二九 前:ケロちゃん風雨に負けず ~ Kero's Rosario.

小説
ソード妖夢オンライン5/二五 二六 二七 二八 二九 三〇

『ALOは人外交流の実験場なのよ、諏訪子』
『ただのゲームだろ。やり直しの利くアルヴヘイムの事宜(じぎ)は、現実と等価に比較できない。したがって実験の前提がクリアされていない』
『それはあなたがALOを適当にしか遊んでないからよ。暇つぶしじゃいけないわ。もっと生活の一部を置くていどに入り込まないと、フルダイブ世界は評価できないの!』
 すっかり出来上がってるなこの賢者。うちに奉納される酒は多くが天狗用だからあまり呑むなと警告してたのに。
『普段の呪言が祝詞(のりと)だから、発声のまるで違うルーン魔術は苦手なんだよ――わざわざ私に話をしに来るとは、紫はなにか収穫でも得たのか? あの妖精の世界で』
『ええ……まず東京に幻想郷の事務所を置くの。名前は「幻想プロダクション」。初心に返って、魔理沙と妖夢をアイドルとしてデビューさせることにしたわ』
 あれま。ふたりの了解は取ってるのかね?
『みんなが特別視してくるなら、いっそのこと推進してやろうってか? アイドルって「手の届かない人」の代表的なポジションじゃないかい。わずか数ヶ月で方針転換か? お友だちレベルでなかよしこよし、友誼を結びましょうって遠大な戦略はどうしたんだい。見限るには早すぎるんじゃないのかい?』
『サンプル数としてはもう十分よ。ゲームは性差年齢に加え、種族の壁をも取っ払うわ。なのに数値的なスタートを等しくしてもなお、人間は私たちと普遍的には友人たりえないって確認できたのよ。ALOは理想郷にはならなかった。平均的にはどうしても妖怪のほうが優秀になってしまう――その差に凡人は耐えられない。妖怪の友人は、どうしてもなにかに秀でた人間になってしまいがちよ。才能・技術・外見・気質・教養・地位・人脈……なんでもいいからひとつでも持っていれば、それを支えとして妖怪の個人的なフレンドとなれる。でもそういう人間は、あまり数が多くない。私たちにも人間より優れてるって安っぽいプライドがあるしね。でも稀少種だからこそ必要な意地よ、どうしても捨てるわけにはいかないわ』
『だから妖怪をブランド化・タレント化しようというのか。友達は無理でもアイドルの応援なら誰にでも可能だからな。茅場から否定された「見通しの甘いルート」を、あえて進もうというのかい? でも人間はしたたかで、金が絡めばなんでもやるぞ。つい最近も日本側の博麗神社であんたを神さまに祀ったと聞いた。いくら祈ったところで、八雲境姫命(やくもさかいひめのみこと)とやらのご利益なんてむろん皆無だ。なんら救済もしてくれない神モドキなんて、ただのシンボル、客寄せの商品だろう。紫が本当の神格とご利益に目覚めるなんて、私の経験から見て半世紀はかかるんじゃないか? 遊んでるように見えると「各界の茅場」に利用されやしないかって心配になるぞ』
 紫の目が険しくなった。
『あいつこそ大嘘つきよ! 幻想郷が公になってもう一年近くよ。なのに政治家の茅場・官僚の茅場・マスメディアの茅場・財界の茅場・法曹界の茅場……そんなの何処にもいやしない。菊岡は警戒すべき相手だけど、やつの裏で安楽椅子してる連中は保身に長けた「話のわかる」俗物ばかりで茅場ほど怖くはない。アガサだけで容易に対策できてしまう。あいつらが幻想郷を利用したがってるように、私たちも正当な報酬をいただく準備を整えつつあるわ。海外を探せば茅場クラスは何人かいるでしょうけど、すくなくとも日本人は私たちと同程度に平和ボケして「甘い連中」ばかりよ。アンチで騒いでるの、目的と行動に結果と利益が釣り合わない、目立ちたがり屋なだけの無能者ばかりじゃない。女子供と軽く見て勝算もなしに喧嘩を仕掛けてくる癇癪持ちどもよ。茅場がいたとしても能ある鷹は爪を隠すどころか眠ってる。面倒臭がってるのよ。私たちの美しさと能力、その価値を茅場晶彦は低評価しすぎていた。もっと人間の動物的、生物的な側面を考慮すべきだったわ――なぜ美しい妖怪ばかりが生き延びてきたのか、それは妖怪や人間のオスが情けを掛け、生かしてくれたからよ……みんなそれなりの代償は払ってきたようだけど』
 昔は妖怪殺し・神殺しの超人がわりといた。そいつらが現代に蘇ったら、オリンピックの世界記録は全て塗り替えられるだろう。
『男どもはいつの世も好色だからな。幻想郷が女の隠れ里になったのも致し方ない』
 私も滅ぼされかけたことがあったけど、この容姿のおかげで命は取られなかった。そこからの大逆転でいまの私と諏訪大社がある。物語では戦争などで女がレイプされたあと殺される描写が目立つが、虐殺目的を除けば女子供は生かすもの。女は産めるし子は従順な労働力になる。
 神道と仏教の境目より生じた紫はいいよな、最初からおっそろしく強くて。おかげでまだ処女だよこいつ。
『茅場は自分が夢想家で動物そのもののくせに、興味を持たない方向には徹底的に非動物的でドライだったのよ。みんなもきっと冷徹に考えると踏んでたのかしら』
『実際はどうしてもリスクを考える。私たちは性質的に一般受けしやすいし、見た目も未成年女子が多い。そういう子を出し抜き利用し搾取したと公になれば、平和ボケの世でどれほどの非難を受けるのか。牙をもがれてる羊の群れは、狼の抜け駆けまでは見逃せても、だまし討ちは許さない。場合によっては社会的に終わるし、内容によっては警察のお世話さま。私たちの報復も覚悟してもらわないとな。これらを天秤にかけて、本当に先の読めるやつ、聡い男は最初から仕掛けてこないし、菊岡のバックみたいに「お利口」に付き合おうとする――だから手を出してくる詐欺師はただのバカか、もしくは茅場のような鬼才となる。そんなところかい?』
『いま思うと、うまく騙された気がしてきたわ。茅場はやはりただの天才ではなかったわね。幻想郷はあまりにも彼の思い通りに動いてしまった。おかげで彼の「AI」はネットワークへ野放し、「ザ・シード」までばらまかれてしまったわ。私にとって仮想の庭はALOくらいで良かったのに、これでは「世界」が広がりすぎて今後のリサーチも大変じゃない』
『どっちもどっちもだろ。私たちも最後に彼の世界を横取りしたじゃないか。「幻想郷オンライン」で布石を打ってたんだよな? ALOのお友だちお遊戯が失敗したときのために。幻想郷オンラインで火が付いてるブームへ乗る形での、満を持したアイドルデビューなんだろ?』
『レミリアによれば、あれはキリトに「戦士の目」を開眼させるのが真の目的だったそうよ? それに妖怪をすこしでも知って貰おうって私の理想をプラスした結果、ああなったのよ』
『あのときは私もくだらない茶番に付き合わされたものだな。必ず負けろ、絶対に殺すな。しかし本気でいけ……なんて矛盾だ』
『でもおかげで、洩矢(もりや)神も御社宮司(ミシャグジ)たちも信仰は大回復してるじゃない』
『回復どころか最盛期に近いよ。そこだけは紫に感謝してる。国津神でありながら古里を捨てた外道なのに、たった一度の戦いでミニ(やしろ)が三桁も乱立、東風谷(こちや)を通じて分霊を配してるうちに私への地脈回路が復活し、パワーもいまや余裕で従二位クラスだ。これがアイドルってやつか? おかしな国になったものだよ。世界でもっとも豊かな地域のひとつになったわりに、奇跡と救いを求める声はなお多く悩みも深いままだ。なのに姿を晒してみれば、それだけで信仰をくれる。楽だからいいけど、なにかが違うとも思う。神の本分に背いてるというかさ』
『楽ならいいじゃない、大変なのはこれからなんだから。ブームなんて数年もすれば止むわ。沈静化してからが本当の勝負なのよ。それに、あなたにもまた別の役割が来るわ。たぶん半年ほど先だけどね』
『それが私のとこに来た用向きかい。また紅魔館か? 半年って、盆休みの時期じゃないか――』
 ――みーんみーんみーんみーん。
「……あーうー」
 みーんみーんみーんみーん。
「寝てたのか。妙なこと思い出してしまった」
 みーんみーんみーんみーん。
「暑い……」
 早苗(さなえ)にどうしてもと言われ、久しぶりに帰郷してみたのはいいが……八月はやはり厳しいな。
 遠くの入道雲が眩しいよ。空の七割が透けるように青い。身を起こして背伸びする。縁側で昼寝していた。
 幻想郷からさほど遠くない、長野県諏訪市。私の名を冠した町だ。早苗が一年ぶりに実家へ戻っていて、私も同行している。八月といえば古里へ一時滞在するのが昨今一〇〇年ほどの風習だ。盆休みといって、「祖先を墓参りしよう」とみんなして前ならえ。人間はいつも面白いことを思いつき、実行してしまう。私たちも見習うところが多いよ。こうして堂々と旅行できる機会を得られるんだからね。暑いけど。守矢神社は神奈子(かなこ)に任せてる。去年は私がお留守番だったから、かわりばんこさ。さすがに一〇日間も三柱がみんな消えるのはマズいしね。
 五〇歳台前半のおばさんが、にこにこしながら氷菓を持ってきた。早苗の母で、先代の風祝(かぜほうり)
「これはこれは……洩矢さまもさすがに暑さに参ってらっしゃる。ほれ、アイスクリームでもお上がり」
「ありがとう」
 縁側であぐらを掻き、アイスバーを口に含む。風鈴の音が心地よい。うむ、練乳が美味しい。化学調味料が残念だが、幻想郷のヌルい甘味とは比較にならない濃厚な甘さ。人工で作った工業な味のくせに、なぜこうも病みつきになる。日本の技術力はすごいね。幻想郷との格差は雲泥万里としか言いようがない。外にパイプを持ってた守矢神社は、その恩恵をあますところなく受けてきた。日本のいろんなもの、幻想郷じゃおおいに珍重されるからね。
 東風谷家のひとたち、みんな人が良くて助かる。早苗を勝手に連れていったのは私たち神の身勝手な都合だったのに、まるでなかったかのように親切だ。幻想郷の奇跡によって歳を取らなくなった早苗を、ちゃんと家族として受け入れている。内心はどうか知らないけど、みんな人間がとても出来ている。私もご好意に甘えてるよ。すまないね。
 どこまでも人の良く信心深い家族たちを、守矢神社はSAO事件まで一方的に利用していた。記憶を封じて暗示にて操り、幻想郷と日本との物流拠点にしてたんだ。神社は信仰を受けてるだけでは繁栄できない。守矢神社には三柱も神がいるため、力を維持するには信仰が多めに必要だったんだ。自分から信仰の種をばらまき、育て集めなければいけない。その一環として、日本のすぐれた物品を求めてたってわけさ。たとえば幻想郷にあったナーヴギアやSAOのソフトは、そのほぼすべてがうちのルートで流れたものだった。
 幻想郷と妖怪の存在が公になってから、守矢神社と天狗による秘密貿易は完全に途絶えた。もう不要なものだしね。いまは里の人間と河童の合資による運送会社ができ、オンボロトラックで幻想郷と日本を行き来する運送ルートが確立してる。まだ政府関係者のみだけど、観光客も受け入れをはじめた。守矢神社もコースに入ってる。
 ――アイスを食べ終えた。
 みーんみーんみーんみーん。
「……暇だ」
 みーんみーんみーんみーん。
 早苗はなにをしてるのかな? 台所のほうを覗いてみれば、母と祖母と三人で楽しくお料理中だ。居間には早苗の妹夫婦がいて、机の上に並べた赤い蛙の像をせっせと梱包している。東風谷でいまやってる仕事で、私……すなわち洩矢諏訪子の縁起物通販だ。それを手伝っていた子供が私を見つけて「かみさま~~」って駆け寄ってきた。この春九歳になった男の子で――
「ラリアーット!」
「あうっ」
 いきなりプロレス技をかけられた。それも全力で。
 まったくこのガキ、私がものすごく「頑丈」であることを知ってから、限度を知らない。クラスメイトも手を焼いてそうだ。いちいち相手してる私もバカ者だが。
「横四方固めっ!」
「……うう、動けない。ギブアップ、ギブアップ」
「あっはっは。これで私の二勝四敗だね」
 童女に見えて怪力だから、むろん大幅に力を抜き外見相応なんだけど……九歳児相手に一二歳相当が負け越してるのはどういうことだ?
