〇九 承:茅場くんがみてる

旭和ラノベ
ソード妖夢オンライン2/〇七 〇八 〇九 一〇 一一 一二

「さて、こうして全員が揃ったわけだ」
 幻想郷の人妖が一〇人、宿屋の一部屋に集合していた。
 場を仕切るのは霧雨魔理沙。元人間でいまは種族としての魔法使い。生きてきた年月(としつき)は一〇人中最短で、わずか三十数年にすぎない。だがソードアート・オンラインに限れば、彼女に牽引役を任せるのが妥当だ。ベータ時代ウィッチとして活躍し、いまも攻略隊で参謀のような座にいる。ディアベルが想いを寄せていることもあって、すでに魔理沙でないと務まらない。
「まずスキマより話があるぜ」
 魔理沙の横にいる八雲紫。魔理沙とおなじ金髪だが、より妖艶な美女である。妖怪として発生して以来の存在期間は、貫禄の一五〇〇年近く。
 紫は扇子を口元に当てて優雅に進み出た。
「なぜ私たちが起こされないか、幻想郷の実力者たちが動かないかを、改めて伝えるわ」
 妖夢はつばを飲み込んだ。個人的に知りたかった重要な情報だ。キリトと別れるか否かが掛かっている。
「理由は簡単よ。私がみんなに、意味深なことを無駄に聞いて回ったからよ。その私自身が動かない。だからみんなも様子見している。どう? なかなかに、すごい影響力でしょ」
 まだしばしの間、キリトと恋愛ごっこができる。安堵と同時に、自分で無駄って言うなと、妖夢の突っ込みは胸の中で留められた。ゲームでどれだけ妖夢が強くとも、幽々子の親友である。本来の立場は変わらない。
 それでも妖夢は、こわごわと手をあげて紫に質問してみた。
「……もしかしてあの謎問答に意味は? 答えは?」
「とくにないわ!」
 すでに何回も繰り返し言ったのだろう。余裕なく胸を張ったそのさまは、意固地になってる感じだった。
 場の空気が半分白けている。こうなってしまったのは、アンタのせいだろうと。
 犬走椛が控えめに挙手した。人数が多いので、学校みたいにジェスチャーで示すのがマナーだ。
「……あの、このゲーム内で死んだら、私たちはどうなるんでしょうか」
「椛は大丈夫よ。境界を司る私が保証するわ。あれしきの電磁波、多少出力をあげたところで、純粋妖怪の脳細胞をそう簡単に焼き殺せるわけがないわ。失礼なことを言うけどごめんなさいね。あなたはスペルカード戦の勝率がかなり低いわよね。これまでどれだけ派手にやられてきたと思うかしら? でも今日まで五体満足よね」
「恥ずかしい話ですが、たしかにいくら燃やされようが潰されようが斬られようが平気でした。放射線を長時間浴びても平気です。私たちのDNAってどうなってるんでしょうかね?」
「純粋妖怪の生命情報は、むしろ見えない魂のほうに書き込まれてるわね。私たちは自然の摂理から外れた、半分精神的な生物モドキよ。だから受肉した体と重なったアストラル体――精神の身体を直接攻撃されないかぎり、物性の限界を楽々と突破できるのよ。人間の科学はまだ、その領域まで進んでいないわ。近年の進歩が著しくて、いずれ近いうちに追いつかれるでしょうけど……現状では茅場なんかよりその辺の拝み屋のほうが怖いわね」
「安心しました――あ、紫さんは、私は大丈夫と言いましたよね。危ない子もいると?」
「ええ」
 紫は、魔理沙と布都と、そして妖夢を指さした。
「元人間と、人間の属性を持つこの三人が、ちょっと危なそうね。精神の身体よりも、生身の肉体に依存する割合がずっと高いわ。だからその損傷の影響もより大きくなるの。輝夜もいちおう人間サイドだけれど、頭を吹き飛ばされても生き返る蓬莱人だから除外しておくわ」
 妖夢は思わぬ可能性に愕然とした。
「え、私ってコボルトロード戦のとき、本当に命の危機だったのですか!」
「それは大丈夫よ」
 手を挙げたのは蓬莱山輝夜だ。流れるストレートのロングヘアを揺らして、しずしずと紫と魔理沙の前に出てきた。前髪も後ろ髪もパッツンときれいに切り揃えた、奥ゆかしくも単調な髪型である。それなのに彼女はこの場にいる誰よりも美しい。いわゆる絶世の美女である。なぜならば昔話で有名なかぐや姫、そのご当人であるからだ。黒髪黒瞳、超正統派の大和撫子といえよう。顔造形はあまりにも整いすぎて、かえって特徴を言い表しにくい。キリトに元華族の家柄と適当に説明したら、あっさり信じてくれたほどに。
 周囲が男だらけであるにも関わらず、彼女には浮いた噂がまったくない。あまりにも隔絶とした美貌のため、男が気後れして誰も言い寄れないのである。ディアベルですら輝夜には丁重に接する。魔理沙やにとりくらいのレベルが、フレンドリーに話しかけやすい。
 輝夜は漂わせる雰囲気もただものではないが、その不可思議な彼女らしく、普通でないことをさらっと言った。
「てゐが参加する戦いでは、まず死者が出ないわ」
 ベッドで飛び跳ねた因幡てゐが、長い耳をちょこまか振りながら、えらそうに胸を張った。
「私の能力で、プログラムの乱数をはじめ、いろいろと勝手に補正しちゃうよ。たぶん限度もあると思うけど、いまのところ突破はされていないかな」
 いくらエヘンとしても、ぺったんこだから出っ張る部分なんか微塵もないが、こう見えても因幡てゐは一〇人中の最高齢だ。発生が有史以前なので実年齢は皆目不明だが、すくなくとも縄文時代後期には意識があった。古事記に登場する因幡の素兎(しろうさぎ)そのものでもある。
 てゐの能力がSAOのどこに作用するのか、妖夢は考えてみた。
「……もしかして隠しパラメーターの、幸運値とかを?」
「ええ。私の力は、人間を幸せにするていどのもの。でもじつは人間型であれば、どんな妖怪にも効いたりして、けっこうアバウトなんだ――コボルト王との戦いのとき、妖夢は必ずあの坊やに助けられる運命だったってわけさ」
 妙なものである。あの流れが、必然として訪れた定めであったとは。
「あの、どうしててゐの能力が、このゲーム世界で有効なんですか?」
「私は種も仕掛けも知らない。地上のウサギだし。月のへんてこりんな技術なんだけど――姫様」
「うーん。じつは私もまるで分からないわ。永琳(えいりん)……は、いないわよね。作業をした彼女なら答えられるんだけど」
「あ〜〜、そういえば遊べるようにするため、ナーヴギアを独自に改造したんですよね、永遠亭(えいえんてい)でも」
