青銅は一方的に輸入するだけで、どうしても作り方がわからない。西にあったモレヤ以上の超大国ヤバダイノクニ――現在でいうところの邪馬台国でストップし、シナヌまで届かなかった。東には私たちのような「蛮族」が多かったから、青銅の自力生産を警戒したのだろう。集権化の進む弥生時代に入っても相変わらず「里ごとの変な動物」をメインに拝んでたような連中だしね。鉄器に至っては現物すら来なかったよ。
 クニや王の考えが輸入されて、モレヤ王国もやっとまともな国になりはじめた。税収によりモレヤトミと周辺は見違えるように壮大な神社およびお宮群を構築していく。街道が太くなり、人の行き来が増え、市が活発化する。通商を邪魔する山賊や妖怪は徹底的に征伐した。これら「国造り」の成功により、モレヤ族の「王権」は確固たるものとなった。女王だけど私にはなかったよ、王権。神権を司るって感じ? 神権を根拠にそれっぽい祠祭や儀式をたくさん行って、モレヤの人たちが王権をふりかざす神権政治ね。
 スハノヒメと呼ばれるようになった。ヤバダイから伝来した「ヒメ」、その可愛い響きにしばらく参ってたね。ヒメさまって呼ばれるたび、気色わるくにんまりしてた。
 水田の広まりとともに、西のほうでは新たなタイプの神さまが登場しはじめていた。彼らは全員が人間とほぼおなじ姿を取り、古い神とちがい老いて死ぬ者もいる。寿命まで持ってる! あらたな価値観による神話が始まろうとしていた。王の強権化が神のイメージと重なり、人の形を「普遍的」に与えたんだ。神と魔、聖と邪が明確に区分された。
 策源地は西域。私はモレヤ族の許可をもらって親善観光にでも行ってみようかと思った。でも「西だけはだめ! 殺されるぞ」と頑なに止められた。冶金技術のブロックで疑心暗鬼になってたんだ。私は動物教団の魔王らしい。えー、そこまで卑下しなくてもー。まだ見ぬ一帯は()と呼ばれていた。大陸の王朝に漢字を与えられて西の連中喜んでたそうだけど、「わたし」「われ」って日本語の一人称から「わ」に……それでいいのか? しかも倭って「従順」って意味で、あーうーじゃん! 妖怪時代、人間に尾を振ってた私を思い出す。
 古墳時代に入ってまもなくのことだ。モレヤの運命を変えるひとつの事件が起きる。
 両腕がボロボロに傷ついた、美男子の亡命だ。
「私はタケミナカタという……イヅモの水神だ」
 左腕は全体が氷漬けで壊死しかけていた。溶けない氷とはどういう術だ……右腕のほうは面妖にも骨が七支刀(しちしとう)に変化しており、剣の枝だがあちこちより飛び出し、組織を無惨にも破壊していた。とても痛々しくて、もちろんただの人間にできる所業じゃないし、呪術師には手が負えない。このままでは両腕を切り落とさないと命が危ないが、手術で失血死する可能性もある。神族だから通常の刃物は通じず、特殊な剣かまじないを掛けた刃物が必要だ。だがその破壊力が大きくて、こんどは細かい作業を要する手術に向かない。
 モレヤ族はただちに私へ要請する。シャクジの総力を結集してタケミナカタを救えと。倭の情報を入手する絶好のチャンスだったし、場合によっては恩を売れる。または助けることで外交カードにもなる。そこまですぐ私も理解したが、とにかくこの美男子を救いたいと純粋に思った。だって。
 もったいない!
 死なせてたまるか。これほどのハンサム、生まれてこのかた見たことないぞ。元気になればどれほど見惚れる男前になるんだ。私の頭にはシャクジのデータベースがきっちり収まってる。土着神の頂点だから、こんなときに必要な施術くらいわかるさ。
「お願いチカト!」
 まずチカト神の能力でタケミナカタの精神を励起(れいき)させ、とにかく生きるって気力を持続させる。生物とは不思議なもので、瀕死状態で生死の分水嶺は「気の持ち」なんだ。
「お願いソソウ!」
 ソソウ神の能力で一時的に不能にしておく。じつは沈痛効果がある。遠くにいる神のパワーを、地脈を通して効果のみ召喚できるようになっていた。
「お願い手長、足長!」
 このふたりは直霊(なおひ)召喚だ。神霊の生き霊(いきりょう)みたいなもの。遠くのものを取り寄せたり、おなじく移動したり、助手とかお遣いだ。
「……念じただけで麻酔や式神を使うなんて。きみは不思議な力を持つんだな」
「土着神の頂点、モレヤ神スハノヒメ。シナヌ神一五〇柱を統べ、一五〇の荒魂(あらたま)和魂(にきたま)を操るよ」
 将来になれば神道にはさらに奇魂(くしみたま)幸魂(さきみたま)が加わるけど、原始の祟り神システムは妖術・奇術で打ち止めだった。古来より一般的な神仏のお参りで人々はご利益――和魂の単純なパワーしか求めないし、神社寺院側もそれしか宣伝しない。シンプル・イズ・ベスト。
 祟り神をはじめて間近で見るらしく、予断を許さぬ重傷のくせにタケミナカタは興味津々だった。
「合わせて三〇〇種の能力か……それは便利だな。でもきみには、手術の心得はないだろ? 私には……父より授かった医術の知識と技がある」
「――教えてくれ。あなたを助けたい」
「まず湯と……清潔な布を。悪い穢れが体に入れば、神でも危ない」
 手術は半日にも及んだ。いまでも三時間は掛かっただろうね。氷や剣の呪いを解き、骨をあるべき位置へ戻し、肉をきちんと整え、壊死した組織を取り除き、死にかけてた組織を蘇生させ、さらに壊死した部位へ新たな肉の元を置いて、再生のまじないを掛ける。さらに血の管と神経の糸が正しく繋がるよう、その下地を作っておく。皮膚のケアも大切だ。私の知らない高度な技が、タケミナカタの口よりつぎつぎと飛び出してくる。私は膨大なお願いを駆使し、へとへとになりながらもなんとか手術を無事に終わらせた。あとでシナヌ中を巡ってシャクジたちにお礼の手料理を振る舞わないとな……あくまでも「お友だち」であって「主従」ではない。格が上なだけだ。
 翌朝、タケミカヅチというヒゲもじゃのおっさんが飛んできた。雷神だという。両腕を氷と剣に変身させてて気持ち悪い。あれでミナカタを呪ったんだな。とっても強そうだったけど、やり方が野蛮で私の好みじゃない。雷神と水神でまともな勝負になるわけないから剣で(くだ)せばいいのに、これ見よがしに特異の能力を見せつけるなんて。
 彼の要求はひとつ。
「タケミナカタを殺させろ!」
 うわー、本当に野蛮人だ。こっち「国」なんだけど?
 モレヤ王権の返事は拒否だった。
『創傷を救うは仁の道なり。仁の対は義の道なり。我は仁を示した。為れば汝は義を以て答えるべし。義とは礼なり。倭王を通じ礼の正使を遣るべし』
 文明国っぽい毅然とした態度にタケミカヅチも二の句が出ない。恥じるように両腕を戻したよ。もう山賊となんら変わらない有様だったからね。西の神々にとって人型以外の神は神じゃないって傾向がある。「しゃべる動物」を拝んでる邪教ごとき、脅せば屈服すると思ってたんだろう。タケミカヅチが装備してる鉄の剣、その鉄器すらこの国にはまだほとんどなかったからね。でもモレヤ王国首都のご立派な建物群に、倭の雷神もさらなる強気に出るべきか迷ってる様子だった。付け焼き刃にすぎないけど「文明化」が間に合って助かった。けっきょく外交ってハッタリなんだよ。
「……回りくどい交渉は必要ないよ。いまここで決着をつけよう」
 タケミナカタはたった一夜でほとんど回復してた。私がいろんなお願いで体力をブーストしてるから、本当は見かけ倒しだったけど、立って歩けるくらいには……隣で私が支えてた。ほかの人に任せたくなくて。
「異国の女神ともう(ねんご)ろか? さすがオオクニヌシの御子神よな」
 へー、御子さまなんだ……え? 王子? 神で? 私とおなじ身分!