「参りました、洩矢さま」
 なぜいちいち土下座するこのガキ。
 妹夫婦が笑ってる。どこまでも微笑ましい子供のごっこ遊びだよこれ。神の威厳、まったくない。あーうー。
     *        *
 暇すぎてしょうがないので散歩に出た。妹夫婦によれば、今日は湖畔で楽しい「お祭り」をやってるらしい。諏訪湖目指して適当にぶらぶら。
 幻想郷が公になってまだ一年半も経ってないけど、車やバイクが突っ込んでくることはない。ここは地元だから私はみんなに見えている。諏訪湖周辺と八ヶ岳連峰近隣は史上空前の観光特需に沸いている。神々が愛する幻想郷のお膝元って市町村あげて売り出し中だ。長野県中部がそういう活気に溢れていて、最前線をひた走るのが諏訪地域一帯。諏訪大社って分かりやすい物件があって八ヶ岳にも近いからね。八ヶ岳連峰に隠れてる幻想郷の正確な位置はいまだに私も知らん。おそらく紫しか把握できてないだろう。バレたら土地の買い占めに走るアホが出そうだからトップシークレットだ。結界のほつれは阿弥陀岳中腹にあるが、接続関係なんてアテにならないし、日本側のその一帯は幻想郷とまるで地形が違う。
 諏訪大社上社本宮のある諏訪市も観光客だらけで大盛り上がり。そんな中、私はいま諏訪市街をふらり。
 洩矢神が堂々と路傍を歩いてるけど、みんな私を拝んだりしない。だってカエル目のケロちゃん帽子と神話時代の特徴を残す髪型を除いて、ありふれた白いワンピースだ。いまは化粧の技術が発達してるから、身なりさえ整えれば神に匹敵する容貌へと変身できる女の子なんて意外なほどに多いのさ。
 子供にとって夏休み、大人にとって盆休みの真っ最中、さらに週末だから、道歩く人が多いね。大学生くらいの女子グループが私を見かけて撮影許可を求めてきた。このケロちゃん帽子と金髪が人を呼び、出歩くといつも数回はこうした撮影タイムが挟まれる。慣れたもので私も頷いてみんなで並んでハイ、記念撮影。断りはしないよ、なにせ信仰って褒美が貰えるからね。神にとってガチで栄養分なのさ。
「ねっ、その帽子って、やっぱり諏訪子ちゃん? カラーコンタクトと金髪のウィッグまで用意するなんて凝ってるわね。まるでコスプレみたい」
「うん。地元だし」
 聞いてきた女子大生、一冊のガイドブックを広げてる。ちょうど私の解説が見開き二ページ。天狗の写した写真が八枚も載った豪華なやつで、どう見てもまったくおなじ顔、おなじ身長、おなじ帽子だよな……あたりまえだけど……。
 それでも本物とは思わないもの。
「すっぴんなのに、めちゃくちゃ可愛いわねあなた。神さまとよく似てるよ」
「ありがとう――その本、持ち歩くには重くない?」
 およそ八〇〇ページもあるフルカラー本だ。タイトルは『幻想郷縁起(げんそうきょうえんぎ)』、著者は稗田阿求(ひえだのあきゅう)
「いまのところ幻想郷が発行した唯一の本だから、修行と思って我慢してるの」
 おもな妖怪・妖精・人間・神と、幻想郷の各種スポットや暮らし・歳時について記した本で、一次資料として日本人たちから重宝されている。紫の監修が入り、まだ知られたくない都合の悪い内容はカットしてるようだ。すでに三〇〇万部を売り上げなお増刷中。日本向けにグラフィックを大幅強化してるけど、副作用として重く嵩張る本になってしまった。たぶん一キロはゆうに超えている。
「修行か……やはり重いよね。こんど阿求に言っておくよ。ハンドブック版も出しとけって」
 手を振ってバイバイしながら別れる。一〇秒ほどして「えっ!」とグループ一斉に振り向いたが、彼女たちの視界にすでに私は映らない。わずかな間に音も立てず、きれいさっぱり姿を消した。
 外見が子供でありながら、異世界の著作者へ直接ものを言える――すなわち幻想郷の異形ってことさ。
 これでまた信仰が増えるだろう。ぷちコスプレと思ったらじつはご本人でした。いい小咄だ。たまには下々の者と接して、こういう非日常のエピソードをばらまかねばならない。そうしないと神秘性を保てないからね。不思議であればそれは畏敬さらに信奉へと向かっていく。地域密着型の土着神はそうやって活力を得るんだ。
 ……あれ、いまの女子大生が笑顔で近づいてきた。隠れてるはずなのに。隠れてるよな? ちゃんと『瞬間移動』したぞ。なんで?
「なにしてるのかなー? お嬢ちゃん」
 あっ――お姉さんの目線、路面を向いてる。そこには……私の影が。なはははは、生け垣の裏へ隠れたつもりが、しっかりはみ出してたよ。
 太陽にしてやられた。
 バレてるのに隠れててもしょうがないので、頭をひょっこり出して恥ずかしそうに弁明。
「か、神の奇跡ごっこかな?」
「きゃー! あざとくて可愛いっ!」
 帽子を取られ、頭をくしゃくしゃに撫でられた。お手々繋がれてグループに混じり仲良くお散歩、コンビニでシュークリーム施された……それを喜びながら食べてる私って、なんというか、あーうー。
     *        *
 コンビニ前で女子大生グループと別れる。これから霧ヶ峰の車山高原へ向かうらしい。ペンションに泊まるんだって。さらに東にある八ヶ岳連峰へ登るつもりはさすがにないそうだ。諏訪から一番近いのは蓼科山(たてしなやま)だけど、標高二五〇〇メートルくらいある。
 彼女たちのような気楽な小旅行ならいいが、本格的な装備で八ヶ岳連峰をくまなく巡り歩く熱心な登山客が何倍にも増えてるそうだ。彼らがうっかり幻想入りしないよう、紫が結界を調整している。人間の幻想入りってどうしても死亡率が高いからね。前と違って自然選択に任せるわけにもいかない。どうやったのか『相生相剋を操るていどの能力』を持つ龍神とも話を付けてしまったし。紅魔館に龍神の孫娘がいるらしいから、それ経由かな? 二十数年前にレミリアが幻想入りできたのもその伝手だったとか。あの門番、いつも寝てるくせに意外とすごい血筋っぽいのだ。
 大結界のほつれには物流と移動のため道が通っている。長野県警がゲートを設置し管理してるけど、迂回して山側から侵入を試みる者が後を絶たない。それも九九パーセントは心理結界に阻まれるが、幻想郷へ到達した豪の者も幻想郷側のゲートで警察に追い返される。
 幻想郷はたしかにある。
 状況証拠の多さに、信じる人が日々増えている。紫やアガサがどういう交渉をしたのか、日本への出入りはほとんどフリーパス状態で、私たちにとっていいことだ。日本で本格的な犯罪行為に及ぶようなバカはいないしね。そんな性質のやつは二重の大結界に弾かれて幻想入りできないから。近年の異変で妖怪の山が動いたのは吸血鬼異変だけと聞く。スペルカードルールへ大人しく従うような子がどれほど悪ぶっても、たかが知れてるってわけさ。
 だから私は着替えただけで大胆に歩いてるってわけ。
 途中でさらに三回ほど観光客に撮影されてるうちに、周囲にいきなり奇抜な原色服装の男女が増えてくる。信号にちいさな看板があった。ここは湖岸通りか。
 今日はなんで幻想郷コスプレが町の中を平気で闊歩してるんだ? 私の恰好をしたおっさんって……周辺に幻想郷人妖の服装をした連中がたくさんいて、私はその中に突っ込んでいったって感じ。可愛いからジロジロ見られはしてるけど、帽子だけじゃコスプレって言えないしね。お祭りって、コスチュームプレイのフェスティバルらしいな、それは面白そうだ。一度参加してみたかったんだよ、だって神だからね。人に見られ注目され、拝まれてなんぼって存在だ。
 近くの建物の影へ隠れ、一拍一拝、瞬時に本来の私の服装へと変化した。じつはALOで遊んでて思いついた技だけどね。コマンドひとつで装備変更ってやつさ。やってみたらリアルでも意外と簡単に覚えた。神は便利だよ。
 これで本物の神さまがコスプレに混じるって面白い状況が仕上がったわけだ。
「……第三回、諏訪幻想サミットね」
 電柱に張り紙がしてあった。文化センター全体および湖畔公園さらに周辺ストリートを三キロに渡って開放し、幻想郷関連コスプレがメイン。駐車場で痛車展示が、センターで同人誌即売会があり、さいごに妖夢と魔理沙が諏訪湖上空を飛びながら歌うらしいな。
 幻想郷と妖怪少女群は、容姿レベルの高さからアイドル同然のコンテンツとして真っ先にオタクへ受け入れられた。紫たちもそこから社会現象化しようと画策してる。オタクたちの心理構造はSAOで学習済みなんだって。おかげで人間の企画によるイベントがつぎつぎと開かれている。
 妖怪少女たちの多彩な服装が、思わぬ副産物を産んだ。
 幻想郷コスプレの流行。
 一年とすこし経ったいま、コスプレジャンルのひとつとして定着している。幻想郷縁起はコスプレイヤーたちのバイブル、一次資料集だ。通常なら実在するアイドル系のコスプレは流行らないそうなのだが、実写映画のキャラがコス対象になってるのと同じ感覚らしい。後発でファンアートのイラストや同人活動も活発化しはじめている。ただし一八禁だけは目下全面禁止。
 日本人向けの刊行に際し、幻想郷縁起は大胆な変更がなされた。オリジナルと違って阿求の「主観」視点が大幅に「客観」視点へと改められた。明治時代以前のメタファーから、現代風にシフトしたってわけさ。おかげであることないこと書かれてたのがだいぶすっきりしたよ。脚色されてた部分をごっそり削ったんだ。その開いたスペースへ、天狗を総動員して写真をどかどか挟んでったのが日本版。デジタル原稿にまとめたのが河童、印刷製本はさすがに日本の出版社へ依頼してる。三〇〇万部ぶんの紙なんて、幻想郷が一面のはげ山になっちゃうし。
 妖怪事典としての機能を充実させるべく、基本情報の項目が整理された。新設された年齢欄で私は三七〇〇~三八〇〇歳ってご立派なことになってる。最高齢は因幡てゐの七五〇〇~八〇〇〇歳だ。編集に当たって日本の学者と共同調査が行われてる。地質的災害の記憶と環境考古学と照らし合わせ、私たちのおおまかな年齢が判明したんだ。たとえばてゐは南九州の縄文人が死滅した鬼界カルデラ破局噴火を覚えており、その時点で七三〇〇歳以上が確定するって具合にね。私も富士山噴火の記憶から特定された。ごく幼い時期に見た、山腹から山頂への顕著な移行。それだけで一〇〇年の範囲に絞れてしまうなんて、人間の科学力はすごいな。
 妖精たちには古い記憶がないけど、名前や性格さらにほかの妖怪や人間の記録などから、民俗学や言語学と合わせて推定されてる。たとえばチルノは二〇〇~二五〇歳で発生地は英国スコットランド・ハイランド地域。正確な種族は不明。幻想入りと同時に日本の自然と同質化し、基本能力だった氷結以外の性質が大幅に変わってしまったらしい。女児型の妖精しか幻想入りを果たせてないのも不思議な共通項で、本来はもっと大きかったのだが、「幻想郷が狭い」影響で若返ったのでは、という仮説が学会で発表され話題になっている。八雲紫が予言した「オカルトの学問化」がさっそく始まったね。
 月関係の蓬莱人や十六夜咲夜(いざよいさくや)は秘密のままだ。私もあの辺りはびっくり箱を開けないほうが良いと思う。
 おっと、妙なこと考えてるうちに公園の駐車場に入って、いよいよコスプレ一色だね。私たちへの信心を揺り戻す流れのひとつだ。
 本物の魔理沙&妖夢と会える! ということで、今日の諏訪湖は幻想郷フリークだらけ。まさか偶然とはいえ私までいるなんて夢にも思ってないだろう。容姿は並の子が多いけど、可愛いのもちょくちょく混じってるから、たぶん誤魔化せている……のだろうか? どう見ても私って突出してるだろ、目立ってしょうがないよ。人間ども、もっと美に励め。化粧の上手な子が少ないのかな? ――あ、メイクがすぐ落ちやすい真夏で、しかも屋外イベントだからか。今日は熱暑だし、しょうがないな。もっとも……コスプレしてる連中の半分近くが男だ。なんて異空間だろうね。オカマ天国。中にはネタだろうか、レスラーみたいなチルノとかボディビルダーみたいな星熊勇儀(ほしくまゆうぎ)がいる。
 人間の理想が具現化した私は、化粧の必要すらない。日本からの輸入品でも、化粧品類だけは妖怪たち見向きもしないね。私も興味ないし。自分の顔に絶対の自信と誇りを持ってるから。
「あの、写真いいっすか?」
「あーうー?」
 背中からいきなり話しかけられた。振り向けばご立派な一眼レフカメラを持ってるね。二十代前半くらいかな? すこし濃ゆい顔面の男だ。森近霖之助のコスプレをしてる。かなりアバウトな超劣化コピーだけど。なぜ頭に赤いバンダナを?