 てゐがいきなり歌いだした。
「♪謎だよう、謎だよう」
「我ながら、ほんとうに謎の技術ね。謎だわ」
 てゐと輝夜、ふたりして呑気そうだ。たしかに道具というものは理屈や原理までいちいち理解しておく必要などない。
「輝夜さんの能力も使えたりするんですか?」
「ええ、いまも使ってるわよ。気付いたのは恥ずかしいことに一週間も経ってからだったけど。てゐは初日から使っていたようね。でも意地が悪くて、私に教えてくれたのが第二層にあがってからなのよ」
「女の秘密はそう簡単に教えちゃダメなの。たとえ姫様であってもね」
「まったくとんだウサギだわ」
 輝夜が腰の武器を抜いた。名前までは忘れたが、妖夢が提供したレアアイテムのレイピアだ。それを軽く振っている。
「私の武器や防具はね、絶対に耐久値が落ちないのよ。残念なのは私以外に効果を及ぼせないってことかしら。永遠能力は私のアバター本体にも掛けられるけど、敵の攻撃をいくら受けてもHPが減らなくなるなんて、とても人前では使えないわよね。せめてダメージ軽減に変更出来ないか夜中にソロで色々試したけれど、無理だったわ。だからアイテム限定なの。まったく融通の利かない、めんどくさい能力よ」
 本当に面倒くさそうに言うと、輝夜はその場で素早い剣舞を披露した。リニアー、シューティングスター、ストリーク、アヴォーヴ、パラレル・スティングと、細剣用ソードスキル五連発である。フルブーストによる凄まじい剣速だ。
須臾(しゅゆ)――究極加速のほうは、こうしてフル止まりね。補正パラメーターの許す限りまでよ。変数が存在しないものは不可能みたい。私がSAOで出来るのは、アイテムの劣化を止めることと、素早い行動を無条件で行うことだけよ。しかも自分限定で!」
 輝夜の剣舞が急におかしくなった。行動と行動の繋がりが不自然で、物理法則をまるで無視している。格闘ゲームのキャンセル技のようで、レイピア一本で妖夢の二刀流に匹敵するほどの打撃数を稼いでいる。その剣筋は光陰入り交じっており、つまり通常攻撃とソードスキル混合のバースト剣術が踊られていた。異常な早業にみなが目を丸くしている。
「気をつけなければいけないのは、いまのようにポストモーションをキャンセルしてしまうほうね。これも人前だと、よほど上手く使わないと簡単に怪しまれるわ。完全なチートだし。私はそれほど器用でないから、いまのところブーストしか常用できないのよ。みんなぜひ覚えておいてね。通常攻撃やソードスキルで、攻撃硬直のキャンセルが可能だという、重要な事実を。ただしスキル使用のクーリングタイム消去、ダメージディレイのキャンセル、ポーションの瞬間回復は不可能だったわ。これも変数がないみたい」
 輝夜の能力は永遠と瞬間を操る。時間をどうこうするものだが、欠点はコントロールが極端なことだ。永遠に固定してしまえば、そこより動かなくなる。動かせば今度は瞬間的に究極の加速しか行わない。輝夜の力に中間や段階はほとんどない。まるでレーシングカーのようなピーキーさであるが、SAOという仮想空間であるからこそ、力を持てあましているようだった。いくら限りなく現実に近い世界と銘打っても、システムの関知しないものは再現されないのである。そこに輝夜の能力を及ぼすことは出来ない。
 にとりが目を輝かせながら手を挙げた。
「そのディレイキャンセル、ぜひ体系化したいよ! 輝夜、今夜から研究に付き合って!」
「いいわよ。みんなが強くなれるなら、いくらでも実験台になってあげる」
 河城にとりの研究者魂に火が付いたようだ。妖夢も賛成である。第一〇層でなく第九層で合流したのは、攻略隊にフロントランナーとの差を縮めて貰うためだった。装備でなく強さそのものでも底上げを狙えるのなら、それに越したことはない。
 質問タイムが終わると、魔理沙が本題に入った。
「妖夢が合流したからには今後、ボスは攻略隊……いや、攻略組だな。そう、攻略組で総ナメにしてやる。ほかの誰にも報酬は一コルたりとも渡さないぜ」
 この瞬間、攻略組という名称が誕生した。
 物部布都が首を傾げつつ手を挙げる。
「隊から組というからには、人でも集めて今日のごときお祭りでもするつもりであるか、魔理沙よ」
 お祭りという見当違いな連想に、何人かが笑った。布都は彼女なりに真面目なつもりだったらしく、灰色のまゆげを歪ませ、仏頂面で「むう」とぶうたれた。
「お祭りか。それもいいかもな。ただ、人を増やすのは既定の路線となるぜ。第九層はまだいいが、第一〇層フロアボスは、すくなくとも二レイド組める人数がいないと攻略できない。現状では人が少なすぎて、フルレイドにすら達しないぜ。紫」
 また話を振られた紫が、上品に扇子を閉じ、口を開いた。
「……第一〇層にはね、あるのよ。大勢で掛からないといけない、怖いこわ〜いものがね――」
 その説明は五分近くに渡った。
 長い説明を終えると、妖夢がゆっくりと手をあげた。その表情はやや冴えなかった。
「さすが集団戦を前提としたゲームですね。みんなと合流すればあとは楽勝と思っていた自分の近視眼を恥じます」
「今後もこういう嫌らしいトラップが用意されている可能性は否定できないわ。じつは第二層のフロアボスからして、楽に攻略するためのクエストが別にあったらしいのよ。まだ低層中の低層だったから妖夢の障壁にはならなかったようだけど、グランドクエストと一般のクエストが連動している層は、今後も出てくるでしょう。だから私は、最前線集団を強力に組織しようと思ったの」
「スキマの考えには私も同意するぜ。私たちはいつ起こされるか、まったく分からないからな。茅場のアホ野郎に、せっかく育てている攻略隊を好き勝手にはさせない。紫の言葉を借りるが、あいつはただの脇役、しがない一兵卒で終わるべきだ」
 またもや聞き流すことが出来ない情報が、妖夢の耳に届いた。
「茅場がアインクラッドに紛れている? どういうことですか」
「これもスキマ経由だぜ。賢者の名は流石ってところだな」
「すでに妖夢や魔理沙がいたのに、私がわざわざ最前線までしゃしゃり出てきた最大の理由はね、茅場晶彦の存在なのよ」