「父神は関係ない。私は私だ。タケミカヅチよ、私はこの地に留まろう。アシハラの支配権は認める。だから命を助けてくれないか?」
 情けない姿だけど、助命嘆願は当時のシナヌじゃ普通だったから私は笑わなかったよ。宗教からして快楽主義・幸福主義だし。争いに負け捕まって「殺せ!」って言う男がいたら、それこそ爆笑するほど。さっさと女をあてがって身内へ引き入れたさ。ここで女を拒んだらようやく殺してた。
 正反対の価値観を持つタケミカヅチが大笑いして散々にタケミナカタを罵倒すると、景気付けだと叫んでスハ湖へ特大の雷撃を落とし、悠然と帰っていった。たった一発で魚が一〇〇〇匹も浮かんできて、その場にいた者たち、びっくり仰天さ。もしこの雷神が本気で暴れたら、油断してたモレヤ王権はあっというまに壊滅していたね。私は最高神だからあんな雷撃を食らったところで死にはしないし、反撃で祟りまくって呪殺くらいは出来たさ。でもそのあと倭との全面戦争が待ってるから、ベストといえばベストの終わり方だった。
 こうしてモレヤ王国にとっておきの人材が加わった。異郷にありながら、タケミナカタは消滅しなかった。西方に暮らす人型の神は土地を離れても平気らしい。タカマガハラって神界から存在力のリレーを受けてるそうだ。なにその画期的なシステム! 倭の人が神界を支え、さらに神界が地上へ降りた神を支える。うわあ、便利! 神界の神を天津神、地上へ降りた天津の子孫を国津神というらしい。倭以外でも私みたいな強力な神は国津神になるそうだ。
 タケミナカタは倭の抗争に敗れ、母神の住まう東方へ逃げてきた神だった。母はヌナカワヒメ! ――友人の息子へときめいてるなんて、複雑な気分。あのセレブな女神とは最近三〇年くらい会ってなかったけど、いつのまに子が? この王子は良いやつだ。混血のおかげで石神に偏見がなく、とっても好印象だよ。素敵な王子様の父、オオクニヌシってプレイボーイが有能な王で、イヅモと近隣をまとめたアシハラを建国、国造りにハッスルしすぎてしまい、ほかの神々の不興を買ったんだ。「あんたに信仰が集まって俺ら干からびるぜ。だからその国まるごと譲れや!」ってね。異世界として誕生し歴史の浅いタカマガハラはまだ知名度が低く、オオクニヌシに信心を吸い取られすぎると存続がヤバいらしい。そこで国譲りって争いになったそうな。
 シナヌじゃ考えられない争いだね。私なら天上界と協議するのに――オオクニヌシは天上を追われたスサノヲって人の子孫なのか、そりゃ反目する。
 それにしても神が王権をふりかざして俗界を統治しちゃうなんて、シナヌや東国じゃ考えられないよ。だってシャクジは人間に選ばれて「なる」ものだから、私みたいな子ばっかりなんだ。あのソソウも中身はただの色情狂だし、チカトだって槍持って野山駆け回ってるだけで幸せな男だ。祟り神って偉そうな表現だけど、単純に対となるご利益が強力になるから選ばれやすいだけで、人間のやはり都合なのさ。しょせん「しゃべる動物」だから、族長に成り上がろうとしただけで殺される。
 神でも支配者やれてたってことは、やはり人間の形こそが大事なんだね。私は自分が元妖怪であるって意識しすぎてたのかな? え、タカマガハラの神はほぼ全員が人間型、ゆえに神と神で交わってどんどん勝手に神が増殖していくって。なにそれ? シナヌは最古のチカトから一五〇柱へ増えるだけで三〇〇〇年近く掛かったのに。
 タカマガハラ神族は人間の属性が強いため、人間とほとんど変わらず寿命があり数十歳で死ぬ神が多い。でもその子や子孫がまた寿命のない神になることもある――変な連中だよ。倭以外の人間タイプは妖怪も神も不老なのに。かわりに数も少ないけど。
「ねえ……タケミナカタは、老いないほう? ならいいなっ」
「わからん。なぜなら私は、まだ一七歳だからだ」
 若い! 若いよきみ!
 幸い寿命のない神だった。一八歳くらいで成長が止まったタケミナカタ王子、そのままモレヤトミで私とおなじ社の住人になってた。倭の神をいきなり王宮に住まわせるなんて大胆だったけど、これにも事情があった。
 彼ね、すっごい出来るやつだったんだ。
 青銅器の製法、さらに超最新技術・鉄器の製法、オオクニヌシ直伝な医術の伝来、最新の農耕技術……
 邪馬台国で堰き止められてた西方の進んだ技術が、モレヤ王国へ一挙にもたらされた。
 普通なら無理だよ? 個人がこれだけの技や知識、ノウハウを覚えてるなんて。でも彼はただの御子じゃなかった。父神オオクニヌシがどえらい奴だって、あとになって西から伝わってくる話で分かってきた。男への要求値がものすごかったヌナカワヒメですら一日で恋に落ちたほどだし。希代の色男で、出会う女神を次々と惚れさせ、現地妻と子供だらけさ。英雄色を好むの典型だった。タカマガハラへたった数人で抵抗し、理想国家を作り上げようとした悲劇の英雄王。自決させられて冥界の管理者やらされてるらしい。のちに幽々子が二代目を継承する役ね。オオクニヌシ本人は大神や大黒天として拝まれたおかげで後世復活し、いまは出雲大社でくかーくかーって昼寝してる。
 ヌナカワヒメがコロっといったように、私も色男にポテって参った。
 ただのハンサムじゃない。性格よし能力よし身分よし永遠に若い。ついでに女になびかない。好色一代男への反感から真面目になった。浮気される心配がない! あとじつは軍人でそこそこ強かった。「タケ」が頭につくのは軍系の神の証拠だ。タケミカヅチがタカマガハラ最強クラスの軍神だったから弱く見えただけで、本当はかなり強力な武人だった。さらに命を粗末にしない。一〇歳まで育てたヌナカワヒメの教育が良く、西国の「すぐ死ぬ道」に染まってなかった。恥とは思わず生存の道を模索する。タケミカヅチだったら同じ境遇ならたぶん死を選ぶだろうね。オオクニヌシも自裁した。
 最後にこれ重要、野心が薄い。
 彼の興味は知識欲と探求に傾斜してた。軍神系なのに参謀タイプ、学者肌だったんだ。自分が最強であることや、人を蹴落として上に立つ欲望とは無縁だった。私とおなじで、平和に長生きしたい温厚な性格だったんだよ。
「どこの誰とも知れぬ私を、全力で庇ってくれたこの国とあなたがた……ご恩に報いたい。わが身をモレヤのために捧げよう」
 ミナカタの持つ知識は値千金だったけど、なにも求めなかった。それどころか何年も無俸給で、蔵臣(くらとど)より注意された族長が慌てて役職と報酬を設定したほどだ。食客とはいえこれほど有能な神をただ働きさせるなんて、みんなへの示しが付かない。
 なにこの無欲な変人。こんなの、見たことない。
 これまで野心家どもの供物へ何度も捧げられそうになってたから、惹かれてノックアウト。脳天まで走った感情。
『……あ、変な人だけど、きっと好きになる』
 つまりまあ……私はタケミナカタの為人(ひととなり)に、出会って三年後にはメロメロになってしまったわけさ。
 私はこんな王子さまを待ってたんだ。外見も中身もずるいくらいに完璧超人だ。もうタケミナカタ~~~♪ って毎晩、敷物にくるまって転がり悶えるくらい好きになってた。速攻で母神と会ったさ。いくら亡国の王子でも神だし。
「ヌナカワちゃん、息子ちょうだい! あの変人、もう最高! 好きすぎるから!」
「変人とは失礼ね――イトイの翡翠、交換比率二倍ならどう?」
「買ったぁ!」
