〇八 起:みんなで走れば怖くない

旭和ラノベ
ソード妖夢オンライン2/〇七 〇八 〇九 一〇 一一 一二

 二〇二二年一一月二二日、午後一時半。
 その部屋へ真っ先に飛び込んだ魔理沙とクラインは、レアアイテムの数々にただ圧倒されていた。
「私のコソドロ心がうずきやがる。まともに換金すりゃ、数十万コルは堅いぜ」
「……これが、フロントランナーの遺産ってやつかよキリト」
 つづけてキリトと妖夢が入ってきた。
「勝手に殺すなよクライン」
「ささっ、ほかのみなさんもお上がりください」
 妖夢の誘導で、攻略隊プラスおまけの面々がつれづれと案内されてきた。ぞろぞろ、およそ三〇人。妖夢とキリトを除けば、つぎの内容だ。まず幻想郷の妖怪少女たち九人。クライン・ディアベル・キバオウの各パーティーに所属する男ども一六人。紫の仲間の少女三人。おまけは情報屋のアルゴと、威勢の良い姐さん、さらにその子分の男三匹。子分のうち一匹がなぜかコペルだ。
 ここは第三層主街区ズムフトにキリトが長期で借りた部屋。窓より転移門広場を見渡せる好条件の物件で、小綺麗な宿屋のスイートルームだ。ファンタジー世界なので総床面積は七〇平米とそれなりに広く、間取りは四室。いずれも生活感などなく、たんなる物置と化していた。妖夢が窓とカーテンを開いて回り、外気と陽光を取り込む。ズムフト特有な木の臭いが妖夢の鼻を刺激した。この街は直径三〇メートル、高さ七〇メートルにもなる巨樹の内側をくり抜いて作られている。そのような異質の大木ビルが三本、転移門広場を取り囲んでいる。いまいるのは四階だ。
 スイートルームに押し寄せた者共はしかし景色などに目もくれず、ほかのものへ関心を寄せている。みなが注目しているのは、おもに各室の真ん中に置かれている、もろもろの武具やさまざまな道具。いずれも非売品のレア、または準レアのアイテム群だ。その数、一五〇点ほど。
「ヨウム、追加をドロップだ」
「みなさん、今回の新規ぶんをここに置きますね」
 妖夢とキリトが、まだなにもない四部屋目へ移動すると、ストレージから新しいアイテムをつぎつぎに落としはじめた。すごい数だ。あっというまにアイテムの小山が出来上がった。もちろんいずれもレア品である。
 新しい宝の山より、クラインがめざとく準レア曲刀クスコ・デモリッシュを見つけ拾い上げた。そのプロパティを確認するや身震いする。自分が使っているものとの、あまりの数値差に驚いたのだろう。妖夢が二本持っているのとおなじ、現状で最強の片手用曲刀だ。
「ほ、本当にいいのかみょん吉。こんなのをタダで貰ってよう。楽勝で三万コルくらいすんじゃねえか?」
「いいんですよ。私とキリトは、所持金だけでも合わせて五〇万コル以上あります。このアイテムの山も、私たちが持っていても使い道なんてないですし。早い物勝ちですよ。恨みっこなしです」
「それではスタンバイを。ゲーム、スタート!」
 キリトの合図で、SAOはじまって以来の高額争奪戦がはじまった。
 妖夢とキリトは時々浴びせられる質問に答えながら、まるでバーゲンセールのような大騒ぎをじっと面白そうに見物していた。妖夢はただ一人だけ、奪い合いの輪に参加しない男に気がついた。あの学者っぽいヒースクリフだ。はしっこのほうで価値の低い適当な素材アイテムを拾っては、しげしげ眺め観察している。相変わらずマイペースで変わった人だなあと、妖夢は不思議に思った。
 隅でちまちま拾ってる人は女子にもいたが、シリカという大人しそうな少女なので、これはむしろ仕方ない。女たちの闘争はなかなかに過激だ。いまも物部布都(もののべのふと)とリズベットが血走った目をして、上等な白銀の胸当てを全力で引っ張り合っている。両人の頭を蓬莱山輝夜がどつき、「はしたないわよ」と注意しながら、転がった胸当てを拾ってちゃっかり自分のものにした。