「茅場晶彦がログインしているなら、さっさと捕まえておしりペンペンしちゃえばいいじゃないですか。そうすればこのゲーム、あっというまにクリアですよね」
「それが出来るなら妖夢に言われずともとっくにやってるぜ。いまは攻略隊へ茅場が紛れているかどうか、調べている段階だ。下手をすれば深刻な事態となるから、ことは慎重を要し、どうしても時間がかかる」
「どうやって調べるんですか?」
「これを見なさい」
 紫がメニューを出して表示したのは、サーバのログイン数だった。表示は九三四四。
「この数がどうしたんですか?」
「夜中や早朝にぼーっと眺めてると、一瞬だけ数が増減することがあるのよ。おそらく自由に出入りできる人物がいるわ。その人はプロパティ表示をすぐさま誤魔化すことが可能――答えはひとつ」
「……茅場、晶彦」
 妖夢の乾いたつぶやきを、紫はただ軽く頷くことで肯定した。
「茅場の性格を考えれば、トッププレイヤーに紛れ込んでいる可能性が高いわ。彼はこの世界のなりゆきを観察すると述べたけれど、自分でも遊びたがるにも違いない。だってこの世界は、彼が全人生をかけて用意したとびっきりの舞台なのだから。もちろん脇役で収まろうとはしないでしょう。まちがっても下層をうろうろなどしてはいない」
「茅場をいぶり出す方法は?」
「まだ外堀の段階よ。いまは攻略隊に怪しい人がいないか調べている段階だわ。まず調べたい人たちの睡眠時間を遅らせるよう工作するの。冒険の反省会とか、親睦会とか、適当に理由を作ってね。本物の茅場がログアウトした瞬間に起きていた人は、茅場じゃない。これを繰り返して、候補を絞り込んでいくってわけ」
「紫という暇人のおかげで、こうして別方向からこのゲームを攻略する糸口が見つかった。ありがたいぜ暇人」
「私だって好きこのんで暇人やってたわけじゃないのよ。プレイヤー死亡率の時間帯による変化と相関を調べていて、偶然気付いたわけなの。宿屋でなにか暇つぶしをしてないと、すぐに布都が絡んでくるのよ。この子ったら自分から挑んでくるくせに、チェスもトランプも弱すぎて話にならないわ」
 布都が頬をぷんぷん膨らませて抗議する。
「なぜにSAOには将棋や囲碁がないであろうか。それなれば、我でも紫殿に勝ってみせようぞ!」
「それはないわよ布都。だってあなた、アホだし」
「我が阿呆であると、誰がいつ決めたかの?」
 魔理沙が悪ノリした。
「いい機会だぜ。布都ちゃんがアホだと思う人、手をあげて〜〜」
 九対一で布都の負け。
 がっくりと床へ伏した、挫折ポーズの布都ちゃん。
「太子さま……我は、我は帰りとうございまする! そうじゃ、敵にやられてしまえば良いであろう。簡単よの」
 投剣スキルで一コル銅貨を投げつける魔理沙。布都の額にぱちんと当たる。
「なにをする、おぬし」
「布都、わざとゲームオーバーになるのはダメだぜ。元人間のおまえは、本当に死ぬ危険性があるってスキマに指摘されたばかりだろ。私のように覚悟を決めな」
 妖夢も頷く。
「実際に死にかけた私は、身が凍る思いです。てゐの奇跡に感謝します」
「じゃあ、あとでニンジン買って妖夢〜〜。第六層のがいい」
「そんなのでいいんです、てゐ? SAOのキャロットは、調理用の素材アイテムじゃないですか」
「直にかじるなんてしないよ。姫様が料理してくれるの。人参ジュース、美味しいよ」
「あら月の姫に意外な得意技」
 輝夜が肩を竦める。
「SAOの料理なんて、スキルを利用したただの作業よ。おかげで私にでもこなせるわ。パーティーのみんなが私の外見から勝手に想像を膨らませて、手料理を期待するのよ。応えてあげるのも良家子女のたしなみってものでしょう?」
 ついに満場一致で認定されたアホが、ひとりほぞを噛んでいる。
「うぬぬ……まさか地霊殿のうかつな一事で、かような大事に巻き込まれようとは」
 魔理沙が手を叩いた。
「アホは放置しておいて、話を戻すぞ。茅場探しはすでにパーティー単位で二回実施している。クラインとディアベルのパーティーに茅場がいないことは確認済みだ。もちろん検証したのは暇人だぜ。何時間も別室でにらめっこ、ご苦労さま」
「……魔理沙、あなた明日の三食、みんな奢りなさい」
「そのくらいお安いご用だぜ。あ、紫のパーティーにいる人間は調査の対象外だ。理由はスキマが直接スカウトしたからな。もし茅場が私たちの近くにいるとすれば、残ったキバオウのパーティーが怪しい。あの濃ゆい連中だ」
 メモを取るだけだった射命丸文が手をあげた。
「怪しそうな人をすでにピックアップしています。いいですか?」
「文の鑑定眼なら見込みありそうね。私は合流して日も浅いから、教えてくれたら嬉しいわ」
「私も聞きたいぜ。しょせん若造だから、人間観察では文の足下にも及ばない」
「それでは――私が着目しているのは、ヒースクリフさんです。荒野の崖といういかにも孤高なアバター名ですが、彼が突出して怪しいですね。そのうち実権を握ろうと、雌伏している段階かもしれません」
「どうして怪しいんですか文? 彼は野心家にはとても見えないです」
 妖夢にとって、ヒースクリフはただの風変わりで無害なお兄さんだ。だが文は別のものを見ていたようだ。ヒースクリフの人と違った行動を見て、文が素早くメモを取っていたのを覚えている。たしかコボルトロード戦の寸前だった。
「すでにキバオウさんから裏を取ってますが、キバオウパーティーで唯一、自分から参加を申し出たのが、ヒースクリフさんです」
「自分から……」
「妖夢さんはおかしいと思いませんか? あの濃い面子へ加わるには、彼だけ人間としての性質が異質です。ヒースクリフさんは慎重で思慮深く、寡黙で自分をほとんど主張しません。幾度か話をしたことがありますが、知能もかなり高いですよ。キバオウさんはIQでいえば標準以下の九〇ほどでしょう。声の大きさと出しゃばりだけでリーダー職をやってるようなものです。エギルさんのサポートがなければ彼のパーティーはとっくに破綻していたでしょうね。それに対してヒースクリフさんは爪を隠した鷹の印象で、IQも余裕で一五〇を超えていそうです。まだまだ底が見えなかったので、私より頭の回転も早いでしょう。彼とまともに討論を戦わせることができるのは――私たちの中では、おそらく紫さんだけです」