 あっさり許可貰ったよ。モレヤの交易責任者が泣いてたけど知らなーい。だって二〇〇〇年してやっと巡ってきた初恋だったから。処女でいて良かったー! タカマガハラ神族は基本、初物が好きだからね。根性で異界の門を開き、冥界に出向いてオオクニヌシと面会して調べてたんだ。
「倭の神々がモテすぎて処女食いになったのはいいとして、どうして父君はスハに来なかったの?」
「……おぬしのような小娘、どれほど美しくとも対象外だ」
「正常な性癖でありがとう! 私もすぐ殺される夫なんてお断りさ」
 私のような臆病者にはあの変人でちょうどいい。
「愚息の命を救ってくれたことは感謝している。好きなようにしろ――でもあいつが少女好きとは限らんぞ?」
「何百年かけてでも振り向かせれば勝ちさ」
「生きてればこそか……私には困難な生き方だったな。おぬしは矛盾の塊だ。私をゆうに上回る満ち溢れんばかりの力を持ちながら、十全に使おうとせず呑気に暮らし、弱き者の風下にいながら平気で、毎日を幸せに生きている。それでいて数百年後もまだ生があると希望を持ち、明日を信じていられる」
「私は見かけまんま、死にたくないだけのヘタレだよ。脳みそが一二歳で永久に停止してるから一〇の力で十分なのに、偶然から一〇〇の力を得てしまっただけ。いまの生き方がたまたま上手く行って、長生きの秘訣だと分かってるから、どれだけ勿体なく愚かに見えようとも変えないだけさ。力を得たからといってそれを使わなければいけない義務なんか、どこにもないだろ? 私の器ではシナヌの民だけ導いて守っていれば満足なのさ。こういう場合、よく神や天のお導きというけど、なにせ私たち自身が神さまなんだからさ、神がこれでいいと思ったなら、もうそれでいいよな?」
「どこまで自覚がある? おぬしの能力は超越的で、歩く軍隊そのものだ。喉から手が出るほど欲しい者がいるくらい、圧倒的な支配力・破壊力を潜在的に保有しているんだぞ」
「提案した馬鹿はこれまで何人もいたよ、聞かなかったし隠して神罰与えといたけどね。部族ごと石神を進軍させれば、土着神の弱点も克服できる。東域で石神をつぎつぎ手懐けていけば、おそらく帝国を築けるだろう。でも絶対にやらない。人をたくさん死なせ、不幸にする。なんのために? どういう必然や権利で? 私は生来の性分から覇道を拒んできた。モレヤに任せっきりで、現状にずっと満足してる。統治に失敗したモレヤの長が幾人も部下や民に殺されてきた。支配者や野心家は失敗するつど命を賭けたくじ引きに挑まされる。それが権力の代償だ。大陸の王朝を見ればわかるだろ。ほんの数百年ですら勝利者のままで居続けるなんて無理なのに、私のおつむは絶望的に子供の感性でしかない。一度火が付けば恋なんかに夢中になるていどの小娘さ。帝国を作っても些細な敗戦やくだらんクーデターで私が死んだとたん空中分解、たくさんの人が命を落とすだろうね。モレヤ神の帝国では、私の代替は誰にも務まらない。失われたあとの混乱は地獄になるだろう。何万人が殺されるんだ? なら力を使わないことこそが私に課せられた天命じゃないのかい? だからこそ不動かつ象徴なのさ」
「老獪にして小さな聖人というべきか。私はそこまで割り切って生きることができなかった――うらやましい」
「あなたはしっかり子供って形を残してきたじゃないか。アシハラの理念はタケミナカタがしっかり受け継いでるよ。たとえ親とは違うやり方であってもね……いい子に教育してくれたね。おかげで舌なめずりするほど可愛いよ、タケミナカタ」
「怖い娘だ。私がシナヌに立ち寄らなかった理由はもうひとつある。おぬしが長生きしすぎてるからだよ」
「のこのこ求婚にきたら、勃起不能の呪いつきで盛大に振ってあげたのに……まあいい、タケミナカタには乙女の私で接するよ。もう大好きなんだっ! ねえお父さま~~、あの堅物どうやったら堕落させられるかな? 少女性愛に覚醒させたいんだ。手がかり教えて、手がかりー」
「……なんだこの落差は。おなじ女だと思えん」
 私はこんなあーうーで寿命もないから、近い価値観のタケミナカタじゃなきゃ相容れないんだよね。勇者なんか要らない、人を蹴落としてまで繁栄しなくていい。どれほど格好悪くても長生きしてくれさえすれば。タケミナカタは条件ぴったりだった。
 おなじ社に暮らしてウキウキな毎日だったけど、そのうちイヅモを追われたタケミナカタの領民が移住してきてね……モレヤ族は彼らをまとめてミナカタ族とし、ムラのひとつを譲ったよ。それがのちの諏訪大社上社本宮となる。ムラはミナカタトミって名前になった。一見地名としておかしそうだけど、水神っぽくミナカタは水潟って意味だそうだ。さらにモレヤ族ったら、タケミナカタをミナカタトミへ移動させちゃった。指くわえて見送ったよ。これには事情があって、要らぬトラブルを避けるためだ。難民キャンプの一種? でもわずか数年で一面の水田広がる水郷の里になった。住人一人当たりの収量桁違い。もうどっちが難民だか。すごい……これはタカマガハラの神々が西日本を席巻しちゃうわけだ。シャクジの能力とか超越してるよ。
 モレヤ族だけじゃなく、シナヌ中が人を送って倭のやり方をじっくり学んだ。さすがにタケミナカタの知識だけじゃ限界あったんだね。実際に従事してきた人たちの積み重ねって大事なんだ。私もバカであーうーだけど開墾や土建の監督してると輝くからね。でも頭をいっぱい使う治水工事を頼まれるとあーうーだ。このときばかりはタケミナカタに泣きついた。水はかならず高いところから低いところへ流れるんだけど、地形を読むなんて出来ないよ。頭がこんがらがっちゃう。すぐ解決してくれる彼の姿を見て、ますます惹かれていった。目がハートマークだったさ。
 モレヤトミとミナカタトミは小半時で行き来できたから、私はスキップしながら通っていた。優秀なタケミナカタはいつも忙しくて、私も手伝ったよ。女王みずから下官や医者や鍛冶職人みたいなことしてたけど、みんな注意や口出しはしなかったね。だって私とミナカタがくっつけば、潜在的な問題の多くが解決するから。このときすでに西から結婚制度が入ってきてた。肉体関係を契りの基本としたけど、一度でも結ばれればその男女は夫婦として固定される。おもに指導者層で採用されてたね。ムラオサの子供はムラオサ、呪術師の子供は呪術師って流れが生じてたんだ。下々にもすこしずつ広まってたけど、相変わらず乱婚じみた要素もあって、農村部ではなんと昭和初期まで残る。
 政治的な都合――それは配偶者問題だ。私はたった一人の王族で独身だったから、政権を奪いたい部族からよく狙われてた。定番の「俺の嫁にしてやる」だね。モレヤ内の政変は勝手にやってろだけど、こちらだけは全力で防いだよ。だって私はモレヤ神であって「シナヌ神」じゃない。部族と栄枯盛衰をともにするのがシャクジなんだ。ゆえに接触してきた時点ですぐチクってた。そのときモレヤがどれほど悪政・腐敗してようが、いずれ時が解決したからね。それに神罰を落とせば改心するものだよ。いくら飼われてるペットみたいな存在といっても、飴とムチの自由な執行権だけは人間も認めてた。そうじゃなきゃ「神を保有する意味」がなくなるからね。私が祖霊の器とされたように、神はご先祖さまの代弁者でもあったんだ。
 私とタケミナカタが結婚すれば、いろいろ解決する……はずだったよ。うん、はずだった。
 半世紀が経って私とタケミナカタ、どういう関係だったと思う?
 ……手を繋ぐだけ。
 五〇年かけて、おてて繋ぐだけの関係!