「それ、諏訪子のコスプレっすね。とっても似合てるぜ。なりきりもお上手」
 観光客でもそうなのに、私の見かけでカメラ持ちが黙って見過ごすはずがなかった。これは大変なことになりそうな予感。それでも神ゆえのサービス精神から言われるままポーズ取って、一〇枚ほど撮られちゃった。この人、慣れてそうだね。名刺を渡される。
「俺はクラインっていいます。東京から来たっす。きみの写真、ブログに載せてもいいかな?」
 あらまあ。
「にとりと婚約してる壺井さんか」
「――え? クラインはたいして知られてねぇはずのに……ALOユーザー?」
 ユーザーもなにも、リアルで河城にとりとおなじ山に棲んでるよ。あの河童、一日千秋の思いで東京に行ける日を待ちわびてる。ここでは平気な私も、東京に行けば車にぶつかるだろうね。私は無傷で壊れるの車のほうだけど。
「うん、ALOちょっとやってて、きみたちのファンさ。いいよね妖怪と人間、禁断の恋。よしみだから別によいいよ載せるの」
 信仰が集まるなら安いものだ。
「すいませーん、つぎいいですかー?」
 やはり……クライン氏のうしろに、カメラ持った男の人が何人も並んでた。放っておくはずないよね。でも、ここって駐車場の中なんだけど……。
 急かされたクラインが慌ててメモ帳を広げてる。
「最後にコスネーム、教えてもらいたいっす」
「今日が初めてだから、名刺は持ってない。そうだね、ネームは……片仮名で『ケロ』。ゲームもおなじだからメッセージ届くよ」
「ありがとうなケロさん!」
 そそくさ離れてくクライン。すぐつぎの男子が「お願いします」――ぷっぷと横からクラクション鳴らされた。そりゃ車の通行邪魔してるし。
 イベントスタッフらしき人が飛んできて車に平身低頭、交通整理。私もカメラ小僧たちも運転手さんに謝罪。スタッフから私、注意を受けたよ。あーうー。
 気がつけば五〇〇円払ってコスプレ参加証シール袖に貼ってた。
 私、本物なのに……。
 まあ楽しいけどさ。公園に入ってすぐ「諏訪子合わせ」とかに呼ばれ、晴天の湖バックに一〇人前後の諏訪子で撮影会。一等可愛い私が構図のど真ん中を独占さっ。え、違う? チビすぎるから前に来いって? ――みんな私より見かけは年上だね、妙な気分だよ。リアル小学生かと聞かれたので、慌てて中学生って言った。小学生以下は保護者同伴って書いてたから。
 地元の中学二年生レイヤー、ケロって設定になったよ。どう見ても中学二年生は厳しいのに、なぜかみんな信じる。どういう世界なんだコスプレって。
 このイベント、痛車もあるので文化センターのほうへ地脈を辿って「瞬間移動」して見に行った。だって五〇〇メートルくらい離れてるし。幻想痛車はまだ定着してないらしく、今回の参加は一八台。幻想プロダクションのガイドラインによって妖怪当人の写真使用が禁止されており、どれもファンアートの「絵」で飾られている。諏訪子仕様のが一台あって、私を見た瞬間ハイテンションになったオーナーに捕まっちゃった。諏訪子スポーツカーに寄りかかったりして撮影してるうちにカメコがワラワラ群がってきて、数十人に囲まれての撮影大会が勃発。うわ~~、楽しいぞ。拝まれるのが仕事の神だから、好意的な視線で注目されるほどに快感なんだ。どさくさでローアングルから写すアホがいたので、ミシャグジの一柱、手長くんを遣わしカメラ静かに壊しておいた。私の能力のひとつ、祟りさ。
 つづけて屋内の同人誌即売会。みんながすぐ撮影したがるので早足で販売エリアへ。一度入ってしまえば、無理に頼むのはマナー違反らしい。参加サークルは一〇〇ほどと、こじんまり。一八禁は全面禁止なんで、まじめな研究や創作小説系が四分の一、テーマ曲アレンジが四分の一、漫画が半分。去年の末、アイドルデビュー直前の魔理沙が「空中レポーター」になってコミケとやらの取材してたが、何万サークルってとんでもない規模だったな。
 エロを解禁したら幻想郷関連は激増が予想されるけど、いまのところ紫もアガサも不要ってスタンスだ。生理的にさすがに私も受け付けないしね。もはや信仰じゃなさそうな気もする。ためしに私の絵が表紙の漫画を立ち読みすると……私がアホの子になってた、ショック……つぎの本。こちらはほとんど幼児退行。
「妖夢たち、いったい妖怪のどんなイメージを広めてきたんだ~~!」
「ごめんなさい! 変でしたか?」
「……こちらこそゴメン」
 作者さん蒼白だった。見かけ小学生のヒステリーに気が小さすぎるぞ青年。とにかく怒ってすまん、否定しきれないのが悔しくてね。これも信仰といえば信仰だ。愛されキャラには違いない。
 アレンジ曲サークルは試聴できるところが多い。妖怪の山関連を中心に何枚か買っておく。ボーカル付きのがあったよ、これも同人の形なのか。幻想郷の妖怪別テーマ曲は、プリズムリバー三姉妹や九十九(つくも)姉妹をはじめ、楽曲妖怪たちが演奏・録画したものを競って動画サイトなどにアップしてきた。その「原曲」利用はアレンジに限り全面解禁されている。これらの曲じつは幻想入りしてたもので、今年に入って「真の作曲者」が名乗り出てくれたおかげで、権利関係に決着が付いた。彼がアレンジOKとしてくれたんだ。
 いくつかグッズ系サークルもあって、私の帽子のレプリカ売ってた。カエル目の飾りがついた市女笠(いちめがさ)さ。商品解説に「本体」て書いてるんだけど、なんのこと? この麦わら帽子が私を操ってるとでもいうのか……ホラーだ。うわっ、この帽子、目玉が動くぞ。面白そうだから買ってみる。本物が偽物を買う……なんという無意味な行為! この無駄が楽しい。
 ふたつ隣のサークルにあった神奈子と早苗のバッヂを買って、本体とやらに付けてみた。好みの絵柄だったのでなんとなく。気分良い。いつもの帽子を本体に変える。近くの窓ガラスに私が写ってたので、さっそくギミックで遊ぶ。頭を揺らすと、帽子の目玉がぐりぐり動いて楽しい。よし、今日はずっとこの「本体」を被っていよう。本物の帽子は両手合わせた一拝一拍で煙とともにぽすんと消す。グッズサークルのお兄さんが「え?」って顔してたけど、気にせず背伸び。イベントレポなどで私の写真がアップされるのは不可避だ。幻想郷住人などの指摘によって数日以内に神さま降臨がバレるだろうから、気にしてもしょうがない。気力回復。
「さ~て、また信仰を集めに行くとするか」
 文化センターを出て数秒後には話しかけられていた。地元高校生の三人組で、噂を聞いて私をじっと待ってたらしい。この炎天下、二〇分近くも光栄なことだよ。不自然なほどに上機嫌な彼らと話しながら「撮影地」の諏訪湖畔を目指して歩いてくうちに、どこからともなくカメラ小僧たちがにょきにょき生えて追ってくる。きみたちの信仰、みんないただくよ。
 それから三時間以上、ひたすらカメラにポーズを取り続けた。どこ行っても二〇人以上の撮影待機列ができるよ。この会場でトップを競う容姿だし、ロリコンも多そうだし、やはり人気者になってしまったか。本体の目玉も元気にぐりぐり動いてる。
 力が湧いてくる。集まれ集まれ、信仰よ集まれ。
 楽ちんすぎて素晴らしい。
 幻想郷ではわずかな信仰を得るにもあんなに苦労してたのに、こちらは私もみんなも楽しみながらレッツ神さま。私というキャラクターそのものがご利益になってしまう日が来るなんてね、いまの日本はどういう国なんだい。
 紫の仕掛けはいまのところ順調に進んでいる。幻想プロダクションの職員は半分が里の人間と、人間に見えやすいタイプの妖怪、半分が現地採用した東京の人間だ。事務所が立ち上がったのが二月でいまは八月だから、わずか半年でこんなイベントが定期開催になってしまうなんて、日本人も目新しいものに敏感だね。できればこういうの、流行だけで済ませずさらに一歩進んだ伝統にしてしまいたい。そうなれば妖怪への信心回路は安定するんだ。大結界が消えたとしても、私たちは消滅の恐怖に怯えず済むようになる。
 幻想郷が選択した道は妖怪のブランド化。友達にはなれずとも憧れの対象として理想や共感の投影くらいできる。
 オタクを起点として広がったファン活動の波へ、つぎに興行とマーケットを呼び込んでる段階だろうね。私たち妖怪をパッケージ化してしまうんだ。
 私たちはもはや能力を使って人々を益さなくても良い。妖怪として驚かさなくとも、いたずらを仕掛けずとも良い。ただ可愛く笑っていれば、みなも喜んでくれる。すくなくともこの場にいる者たちはね。誰も損をしない、すばらしいシステムだ。ありがたく乗って行こうじゃないか。いくらでも写されてあげよう、あーうーキャラとして描かれてしんぜよう。みんなありがとう。
 そんな感じでせっかく面白く信仰を食べてたのに、おかしな奴が混じっててね。
 イベントエリアのやや北寄り、諏訪湖間欠泉センター南広場だった。
「……ねえ、そこに誰かいるの?」
 なぜ「見えない」奴が幻想郷イベントに来てる。
 ひょろっとした中学二~三年生くらいの男子が、私を指さしている。でもその視線は私の顔ではなく、私のいるところだ。カメラは一眼の小型モデル。
 近くにいるレイヤーとカメコが笑った。
「えー? ケロちゃんいるじゃん」
「どこの野良カメコよ。諏訪に来てて洩矢さましらないのー? 大社の『新しい』神さまじゃん」
 うん、幻想郷が見つかったおかげで私の信仰、超大回復してる。かつて見限った諏訪大社に私の摂社が改めて用意された。かつては名前すら明かさず隠れるように前宮社殿へ居候してたんだが。
 その少年、許可も取らずに私のいる辺りを広角で写した。うわマナー悪い奴。
「だってそこ、誰もいないよ……ん?」
 カメラの背面液晶を見てその男、「え?」て顔してる。そうだろうな、そこにはあっかんべーしてる私が写ってるはずだ。
「ゆっ、幽霊? レイヤーのオバケ?」
 本体を取ってお辞儀する。
「じゃーん、じつは幻想郷から遊びに来てる妖怪でした~~」
 最初から見えてる人たちへの証拠として、五〇センチばかり空中に浮遊しておく。
「なにもないのに声がしたー!」
 野良カメコとやら、恐怖顔で逃げてった。おーい、カメラ落としてったぞー。あ、レンズが派手に割れてる。
「飛んでる――ケロちゃんって、妖怪っ子なんだ! 初めて見た」
「え? この子、生の幻想郷妖怪だって? 握手して、握手!」
「どーりで可愛いわけだっ。なんだ、嫉妬して損しちゃった。妖怪の女の子なら諦めつくよ」
「サインちょうだい! ねえ、なんの妖怪なの? コスプレするていどの能力とか?」
 さすがにこんな場面だと洩矢諏訪子ご当人とは思ってくれないね。日本において神は妖怪の一形態にすぎないんだけど、どうしても別物ってイメージが大きいようだ。それでも信仰は貰えるからありがたく糧とさせていただくよ。それが神の余裕ってものだ。コスネームがケロだし、カエルの化身ってことにしておいた。
     *        *
 湖畔公園南端の緑地広場に、所狭しと五〇〇〇人以上の客が集まってきた。とても入りきれなくて周辺にあふれ出してる。湖上にもボートが一〇以上出てる。ここにいる幻想郷ファンのうち、レイヤーは四〇〇人くらいかな。私もちゃっかり混じってる。コスプレイヤーは優遇されていて、最初の五〇〇円だけでこのミニコンサートも見れる。しかも前列で。集まってきてるから私にもだいたいの人数がわかった。