「それは興味深いわね。あの学者崩れみたいな人が、そのような神秘を隠していたなんて。報告してくれてありがとう文」
 文は軽く一礼すると、話をつづけた。
「そのような明晰な頭脳の持ち主が、前線へ強引に進もうとしていたオツムの回らないおバカさんに自分を売り込み、仲間となり、大人しく従いつづけている。まるでキバオウさんがトールバーナへ行くことを事前に知っていたようだとも、いまもキバオウさんをずっと隠れ蓑にしているようにも、見えませんか? 以上をもって、私はヒースクリフさんに絞って良いと考えます。ほかの人も色々と観察してきましたが、あまり怪しいところは感じませんでした」
 妖夢は思い返してみた。ヒースクリフは第一層の大ボス戦で、キバオウパーティーでは一人だけコボルトロードの手厚い洗礼を受けなかった。この第九層で妖夢が再合流してからも、彼がとくに前へ出てなにかを率先して行った記憶はない。いつも控えめに、隠れるように目立たず安全に過ごしている。
「私、ヒースクリフさんからおかしな視線を感じたことがありません。もし茅場がいるとすれば、フロントランナーの私にはとくに注目しますよね」
「茅場晶彦はいくらでもチートができます。アバターの状態でわざわざ妖夢さんを直接観察する必要はないでしょう。気付かれたらそれこそ危険ですし。現実に戻れば、いつでも自由にモニタリングできるんですから。録画・盗聴などもしているでしょうね」
「……それって、私たちの行動が茅場に筒抜けってことですか? この話し合いも危ないですよね」
 不安そうな妖夢の心配に対し、にとりが首を捻った。
「ファンクラブにまで入ってる私は、茅場晶彦という人物をそれなりに追ってきたつもりだけど、録画や盗聴までするような恥知らずだとはとても思えない。デスゲームはプレイヤーを人質にしていまの状態を継続させるため、つまり彼の想い描いた世界を現出させるという、人生最大の目的を実現するための非常手段にすぎなかったと思うのよ。だから女の子のプライベートを好き勝手に覗くなんて最低の悪趣味までは、いくら可能でもけしてやらないと考えるよ。いえ、そう信じるわ。それだけのものを、彼は持っているの。異変で評価の目を曇らせちゃだめ」
 魔理沙も同意する。
「私も同感だぜ。茅場はできうる限りフェアネスを貫き、かつ高潔であろうと欲するだろう。自分だけ極端なやりたい放題をつづけるなら、それはもはや、ただの神だ。神を気取りたいなら大人しくゲームマスター……GMアカウントで神アバターでもやって拝まれていればいい。輝かしい人生を捨ててまでソードアート・オンラインを死の遊技場とする必要はなかったはずだ。状況次第で多少のチートは行うだろうが、きっと一般プレイヤーとほとんどおなじ制限内で、私たちに挑んでくると思うぜ」
 赤目を閉じ、幻想ブン屋が黙礼する。
「なるほど、それは私の彼への理解と想像が足りませんでしたね。軽率でした。つい私のスレきった価値基準で茅場晶彦の心理を推理してました。彼がたかだが二十数年しか生きていない若造であることを、SAOを作ったように理想を強く求めるロマンティストであることを失念していました。チート関連の発言はなかったことにさせてください」
 自分の発言を撤回した文は、意見を修正して話をつづけた。
「ヒースクリフさんを茅場晶彦と仮定した場合、彼の不可解な行動は一転して理にかなった必然へと転じます。妖夢さんの爆走で前線があっというまに切り開かれたので、茅場は慌てたことでしょう。あのチュートリアル終了より二四時間とかからず第一層のフィールドボスが全滅したのですから。だけど彼は一般プレイヤーとおなじ条件・制限で最前線に行きたかった。キバオウさんは茅場にとって都合の良い人材です。適度に上昇志向があり、適度におバカ。もしかすればキバオウさんは、トールバーナまで突貫するつもりはなかったのかも知れませんね。それをやる気へと誘導するくらい、茅場にはお手の物でしょう。コーバッツさんによると、キバオウさんはありえないくらい派手に声を掛けまくっていて、かなり目立っていたそうです。魔理沙さんから伝授されたリーダーたる者の教えを実践していたようですね。活きの良いアクティブな仲間を揃えるなら、ただ大声で騒ぐだけで良い――でしたっけ。その様子がプレイヤーに紛れた茅場の目に留まる確率は高かったでしょう」
 部屋が静かになった。
 数秒を置いて、これまで一度も発言しなかった少女の、小さな手が伸びた。古明地さとりだ。
「もしヒースクリフが本当に茅場で、確実な証拠を掴んで正体を見破ったとしても……すぐに対決するのは危ないと思うわ。初日のチュートリアルで見たわよね。魔理沙が煽った投石は、すぐに無効化された。相手は私たちに使えない左手メニューで、追い詰められても簡単に逆転できるわよ。いくら公平を心がけるといっても、いざとなればチートを行使するとは考えられない? ……入念な準備もなしに仕掛けるのは、かえって危険だわ。人間を超越した私たちも、この世界では弱い存在よ。もっとも適応できてる妖夢ですら実力の数パーセントがいいところじゃない。やり方をひとつでも間違えれば、天才にいいようにお手玉にされる――勝てるはずだった戦いに負けてしまうというのは、あまり愉快な未来絵図じゃないです」
 飛び飛びのように時間をかけるしゃべりがさとりの特徴である。
 閉じた扇子で手のひらを叩き、紫が口を開いた。
「私たちには……茅場晶彦のチートに匹敵するほどのアドバンテージがあるわ。茅場は本当の異世界を作らんとして、アインクラッドのデスゲームを演出した。そこに幻想郷という本物の異世界から、人間ではない存在が幾人も紛れ込んでいる。しかも日本神話や昔話、歴史に登場するご当人も三人いるわ。幻想郷だけじゃない。冥界と地獄、人間の心が作り出した、完璧な別天地の住人までいるのよ。私が茅場で、もしこの事実を知ったなら、興味津々に観察したがるでしょうね。あるいは人生を棒に振ってSAOを創造したことを後悔するかもしれないわ。交渉次第によって解決できるでしょう。無原則ではないとはいえ、幻想郷はなんでも受け入れるのだから。どのような殺人鬼であっても」
 帽子のフリルを直していた魔理沙が、つばのエッジをぴんと跳ね上げた。