 アピールは繰り返してきたさ。
 まずはミニスカートとか、かわいらしいカエル目の帽子とか、いまに繋がる「あざとい」衣装の原型をいろいろ考えて実践したよ。ミナカタに抱きついたり、あーうーって肩を寄せたり、手料理作って「あーん」したり……なんてお子さまな愛情表現なんだ。二〇〇〇歳の神が取る行動じゃないぞ。でも永遠の一二歳だからこんな手しか使いたくなかった。ほかの直接的な手管は、女としてさらに神として大事なものを失う気がしたんだよ。それで仕方なく正攻法に限定しておままごと半世紀もやってたわけ。女王の気位から告白も求婚もしてなかったけど、最初は兄と妹からはじまって、すこしずつ距離を詰めてたんだよ。たぶん。
 やっとデートができて、おててつなぐ仲に進展してた……悠長だ。
 モレヤ族が危機感を持ったのか、タケミナカタに探りを入れた。そろそろつぎの造反が起こりそうな、不穏な情勢だったんだ。
 すると彼ったら、大陸由来のある思想を伝えてきた。
 ――王権神授。
 なんと。公式に「あんたらに任せるよ」とドラスティックに宣言しちゃえば良かったのか。単純だけど効果ありそう。やっぱり神権と祈祷に頼り切ってたモレヤ王国って色々と遅れてたんだね。
 さっそくシナヌ中の部族長をモレヤトミへ集め、適当にでっちあげた王権神授の奉祀儀式を行った。起源となったあの聖地より切りだした岩の皿――祖霊の神器を禅譲されたモレヤの族長が、祖霊をおのれの身に宿したことにして、いまさらの「王位」に即位する。私は神罰の根拠だった祖霊さまを解雇されたけど、神さまのほうは変わらず在任で、よって女王のままだ。これでモレヤ王権は人間の男しかなれない「王」と、神の女王が並立する、けったいな国になった。王族が一〇倍に増えたよ。神は一匹のまま、のこりは血のつながりもない人間たち。
 ……結果はテキメンだった。単発の暗殺を除いて、ぴたりと内乱が起きなくなったのさ。なんたってシナヌの最高神だしね。私に向かってた政治工作はもっぱらモレヤの王族へ向かうようになった。あちらはあちらで細かい内紛や政争があって大変そうだけど。祖霊さまやめたと言っても、悪いことやっちゃった人には祟り使ってた。あくまでも体裁だし、神はあまり軽く見られたらいけないんだ。
 こうして私はやっと安心して。
 タケミナカタとイチャイチャできるように。
 ……ならなかった。
 この堅物が~~!
 王権神授から五〇年後、ついに我慢できなくなって夜這いを敢行した。既成事実があればこちらのものさ。
「あーうー、ごめんなさーい」
 翌朝、私はすまきにされて軒下から吊されてた。
 その後も一〇〇年以上、お手々繋ぐデートと、最高でもほっぺにキスくらいしか許してくれなかった。口を狙えばすまきで干された。告白くらいはさすがに何回かしたよ、モロバレだし。態度をはぐらかして、明確にOKしてくれない。抱きついてもいつも微笑んで頭を撫でてくるだけ。情もすこしは通じてるみたいだった。彼氏未満? もう媚びて媚びて、とことん愛らしくしてたから。はるか年上のくせに自分でも気持ち悪いくらい恋する乙女やってた。お付きの巫女たちも、タケミナカタの前で頑張って可愛くしてる私と、普段のあーうーで怠惰な私とのあまりにも激しい差に、いつも笑ってたよ。オオクニヌシとの面談で見せてたキリっとした姿は、祭事神事や祟り&ご利益のときだけあらわれる、レアなカリスマ私だ。疲れるからあまり長く持たない。人間たちとの会合や宴席ではあーうーだった。だって二〇〇〇年以上も付き合ってて、どんな子かとっくに知られ渡ってるし、偉そうにしてもそれをネタに笑われるだけだもん。
 漢字がモレヤにも伝わってきて、当て字が流行した。王さまが「サンズイってこの『ミ』が、水の意味なんだろ?」と得意そうに「洩矢」の字を採用した。矢はドンピシャ合ってる。でも矢が洩れるって、縁起悪くない? ほかにも合ってるのかズレてるのか。スハだけで数種類が乱立したけど、公式は州羽(すわ)に落ち着いた。私は州羽比売(すわのひめ)だ。おかしいのが彼氏未満。ご当人が自己愛炸裂で建御名方なのに里が南方刀美(みなかたとみ)、部族は南方族だ。建御名方がすぐ北の生まれだから南に移動したって意味らしいけど、きみたちのご先祖はるか西だよ? なんだこの交錯。水潟族は嫌なの? 田舎臭いからダメっすか。東西南北は中華思想のなんたらで最新トレンド~~? 知らんよ、何百年前の最新さ。漢字の作法がきちんと定まるのは数百年後だ。
 そんなこんなで愉快な古代ラブコメを送ってたところ、ついになんか攻めてきた。大軍的なものが侵略戦争的に。
 のちに「諏訪大戦」と呼ばれる、国崩し合戦の開幕だ。
 大和(やまと)王権、大和王国。天皇の国だな。
 天上から日向へ天孫降臨した暇人どもが現地の人間と子作りして、その子孫が東へ遠征、ナンパした邪馬台国の女王と結婚し、大王(おおきみ)名乗ってその後いろいろ拡大してった、ごった煮混ざった奇妙な連中だ。邪馬台国は本来「大和国」と書くだろうし、その直系が大和王国。高天原の神は遠くに行っても消える心配がないから、あっちこっち顔出して影響しまくってるね。基本は人間がずっと戦ってるけど。神は手助けだ。
 朝廷がのちに正史と主張する日本神話、実体は壮大なる「同人誌」だ。二〇〇万年以上前から始まってるけど、みーんな弥生時代からこちらの出来事さ。二〇〇万年前の人類が神を想像力で発生させられたとしても、毛むくじゃらでウホウホしか言えないよ。神がこの世を作ってないのは、世界中に創世神話がたくさんあるって矛盾だけで証明できるからね。あらゆる超常は自然の後付け、人間の想像から発芽したんだ。神は創世しないし、神は発見しないし、神は考案しない。いつも人間の発明工夫を広める触媒、成果の拡大役だった。月の都だってスサノヲの姉ツクヨミが興したけど、発展させたのは月人だ。
 てなわけで人間が戦争して神が手伝ってる構図、今回もそのひとつにすぎなかった。
 戦いはすでに起きる前から終わってたよ。
 連中は科野(しなの)の北と南に分かれて計略してきた。科野は迂回してかなり後回しでね。大和王権軍、北軍は高志(こし)まで平らげた。南軍は本隊で、率いてるのはなんとあのヤマトタケルだ。希代の天才軍人。こいつ一人で大和王権の勢力圏をその後本国が困り果てるほど広げてしまった。伝説じゃ少数精鋭で戦ってる英雄奇譚になってるけど、むろんありえない。当時できうるかぎりの総力を結集した、とてつもない大軍だ。科野をきれいに迂回して、東海道を東進、不死山(ふじやま)の東にあるアヅマ大平野を一挙に征服してしまう。そのまま日本の中心を戻ってきて高志の北軍と合流し、満を持して洩矢王国に襲いかかった。
 私たちは連戦連敗! 常勝不敗のヤマトタケルは堂々たる正攻法で、小憎らしいほどの快進撃、一路州羽へ進軍してきた。
 あっというまに最終決戦だよ。
 州羽湖西岸、麁玉(あらたま)川。たびたび氾濫する暴れ川で、祟り神を示す荒魂を由来とする。のちの天竜川だ。源流域に龍神が降臨し天竜川となった。幻想郷の起源ね。
 川はいま穏やかで――大軍を食い止める役割はあまり果たせそうにない。
 大和王国軍、一万六五〇〇。
 洩矢王国軍、五〇〇〇。