 地方レベルのコスプレイベントとしては大成功らしいね。司会さんに企画者らしい壮年の男性が紹介されている。五〇歳近い容貌だけど、政治家みたいに整った顔。背筋もしゃんとして、妙な違和感がするな。あっ、こいつ妖怪だ。私には(こん)を創造する――土地を作り直す力があって、能力の一部に母の胎内から産まれたやつとそうでないやつを見分けられるって機能がある。生き物だと坤は母に宿るんだ。私は子を産んだ経験があるからね。その子孫が早苗。おかげさまで人間の想像力より自然発生した第一世代なら判別できるんだ。
 この妖怪、髪の色は黒だけど河童の長老に似てる気がするな。幻想郷ブームで、まさかの自作自演! 全国区アイドルをこんなローカルに呼べるわけだ。長老のすぐうしろに似た年齢層のおっさんがわざとらしく控えて、紹介もされてないのに長老の動きに合わせて会釈。たぶん「見えない人」への対策だろう。話しが終わるとおっさんと長老が話してた……諏訪で見つけた「めいゆー」なのか、完璧に確信犯だなこいつら。
 司会が拍手して観客の注目を集めた。企画者なんてどうでもいいから、みんなの集中も落ちてたんだ。
『はーい! それではみなさん、お待たせしました! 「マスパみょん」のおふたりです!』
 みながどっと大興奮しはじめる。人数のわりにノリがいいぞっ。本当にみんな好きなんだね。私も嬉しいよ。
 諏訪湖対岸よりホウキに腰掛け、派手な白黒のドレスで着飾った魔理沙が登場。ついで緑色の着流しみたいなラメ入りドレスの妖夢がなにもない空中よりとつぜん出現。ふたりとも空を飛びながら、観衆の頭上で歌い出す。四番目のシングルだったかな。
 魔理沙がステッキ型のマイクをひとふり、星型のカラフルな弾幕が辺りを埋め尽くす。でも威力はまったくない、ただの光ってる星。どこかに当たれば霧散するものだ。
 観客がみんな喜んで魔理沙の弾幕へ当たりに行ってる。当たった人はラッキーなことがあるらしい。つづけて妖夢の弾幕。楼観剣を模造したマイクで一薙ぎすれば、桜の花びらが大量に舞う。こちらもみんなおおはしゃぎで当たりに行ってるよ。でも中には弾幕なんか一顧だにせず、ひたすらカメラで魔理沙と妖夢のスカートの中を狙い続ける罰当たりも少数いて……どうせオーバーパンツなのに……見上げると、見せパンどころかホットパンツだった。色気のかけらもない。対策してるうちにズボンにまで行き着いちゃったんだろうな。なぜあんなのを喜びながら写してるのか分からん。男のフェチズム、理解できない。あっ、あの野良カメコもいた。さっきと違うべつのカメラで、ごっつい超望遠レンズ付けてる。一〇〇ミリ相当以上は禁止なのに、人が多すぎてスタッフの監視網をかいくぐったんだね。
 一心不乱に集中してる中学生男子のそばまで行って、小声で――「うらめしやー」
 おそるおそる私のほうを向く少年。そいつの瞳に、私は映ってない。
「ぎゃっ、ぎゃ~~!」
 またその男、脱兎のごとく逃げてった。こんどはカメラ落とさずに。そのレンズすごく高そうだもんね。未成年だから自分じゃ買えないだろうし、壊したら親に殴られそう。
 ん? 周囲が急に静かになったが――
 おいっ、魔理沙と妖夢、降りてきてどうする! どうして私なんかを見てる。まだ歌は終わってないよ。みなの信仰と期待にちゃんと応えないとダメだろプロなんだから。
「なーぜ神さまがコス証なんか付けて一般人に混ざってるんだぜ?」
「里帰りですか諏訪子さま? お疲れさまです」
 モロバレかよっ。
「あーうー」
 とんでもない大騒ぎになったよ。でもみんな大喜びでね、なんで五〇〇〇人が一斉に土下座まがいの伏礼してるの? こんな光景、洩矢王国以来じゃないか。きみたち徹底的にノリ良すぎ。
     *        *
 そのあと魔理沙と妖夢の拍手&サイン会で、私も三人目として立ってる。
 緊急で模造紙の垂れ幕が作られて、私のとこに『ケロちゃん』ってなんだこれ。ほかは『マスパさま』と『みょんさま』なのに、せめて「ケロさま」のほうがいいよ。だってそちらのほうが信仰も濃いんだから。
 クラインがやってきて拝まれたよ。
「ありがたや! 洩矢さま、ありがたや! この強運で俺の仕事と資格試験がうまく行きますよーにっ! にとりさんと一日でも早く一緒に暮らせますように!」
 あなたSAO時代からすごいメンバーと冒険してきてるのに、運もなにもいまさらだろ。
 私仕様の痛車オーナーがもうおっそろしいほど感謝感激しててね。
「家宝にします! もう一生、あの車はそのままにします!」
 いや変えろよ。色褪せて私の絵がオバケみたくなるほうが怖いよ。私は神なんだから式年遷宮しろよ。
 謎の「本体」制作者とも握手した。なんと地元のグッズ開発メーカーだった。反応を見るための参加だったらしい。少数ロット領布なら同人活動扱いで許諾不要だしね。
「……量産してもいいですか?」
 気に入ったからむしろ作れ。幻想郷グッズはガイドラインが全面解禁しており、幻想プロダクションが版権・商標を管理している。エロを除けば審査は緩く使用料も取らない。幻想郷ブームを見た企業が続々と手を挙げ、近いうちに爆発的な増加が見込まれてるジャンルだ。権利関係を先回りで押さえてた河童の長老もポカーンだよ。いまは金儲けより信じる人間を一人でも増やすほうが優先だからね。
 例の野良カメコまで私に握手を求めてきた。今度はちゃんと彼の瞳に私が映ってる。
「ほほう、殊勝だね。私が見るようになったのかい」
 どやっ、可憐だろ?
「すいませんでした! 信じるしかないです。僕っ、シュピーゲルっていいます。ひっ、一目惚れしました! 神さま、付き合ってください!」
 なにを錯乱しとるかねキミ? いくら綺麗だろうが、私の見てくれって「児童」だぞ?
「神具――洩矢の鉄の輪!」
 反射的に鈍色の鉄輪(かんなわ)をいくつか召喚し、ひょろガキを拘束してすまきに転がした。見ていた人間たちから拍手喝采。神の奇跡をはじめて見たとか感激してるようだけど――おいきみたち、ミニコンサートでマスパみょんが空飛んだり弾幕発射してたのは別物かい。どう見てもあちらのほうが派手じゃん。あの無傷弾幕、技術的にはおっそろしく高度だぞ。
 シュピーゲルのやつ、速攻でスタッフに摘み出されたよ。太古の昔から男運ないよな私。SAOでは幻想郷の妖怪たちものすごくモテたそうだけど、みんな苦労してたんだろうね。
     *        *
 つぎの日、諏訪大社から使者がやってきた。私に用があるらしい。
 諏訪大社の上社本宮へ案内される。早苗は買い物があってそちらを優先してる。大社とはなんの縁もないしね。
 社務所へ行く前に、境内を見て回った。大社はずいぶん小綺麗かつ複雑になっていた。人がいっぱい出入りしてるのに、清潔な空間だね。みんな私を見た瞬間に頭を下げてくる。去年の神奈子につづき祭神さまご降臨って噂が広まってるね。この空間、神への信仰、息吹を感じる。この一年とすこしで急激に回復した、神奈子と私への信心だ。まったくこんなに簡単に力を戻せるなら、幻想入りなどで苦労したあの二〇数年はなんだったんだろう。SAO事件さまさまだ。
 信仰を回復した宗教勢力は守矢神社だけじゃない。たとえば神霊廟および命蓮寺(みょうれんじ)に博麗神社。それぞれ豊聡耳神子(とよさとみみのみこ)聖白蓮(ひじりびゃくれん)と博麗霊夢が大変なラブコールを受けた。
 聖徳太子関連は虚実の交錯具合が複雑なので、神子も慎重な態度を取っている。発言ひとつで千数百年の由来が崩れてしまうが、虚構であろうとも信仰には違いなく、大切にしたいと思ってるようだ。いまのところ奉迎は受けず、代理として物部と蘇我の姫を派遣し、地域興しイベントなどに参加させている。布都がボケて屠自古(とじこ)が突っ込む漫才スタイルで愛されている。禁則事項を話しそうになるたび、神子が施した術でアホの子がコチコチに固まっているが、それすら芸風の一部になった。神子の方針に宗教団体・観光業界・民俗学者は安堵しているが、宗教学者・歴史学者・考古学者は残念がっている。それでもいくつか成果があり、たとえば石舞台が蘇我馬子(そがのうまこ)の墓だと正式に特定されるなど、飛鳥時代の風土が明瞭になりつつある。
 神子は豪族の突然変異だ。天皇を中心とする貴族集団には天孫降臨の血が継承されてるから、古代ほど先祖返り率が高かった。ただし女のうえ未婚だったので記録に名が残っていない。有力者の妻になれない限り、やんごとなき姫君であろうとも系図には「女」や「姫」としか書かれない。神子を見出したのは厩戸皇子(うまやどのみこ)だ。彼のブレーンに取り立てられ、国政へと関わってるうちに数々の伝説を作った。厩戸の死後一〇〇年以上を経て主従が合体し、聖徳太子なるスーパーマンが誕生する。このような脚色は聖人・英雄で多数見られる。
 白蓮のほうは大胆で、信貴山(しぎさん)に堂々たる凱旋を行い、その様子が全国へ放送された。門下に彼女の伝説と直接関係しない者も多く、そのぶん「見えない」人間がかなりいるため、妖怪門徒たちを率いてアピールに積極的だ。見えずともカメラや映像には写る。信貴山真言宗も伝説上の聖人がいきなり降臨してきたので、最初は扱いに困っていた。白蓮になにかを求める気はない。あくまでも信貴山真言宗の「一派」として、復活をPRするのが目的だ。
 彼女はかつて同門に封じられた暗い過去を持っているが、いまの信貴山が無力だと簡単に見抜いた。みんなただの人。宗教勢力で本当の法力を残してる集団はごく少なく、とっくに日本政府が子飼いで細々と守ってるが――それでも幻想郷にはまるで歯が立たなかった。パワーバランスで圧倒的な上位に立った白蓮は、博愛主義者だけあってすべてを許し水に流す。聖人再臨と深い抱擁力は近畿全域に鳴り渡り、日進月歩の勢いで信者が増殖中だという。
 東北某所のオリジナル博麗神社は美しく再整備され、平日問わずの連日大賑わいだ。
 地元は突然湧いた金鉱脈、特大の観光資源に狂喜乱舞した。修復と同時にまずご神体探しが行われる。幻想郷の博麗は紅白の陰陽玉をご神体とするが、日本の博麗は一〇〇年以上も無人だったので神体が消えていた。近隣の神社をあたってみたところ、域内の八雲神社に白黒の陰陽玉が伝わっており、廃社による同座と記録されていた。預けた者は八雲某を名乗る女とあり、どう考えても八雲紫その人だ。この玉が博麗へ遷され入魂、不明だった祭神も八雲繋がりで紫に論定された。博麗神社のいきさつを考えれば妥当ともいえる。神と魔は表裏一体、妖怪変化が祀られる例は以前から多くあり、八雲境姫命の神名を与えられた紫もノリノリで承認する。どうも自分が神に(たてまつ)られると読んでたようだ。日本の博麗が上社、幻想郷の博麗が下社となる。あとは管理する職員だ。地権者と地域住民はどうせならと思いきって幻想郷へ巫女の派遣を求めた。紫は即座に博麗霊夢へ復職を打診し、霊夢も二つ返事で了解する。なにせ幻想郷にいても……住む家があばら屋だ。それに日本の酒は美味。神社へ入るに際し、霊夢はひとつの条件を出した。
『通いじゃなく、常駐の神主を置きなさい!』
 道教の仙人になってしまった霊夢は、神道の加持祈祷に関わりすぎるといつ人間に戻るかわからない。現役時代の霊夢が仙人にならなかったのは、まさに彼女が神事を執り行う神職そのものだったからだ。幻想郷の博麗神社は信仰を集める必要がないので、巫女だけで十分だった。日本側の解釈だと現代の巫女は「神職」の範囲に入らないので、正規の宮司を置き彼にあらゆる神事をやってもらえば済む。こうして霊夢は仙女でありながら巫女も兼ねる、不思議な二重生活へ突入する。