「とりあえずこれで、私たち最大の武器が正体と出自そのものだと再認識したわけだが、これだけではもちろん足りないぜ。みんな知っているように、私たちはいつ起こされるか知れない不安定な身だ。私たちが消えたら、残った人間連中はどうなる? たちまち茅場がしゃしゃり出て、攻略組を乗っ取りかねないぜ。乗っ取らずとも、放置して自然や無秩序に任せるだけになるかもしれん。どのような形を取っても、ソードアート・オンラインは茅場晶彦が望んだルートを突き進むことになるだろう。それがどのような道かは想像したくもないな。死者が確実に増える。せっかく私たちの情報プレイでここまで抑え込んだのに、混乱がぶり返されるなんて、この二〇年来ひたすら正義の味方ごっこで遊んできた私としては、とても容認できない。悪いがみんなにも正義の味方になってもらいたいと思うが、どうだ?」
 すかさず輝夜が拍手した。
「私は人間たちへとくに責任など感じないけど、たしかに築いたものを崩されるのは気分が悪いわね。仲間としてすごしてきた絆もあるし、ディアベルたちにも永遠亭のウサギていどには情も移ってきているわ。攻略隊の面々に、不幸な死が訪れる事態だけは、なんとしても回避させてあげたい」
 連れられるようにほかの子も拍手に加わった。
 妖夢も拍手する。
「私は好きなキリトを、絶対に死なせたくないです。頂上まで登り切るか、その前に機会を掴んで茅場を倒してみせます。クリアしたら高確率でキリトと別れる運命ですけど、どれほど涙が多くても、表情は笑顔でなければいけません!」
 こうして魔理沙のまとめが、基本方針となった。
 落ち着いた紫が扇子を開いた。
「ヒースクリフが茅場であっても、さとりの懸念に従って、直接対決は後回しよ。私たちが先に幻想郷へと戻ってしまうようなことになったとしても、あとに残される攻略集団を茅場なんかに牛耳られないよう、まず外堀と石垣をしっかり作るのよ。これは茅場へ対抗するために必要な城、すなわち大前提よ。それでは攻略――組だったわよね。そう、攻略組ね。私が考えたその組織化プランを発表したいと思うわ」
 ――紫の説明はまた五分ほどかかったが、妖夢にしてもなかなかに隙のなさそうな内容だった。特定プレイヤーへ権力が集中しすぎない構造とし、独裁者の登場を防止する。いいアイデアのように思えた。その後一〇人は意見を出し合ってさらに計画を煮詰め、意志の統一を確認した……のであったが。
 物事とは万事がうまく行かないものだ。きれいに終わったと思ったとたん、どこかに穴が待っている。
「文さん、そっち!」
「あやややや、部外者さんですか!」
「しまった、見つかっ……ヤバ」
 犬走椛と射命丸文の声に、鼻音の混じったロリ声。
 文と椛が部屋隅で捕まえているのは、なにもない空間だった。妖夢が注視するとうっすらと人型の輪郭があらわれ、急速に実体化する。粗末なローブを深く被った女の子。その頬にはネズミのようなおヒゲサイン。
 何十分も隠れ続けるなんて、すごいハイディング技術だ。モンスターの待ち伏せをことごとく察知する妖夢の勘をもってしても気付かなかった。椛に見つかったのは、彼女が索敵スキルを鍛えていたからだろう。妖夢ほど強くはなくとも、椛も純粋剣士なので感覚は鋭敏だ。
 魔理沙が顔に手を当て、ため息をついた。
「アルゴ……大胆にもほどがあるぜ。いつもそうやって極秘情報を得ていたのかよ。まあおまえなら見つかっても笑って許して貰えそうだしなあ。女でしかも可愛くて良かったな」
 鼠のアルゴは、剛胆にもにかっと笑ってのたまった。
「マリちゃん……幻想郷って、ネットのウワサにすぎないよナ? 都市伝説だよナ?」
 幻想郷にインターネットが入ってきて以来、うっかりキーボードの打つ手を滑らせる者が、おもに里の人間を中心としてたまにいる。だが幻想入りを確実に行えるのは妖怪くらいだ。怖いもの見たさていどの動機で探したところで、とても見つかるものではない。オカルト界隈でもまだまだマイナーなはずの幻想郷を知っているとは、さすがアルゴだった。
 紫は落ち着き払って、アルゴの頬へと閉じた扇子を這わせた。
「こうなったらアルゴ、あなたには人間代表として、私たちの側になってもらうわよ。報酬はこのゲームからの一日でも早い解放ってとこかしら? あと、あなたの情報屋としての立場を可能な範囲で強化してあげるわ」
「許してくれるのかナ?」
「紫さま、正体を隠す気ないんですか」
「妖夢、この子はあなたよりもずっとしたたかで聡いわよ。誤魔化せる段階なんてとうに超えてしまっているわ。茅場晶彦の件もあるし、輝夜のチートダンスも見られた……どうせ人間にも協力者は必要だと感じていたから、ちょうどいいわ。情報屋なんて、顔の広さでは並ぶ者のいないプレイスタイルよ。味方とするにはうってつけの人材じゃなくて?」
「……やはり妄想とか気が触れてるようにハ、オイラにはとても見えないヨ。一〇人もイテ全員狂ってるなんテ、確率論的にそう簡単にありえないダロ。ユーちゃんたちハ、本当のオバケさまたチ、ご一行?」
「別に信じても信じなくても、どちらでもけっこうよ。このゲームに囚われている限り、私たちはあなたと大差ないんだから。とりあえずこういうロールプレイだと思っていれば、精神安定上はいいんじゃない? あなたもリアルでは鼠のアルゴとはかなり違った為人(ひととなり)なんでしょう? それで、私たちの仲間になる件だけど」
 アルゴが両手をひらひらさせて、紫の話を遮った。
「――考えさせてくれヨ」
「あら、私は頼んでいるんじゃないわ。強要してるのよ。私たちが人を殺せないと思っているの? 殺人歴のない潔癖な身は、幻想郷で生まれ育った魔理沙と、最初から接触を拒んできたさとりくらいでしょうね」
 殺し合いを幾度もかいくぐってきた妖夢ですらぞっとする顔を、紫が見せていた。
 もちろんアルゴは一瞬でビビった。
「怖イ! ……ユーちゃん怖イ……そんなに綺麗なのニ」
「妖怪だって言ったじゃない」
 紫が表情を戻すと、アルゴは深呼吸して気分を落ち着かせようとした。
「……その割にハ、みんな普段あまり怖くないシ、顔も綺麗だシ、性格もどちらかというと可愛いナ」
 ついいま脅されたのに、生来から図太いようである。