 まだ人口一五〇万人しかいなかった時代だから、当時の日本人の七〇人にひとりが集まった計算になる。もう関ヶ原合戦クラスの規模だよ。だから諏訪大戦なんだ。でも数の差が……ありすぎる。
 どうやって戦えと? ヤマトタケルは戦争の天才だ。どんな奇襲や計略も効かない。すでにあらかた試してみんな空振りに終わった。決戦までに一〇〇〇人は戦死してる。これほどの大軍勢になると、能力なんか「結果を覆せない」地形変化系などを除けばほぼ役立たずさ。お互い三桁にのぼる能力持ちがいるから、中には無効系・反射系能力もある。こちらが呪いや術を無力化できるように、敵もこちらの祟りや支援効果を遮断できる。敵将を狙う呪殺なんか効くわけないけど、いちおう祟ってはいたよ。まず軽い呪いで試し、反射系だったからすぐ止めたけど。うかつに呪い殺そうとしたらこちらがやられる。リフレクト・ターゲットが施術者の上官にされてたら、ダイレクトに私がおっ死んじまう。だから一発大逆転なんかなくてね、単純な数と戦略のパワーゲームになってしまった。
 私たちの軍勢は最初から通夜同然さ。しかもケチがついてる。
 お~~い、南方族のみなさーん。どうして大和の軍に五〇〇人も混ざってるんですかー? 自分の氏神にまで剣を向けるの? 一蓮托生の石神信仰じゃ考えられないよ。おかげさまで、こちらの内部情報、筒抜けで困ってますよー。洩矢刀美(もりやとみ)の喉元へピンポイントで寄せられましたねー。もはやここで最後の決戦に挑むしかないっ。
 両軍は麁玉川を挟み……と言えるのか? 完全に包囲されておりまするよ。洩矢軍は戦えそうなシャクジたちを総動員してるけど、それは敵もおなじ。あちらには軍神や神の血が混じった超人が三〇〇人もいる。戦争しに来てるんだから、平均的な戦闘力では間違いなく大和側の神々が強力だ。さらにこの数の差。勝てる要素がまるでない。敗北は避けられないとみんな思ってた。私は科野神権の教条で洩矢王権の証憑だから死は免れない。だから陣中で建御名方に告白し、同時にプロポーズする。
「……好きだよ建御名方。愛してる。あの世まで……添い遂げておくれ」
「死ぬために愛を得るのか? 確かめるのか? それはいけないよ」
 でもついに求愛そのものは受け入れてくれてね、死を目前としたファースト・キスは、甘いというより苦くて切なかった。想いが叶って、でも決戦の寸前で、泣きじゃくってたよ。
「みんなで生きよう。私に考えがある」
 頭を撫でて私をなぐさめた夫には、死中に活の秘策があったんだ。
「ヤマトタケル! 我が軍は勝てぬ! 降参だ、科野はまるごとくれてやる。だがせめて『神遊び』を所望する!」
 おっと我が新郎よ、王と女王がいるのにそれはとっても軍紀違反だ。あなたは一介の将軍にすぎない。でもみんな黙って見守ってるよ。もう藁にでも縋りたい気分だ。
「おぬしは洩矢の飼い犬に成り下がった大和の神か――いや、出雲の古き神だな」
 相手の総司令官が出てきた……いつもの通り、いちいち美男子でむかつく。神の血が混じった人間、大王の子、皇族のヤマトタケルさん。三〇前後かな。まあうちの建御名方が最高ですけどね!
「神と神との殺し合わぬ仕合、それを洩矢では神遊びという。それを降伏ついでの余興でさせて貰えないか――」
 洩矢王国軍がざわめいてる。知らないよ私も。なにそれ神遊びって? でまかせ?
「相撲でもやろうというのか? 神遊びとやらに勝っても負けても、我が軍は無傷で科野をそっくり戴くわけか。面白いことを言う神だな。ならば敗軍の将はなにを求める?」
 ヤマトタケルって皇子、食いついた。自軍の死者が最小限で済むなら、それで良し。建御名方がなにを言ってくるのか、興味を持ってる。
「勝てば王族全員の命を免ずる。負けても我が妻の命は免ずる。これは全軍が戦って生じるであろう損害を考えれば、妥当な提案と見るがいかが? なにせ大和軍はわざわざ最後まで洩矢を残した。それは我が軍の精強ぶり、少数といえども命を惜しまぬ覚悟のほどを見れば分かるだろう?」
 ……ちょっと待てぃ! それって建御名方が半分は殺されるってことだろ。たった今キスしただけなのに、さりげなく自分を「王族」へ放り込んでるのは、なにか意図が? たしかにこの戦いが終わって無事なら神前結婚が待ってるけどさ……あれ、神はなんに対して誓約するんだ?
「あなたが死ぬなんて、私が耐えられると思うのか? 二〇〇〇年待って、さらに二〇〇年以上恋をして、やっと叶った夢なのに」
「――大丈夫、きみは負けない」
 またキスで送り出してくれた……やっぱり私が出るよね。最高神だし。
 両軍の中央、麁玉川の真上まで飛んで静止する。女王だけど相変わらずミニスカ以外は洩矢巫女の装束だよ。だって童女の私にとっても似合うし、建御名方を振り向かせたくてね。ほかに可愛い服を知らなかった。
 後方の洩矢軍から応援が届く。みんな悲壮感丸出しだったのに、生きられるって知ったとたん元気百倍だ。その生気に感染した大和王国軍もわいわい嬉しそうに手を叩き出してね。「神遊び」がすでに行われるって思ってるようだ。死ぬ心配がないなら見物気分になるよね――まだ皇子が受けてないのに。
 ヤマトタケルが「してやられた」って顔してた。
「貴様、俺の返事を待たず洩矢教の至高神を出すか。これほど盛り上がって、いまさら受けずに終わればヤマトタケルの名が泣くではないか……まあよい、我が軍は何年にも渡り大勢を殺し、また殺されて疲れ切ってたのだ。恨みと怨嗟が残る『国崩し』ばかりでなく、たまには血を見ぬ『国譲り』があっても良かろう。この余興、建御名方の度胸に免じて乗ってやる! ――八坂(やさか)殿!」
 出てきた女神を見た瞬間、強敵だと思った。すごい神気を感じる。
「初めまして『最古の女神』さま。私は八坂神の神奈刀売(かなとめ)
「私は土着神の頂点、州羽比売」
 これはまちがいなく高天原直参の天津神。八坂は超戦士スサノヲに通じ、しかも軍神系の能力を得た子孫が名乗る神名のひとつだ。「八」はスサノヲが八岐大蛇(やまたのおろち)を倒したことに由来する。
 スサノヲ系列の神々をまとめて祇園さま・八坂さまとも呼ぶ。のちの八坂神奈子との初対面だった。まだ柱も綱も背負ってないよ。
「あんたの夫とは遠戚になるが……州羽比売、恨みはないが勝たせて貰う」
 分かっている。大和の神は多くが親戚みたいなものだ。神と神との戦いは、壮大な内戦叙事詩なんだよ。
 戦闘は武器ではじまった。
 ――洩矢の鉄の輪。
 みんなの命を背負ってるから技名なんか叫ばないよ。
 建御名方がもたらしてくれた鉄の技術は、私の坤でも再現できた。大地にはかならず一定量の鉄が含まれており、それを集めて「輪」にする。私はみんなを幸せにする豊作の女神だから、武器は円形になる。それをいくつも飛ばした。当時の私に可能だった最強の対空物理攻撃。
「ふんっ、そのような旧式の湖沼鉄……大和の環!」
 なんと? 軍神なのにおなじ「円」で対抗してきた。しかも技名を宣言するとは、舐めたことを。見慣れぬ植物の蔓と草の「環」が、川の中より伸びてくる。これは、茅? それとも藤?
 植物の蔓が私の輪を阻み、おなじく草の環が鉄を――信じられない光景を見た。
「……錆びてる」
 草と鉄が触れた瞬間、つぎつぎと鉄が赤サビにまみれ、ボロボロに崩れていく。いったいなんの神だこいつ?