 ぶっきらぼうだけど分け隔てない博麗霊夢はたちまち大評判になった。霊夢が授与所に立てば、猛烈なペースでお守りが売れる。お賽銭箱は数日おきに回収しないとすぐ溢れてしまう。幻想郷と正反対の繁盛ぶりに、霊夢も張り切っている。でもマイペースぶりは変わらず、歩くのが面倒だからと買い出しなどは空を飛ぶ。それも巫女装束のまんまで。空飛ぶ巫女さんは数週間で地域の風物詩になった。毎日のようにつづけば、どんな不思議だろうとも人は慣れてしまうものだ。霊夢も現代日本の進んだ暮らしを満喫し、しかし早苗に言われた通り質素なままの衣食住を維持している。むろんお酒だけは自由だ。
 神社庁が宮司を送ってきたけど、すっごい風変わりな中年男だった。ハンチング帽が似合うメガネの痩身で、やたらと浮世離れした、三度の飯より酒が好きという破戒者。十代のときより作曲を趣味とし、いまは幻想郷をネタに意欲作曲中だというが――じつは二十代のとき紛失した楽譜群がいきなり幻想郷オンラインで日本全国へ流れ仰天したそうな。演奏妖怪ども、幻想入りしたの利用しちゃってたのだ。作曲そのものはPCで行ったが、楽譜として出力するソフトで印刷し製本したものが消えてしまった……私お気に入りのテーマ曲「ネイティブフェイス」もむろんこの神主によるもので、作曲したのはもう二〇年も昔になるという。著作権関係がやたらと複雑怪奇になってしまったが、紫にはきちんと使用料を支払う用意があった。二〇〇曲を超えていまや日本中で繰り返し流されており、軽く一〇〇〇万円以上に達しているも、紫も上手く立ち回ってすでにそれだけ潤ってたわけね。ガイドラインの二次利用フリーも、紫と神主の会談で実現したそうな。今後も高額の年収が約束されたものの破戒神主をやめる気はなく、やっかい払いで日本側の博麗神社に押しつけられたのが実状。なにせ祀られてるのが天津神級の強力な妖怪で、神社庁も本庁も恐々としてる。紫も異形の美女を前にして堂々とした神主を『まるで霊夢みたい』と言って気に入り、数奇な人事が実現した。
 似た者同士でよほど波長が合ったのか、霊夢は毎夜のように神主氏と楽しく飲み明かしてるそうだ。見た目こそ親子ほど離れてるが、霊夢の実年齢は三〇すぎ。ゆえに男女の噂も立ったけれど、幸いこの神主は既婚者で半月後に妻子が引っ越してきた。変な噂に惑わされたくない霊夢は安心している。魔理沙が『恋をしてる霊夢なんか想像できないぜ』と首を捻ってたけど、私もできないな。いったいどんな男と恋をするのだろうか。一年後か、それとも一〇〇年後か、はてまた一〇〇〇年後か。私は初恋まで二〇〇〇年近くかかってる。
 以上のように、幻想郷の宗教事情はいま大盛り上がりだ。
 ――あるべき信仰の戻った諏訪社(すわやしろ)は、私にとって居心地がよい。セミの大合唱で暑いのに、さわやかな風に包まれている。
「……懐かしいね諏訪社。去年は神奈子が来たんだっけ」
 この神社は幾度も呼び方が変わってきた。昭和の諏訪大社は、私にとってつい最近に等しいごく真新しい名だ。諏訪湖もいまよりずっと広くて、周辺は一面の入り江と湿地だった。
「当時からだいぶ様変わりしてしまったと思いますが、本質は変わっておりません」
 絵馬が掛かってるスペース……私と神奈子と早苗の絵で埋まってる。すごいな新しい信仰の形。
「わかってるよ。下手に神がいて余計な口を出すよりも、しっかりとした人が管理し、みんなが信仰を寄せてるだけのほうがずっと美しい。私らは分霊だけ置いてれば十分さ。それに私と神奈子の夫――諏訪大明神さんが眠ってるしね」
 高く立つ御柱(おんばしら)を見上げながら言う。荒々しくて、きわめて男性的な信仰だ。女の神が表にいたときは、考えつきもしなかった。この柱を坂より落とす派手なパフォーマンスで、ときに死者も出る荒々しい祭りだ。私が祭神から退陣してまもなく、突発的に始まった。祭りの初期、私もよく柱に乗ってはしゃぎながら坂を下っていたものだ。
 諏訪大社は八坂神奈子(やさかかなこ)の夫、建御名方神(たけみなかたのかみ)を主祭神とする。まるで知られてないけど、じつは私の夫でもある。神奈子も八坂刀売神(やさかとめのかみ)という名で同時に祀られてる。
 案内の最後で、私の社を紹介された。
 本宮拝殿と大国主社の間に、真新しくこざっぱりとした摂社が建っている。高さこそ二メートル半ていどで縄張りすらないが、背後はきちんと神居に接していて、あるていどの待遇を与えられてる。神居って古い神社によく見られる神域、禁足地のことだ。いまも高校生くらい男女三人組の参拝客がいて、私のぬいぐるみを奉納してる。よく見ずともこの社、私や神奈子や早苗のぬいぐるみだらけだ。すぐ真後ろに私がいるよ~。ほら振り返って驚いてる。感激した彼らから記念撮影求められ、並んで笑顔で一枚。この小さな社に溜められた力が、地脈を通じて自動的に幻想郷へも流れていく。このようなミニ社が日本中に登場し、まともな神として復帰できている。前宮・下社のほうも神奈子へのバイパスがぐんと太く復活し、神と人とを繋ぐパワースポットとして正しく働き始めた。
「かしこみ、かしこみ申す。お帰りなさいませっ~~」
 社務所に入るやいなや、宮司のトップらしき老人が私を深く拝みまくってくる。ただ彼より私の血の気配は感じない。大社では近年、象徴だった大祝(おおほうり)が絶えてしまったからね。神の血を継いでないとなれない役さ。
 それにしても神楽の生演奏まで始めるとは、丁重なもてなしだね。私は「裏の神」だったんだが。
「堅苦しいのは苦手でね。さっさと本題に移ってくれ。ただし『復帰』の件はないよ」
 私の配祀神への復帰は昨年、神奈子が丁重に断っている。天皇陵ですら、後世に比定が違っていたと判明しても、ずっとそのままになっている。大社の祭神くらい、伝統になったものは変えないほうがいい。かつて私のものだった信仰はもはや変わった。だから神奈子は私の本社合祀を断り、代案の境内合祀で協約、拝殿脇に末社が構えられた。スペースにお邪魔してる新参の神で、独立採算型ってわけさ。おなじものが下社春宮と秋宮にある。私専用の神社はすでに諏訪湖西岸奥にあって、そちらもぬいるぐみと痛絵馬だらけだろう。
 日本全国に二万五〇〇〇余を数える諏訪さまの勧請、諏訪信仰の恩恵を私は受けられない。名前が諏訪子だからって関係ない。だから人間どもよ、洩矢の名で社をいくら作っていいよ。神棚でも十分だ。そこへ分霊すれば私の糧となる。適当な関連物でもよい。
「……ご用というのは、これのことでして」
 何人かの神職さんが、木綿の布にくるまれた鉄の輪っかを持ってきた。すこし表面が赤い、直径五〇センチほどの輪っか。それがみっつ。
「ん? 昨日、召喚したやつだよね。変態カメラ小僧を拘束した」
 すると宮司さん、いきなり頭を畳に付ける。
「ぜひ! ぜひこれを! 洩矢社のご神体にさせていただきたく!」
 なぬ? あの新しいお社、まさか神体なかったんだ。そりゃそうだ、由来物みーんな幻想郷へ持ってったから。大社だからその辺の適当なモノ使うわけにもいかないし。空っぽなのになんで高濃度で信心を集めてるわけ? 建物そのものが霊媒になってるのか? いや違う。諏訪本宮の神体はすぐ裏にある御山そのものだ。ほかの春宮・秋宮も神体は木。それゆえ諏訪大社四宮は前宮を除き本殿がない。みなが捧げる信仰の形が違っているから、その変わったベクトルを私でも受けられるんだ。おそらくぬいぐるみたちが神体代わりになってる。
 このままじゃ信仰吸収装置として近いうちに限界が来るだろう。古いぬいぐるみが増えるほどに機能が落ちてくるから。洩矢神はしょせん古代の地霊。大神さまでも明神さまでも権現さまでもないから、もっと直裁的なご神体があったほうが良い。
「……そんなとっさに出したものじゃ、いくらなんでも社が可哀想だよ。ちょっと待ってね。洩矢神の祠には、もっとふさわしいものがある」
 両手を合わせ、二拝二拍一拝。拝みの基本動作――宮司たちが驚いてる。私の後背にカエルの影が浮かび上がってるはずだからね。また手をひとつぱちんと叩き。
「土着神――ケロちゃん風雨に負けず!」
 目の前にある輪っかが錆びまくって崩れ、一瞬でひとつとなり激しく青に輝く。
 合わせた両手を前に掲げると、輝きが濁り、銅色からさらに赤へと移っていく。
「土着神――宝永四年の赤蛙!」
 ひときわ赤い輝きが起こると、私がひとり、またひとりと増える。三人の諏訪子が輝きを囲んでいる。
「おおっ、これはまさか、蛙狩神事(かわずがりしんじ)の逸話……伝統を救ってくださったのは、あなたさまだったのですか」
 私はカエルが好きなだけでべつにカエルの神じゃないから、蛙を狩る行事を「わくわく」しながら見ていた。牧場のモーモーな牛さんに癒されながらも牛丼やハンバーグ平気で食べるのとおなじね。宝永四年の神事に洪水トラブルが起きたとき、私が手助けしたってわけ。起源こそ違えど、数すくない私に関連した神事だし、一年たりとも中断させるわけにはいかなかったさ。
 光が消えると、磨かれたような赤銅に輝く、三体のカエル像が出現していた。高さ二五センチくらいで鳥獣戯画の相撲や仏像の真似事をしてる蛙姿。ディテールは無駄に凝ってる。
 宮司さん大喜びだよ。
「これは……なんと神々しい」
「それ、名前は洩矢の赤蛙。いま東風谷で通販してるご神体のビッグサイズ版ね。洩矢の鉄は一〇〇年や二〇〇年じゃ曇りひとつ付かないから、堂々と飾っておけるよ」
 幻想郷オンラインからこちら、日本各地に私のミニ社や神棚が建ったけど、ご神体があったほうが信仰を効率よく回収できる。そのため用意したのが赤蛙の鉄像。全三種類。ただの置物じゃなくて、私の神霊から分霊を込め夕日の色になってる。この分霊っていうやつ、無制限に増やせて魂が薄まらないからありがたい。日本人たちが「可能」だよって考えてくれたおかげで、私たちも出来るようになった。信じれば具現化しちまう、妖怪や異世界の発生とおなじ理屈だね。日本の神族は新旧さらに神仏に関係なく、みんな分霊が可能になっている。天神地祇・神仏習合ってやつさ。のちに政治の都合で神仏分離が行われても消えなかった。なにせ祖霊の否定になっちゃうからな。
 分霊を送り込めれば、祈りを確実に回収できるうえご利益も与えられる。べつに社や棚がなくとも、ご神体だけでも拝んでればあるていどのお守り効果がある。この神体、ただの鉄じゃない。私の分霊の効果で錆びない。諏訪大戦では鉄の輪が錆びて神奈子にボロ負けした。その反省から錆びない鉄を「根性」で編み出したんだ。人間はステンレスって、クロム混ぜて科学力で解決しちゃったけど。なんの念込めもいらないなんて、すごいね技術革新。
「あとは盗難防止に自縛の呪いでも掛けておこうかね」
「神の社にさすがに、の……呪いはすこし」
「私の起源は祟り神だよ。それくらい知ってるでしょ?」
 しかも私は信濃地域の祟り神どもを統べる国津神なのさ。
     *        *
 幻想郷に帰ってきたよ。山頂近くにあるこちらのほうがずっと避暑になってるね。
 私の日常はたいして変わらない。毎日神社や近所でぶらぶらして遊んでるだけ。以前は力を維持するための活動に忙しかったけど、いまは寝てるだけでも莫大な信仰が集まってくる。大社の神体たちは元気かな?