「自然淘汰です。そういうお化けしか、生き残ることができなかったんですよ」
 文がペンをくるくる回している。
「相手は人間だったり妖怪だったりするんですけど、外見の醜い妖怪は些細なきっかけで殺されます。怖すぎる妖怪は退治・討伐の名の下に、より積極的に殺されます。棲む場所にもよりますが、見た目がそうであるというだけで追われて、積極的に戦いを仕掛けられます。アヤカシとしての性質や性格もそうですね。人に好かれる要素が少なく、反省を知らないキャラほど、やはり死にやすいです。人肉好きを改められないクズや、おなじく粗暴であることを顧みないやつ、みずから好んで死地へと赴く馬鹿は一〇〇年と持たず死にます。根が善良で、適度に隙があったり、天然だったり、臆病であったり、ドジなほうが、はるかに長生きできる子が多いんですよ。絶対的な強弱はあまり関係ありません」
「アヤちゃんモ、怖ろしいヨ!」
 殺される死にやすいと連呼され、アルゴの首が縮んでいる。
「私たちは見ての通り全員が女ですが、人妖は女性のほうがずっと多いって、知ってますか? 幻想郷の妖怪も八割近くは女ですね。理由はさっき言った通りです。男はすぐ死に急ぐんですよ――アルゴさんは女ですね。しかもチャーミングでもある。情報屋としても魅力的に輝いている。さて、どうしましょう?」
 文は満面の笑顔だが、赤い目が笑っていない。小柄な情報屋さんはもはや蒼白だった。
「い、生きるほうデ」
「ご名答。あなたがこのゲームの終わる時まで、私たちの良きパートナーたらんことを」
 すっかり恐縮してしまったアルゴは、脱力した状態でベッドに座らされた。魔理沙・紫・文による事情聴取がはじまっている。
 いま文が言ったのは本当のことだ。妖夢の仕事は冥界の筆頭守護だが、白玉楼に侵攻してくる身の程知らずはその多くが男である。抑えきれぬ支配欲に衝き動かされ、実力を顧みずその命をわざわざ散らせに来るのだ。リアルの妖夢が振るう楼観剣と白楼剣は、白玉楼の宝剣でもある。ゲームで例えるなら、勇者が終盤で手にする最強クラスの剣を装備しているようなもの。その攻撃力補正はとてつもなく高い。封印を解除した本気の魂魄妖夢は、凡百の力自慢ふぜいが勝てる相手ではない。その割に妖夢より強い者が幻想郷にはやたらと多いが、それだけ真の強者が集中して隠棲している特異点なのである。
 原因はもちろん幻想郷の管理者、八雲紫だ。
 彼女の方針と意志が、幻想郷をいまのとてつもない無双世界とした。人類最強の米軍が総掛かりとなっても、幻想郷攻略は困難をきわめるだろう。さらにインターネットが出来てテレビが見られるように、いまの幻想郷には一世紀半遅れの文明開化が到来している。この突然の工業化はもちろん紫の気まぐれが引き起こしている。技術はもともと河童が持っていた。だがインフラやパーツがなかった。そこにおよそ一〇年前、外とのパイプを用意してくれたのがスキマだ。一度広まりはじめると、次から次へと雪崩を打ってさまざまなものが幻想郷に登場し、普及しはじめた。人の里もいまでは舗装された道路があり、まだ数こそ少ないが自動車すら走っている。医療水準も桁外れの伸びを見せ、人間の平均寿命は一〇年で六歳近くも延びた。農業生産も飛躍的に増えている。妖夢が暮らす冥界も、まだ白玉楼限定だが、ささやかな恩恵を受けていた。
「まるで将来のなにかに備えるため? ……いえ、気のせいですね」
 紫であれば、そのときが来れば必ず教えてくれるだろう。妖夢は結論を先延ばしにした。いまはSAOについて考えるべきなのだ。
 ――アルゴが潜入していた理由は、ディアベルからの調査依頼だった。
 青い騎士さまはウィッチ・マリサの突っ込んだプライベート情報を知りたがっていたらしい。完全なマナー違反でバレたら忌避を買いかねない大博打だが、今日の中ボス攻略戦完勝で気が大きくなり、欲求が増したのだろう。アルゴは元より魔理沙たちに興味があり、この機を幸いと、大胆な潜入へと至ったわけだった。
「……ディアベルの、大馬鹿野郎!」
 魔理沙の怒りは深刻であった。
 紫の計画で、ディアベルは人間サイドの重要なキーマンとなる。その矢先にこのオイタは痛かった。
 罰は時間差で与えるとして、いまは飴とムチの法則に習うこととした。魔理沙はアルゴの体面もきちんと取り繕える情報を与えた。フルネームとその漢字の綴りなどである。
『霧雨魔理沙、一六歳。高校生。特技はとくになし。趣味は雑学読書とネットゲーム。長野県長野市在住で老舗雑貨屋の娘。学校および部活は不明。特定の彼氏や好きな人はいない』
 この情報にウソはあっても完全な偽りはない。
 一六歳とは肉体および精神の人間相当年齢だ。魔理沙が人間をやめて妖怪化したのは二〇歳すぎであったが、魔法使い仲間で親友のアリスやパチュリーに合わせて、一五〜一六歳相当まで若返らせて固定した。この年頃は知識の吸収力がきわめて高く、身体能力もおもに柔軟性が優れているので、弾幕の魔女として活躍するにも都合が良い。
 長野県も根拠がある。幻想郷の気候は、長野県中部、諏訪盆地一帯を正確にトレースしている。幻想郷は日本各地より非日常を土地レベルで切り離し、ひとつに合わせたツギハギ世界であるが、母体となっているのは長野県と山梨県に走っている八ヶ岳連峰である。その長野県側の一部が本来の幻想郷の領域だ。もし博麗大結界が消失すれば、幻想郷はまちがいなく八ヶ岳山塊の一角に姿を見せる。元からそこに在る地続きの異世界なのだから。東京でインタビューを受けた妖夢も、どこから来たのかと聞かれて、つい長野県と言ってしまった。妖夢のリア友とされる幻想郷組はまとめて信州美人の扱いを受けている。
 メモを眺めて、憮然としているアルゴさん。
「この情報、ほとんどウソだナ?」
「真っ赤なウソじゃないぜ。名前は本当だし、ほかもすべて元ネタがある」
「マリちゃん、オイラには本当のことも教えてくれないかナ……情報屋のプライドとして知りたいんダヨ。メモはしないからヨ」
「そうだな――」
 魔理沙は視線で紫に可否を求めた。紫はこくんと、縦に首を振った。
「霧雨魔理沙、三二歳。普通の魔法使い。特技はマスタースパークと泥棒ごっこ、趣味はキノコ拾いとガラクタ蒐集と知識詰め込み。幻想郷の低地に広がる魔法の森、霧雨魔法店に在住。好きな人は一五〇年は生きてる人妖ハーフの優男。こんなところかな」