「さあ、つぎの手を見せてくれよ」
 と言いつつ、神奈刀売はすでに私の懐に入り込んでいた。私に「つぎの手」なんか使わせる気はない。頭突きから肉弾戦に持ち込まれる。この女、私とちがって戦い慣れている。というより、戦いを知り尽くしていた。
 あとはなにをしても無駄だった。集めてる信仰が桁違いだから、神通力と耐久力は私のほうがはるかに高い。ゲームに例えるならレベル一〇〇くらい。神奈刀売はせいぜいレベル五〇ほどだろう。でも戦いに対する態度も技術も、まったく次元が異なっている。いくら鉄の輪を錬成しようとも歯が立たない。祟り神を使おうにも、精神集中すらできない。連れてきた一〇〇柱のシャクジたち、みんな洩矢の陣で悔しそうに歯ぎしりしてるよ。神遊びのルールで彼らが能力を使うには、私がお願いしないといけない。勝手に手を出せば大和軍が襲いかかり、洩矢軍は三〇〇〇年オーバーの伝統ごと皆殺しにされるだろう。女王は負けても殺さないとすでに約束されてるから、誰も動けない。
 戦上手だね。倭の昔からこちら、大和はどれだけ膨大な戦闘を繰り返してきたんだ……。
 一方的に打ち負かされながら、大和王国はいずれこの島国を完全に制覇するんだろうなって、漠然と思ってた。かつて建御雷(たけみかづち)がやって来たとき、私なら勝てると思ってたけど、それが大甘な思い上がりだと知った。おそらくこの戦いのように、技の発動すらさせて貰えない。建御雷が私に勝つ方法は簡単だ。雷撃を連続で落とすだけ。神奈刀売もそうだ。間断なく痛めつけるだけ。これを剣で実現したのが、しばらくして冥界に出現する魂魄流だね。弱くとも強きに勝てる技。私は信仰とシャクジたちの上で、あぐらを掻いてたんだ。強い能力とパワーに見合う、技と術を磨いてこなかった。その報いをこのとき受けてたのさ。
 いくらレベル一〇〇であろうとも、一〇〇〇回も殴られればHPは尽きる。飛翔力を喪失した私が墜落し川へドボン、神遊び終了さ。神奈刀売は腰に差してる剣すら抜かなかったよ。素手だけで終わり、朝飯前に平らげられた。
 麁玉川に浮かんでた私を、彼氏が優しく抱え上げて、川岸まで運んでくれた。
「辛くて痛い思いをさせたね、済まなかった」
 痛くなんかないさ。痛覚は最初の一発目を食らったとき遮断してた。それに傷口はすでに塞がり始めてるし、腫れた顔もみるみる元通り、体力もすごい勢いで回復してるよ。とんでもない体だな、五万人もの信仰を一身に受けてる最高神ってやつは。でも弱い。強いけど弱すぎる。
「……建御名方、私が負けるって、最初から知ってたね?」
「きみを助ける方法が、ほかになくてね。なあに、あとは機転でなんとか生き抜いて見せるよ」
「機転などもはやありえぬ。これも戦場の常。約束通り建御名方、おまえには死んで貰う」
 剣を抜いたヤマトタケルがやってきた。大和軍から「殺せ」コールが起きている。しかもこの皇子の剣って、あきらかに普通じゃないオーラをぎんぎん放ってた。それが草薙剣(くさなぎのつるぎ)っていう、最強クラスの神剣だと知ったのはずいぶんとあとだ。神殺しの剣で、持つ者によって攻撃力が激しく上下し、ヤマトタケル級の勇者ならば最盛期の私でも一刺しで滅ぼしちゃう。
「ひとつだけ誓約してくれヤマトタケル。私の妻はその命を必ず救うと」
「約すさ。俺も最古の女神にして『永遠の少女』を殺す不名誉など帯びたくはない。倭にとって損失だと思わぬか? 誰かが害しようとすれば、その首を刎ねてでも守ってやる」
 高天原の不老神は図ったように二十歳前後で成長が止まる。私は彼らの常識では極めて珍しい女神だった。元妖怪だし。
「ありがとう、それだけを聞きたかった。では――さらばっ」
 ひゅ~~ん。
 みんな茫然としてたよ。戦場の習い、完全無視。建御名方ってばもう、お茶目さん♪
 ものすごい速さで飛んで逃げた。単身で目もくれず一目散、あっというまに点になって消えたよ。
 一分ほどして我に返ったヤマトタケルが、慌てて飛べる武将総出で追わせたけど、建御名方は捕まらなかった。
 私は『良くやった!』と、あっぱれな逃げっぷりに心の中で喝采を送ってたね。出雲由来の神だから、科野から離れても死なないし消えない。土地に縛られる私たち土着神とは、視点も価値観もまったく違ってたんだ。うまく生き残ってくれよ~。
 ――でも、残された洩矢王権の運命は残酷だった。弱くてごめん、神遊びで負けてごめん。どれだけ謝っても、私に尽くせる懺悔はなかった。せっかく神にしてもらったのに、肝心なときに役立たずで。二〇〇〇年以上かけて築いたものが解体されていくさまは、もう泣き通しだったよ。
 南方刀美に入城したヤマトタケルは洩矢刀美を攻め、降伏を拒否した王族とその直臣を皆殺しにした。さらに投降していた人間の王族と将軍たちを処刑し、国防を無防備同然にした。王権と神権の拠り所だった洩矢神の聖地を完全に破壊し、神器の石皿も粉々に砕かれた。信仰は私へダイレクトに流れてたから、聖地がなくなろうとも関係なかったけど、伝統の喪失は私たちの心へおおきな穴を開けた。その一方で無官だった族長・邑長(むらおさ)・呪術師・神官は無条件で許し、兵権の委譲を条件に財と身分の保証までする。また聖物蹂躙も洩矢族のみだった。洩矢王国の百官・百長はわずか一〇日ほどでヤマトタケルに服従した。圧倒的な武力を背景にしてるとはいえ、とんでもない手腕だった。
 神も整理された。病疫・傷害・呪殺・無効系のシャクジが二〇柱ほど、ヤマトタケルに災いをなそうとした罪で粛清される。彼らの半分以上は無実だった。おそらく反乱を予防するためだろう。すべての石神を操る私は封印が施され、一切の能力を使用できないよう監視された。怪力も出せず、空すら飛べなくなってたよ。むろん女王は退位させられた。
 封印で無力な少女になったとたん、監視役の敵兵がとんでもない暴挙にでた。任務に見せかけて私を連れ出すと、猿ぐつわをはめて森の中でレイプしようとしたんだ。このときばかりは心底から恐怖したけど、貴人の誇りでかろうじて泣き叫ばずに済んだ。この下衆をよけいに興奮させるだけだし。さいわい服を脱がすのを楽しんでるから、すこしでも引き延ばすんだ。誰かが気付いてくれる可能性に賭けて――私の作戦といえるのかどうか、賭けは成功した。似たような事件が以前あったらしく、まじないの警報で飛んできたヤマトタケルが、言い訳で舌をもつらせる兵士の首を刎ねた。まだ服は半分残っていて、体裁だけは取れたよ。でも本当に怖かったから、にっくき仇だろうとも安心のあまりすすり泣きながら感謝するしかなかった。女王や神の誇りも消えてしまったよ。
「おまえを害しようとするやつは首を刎ねると、建御名方との約束だからな。それに我が軍に恥知らずはいらぬ」
 この総大将は敵ながらあっぱれな奴だが、そのあと大和の神々が人間に利用されている悲しい実状をつぶさに見た。みんながヤマトタケルへ頭を下げてる。シャクジと人間の関係よりも酷い。大国主のような反逆神が出ないよう、天照(あまてらす)が大王とその皇子たちへ全権を授けてるらしい。
『地上は私の血をうけつぐ人間が統治するから、その統一事業を手伝ってね』