 九月になってふとネットで見てみると、新しいご神体は好評らしい。いかにもご利益ありそうな蛙さまだしね。さっそく盗もうとしたバカが出たようだけど、ミシャグジ足長くんの祟りで足が痺れ翌朝に発見、そのまま警察がしょっ引いてった……って、犯人シュピーゲルかよ。中学生だから厳重注意で解放か。
 私がコスプレイベントに混ざってたの、ネットでは賛否両論みたいだね。素人の祭典にプロが混じるのはけしからんだとさ……なんだよプロって。あのときメアド交換したレイヤーさんとは何人かお友達になってるから関係ないよ。イベントは参加者のためのもの。実際に現地へ足を伸ばし、楽しんだ者が勝ちだ。調べたら私はすでに三例目で、魔理沙と輝夜が本物バレ事件起こしてた。あのふたりオタクだからね、みずからカオスへ突入していく。でも魔理沙はメディアに出まくって顔をよく覚えられてるし、輝夜はあまりにも美しすぎて誤魔化しようがない。
 クラインのブログにいくと私の写真、突出したアクセス数だった。参照回数六桁とか。うわあ、クラインって撮影テクすごいね。ど素人の田舎娘がモデルみたいにカッコ可愛く写ってる。これは快感だ。大人しいの最初の二枚だけで、あと際どいセクシーショットだらけじゃん。なのに不快に感じないって、どういうテク? フェチズム全開だけど癖になりそう。この人ならまた写されたいわー。コメント欄もすごいことになってる。焦らし写真にロリコン氏が大勢湧いて、ケーロケロケロ大合唱。
 ブログの最新記事を見てみれば、一〇日後にALOで幻想郷のコスプレイベントがあるらしい。へー、新生アインクラッド第二二層か。あそこは幻想郷に似てるらしいって評判で、到達すると同時に大半のユーザー物件が売り切れてしまった。ユーザー側の要望でさらに造築・分譲が繰り返されている。
 アルヴヘイム・オンラインへ久しぶりに行ってみるか。
     *        *
 イベント当日、四週間ぶりにログインすると孤独なソロになってた。パーティーメンバーだった仲間は……とっくに解除されてる。さすがに放置しすぎたか。いくら神さまでも、ログインしないんじゃいないも同然だからね。私にとってALOは気晴らしのひとつにすぎない。
「クラインからメッセージが二通……」
 一四日も前か。ALOでも幻想郷のコスプレイベントがあるって招待だ。うん知ってるから行くよって、のろまな亀さんメッセージ返しておく。
 二通目は昨日の夜だ。イベント参加、注意してくれって。詳細は不明ってなにそれ? なにが起きるか分からないのに注意しろって……。とにかく現地に行くしかないな。不安要素がひとつできたけど。
 あのときいたレイヤーたち、こちらでも会えるかな? クラインにまた綺麗に写されたい。たぶんにとりも来てる。
 さっそくケットシー領を出て、ソロで高々度まで昇る。モンスターの出現しない高さでマップで確認、アインクラッドはすぐ北のノーム領にいるね。あとは高速飛翔だ。
 リアルで金髪に近い黄色の髪を持つ私は、同色の髪を持てるケットシー族を選んでいる。ネコミミとしっぽがある以外は、現実とほぼおなじ容姿と恰好になった。服はアシュレイってカリスマ針子の世話になり、フルオーダーメイド。魔理沙の紹介で、元はSAOでもアスナ&リズベット御用達などいろいろ活躍してたらしい。最近はSAOサバイバーにずいぶんと縁がある。
 帽子は目付き市女笠、上は平安時代の外出着で紫色。下は今風にミニスカート。服の表で鳥獣戯画のカエルが相撲を取る。足はハイニーソックス。
 幻想郷に近い外見を取ってるのは、信仰のためだ。神は信奉されてなんぼ、崇められてなんぼ。妖怪は実在を信じて貰うだけで済むけど、神はちがう。さらにもう一段階上のより深い感情でなければパワーを得られない。存在に必要な力が違うんだ。車でたとえるなら、妖精や半妖は軽油、妖怪はレギュラーガソリン、神はハイオクじゃなければ走れない。燃料コストが高いってわけ。
 二〇分とかからず見えてきた。滞空制限が解除されてからこちら、随意飛行で飛んでたらこの世界もあまり広いとは感じないようになってきた。
 浮遊城アインクラッドは二ヶ月ぶりくらいだったので、第二二層がどこか分からない。第一層、はじまりの街へ直行する。簡単なこった、転移門広場からワープすればいいんだよ。広場にいた冒険者を捕まえて、第二二層の主街区名を聞こうと――するまでもなかった。はじまりの街は幻想郷一色だった。いろんな体格や年齢層の妖夢や霊夢、魔理沙たちがいる。この三人が多いのはしょうがないね。幻想郷が日本に知れ渡ったとき、テレビカメラに連日映ってたのが彼女たちだった。人妖のコスプレをした連中がつぎつぎと転移門から目的地へ転移していく。みんな「転移、コラル」と叫んでたから、私も倣ったよ。
「コラル!」
 ……あっれー? なにも起きない。
「コラル~~」
 なにかおかしいかな? 二ヶ月ぶりだし……
「おはよーございます! どしたのっ?」
 山彦(やまびこ)妖怪の元気な挨拶に振り向くと、命蓮寺ご一行さまがいた。平均身長が高いし男もいるから、むろん全員コスプレだけど。みんな仲良さそうだから、どっかのギルドかな?
「……テレポートのしかたを、ど忘れしちゃって」
 案の定、この一行に笑われる。あーうー。
「間抜けだねー、妖夢ちゃんみたい」
 最初に挨拶してきた山彦こと幽谷響子(かそだにきょうこ)姿の少女が笑って突っ込む。でもこの子ウィッグが半端でサイドの処理を間違え、垂れイヌミミに加え妖精耳も見えてる。獣耳生えてる妖怪娘は耳が四つに増える子が多いけど、人間耳のほうが「おまけ」なので、髪で隠してる場合がほとんどだ。いつも隠してないのはお燐くらいかな?
「本物の諏訪子さまはもっと威厳あるそうだよ」
 多々良小傘(たたらこがさ)モドキにころころ笑われた。背丈はクリアしてるけどオッドアイ左右逆だし、ご当人が可愛い系なのにバリバリ美人ってなんだよ。髪も長い。こちらは妖精の地毛そのままかな? ならウンディーネか。
 私に威厳とか言われてもな。そりゃ演技してるだけだ。素の私は九歳児とプロレスごっこに興じるくらい、外見ていどにはお子さまだよ。妖怪ってのは霊的な生物だから、心と見た目はほぼ等しい。それは神も変わらない。
「正解は最初に転移って入れるだけだよ。きみ、ボクたちと一緒に行こうよ。どうせ行き先は同じだしさ」
 山彦の犬娘が手を取ってきた。見たまんま元気な女の子だね。中身も若そう。
「私はケロ」
「ボクはユウキ。こちらの小傘はギルマスのラン。よろしくねケロちゃん」
 この七人でスリーピング・ナイツというギルドらしい。
 男三人女四人、さらに私が加わって、八人で一斉に叫ぶ。
『転移、コラル』
     *        *
 コスプレ会場のコラル郊外・東丘陵は、原色と極彩色に彩られた、色とりどりな錦絵の空間だった。幻想郷のオリジナル連中よりど派手だぞ。幻想郷の妖怪をコスモスの花とすれば、ここにいる連中はまるで大輪の菊だ。六〇〇〇人近くは来てるだろう。レイヤー率は八割以上で、丘の一面が花畑みたいになってる。このあいだがレイヤー四〇〇人だったから、比べものにならない規模だな。いまのALOってユーザー数一五万くらいだったはず。非公式&非戦闘イベントとして驚きの参加率だよね。しかも無料、千客万来。
「いくらリアルほど手間も金も掛からないといっても……みんな豪華な生地や飾り物でアレンジしまくってるね~~」
 隣のユウキが話しかけてきた。
「ケロちゃん、リアルでもレイヤーなの?」
「ん、まだ初心者だけどね。諏訪幻想サミット」
「いいなぁ。あそこ、このあいだ本物の洩矢さまが降臨したって聞いたよ。マスパみょんも一回でいいから、生で見てみたいな……このイベント、風林火山が来てるから今日こそ会えるかなって楽しみにしてたんだけど、妖夢ちゃんったらキリト追ってGGOの大会に出てるし」
 寂しげなしゃべり方とうらやむ目。私は神だからぴんと来た。こういう願望は信仰の元だからね。
「きみの健康、はやく回復するといいね」
 病気持ちで寝たきりだったり、入退院の多い子が、健康な生活や運動に憧れ、代償行為としてフルダイブゲームをやる。ストレス発散効果があるから病院側も楽だし。スリーピング・ナイツとか、とっても直喩的なネーミングだな。みんなおなじ境遇かな?
「あれれっ。ごめん顔と口に出しすぎたね。コスプレって別の自分になるはずなのに、ボクを晒しすぎちゃった?」
 別の自分以前に着方とか間違ってるけどね。ユウキは何者だろう。
「今日は祭りを楽しもうじゃないか。ぱーっと遊ぼう――洩矢さまも言ってるよ。神遊びって」
「ボクただの剣士だから、弾幕ごっこはできないよ」
 よく知ってるじゃないか、いい心がけだ。幻想入り後の私が『神遊び』といえば、スペルカード戦だ。
「洩矢さまに詳しいんだね? ファンなのかい」
「んー。ファンというより、憧れ? キミのアバターみたいに私よりもこ~んな小さい体なのにさ、ひとつの国を守りながら、ずっと生き延びてきた神さまだから」
「その信心、ご利益に通じればいいね」
 私のお友だちを省くと洩矢神自体に病気を治す能力はないから、掛ける声も気休めだ。
 スリーピング・ナイツの命蓮寺ご一行、この中では目立たない質素なコスさ。みんな微妙に再現などで間違ってる。アレンジは正確なものをトレースした上に行ってるけど、ユウキたちはアレンジにすら至らず、最初からどこか妙だった。
 このままみんなで一緒に歩くのかと思いきや、最初に記念的な集合撮影したら、すぐみんなバラバラに別れちゃった。なにか目的でもあるんだろうか。なりゆきから私は響子モドキのユウキと一緒に行動してる。ここに確実にいるであろう知り合いといえば、せいぜいクラインとその奥さんしかいないし。
 会場内をユウキとぶらぶら散策している。さすがにこの間の諏訪市みたいに、カメコから頻繁に声を掛けられることはない。テスターだったチルノの強い要望で、当初と違いアバター容姿を自由に設定できる仕様だからね。理想の自分になれる世界だけに、みんな素材からレベル高いんだ。男性アバターによる女装でも、はっと見入ってしまう凛々しい麗装がたくさんいる。そこにこだわり風味やド派手アレンジの数々。諏訪子コスも二〇人以上は見かけたけど、本物の私がむしろ地味なほう。それでも「再現度」を重視する系統のカメコからは良質に見えるようだね。ネコミミとしっぽを除けば外見年齢も服装もほぼオリジナルそのものだから。既製品をツギハギしても作れないから、この服も高かったんだよ。
 私を写したカメコやレイヤー、『ケロ』のネームを聞くと「分かってるじゃないかきみ」って顔してくる。カエルは水と繋がる。水は命の源泉だ。適度に雨が降れば収穫が保たれ民は潤う。祟り神は性質的に特権階級だからね、その立場で見てしまうんだよ。だから洩矢王国で女王にされる以前から好きになってたよケロケロ。蛙の神って勘違いしてる人もいるけど、私は呪詛と土いじりしかできないんだ。水や植物は少量なら操れるけど、神奈子のように雨雲を呼ぶなんて大技は使えない。まっ、コンプレックスの裏返しだね。
 数千のニセモノに本物が一匹だけ混じってる。以前ほど注目されないだけに、いろいろ見物できてかえって楽しいね。おかしな優越感? 私のほかに本物がいるとすれば、河城にとりくらいだろうか――って、いるし。
「妹紅、なにしてんの?」
 見た瞬間に分かった。独特の田舎臭さみたいな?