「その顔でオレっちより一五歳も上かヨ!」
「これでも私はこの一〇人で一番若いんだぞ? そこのハッピーラビ……いまさらか。因幡てゐなんか、長生きしすぎて年齢不詳、どんなに短くても三〇〇〇歳以上、最高で万年は経ってるらしいぜ。日本語もろくに成立してなかったんだよな」
 因幡てゐがあっけらかんとした顔で答えた。
「成立もなにも、大昔は数週間も歩いたらもう言語が違ってたよ」
「どういう世界なんダ」
「それが未開ってことなの。地域ごとに方言なんてレベルで済まないくらい差があったね。狭い列島に、たぶん十数種の『日本語』があったと思う。寒いのが苦手な私はいつも琵琶湖から西にしかいなかったし、島嶼も隠岐くらいしか行き来しなかったから、本当はもっとずっと多かっただろうね」
「意志の疎通はどうやってタ?」
「必要に応じて覚えるだけさ。私は公用語的な数種類を操ってたかな。みんなすっかり忘れちゃったけど」
「どうやって今の日本語が広まったんダ?」
「同化・吸収・駆逐だね。ヤマトコトノハと言ってね、あんたらが教科書で習う大和朝廷の言葉に統一されておしまいさ」
 アルゴはてゐの話にただ圧倒されている。
「ハッちゃん……邪馬台国(やまたいこく)がどこカ、知ってるかナ? 行ってたり、してナイ?」
姫命(ひめのみこと)の噂はよく聞いたな。そのとき私はのちに因幡と呼ばれる地域で白兎神(しろうさぎのかみ)やらされてたから、残念ながら耶馬壹國(やばだいのくに)観光はできなかったね。ただの妖獣なのに神として拝んじゃうなんて、大袈裟で笑っちゃう。生活は楽だったから感謝はたっぷりしてるわよ」
「ヒメノミコト? 卑弥呼とは違うのカ。ヤバダイノクニはまだ分かるケド」
「当時いた国では大和風に姫命と呼んでたね。外から来た連中には姫御子(ひめみこ)日女子(ひめこ)と言ってる人もいたかな。まだ文字もなかったし、言葉や方言の差が激しいから、呼び方なんていくらでもブレるものさ。少なくとも名か役がヒメなにがしであったのは間違いないわ。邪馬台の正確な場所は知らないね。遠くの勢力にはわざとウソの場所を教えるのが通例だったの。そうしないと簡単に包囲されちゃうしね。なにしろ倭国大乱の直後だし――でもそのせいで、今の研究者が難儀してるみたいね」
「こんな小さな子までスラスラと、ホラとしても大きすぎる話をするヤツばかりだヨ」
 魔理沙がドヤ顔で偉そうに言った。
「まだまだ! ルナーはかぐや姫だ。人間にとってこの中では超一級のメジャーだぜ」
「……本当カ、ルーちゃん」
 困ったように頷く輝夜。
「一応、そういうことになるわね。だいたい流布してる物語の通りよ」
「どうして月に帰った姫さんガ、ここにいるンダ?」
「話したくないわ」
「過去を背負う女、格好いいナ」
「私たちと関わることになるからにはアルゴ、あなたも色々と背負うことになるわよ」
「それは身震いするヨ……そうダ。マリちゃん、また質問いいかナ」
「なんだい」
「マスタースパークってなんダ? 魔法なんダロ」
「思った以上に好学心旺盛なやつだなアルゴ。さすがは情報屋ってところか。マスタースパークは大出力の極太レーザーだぜ。いかにも現代っぽい魔法だろ? もちろんいまは使えないけどな」
「レーザー……そんなのディアっちに伝えても、絶対に怒られるだけダ」
「情報屋の看板を守るため、ディアベルにせっせとウソを教えてくれたまえ、新米の同胞よ」
 魔理沙に体育会系のようなノリで肩を抱かれ、アルゴは力なくつぶやいた。
「はあ、これでオイラもオバケの共犯だヨ」
 彼女なりに自分の新たな境遇を受け入れるつもりのようである。
 物部布都が自分をちょちょいと指さしていた。
「我は……? 我は……紹介してくれぬのかえ? 我もすごい姫であるぞ」
 布都姫は華麗にスルーされた。
 かぐや姫と比べたら、知名度は――まるで、ない。
 彼女は日本史に脇役のさらに脇役くらいでひっそり登場する物部の姫、本人である。蘇我馬子の妻だ。飛鳥時代の人物だが長期間眠っていたので、実活動期間は妖夢と大差ない。仙術で大幅に若返り、ついでに頭の中身も若くなっている。史実では策士にして悪女だったのだが、いまではやることなすこと空回りだらけな、ただの可愛いアホの子だ。なぜここまで退化したのか、その理由を布都は説明したがらなかった。
     *        *
 アルゴは覚悟を決めたのか、翌早朝、日が昇る前から積極的に動いた。好奇心の赴くまま、一〇人全員と別個のコミュニケーションを取ったのだ。時間を惜しんで知ることを尊ぶのは、いかにも情報屋らしい。
半人半霊(はんじんはんれい)? オレっちは聞いたことないヨ」
 最後に妖夢の借りた個室を訪れて話した際である。アルゴの疑問はもっともであった。
「私の種族は冥界の付属みたいなものなんですよ。ただ異世界があるからって、そこになにもいないと、ただ無秩序に荒れるだけですよね」
「閻魔や鬼や天使は私も知ってるヨ、ミョーちゃん」
「それは地獄や極楽が仏教伝来後に形成されたからですよ。冥界は原始宗教の段階で誕生した、日本最古――ではないわね、たぶん四番目くらいの死後世界です。だから私の種族名も、ご先祖様が自分で名付けたらしいです」
「おもしろい話ダナ。三番目まではどうなってるんダ?」
 アルゴの鼻息がすこし荒れている。妖夢はアルゴの行動原理をすこし理解した。彼女は知ることそのものに興奮を覚えるのだ。このような特質は、学習や調査といった作業を人よりも楽しくする。
「残念ながら消えたり、冥界に統合されたり――信じる人がいなくなれば、私たち妖怪は儚くて、世界だって危ないんです。たとえば日本には江戸時代を通じて切支丹(きりしたん)の死後世界というものがありました。でも明治維新後に解禁されたキリスト教が江戸以前と違いすぎて、一時的に消えかかったんです。住人たちは生まれ変わったキリスト教徒の天国が安定するまで、冥界に間借りしていたという逸話があります。イスラム教に至っては冥界に渡航事務所があるだけですね。日本で亡くなったムスリムさんは、死界の船便で希望する海外の異世界へ旅立っていくの。もっとも日本語しか話せない人はそのまま冥界に留まりますが。言語の壁は厚いんです」