 王権神授へ言霊を仕込むなんてやりすぎだ。それともお願い能力を自制してきた私が甘いのか? 西国では太陽神の絶対命令が大和王国で働く神々を強固に縛っている。反乱も抗命も出来ないから、王権を盾として便利に使ってた。神奈刀売のような軍神は一翼を率いる将軍だからまだましなほうだ。
 ヤマトタケルは科野の国譲りを宣言したが、一連の戦闘で実際には一五〇〇人は死んでおり、半ば国崩しに近かった。建御名方の口先三寸で二〇〇〇人以上は救ってたから、人々は逃げた彼をあまり悪く言わなかった。それに抗議したいだろう立場にある人は……軒並み生きてなかったから。
 神奈刀売と一隊を残し南へ去ったヤマトタケルが、まもなく急死する。凱旋した尾張での酒宴で「荒ぶる神など素手で十分!」など豪語し、三野(みの)の伊吹山にいたシシ神へ本当に素手で、しかも単独で挑んで憤死した。享年三〇歳。坂東まで平らげる空前の大侵略は、かの神武大王に並び称せられる。その成功が招いた一時の油断、まさに落とし穴だ。もしかして神奈刀売が私を素手で倒したのが原因なのかな? なら私が弱すぎて悪いことしちゃったかも。
 皇子の敵討ちに軍勢が山を攻めたけど、シシ神は毒の霧となって大和軍を撃退、たちまち一〇〇人以上が窒息死して逃げ散った。この鮮やかな手並み、おそらく伊吹萃香(いぶきすいか)だね。大和王国軍には神が一〇〇柱ほどいたけど、この敵討ちには不参加だった。彼らにとって皇族以外は大豪族でもすべて下賤、聞く耳などない。
 英雄の頓死が思わぬ巡り合わせで私を救った。大和本国では私を殺せと豪族たちが息巻き、大王の勅令が出される寸前だったんだ。ヤマトタケルの死は洩矢の祟りが時間差で効いたと解釈されたのさ。なんという幸運だったんだろう。無実だけど、祟り神を過大評価した大和側は処刑を思い止まった。私を殺せば背後にいる二〇〇柱近い科野シャクジが黙っていない。
 神奈刀売は巧妙な統治を行った。裏切った南方族を新たな支配階級に据え、彼らになんと「州羽族」の名を与えた。最高神の真名(まな)を名乗るだと! これは科野中の激烈な猛反発を受けた。神奈刀売や進駐軍への怒りはすべて州羽族へと転嫁され、暗殺や襲撃、祟りが横行する。神奈刀売は悠々と武断的な統治に専念できた。神奈刀売はシャクジ二〇〇柱も統率しようとしたけど、こちらは失敗する。私を屈服させたからって、シャクジたちが言うこと聞くわけない。『石神にお願いするていどの能力』を持つ私がいたから、偶然に広くなっただけの国なんだから。科野以東の石神文化は、地域ごとに独立した小さな祈りのままだ。神奈刀売は力づくでシャクジを一柱ずつ屈服させるしかなかったけど、南方刀美を長く空ければ本来の仕事がおろそかになる。
 私は洩矢族の部族長総代として燃え落ちた洩矢刀美の再建と慰霊を監督していた。すべての邑長と跡取りが将軍以上の要職に就いてた洩矢族は、特権階級が血筋ごと死に絶えてしまい、タブーだった石神の直接指導に頼るほど弱体していた。そこにある日、神奈刀売がきて頭を下げた。すでに四年が経過していた。
「州羽比売、頼む。シャクジを黙らせてくれ。封印も解こう」
「……もし建御名方が戻ってもこれを免じ、命を奪わない。それが絶対条件だ」
 しばらく交渉していたところ、外からざわざわと多くの声がしはじめた。真新しい社の表へ出ると、洩矢族をはじめおもな部族の人々数千人と石神一〇〇柱以上が集まっており、拝殿にいる私と神奈刀売を熱心に見上げている。噂かなにかで聞きつけ、明日の科野がどうなるのかを見極めにきたんだろう。石神の奇跡を使えば情報なんてすぐ伝わる。土着神は地霊でもあり、地脈ネットワークを自在に扱えるんだ。
 よほど急いで来たんだろう、みんな疲れた顔だ。でも期待しているね。なにかが変わるって。
 首に填めてあった封環がパリンと割れた。粉々になって散っていく。人々がどよめいた。同時にすさまじい信仰の力が私の体を満たしていく。からっぽだった器に、たゆたう海のような深い慈愛の塊が。ああっ、これが神なんだな。みんなに生かされ、活かされている。
 私は神さまだ。
 横にいる神奈刀売が、ゆっくりと頷いた。私はきっと誇らしい顔をしているだろう。神としてなすべきことをなそう。みんながくれる信仰に、答えてあげよう。鉄の輪を形作り、神のパワーが戻ったことを示す。
「人間たちよ、土着神どもよ――私は戻ってきたぞ!」
 掲げてそれをぶんぶんと、子供のように振った。格好悪いだろう。たぶん可愛いだけだ。でもいいんだ、大侵略をなしとげた敵将ですら殺すのを嫌がるほど、外も内も永遠の少女で、なにをしても可愛らしいのが当たり前なんだから。
 おおおっと、洩矢王国の臣民たちがいっせいにひれ伏した。石神たちも私へ頭を下げている。ソソウがいる、チカトがいる。手長くん足長くん、みんな無事だった。そこに土着神の頂点がいて、あとはここに私の大好きな、愛する彼が戻ってくればいい。それで完成する。私の夢の国が。
 洩矢の地と伝統はすでに破壊され、今後しずかに大和の色へと染められていくだろう。おそらくこのような姿はもう最後かもしれない。それでも良い。生きていればなんとかなる。かつて建御名方が見せてくれた奇跡だ。
 裏……だったのかな? まあ政治的な裏取引は成立したように思えたが、外でとっくに事態が動いていた。
 一年後、急に罷免された神奈刀売にかわり、国造(くにのみやつこ)が派遣されてきた。神奈刀売は軍監としてなお残留する。私腹を肥やすおそれも反乱の危険もなく、寿命すらない神の任期は長い。たぶんこの女とは友人になるだろう。私はそう思った。
 でもね、まずは新任の――でも馴染みある、見慣れた顔と声。
「思ったより早く帰ってきたよ、私の小さな恋人」
「建御名方ぁ~~、おかえりなさい」
 とんでもない福の神だ! 私の素敵な恋人がわずか五年で大和の神として凱旋してきたんだ。あちらへそっと帰参し、いろんな根回しを繰り返し、大逆転に成功したんだよ。高天原に「神託」でお願いされたら、大王も弱そうだね。相手はご先祖さまだからね。建御名方にとって怖いのは建御雷だけど、彼はヤマトタケルが征服した坂東へ派遣され、カシマってとこで睨みを利かせる重要な仕事をしていて、当分――というよりおそらく一〇〇〇年単位で動かないみたい。神で抑え付けようっていうの、モレヤ族すらやらなかった怖い手だね。しかも距離の制限がない。
 でもそんなの関係ない。列島を統一したいなら勝手に戦いつづけてればいいさ。なにをもって勝者といい幸福と成すか? 私は州羽信仰と民と石神たちを守り、愛する彼がいればそれでいいんだ。
 建御名方がこの手を使うのは二度目だった。アシハラ国譲りのときも、戦争では勝てないと判断して元祖「神遊び」の相撲勝負に持ち込んだんだ。おかげで国造りの成果が破壊されることもなく、むしろ譲り受けた後継者の統治が劣って見えるから……民の信仰はかえって強化し、けして消えなかった。同時に兄弟姉妹への信仰も継続される。建御名方は大国主一門を守ったんだ。ただ自身は負けすぎて死にかけるとか、ヘマしちゃったんだね。おかげで私と出会ったけど。まーぬけ♪
 でも今回はしっかり「勝て」た。最初の危機のとき、建御名方はわずか一七歳で経験が足りなかった。
「どうして建御名方がなかなか私を受け入れてくれなかったか、ようやく知ったよ」
「高天原のやり口から、いずれこの地まで『征服』されると知っていた。もし私たちの子やその孫……神の血を引いた人間がいればどうなると思う?」