 そのような直接対決と比べたら、河城(かわしろ)にとりと古明地(こめいじ)さとり、アスナの三人は他人とのトラブルもなく、まだ女の優雅さを残している。それでも装備の軽さを活かして俊敏にうろつき、男どもが品定めをしてる隙にさっとゲットしていくさまは、キツネやイタチのようだ。そのアイテムが本当に必要かどうかは、あとで考える。まさに瞬発の勝負だ。
 だが魔理沙と鼠のアルゴ、このふたりは別格の動きで、目まぐるしい勢いでアイテムを拾いまくっていた。手にしつつ続々とストレージに収納していて、動きに無駄がない。体捌きのプロフェッショナルである妖夢が感心してしまうほどだ。
 妖夢にも魔理沙が早いのはわかる。この魔法使いは人間であったころから手癖が悪く、人のものをなんとなく盗むという泥棒趣味を持つ。ただ名誉や命に関わるような、本当の意味でヤバいものには手を出さない。盗む相手もあるていど親しくなった友人に限定しているし、盗んだものを隠さず自分の家に堂々と、しかも目立つところに置いている。売るようなことはしないし、見つかるとすぐ返してくれる。つまりは友達づきあいの延長なのだ。彼女が住む魔法の森には人間界よりいろんなものが迷い込んでくる関係からか、魔理沙には元から拾い癖、蒐集癖がある。妖夢にはよく理解できない心理的な活動を経て、泥棒ごっこを営むようになったのだ。
 鼠のアルゴとは妖夢もはじめて会う。この小柄な情報屋が、ロールプレイだけでなく、本当にここまで飛び抜けてすばやいとは思わなかった。攻略隊ではない彼女がこの場にいるのは、紫と深い縁があるためらしい。
 三分とかからず、キリトの隠し部屋はすっからかんとなった。
 さっそくあちこちでトレード交渉がはじまっている。いいものはたいてい幻想郷の少女たちが拾っており、男から持ちかける形が多い。さすがにこういうとき、妖怪は素早い。弾幕ごっこといっても、何度も繰り返していれば、人並み外れた回避力と敏捷性を培う。
 男と女、子供と大人が混じり、アバターの身長や体格もさまざまであるが、この手の取引で採寸を気にする必要はない。SAOの装備アイテムはアバターに合わせてサイズを自在に変えてくれるのである。この辺りは従来の伝統をそのまま受け継いでいる。あまりリアリティにこだわりすぎると、システム処理のリソースを食い過ぎるからだろう。たとえばアバターやMob、アイテムの耐久値も変数がひとつしかない。ダメージによって調子が悪くなったり故障したりはしない。外見がすこしずつボロくなるという演出はあるが、スペックは一〇〇パーセント保障されている。そこからいきなり死亡、いきなり全損である。その割に戦闘時のダメージ判定は部位ごとでやたら細かいが、ある一定の法則やルールによってパターン化されており、処理は意外と軽い。文字フォントのようなものだ。
 妖夢の腕を引っ張る手があった。
「……ねえ、みょん」
「さとりさん」
 古明地さとりが、深刻な面持ちで妖夢を見上げている。
「あの……恥ずかしい話ですけど、ネーミングクリスタルないかしら?」
 命名結晶は二個ほどあったのだが、どうやら奪い合いに敗れたようである。交換しようにも、交渉はもっぱら武器防具で、ただの珍品類は対象外の空気だ。すこしでも良い装備は生存確率の上昇に直結してくるので、どうしても優先度が高くなる。そんなところにリネームアイテム持ってませんかと話しかけても、相手にはされそうにない。それに超高価アイテムだから、誰もが換金したがるだろう。
「事情は魔理沙から伺っていました。こんなこともあろうかと、取り置いておきましたよ」
 トレードウィンドウを開き、さとりに命名結晶を渡した。
「ああっ。これが待ちに待った」
 さとりは感激して結晶を触っていたが、すぐに使って名前を変える。
 新しいアバター名はシンプルにSatori。これで世にも面妖な「聞こえない、やったね」さんはいなくなった。MMO初体験の子が多いため、幻想郷クラスタは本名そのままが主流だ。
「みょん、ありがとう」
 かわいらしくお辞儀をして、謝意を示す。妖夢も当然のことにすぎないと、あまり正面よりは受けない。持ちつ持たれつだ。ついでにフレンド登録も済ませておく。