「冥界はこの先も安泰なのかナ?」
「ずっと安定して、ほころびの前兆もありませんね。名前が良いからでしょうか。冥界って単語は便利で、いろんなものを含むことができますよ。たとえばほかの宗教や国の冥界を考えても、日本語で冥界と考えた段階で、きっと私の暮らす日本の冥界への信心としてカウントされる――そんなイメージです。アバウトなんですよ。しかも冥界も発生当初はまだ漢字が伝来していませんでしたから、冥界って呼ばれていなかったですし。白玉楼の文献だと……たしか黄泉(よみ)? あれ、それは三番目くらいの世界だったでしょうか? ああ、黄泉が冥界と合わさったのかな。とにかく本当に適当なんです。日本語がいくら変遷しようとも、該当するイメージに致命的なブレが起きない限り、私の暮らす世界が消えることは、たぶんないです。だって冥界に輪廻転生の機能が追加されたのは、仏教伝来後ですもの。世界そのものも、外界の変化が遷移的であるなら、いくらでも柔軟に適応してみせるんですよ」
 アルゴがゆっくりと相づちを打った。まるで快楽に満ち足りた笑顔で。ほとんどの人が死後でないと知覚できない日本の神秘や裏事情を、この若さで知ったわけだ。しかもどのような偉い宗教家が生涯をかけてもたどり着けない濃厚さと正確さで。とびっきりの気分だろう。
「いい話ダ。バカヤ……あ、茅場晶彦のことだヨ。バカヤは、新しい世界を電子の楼閣に創る必要なんてなかったことニ、気付いてくれるかナ? 世界はいつもそこに在ったんダッテ」
「意外ですね。アルゴさんって、私たちのことを心の底では信じていないと思ってました」
「矛盾がないんだヨ。なさすぎるンダ。不自然なほど、ミョーちゃんたちは自然すぎル。ナニを聞いてもオイラが納得できる答えが即座に返ってくるダロ。教えてくれナイことも、考えてないからじゃなくテ、知られたくないからなんだってわかるシ。知らないコトも、知らない理由が意外なほど普通すぎテ、オレっちの思い込みをかち割ってくれたんダヨ。それに」
 言い淀んだ。
「それに、なんです?」
「――ん〜〜、人間でナイほうガ、ミョーちゃんの強さをオイラが納得できるんだヨ」
「キリトもいまでは私に匹敵するほど強いですよ」
 追いつくのにしばらくかかると思っていた妖夢であったが、キリトの成長速度は予想以上で、その伸び代はまだ留まるところを知らない。現実世界でキリトが妖夢に並ぶことは絶対にないが、このSAOではいずれ抜かれる可能性すらあった。それをアルゴも彼女なりに感じたようである。
「キー坊は別格ダ。天才だヨ。ああいうのハ、一般の杓子による評価対象としてはいけナイ。対してミョーちゃんは何十年も修行した熟練の剣みたいだナ。とても中高生の技じゃないダロ」
「あら、私が才能でなく努力で強いってよく見抜けましたね」
 アルゴは昨日、妖夢とキリトの戦いをずっと間近で見ていた。
「ミョーちゃんの戦い方は定型が中心ダヨ。完成されていてキレイすぎル。キー坊はあまりにも自由自在ダ。力強くて荒々しすぎるナ。素人っぽいのニ、同じくらい強いダロ? 結論、キー坊は天才ダ」
「紫さまの言ったことは本当だったんですね。あなたってすごいじゃないアルゴさん」
「おだててもナニも出ないヨ。それにしてもみんナ、熱心にいろいろ教えてくれル。オイラが裏切ったり逃げたりするとハ考えないのカ?」
「まずは知って欲しいからですね。仕組みや理由は知りませんが、妖怪は人間に信じて貰えないと存在できないんです。その本能ですね。その割に世間にいる妖怪がたまにしか騒がれないのは、退治される――最悪、殺される可能性を考えるとリスクが大きすぎますし、まるで信じてない人には姿すら見えないからですよ。私は半分人間ですから、信心深さに関係なく誰にも見えます。魔理沙や布都も元人間だから見えますね。このゲームでみんなが見えているのは、もちろんただのアバターだからですよ」
「誰にも見えてるいまの状態っテ、ミョーちゃんたち不利ダロ? オレっちは、妄想にとりつかれた頭のおかしな連中っテ、噂を流すことも出来るんだヨ。なぜダ?」
「そんなの裏切られすぎてて、とっくに慣れてるからですよ。もしアルゴさんが行動に移しても、いくらでも知らんぷりできます。そのていどの風評は平気なんですよ。切り捨てるのも簡単ですし」
「ヒースクリフに接触しテ、身の安全と引き替えを条件ニ、ミョーちゃんたちの正体を伝えたラ?」
「たぶんアルゴさん、あなた消されるわよ。ヒースクリフにも私たちにも。茅場ほどの大量殺人なんてしてませんけど、私ってこう見えて何十人も妖怪や咎人を殺し、または滅ぼしてきました。もしプレイヤー同士で憎み殺し合うような場面になっても、私には躊躇する理由も、トラウマとなる何物もないんです。あるとすればキリトが関係したときだけですね」
 慌てて訂正するアルゴ。
「じょ、冗談だヨ。怖いナ、やはりミョーちゃんも立派なモノノケだヨ」
「でもあなたの目は輝いてますね」
「幻想郷……遊びに行ってみたいナ」
「このゲームをクリアしたら、いくらでも招待してあげますよ。冥界はどう?」
「さすがにあの世は遠慮するヨ」
「賢明ですね、アルゴさん」
「あのサみょーちゃン。アルゴでいいヨ」
「わかりました。今後はアルゴって呼びます」
 部屋を出ていく際、アルゴが見せた顔には、今後ずっと妙なことに付き合わされる後悔は感じられなかった。
「……紫さまのおっしゃった通り、情報って力なんですね。私たちの正体そのものが、さっそく本職を虜にしている」
 茅場と戦うために必要な駒が増えた。おどかして引き込んでしまったのであるが、アルゴが裏切るようなことは、まずないだろう。


※幻想郷の位置
 長野県設定はSAOの茅場長野潜伏に合わせるため。公式ではあくまでも日本の何処か。
※てゐが最年長
 輝夜や永琳は非公式の裏設定で数億歳だが、いずれも音読み(古代中国語)混じりであり、日本の文字が成立した過程や史実と矛盾する。当作では千数百歳とした。

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