「ちょっ! なんで?」
 サラマンダー族で赤髪だけど、こいつは本物だ~~って、そういうオーラをなんとなく放ってる。これは魔理沙と妖夢がすぐ私に気付いたわけだ。人間とそうでない者とは、やはり微妙に気配が違う。その差を明確に言葉には表しにくい。とにかくなにか変わってるって、感覚で分かってしまうんだ。たとえ仮想現実ゲームであってもこうだから、リアルならなお一層、分かりやすいよな。
「あっ、モコー主任! いまのところこちらは異常なしだよ」
 どうも私の臨時連れとお知り合いのようで。
「ユウキ、妹紅とフレンドなの?」
「え? ケロちゃんって、主任と知り合い? 初心者っぽいのに」
 ユウキの驚き顔、いやきみこそ初心者レイヤーじゃないのか? まあいいや、これでひとつの結論に達したよ。
「……どうして守矢神社のあんたがここにいるのよ? 滅多にログインしないんじゃなかったかしら」
 妹紅、すぐ私の正体に気付いたようだね。やはり本物は本物を知るってわけだ。これは良いことを知った。今後もお互いに幻想郷の住人は――まあニブいやつもいるだろうけど、すくなくとも私クラスであれば、簡単に本物か偽物を見分けられるんだな。
「いつもの気紛れさ。義理でクラインに招待されてね。どこの依頼か知らないけど、会場警備お疲れ。いざとなれば私も手を貸すよ」
 なにせ神だからね。秘かに使えるのさ、能力。
「いらんいらん。私と風林火山とスリーピング・ナイツがいれば、一〇〇人単位に襲撃されても片が付くわよ」
 やっぱり。クラインのメールはそのことか。
「主任……この人って何者なの?」
「せいぜいサインでも貰っておいたほうがいいわよ。本物の洩矢諏訪子さまだから」
 あっさり言うねえ不死人。でも隣の子が受けた驚きは意外に大きかったようで。
「えぇぇぇ~~~~!」
 ユウキの大声が周囲にこだました瞬間だった。
「イッツ・ショウ・タ~~ァイム!」
 一〇〇メートルくらい離れた場所で輝きが生じ、プレイヤーが殺されるときの消滅音がつづく。
 悲鳴が起こり、混乱が広がっていく。
「愚かね、本当に実力行使へ出るか――あちらは私に任せろ、どうせ陽動だ……ユウキは会場の反対方向、丘の上側へ! スリーピング・ナイツ全員を向かわせて。おそらく数十人単位で襲ってくるから心するように。采配はランへ一任するわ」
 早口で言うや、いきなり全身に不死鳥の炎をまとった妹紅が飛んでいく。
「はっ!」
 敬礼もそぞろにメッセージでギルドモード。一斉にメンバー全員へ回文を打っていくユウキ。
「ぎゃっー!」
 さっそく乱入者が狩られてた。瞬殺とは。
「みなさん安心してください。この会場は私たち自警団が警護してます。大事なイベントをダーク・コフィンに潰させはしません」
 混乱が一瞬でおさまり、拍手が起きる。妹紅へ大量のレンズとフラッシュが浴びせられる。なにせ本物まるわかりだ。
 ドラゴンブレス相当の火炎攻撃を無制限に放てる妹紅は、単騎でこの世界最強の戦闘能力を持つプレイヤーだろう。しかも何度殺しても即座に復活する絶対無敵ぶり。攻撃も防御も超チートながら、その力を「正義の味方」としてしか振るわないからか、運営のお気に入りで罰せられない。
「……ケロちゃん!」
「なにかな?」
「あとでサインください! フレンド登録お願い、写真撮らせて写させて。ついでに触らせてモコモコさせて抱き枕させて膝枕させて!」
 たまに人から異様に好かれるが、そのパターンだろうか? いまの私はネコ妖精だしなー。
「……矢継ぎ早だね。いいよこれもなにかの縁だし」
「やったっ! とりあえずボクの戦い見てよ神さまっ。感想聞かせてよ」
 左手を縦に一回、メニューより装備フィギュアをクイック変更していく。幽谷響子モドキだったユウキが、本来と思われる姿へと戻っていく。一斉解除するとつぎを選択するまで下着になってしまうが、ユウキのインナーはスポーツジムを歩き回っていてもおかしくないフィットネス・ウェアだった。種族はインプ、髪はやや長くてうすいパープルの入った黒。衣装は黒と青紫で統一されたバトルドレスともいうべき一張羅で、そのデザイン性の高さから相当なレアアイテム臭がする。
 武器は左右の腰に佩刀した直剣。それをおもむろに抜き、左右に持つ。二刀流か――構え方がとってもさまになってる。片手用直剣で左右の長さが違うから、これは魂魄流二刀剣術・キリト型二種だね。流布してるマニュアル通り基本に忠実そうだけど、左の剣が短剣といっていいほど短いから、自分のアレンジが多く入ってそうだ。魂魄流をマニュアル学習するプレイヤーの大半が、最初からアレンジを目的としている。にとりが編纂した教本通りに習う人なんてほとんどいない。
「行っちゃうよ~~!」
 コウモリのようなインプ独特の翼を広げると、ぱっと飛びあがり丘の上へと高速飛翔。イメージだけで飛ぶ随意飛行、ずいぶんと慣れていそうだね。私も飛んであとを追う。すでに丘の端では、森の切れ端よりあらわれた狼藉者集団と数人のプレイヤーが戦闘状態に入っていた。おそらくスリーピング・ナイツの面々だ。
 ユウキとさらにふたりが合流し、彼我の戦力差は七対四〇くらいに縮まった……といえるのかどうかは不明だけど、リメインライトの数から、ダーク・コフィン側はすでに五人前後が倒されている。
 ウンディーネのお姉さん――おそらく小傘のコスをしてたランが、こちらも魂魄流二刀剣術・妖夢型正統一種でカタナを振り下ろした。
「捕縛など無用。ひとり残らず、すべてを狩り尽くしなさい!」
 ソードスキルの輝きと、魔法エフェクトの発光が、ならず者どもを恐怖に染め上げた。
 アインクラッドの実装にともない、ALOに採り入れられた新システム――ソードスキルの復活。剣士の重要度が一気に増し、魔法重視だった大味なエアレイドが複雑かつエキサイティングになったと聞く。投剣カテゴリーに属してる鉄の輪で戦う私は、ソードスキル一回も使ったことないけど。だって投げたら素手になっちゃうし、拾うの面倒だし。だからいつも殴ってる。
 スリーピング・ナイツのおそるべき個人戦闘力が明かされた。どの子も強い。私は武器の戦いに造詣はないけど、四〇〇〇年近く生きていろんなツワモノを見てきたからわかる。この七人、全員が手練れだ。仮想現実のアバターをまるでリアルの肉体であるかのように自在に操り、思いのままに戦っていく。これほどのなめらかで自由な動き、SAO帰還者にも出来るかどうか。魔法の使い方も鮮やかだ。敵側の魔法発動をわずかなタイミング差で着実に潰していく。おかげで数におおきな開きがありながら、反対に圧倒している。
 いったいどれほど才能やセンスに恵まれたのか、あるいは――長時間のフルダイブを行ってきたのか。
 とくに先頭で暴れるユウキとランの二刀流使いは、マニュアル学習したとは思えないほど。妖夢起源の二刀流をおのれの技として見事、昇華している。二刀流は多くのプレイヤーにとってファッションも同然、恰好付けの道具にすぎないのに、それをきちんと修得し有益なレベルに高めていた。
「……ジ・イクリプス!」
 ランの宣言とともに、二刀が通常と違う紅玉の輝きに包まれる。もしかしてオリジナル・ソードスキルか! 自分専門のソードスキルを登録できる新システムだけど、とても難易度が高い。スターバースト・ストリームを再現したキリトがつづけて再現しようとしたら、すでにほかのプレイヤーに奪われていたジ・イクリプス。その使い手がスリーピング・ナイツのギルドマスター、水妖精族のランだったとは。
 大量の輝きがランの向かう先で炸裂する。コロナの巨大放射が焼き尽くすように、剣閃の滑車が豪快に周囲を舐め回した。エンドフレイム爆散の中、二七連撃が終了、あらたに四つのリメインライトが出現する。技後硬直により一〇秒以上の隙が生じているはずだが、怖じ気づいてる敵どもは、誰もランへ攻撃できない。
「やるね姉ちゃん……じゃあボクも」
 ユウキの二剣も青紫色のエフェクトを帯びる。やはり片手用直剣のノーマル色ではない。これもオリジナル・ソードスキルか。
 向かってきた敵の胸元へ、激しい斜め交差の十字刻み。左右の剣が猛烈な速度で交互に突き出される。ジ・イクリプスが斬撃の流星だとすれば、こちらは刺突の彗星だ。ソードスキルの最中に敵が死亡、つぎの獲物を求めた自動追尾が、近くにいた敵へと襲いかかる。さらにつづくクロス十字の同時刻みは、下からまた上へと戻り――やがて綺麗な往復交差でバッテンの二重書きを完成させ――ここでふたりめが死亡。だがまだ終わっていない。
 力を溜めるため右肩をおおきく後方へ逸らしたユウキに、奇声をあげながら突きかかる三人目。そのショートスピアーがユウキの体へ触れる寸前、オリジナル・ソードスキルのフィナーレが槍使いの喉元へと強烈に突き刺さった。両手を突き出した二剣同時のアタック。槍使いの突きは左の短い剣でカットされている。攻防同時の最終攻撃だ。どれほど重いアタックだったのか、この一撃でHP全損、三人目が弾けてしまう。
 ライトエフェクトがきれいな十字架を描いて、空中に霧散していく。二一連……いや、ラストのカット技も含めれば、二二連撃とも呼べる大火力。ジ・イクリプスには及ばずとも、スターバスト・ストリーム一六連撃は確実に上回っている。しかもあの技は最後の刺突時におおきな隙が生じるが、こちらの十字架刺突はその欠点をも克服している。
 だがソードスキルの欠点そのものはどうしようもない。
「アハッ、いまだぁ!」
 頭部をフード状のコイフで隠した鎖帷子の男が、硬直状態のユウキに襲いかかっていた。
 そいつの得物は片手斧と盾。使い手のほとんどいないマイナー武器だけど、軌道が鋭くておそらく達人、強そうだ。斧はすでにソードスキルの燐光をまとっている。
 やられる!