「大和などを見れば分かるさ。神遊びなど関係なく――愚かなほどに徹底抗戦して、無惨な滅亡を遂げるだろうな。信仰も血も、なにもかも消えてしまう。あとになにも残らない」
「でもいまは違う。今後は守っていける。だからあのような裏切りを防ぐために――作ろう」
「ああ、『神の家族』を」
 建御名方ったら、なんと出会う前から私を――州羽比売が好きだったらしい。だから国譲りで落ち延びたとき、故郷でなく洩矢王国を目指したんだ。母神にいろいろと私がいかに可愛くて素晴らしい小娘で、それでいて「優しいイケメン」にチョロそうだか吹き込まれてたそうだ。翡翠を売り込むのに息子を使うなんて、やり手のセールスマンだね沼河比売(ぬなかわひめ)も。ねえ建御名方、このロリコンめ♪
 両腕を救ってくれた小さな少女と、受け入れてくれた洩矢王国を守る。そのため深謀遠慮を働かせていた。どうせ神だから何百年くらい待っても大差はない。気長すぎるよ。
 二〇〇〇年間だれにもなびかなかった永遠の少女が、たった三年で惚れてくれるなんて、建御名方も想像だにしてなかったそうだ。あっというまに相思相愛になってしまい、どうしようか反対に悩みまくってたそうで。私がいろいろやってた作戦、みんなものすごーく楽しんでたそうだ。つぎはなにで来るかなって心中でにやにやしながら。あーうー、ずるい。二〇〇年以上も焦らされてたのか。ずるーい。
 遠回りしたけど、ようやく本当の愛を手に入れたよ。
 まあ……なにからなにまで完璧とはいかなくてね。
 こいつド下手だった。しかも三冠王。ダメなほうの。
 ソソウが基準になってたんだ。ごめん建御名方っ、期待値と要求値が高すぎて。
 一二歳ていどで一度も月経を知らなかったけど、根性で受胎した――神は便利だ。胸は膨らまないし母乳も出ないけど――神は不便だ。
 私と建御名方の子はみんな神だったけど、残念ながら性質はほぼ人間に近くて老いを知っており、わずか数十年だけ生きて死んでいった。神人部(かむとべ)と名乗った子供は五人で打ち止めとした。それで目的はもう果たせるからね。超能力を持ちながら人間とおなじ寿命しか持たない現人神(あらひとがみ)は衝撃だったようで、州羽族と洩矢族が競うように神人部へ嫁を送り婿を迎え……諏訪の地へ神の血脈が広がっていく。諏訪氏と守矢氏を筆頭に……傍流の果て江戸時代に、超高頻度で先祖返りを輩出する東風谷家が発生した。
 ヤマトタケルが存続を許した石神信仰だが、大和は甘くなかった。朝廷と名を変えた中央政府から忘れたころに横槍が入って、神奈刀売が建御名方の妻ってことにされた。言霊の呪いにより、天皇の印は神にとって絶対。人間ども御璽(ぎょじ)なんて余計なもの発明して、皇族以外でも神へ言うことを聞かせるようになったんだ。いつのまにか私ですら抵抗できなくなったから、都へ忍び込んで神名帳から私の名を消してやったぜ。真名で呪縛するとはチンケな技を思いつくもんだ陰陽師、祟り神の頂点を舐めるなよ。おかげで大半の神が虚偽の名を報告して、神たちが持つ名の数はさらに増えてしまった。建御名方は馬鹿正直者さ。
 原初の神でありながら、諏訪信仰の裏方へ落っことされた。腹が立って洩矢の姓を名乗り、あくまでもモレヤ族の子、洩矢諏訪子となった。外れ漏らす矢なんて恥ずかしいけど、縄文らしく間抜けで面白いだろう? 私に倣って「子」と改名した神奈子は、親友を超えてすっかり家族同然さ。彼女は朝廷の嫌らしいやり口に愛想をつかし、南方刀美神社を出て諏訪湖を挟んだ反対側の集落に自分の社を作らせそこに入る。のちの諏訪大社下社だ。もっとも神奈子もまもなく建御名方へ本当に恋しちゃうんだけどね。魅力的な男だから、一〇〇年単位で一緒にいればどうしても情愛が湧くさ。縄文時代生まれの私だから、建御名方に神奈子を抱いていいぞって真顔で許可を出した。でも私に遠慮してかあのふたり子は作ってないね。洩矢神と建御名方神を祖とする神の家族が崩れるからね。お二人さん下手そうだから、調子に乗って三人プレイしようとしたらすまきで吊された。あーうー。
 朝廷はさらに石神に対抗するいくつかの教えを信濃へ送り込み、平野部を中心に根付かせた。だが神の血と家族はうまく機能し、信濃の宗教界は縄文起源の信仰を高濃度で残しつつ、神道をはじめ仏教・修験道・道教などあらゆる教えとうまく習合していく。権力が神社仏閣を保護するほどに、便乗した私たち古い神々も安泰、石の柱から木の柱へ、石神さまから御社宮司さまへ、上古の祈りが保存される。古い信仰だから呼び方も様々だ。昔のままで変わらないのもあれば、サクジへ退行したり、進んでオヤシロさまとか。
 神道と習合したおかげで、ミシャグジたちが変身できるようになった。私はファンシーな白いヘビとおなじく赤いカエルになれる。つぶらなおめめの動くぬいぐるみを見て、神奈子たち大笑いさ。ソソウやチカトたちも人間形態を取れるようになった。ソソウは性格そのまんま、三〇歳近い豊満な熟女で、すごい美人だぞ。チカトは神だからやはりイケメンだった。二五歳くらいの好青年かな。手長くんと足長くんは手足が短くなるだけ……いい男になりたかったんだろうけど、現実は残酷だね。さすがに正規の石神じゃないから、妖怪そのまんまだ。妖怪の男は女ほど美しくないことも多い。人間が超常の存在へ求めるものが、男女でまるっきり違うからね。
 シャクジからミシャグジに移った信濃の祟り神たちは、洩矢王国が滅びてからむしろ数を増やし、いまでは九〇〇柱以上を数える。諏訪信仰に占める割合を減らしたけど、なにせ長野の人口が桁違いに増加したからね。境内を持つ社を構えるから、最初から神として誕生するよ。私はうち八〇〇柱ほどと「お願い」の契約を結んでる。
 時は流れ、やがて戦乱の世を憂いた建御名方が眠った。地域の権力者が「協力」を仰いだりするから、力ある神はみずからを封じて、奇跡の力を制限するんだ。比叡山みたいな焼き討ちに遭うからね。私たち妻ふたりは諏訪大戦の古戦場跡に建つ洩矢神社へ秘密基地を作り、そのうち幻想入りを目指すことになる。
 神の血と家族はいまだに継続しているさ。長野県って人口密度の低かった東北以北を除けば最大の県だからね。それが私たちが地図に刻んだ、健在の証だよ。それも戦いじゃなく、自然の祈りで――
 ――ネイティブフェイスで結ばれた神域なんだ。


※ネイティブフェイス
 SAOとの融合世界における幻想郷の歴史その一。次話で天狗視点に移る。
※モレヤ・チカト・ソソウ・シャクジ
 諏訪地方に縄文時代から実在する信仰。チカトは東日本由来でモレヤの孫神に習合。ソソウはミシャグジに統合。手長足長は外来。
※建御名方
 諏訪子の夫を真面目に考察した場合、神話や伝承ひっくるめてこの神が妥当かと。神奈子のモデルの半分。
※ヤマトタケル
 死に至るまで征路は神話の通り。科野では坂の神を殺さず鎮めた。神奈子のモデルの半分、八坂刀売と重ねた。ヤマトタケルを登場させた背景には、幻想入りした草薙の剣を魔理沙が拾った原作エピソードも影響。
※諏訪大戦
 文献により発生時期や内容がおおきく異なるので、諸要素をふたつへ分割。

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