 無意識に飛び出していた。無手状態だった両手へ鉄の輪を精錬、赤銅色の特殊鉄鋼製、洩矢の鉄輪を二本、出現させていた。さらに地脈を使う神の技で急加速する。これを縮地という。通常だと実現できないチートスピードは、瞬間移動にも等しいだろう。
 襲撃者とユウキの間を塞ぎ急停止、鉄の輪で斧を受け止める。片手斧が自動的にソードスキルの攻撃をつづけているが、この男にはどうしようもない。私の鉄の輪はサイズ的にちょうど良く、武器と同時に盾にもなる。それが左右に二本だ。突き攻撃以外、隙はないよ。そして斧に突き技なんかほとんどない。三、四、五……六撃と、片手斧がむなしい乱打を繰り返す。
「なっ、なんだぁ、あんた!」
 ならず者へ答える声は持たぬ。危なかった、こんな大技を受けていれば、ユウキのHPは全損していたかも。うしろをちらっと見れば、案の定ユウキが「うへぇ」て顔してる。
 最終的に八連撃でようやく止まった斧男のソードスキル。今度は私が反撃を――と思いきや、この鎖帷子野郎、体術スキルの突進技を挟んで技後硬直をキャンセルしてきた。ショルダーアタックで胸を打たれ、空中なので簡単に体勢を崩す私。男がさらに体術をキャンセルしてまた片手斧のソードスキルを発動……違うっ! 斧が片手用直剣に変わっていた。どのタイミングでクイックチェンジを挟んできた? しかも怖れてた突き技。突きのソードスキルは鉄の輪じゃ防御が難しい――こいつどういうトリッキーな戦闘感覚してるんだ。対人のエキスパート? 私の左肩をひとつ突き、右脇腹へ深いふた突き目。たった二撃で半分以上奪われ、一挙にイエローゾーン。このアバターはHP量も多くない。適当に遊んでたことを後悔する。男の剣はまだ止まらない。
「ケロちゃんはボクが守る!」
 私の心臓をえぐるはずだった必殺の突きを打ち落としたのは、硬直より回復したユウキの左剣だった。その短い剣、やはり防御がメインなんだ。ソードスキルをノーマルで迎撃するなんて、すごい技量だよ。
 ソードスキルを用いない通常の連撃が始まる。一撃目の右袈裟斬りが鎧のガードがない肩を大胆に掘り、二撃目に左突きで胸当てのすぐ下、肝臓を破壊する――かくあるべき魂魄流の強さがここに再現されていた。装甲の隙間より急所ばかりへ容赦のないアタック。いずれもクリティカル判定で暗殺者の行動復帰を阻止する。
 うまく繋げさえすれば、最初の一撃でもう終焉が見える。それが魂魄流のおそるべき連続攻撃。距離が開いた間合い調整として、三撃目の左足蹴り。それが男の股間を縫って、なんと金的を直撃。男が「ひゅん」と可哀想に前屈み、そこへ距離を詰めたユウキの四撃目、右の胴払いが横隔膜を切り裂き、背骨も両断する。HPバーぐんと減り、レッドゾーンへ。とどめの五撃目は左の剣、まっすぐ突き刺した先は頭部の口。金的で開いてた穴めがけて金属のヤイバが侵入、口を貫通しきれいに後頭部へ抜けていた。死亡演出として、いつもの爆発エフェクト。
 効率と魅せる技の融合、詳しくない私が見てもあっぱれな二刀流だ。おそらく相当に強いはずの鎖帷子男をあっというまに屠ってしまったね。男のシンボルをやっちゃうとはこの子も大胆かつ器用だ。それを再現してるALOもなかなかにやりおる。
 大型ボスMobを除けば少なめに抑えられているALOのHP量、いちいちソードスキルに頼るまでもない。ちょっとした連続技で簡単に勝てる。モンスターだろうがプレイヤーだろうがね。その部分を多くの模倣者が忘れているんじゃないだろうか。でもユウキとその実姉かな? この姉妹は魂魄の本分をマスターし、本領として実践していた。
「ヘッドがっ!」
「モルテの旦那がやられたぞ!」
「か、勝てねえ……」
 とたん、私たち周辺にいるダーク・コフィンどもの統率が乱れた。いまのやつ、どうもこの集団の頭目だったようだ。せっかくリーダーって分かりにくい雑魚めいた扮装だったのに、功を焦った結果、残念だったね。
「モルテ、討ち取ったりぃ!」
 かつて一国の女王として何度も本物の戦争をやってきた私だ。こんなとき、なんて言えばいいか分かってるよ。この動揺を全体へ広げてあげるんだ。
「……倒したのボクだけど?」
 ユウキちゃんナイス突っ込み。討ち取ったりぃとか言ってみたものの、モルテから受けたダメージがでかくて飛翔しつつ硬直罰中だったりする。
 私の一声で戦況が大きく傾いた。スリーピング・ナイツが一歩進めば、ダーク・コフィンが二歩さがる。さらに後方より魔法攻撃や弓矢による支援も始まった。みんな普段は冒険してる妖精戦士たちなわけだから、勝敗が決して落ち着けばこうなるって分かる。ダーク・コフィンどもが森へ逃げ込むけど、一〇〇人近くが追撃に入ってもれなく清掃。SAO時代にあったという転移結晶なんて便利なもの、ALOにはないからね。しかも魔法世界のALOには追跡魔法ってやつがあって、どこに隠れようとも逃げようとも、しつこくサーチャーが追いかけてくる。ログアウトしてもしばらくアバターが残留するから、その間に見つかって狩られて終わり。
 丘の上側と同時に、南側の平地側でも林から同数規模の襲撃があったそうな。こちらは風林火山が片付けていた。メンバーはクラインはじめいつものマスラオどもに河城にとりを加えた七人。敵は戦闘開始からほんの二分ほどで総崩れになったそうだ。気配を殺し迂回したクラインが敵陣後方より単独奇襲、最後列にいたリーダーのトサカ頭を一刀に刎ねた。あとは前後より適当に乱切りしてるだけで混乱し逃げまどうダーク・コフィンども。そこへコスプレイヤーとカメラ小僧どもが我先に押し寄せ、残党を殺し尽くした。
 ほかの二方面や内側で一〇人ていどのモグリが個別に暴れてたようだが、会場上空で睨みを利かせる妹紅のおかげで参加者みんな落ち着いていた。最初のひとりを除けば、無謀なアホども暴れると同時に袋叩き。周囲のレイヤーたちからリンチに遭い、あっさり倒されている。さらに会場から離れ周辺警戒に当たっていたアスナ・リーファ・レコンのグループがいて、湖上より襲撃しようとしていた第三の別動隊二〇余名を事前に壊滅させてしまったそうな。ほんの数ヶ月前なら無謀な戦力差だったが、剣道の全国大会で優勝したリーファが、いまやキリトすら上回る個人戦闘力を持っている。
 おそらくビビって暴発できなかったダーク・コフィンの構成員も少数いると思うが、暴れられなかったのならそれは最初からいなかったのとおなじなので、倒せなかったからといって残念に思う必要はないらしい。どうせいくら殺し殺されてもやり直しの利く世界だ。ゲームだし。
     *        *
 コスプレイベントはそのあとも無事に進んだ。私はまた気持ちよくクラインに撮られたよ。元からの才能かそれともにとりに改造されたのか、こいつ被写体の気分を盛りあげるのが上手だわ。いつのまにか嫁のにとりも混ざって、湖畔でグラビアみたいな感じ。調子に乗って大胆なポーズをいっぱい取った。
 最後に写真を確認してみる。チラ見せあれば消すためだ。妖夢がスパッツやレギンスを広めたが、神という立場上、私はコソコソ隠さないタイプなんでね。
「……私もにとりも見えてない。どういう謎技術なんだ」
 ファイルの連番から、クラインが消した様子もない。
 胸元をおおきく緩ませたりしたのに、私の幼い稜線ぎりぎりで隠れてる。スポーツブラの肩紐がチラっと見えてるていどだ。にとりもへそ見せはあるが、胸のほうは限界で留まって、おなじく紐部分だけ。スカートの中も限界ギリギリ、際どいラインがエロい。犬に芸を仕込むような、お行儀の良いお預けぶり。焦らされる男の気分がわかるぞ。女の私もゾクゾクしてくる綱渡りの快感だ。まるでイケナイ遊びをしてるような。
「めいゆーって、真摯なむっつりスケベなんだよ。いまだに私の体へ手を出してくれないのにねっ」
 てへっと笑うにとり、怒ってる様子がまるでない。観音か菩薩みたいな嫁だな。私の微妙な感情はどこへ向かえばいいんだ。
「寸止めフェチですんません! 見えそうで見えねぇンが最高なんっす!」
 こいつ潜在的には性欲旺盛そうなくせに人一倍の禁欲紳士だな。信念もってるぶん信用できそうだ。欲が強いだけに、表現へ出ている。
「クライン……また写してよ。おまえは最高の変態だ」
 今度は神奈子と早苗も誘って合わせ撮りだ。信仰はいくらあっても困ることはないからな。
     *        *
 ダーク・コフィンが襲撃してきたのは、GGOに最強キリトが一時出張して話題になった翌日、第二回BoB大会本戦の日だったそうな。鈴仙がバレット・オブ・バレッツ本戦出場を決め、応援でチート輝夜が動かない。無敵の妖夢までキリトを追ってGGOに消えている。こうなればALOでやっかいなのは不死身の妹紅くらいだが、六〇〇〇人を一度に守れるわけがない。幻想郷関連イベントを潰すには絶好の日取りだったらしい。襲撃計画は突発的に組まれたらしいが、連休中で構成員の参加率は高かった。襲撃規模は過去最大となったけど、幻想郷側もとっくに読んでて、対応が早かった。また全中優勝のリーファがキリトよりとっくに強くなってる事実も忘れており、目算が甘かった。
 数千人を襲うわけだから、ダーク・コフィンも全滅は承知してたようだ。ただイベントを中断に追い込めれば良かったのに、これほど一方的にこてんぱんに負かされるとは思ってなかっただろう。しかもイベントは最後まで時間いっぱい、予定通り活況のまま終わった。
 ラフィン・コフィンを英雄視する連中で、ダーク・コフィンは最大派閥だ。だがそれでも彼らの活動はまるで実を結んでいない。幻想郷の人妖は多くが高い戦闘技能を持ってるから、たいてい返り討ちで終わる。狩られても「負けちゃった」と平気な顔でまた冒険に出るだけだ。見た目こそ可愛い女の子たちだけど、中身ははるかに攻撃的で、会えば今度はぶっ殺すよって武闘派の感覚だからね。ここにゲームゆえのジレンマがある。私たちは弾幕ごっこで日常的な勝ち負けにはとっくに慣れてるんだ。やつらの活動はすべて、のれんに腕押しってわけ。活動のメインはあくまでも幻想郷。ALOでいやなことがあってもすぐ忘れちゃう。
 でもダーク・コフィンには現実よりもALOこそが本当の世界って思い込んでる、または思い込みたい人が多いみたい。本気でALOに入れ込んでるから、私たちが鼻につくんだろう。全精力を傾けてるわけではない。趣味のひとつにすぎず片手間で遊んでるだけなのに、一般プレイヤーのはるかな高みへとあっさり到達してしまう妖怪が。人間じゃないから安易に憎めてしまうんだろうな。ついにはGGOでデス・ガン事件が発生したし。別名、かぐや姫ご一行暗殺未遂事件。鈴仙だけでなく輝夜もターゲットにしたのはまずかったね。かぐや姫が実在してわざわざ日本に留学してきたって事実は、夢想家たちにとって最高のご来光だったんだ。犯人たちへのバッシングは激烈で、同一視されちゃってるALOのラフィン・コフィン信奉者も今度こそ終わりじゃないかな? ダーク・コフィンはネオン・コフィン崩壊後、あのモルテってやつが半年以上かけてこつこつ組織してきたらしい。根暗な情熱だね。
 スリーピング・ナイツがコスプレして警備に加わってたのは、大幅に不足した戦力の穴埋め人事だった。アインクラッドの最前線を活動拠点として、風林火山につぐ最強ギルドの呼び声を受けている――もっとも風林火山は迷宮区にほとんど行かず、浮遊城の攻略活動に積極的じゃない。反対に迷宮区にばかり潜ってるスリーピング・ナイツは、「攻略ギルド」として最強クラスらしい。
「ユウキもランも戦闘センスはすごいけど、対人は慣れてないようだね。人間はズル賢いから、モンスターと違って容赦なく硬直を突かれるよ。ソードスキルをもっと自在に使いたいなら、キャンセルくらい覚えてたほうがいい」
「やはり練習しとかないといけないかー、面倒くさいなあ」
 偉そうに説教してるけど、私のなんて知ったかぶりだ。武器での戦闘センスは、ユウキのほうがずっと上。しかも私はいま第二二層の別荘エリアにある公園で、ユウキの膝枕で寝てる。愛玩動物みたいに弄ばれてるよ。一週間前の襲撃事件で約束しちゃったし。神さまの神秘性なんて、守る注意も構築する努力も放棄さ。最初にあーうーなボケっぷり見せちゃったからね。取り繕ってもしょうがない。
「どうしてケロちゃん、私が聞いてきたイメージとだいぶ違うのかな? まるでマスパみょんと似てる」
 ユウキはテレビや雑誌などのマルチメディアをあまり見聞きできない環境なのかな? 妖夢のやつがテレビで頻繁に大間抜けをかましてくれやがるから、現代まで生存してる妖怪がいかに見かけ倒しかって……可愛い少女の姿が多いから最初から見かけもなにもないが、まあモロバレなんだよ。そりゃ同人誌もあーうーになる。
「長い話になるがいいかい? 私の生まれからになるけど」
「聞きたい! ケロちゃんの履歴、とっても興味あるよボク」
 ユウキが私に憧れてるのは、私の生命力そのものだ。だから語ってあげたくなったのだろう。
「私はね――自然崇拝から産まれた古い神だったんだ……」
     *        *
 ……長い、それは長い話になった。
     *        *
「……けして賢くも強くもなかったけど、みんなに助けられ、幸運にも巡り会えて、私はここにいる。三つ子の魂百までというけど、私は湖の入り江にいた小さな妖怪スハのころから、根っこは変わってないのさ」
 あまりにも真剣に聞いてくれるものだから、二時間に渡って、つい詳細に語ってしまった。
「いいね……『神の家族』か。その結束なら間抜けでも生きていけるもんね。でも幻想郷ってどうして簡単に政府へ明け渡そうとしてるの? ケロちゃんも協力してるほうなんだよね? ボクなら閉じ籠もるよ。銃も効かないなら平気じゃないか」
「たしかに明治以降は退魔の術も廃れてしまったから、いまの私たちは絶対無敵に等しい。だけどこんどは科学の力でひとっ飛びにおっそろしい神殺しの銃が登場するそうな」
「えー、信じられないよ。ケロちゃんみたいな可愛い子を撃ち殺そうとする人がいれば、ボクが許さない」
「とにかく不利になってからじゃ遅いんだよ。アイヌやウチナーが辿った過酷な歴史を見ればぞっとする。だからユウキみたいに全力で守りたくなるよう、有利なうちにケロケロ媚びておくのさ。その銃の発明までまだ二〇年くらい猶予ありそうだし」
 一〇秒以上の間があった。
 おやっ?
「二〇年か……」
 ユウキの遠くを見つめる微妙な表情で、私は自分のとんでもない失言に気付かされた。
 ――しまった。
 間抜けであったことを深く後悔したのは、久しぶりだ。いつもならフォローできる。べつに笑われるのは私だし、神社に祀られてる神だから立場が致命的に悪くなることもない。だが……ここだけは、してはいけない類の失言だった。
 なんということを。
 慚愧の念としか言いようがない。できることなら時計の針を巻き戻したい。
 この子が私へ興味を持っている真の理由にやっと思い至った。
 三七〇〇年以上も生きて、神さまやってるんだ。分かるのさ。どうしても分かっちまうんだよ。この表情と視線だけで。
 この子、まちがいなく不治の病を患っている。
 二〇年後なんて体験できない。
 ユウキは――
 あまり長く生きられない。

※諏訪子の話
 詳細は本編完結後の外伝、三八話ネイティブフェイスで語る。三〇話開始直後の会話はネイティブフェイス視聴後なので「?」な部分あるが済まん。

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