 さとりが離れると、キリトが不思議な顔で聞いてきた。
「なんで小学生にまで敬語なんだ?」
「いいところのお嬢さんだからですよ。富豪のご令嬢ね」
「へえ……資産総額は?」
「……さあ。ヘクタール単位の巨大な洋館ですから、屋敷だけで一〇〇億円とか?」
「ヨウムの友達というか人脈ってすごいよな。マリサはベータ時代の攻略女王、にとりはプロ顔負けの機械工。メイプルはあの若さで剣術道場の女師範代だし、ディアベルんとこのルナー姉妹も元華族のえらい家柄だろ」
 もちろん多くが嘘だ。幻想郷に関することで、妖夢はさすがに真実をキリトに伝えられない。
 妖怪の山の山麓より入れる、以前地獄だった広大な地底空間。その旧都の中心にある地霊殿(ちれいでん)。古明地さとりはそこの主人である。地霊殿は現在の地獄と繋がっているので、さとりは地獄門の管理人といえる。冥界に暮らす妖夢にとっては死後の世界における仕事仲間。さとりのほうが格上なので、妖夢としては頭があがらない。
「あ〜あ、癒し系の商売ネタが消えちまったね。あの子とのやりとりは楽しかったのに」
 赤髪の美女が肩を竦めていた。背は妖夢やキリトよりも高い。化粧が濃いめなので実年齢は図りづらいが、おおよそ一八から二二歳ほど。細くきつい目と濃く赤い唇が、まるで獲物を狙う猛禽類のようだ。
「たしかオークションハウスの方でしたよね」
「礼を言っとかないとね。アタシはオークションハウス『タイタンズハンド』の支配人、ロザリアだよ。今回はお祭りに招待してもらって、感謝してる」
 ロザリアが握手を求めてきたので、妖夢・キリトの順で受けた。
「みょん。フロントランナーです」
「キリトだ」
「ふたりとも、ちっこくてカワイイ剣士サンだね。駆け落ちしたって噂だけど、ホントに付き合ってたりするのかい?」
 赤面した妖夢が、軽くこくんと頷いた。キリトはなぜか警戒している。
「やだねえ黒いほう。べつに取って食おうってわけじゃないよ。貴重な物資をタダで提供してくれたってのに、若い子を騙して悪いことなんてしないさ」
「ロザリアさんは、たしか魔理沙からオークションハウスのやりかたを教えて貰ったと聞いてます」
「そうさね。あんときはいまのみょんちゃんの姿だったけど。マリサの短い薫陶で、こんな大商売をすることになるなんて、アタシも驚きさ。今回のアイテムは、必要としている人にきちんと行き渡らせてやるよ。売り上げはそうさね――既定の手数料を引いたら、みょんちゃんを見習って、ギルドMTDにでも寄付しようかな。あんまり溜め込むと、そのうち狙われそうで怖いしさ」
 MTDははじまりの街にある、生協のような大規模ギルドだ。参加人数はすでに一〇〇〇人を超える。運営資金はどれだけあっても足りないくらいだろう。
「お願いします。私たちには方法がありません」
 胸をどんと叩いたロザリアは「大船に乗ったつもりでアタシに任せろ」と豪放に笑った。
「姐さ〜〜ん。モサクも俺もストレージが一杯です。これ以上の買い付けができやせん」
 子分に呼ばれたロザリアが振り返った。
「なんだいトンヌラ。コペルを使っておやり」
「コペルのやつは取材してやがります」
「あのサボリ魔め! 文々(ぶんぶん)水泡(みなわ)があるから、コペルニクスなんて売れないモン、さっさと廃刊しちまえばいいのに。いまは本業が大事だろ。とっちめてやる。じゃ、アタシはここで」
 ロザリアが戻ると、キリトが小さく唸っていた。
「どうしたんですか?」
「いや、俺が知ってる限りじゃ、ああいうキツそうな人は追いはぎといった犯罪ロールプレイを好んだりするんだけど、悪のイメージと合わないなあって思って。あれだと世話焼き系の姉御肌プレイだよな。普通にいい人だ」
「月並みな言い方になりますが、人を見かけやポーズだけで判断しちゃいけませんよ。死んだら本当に人生終わっちゃうトンデモゲームですし、居づらくなってもログアウト不可能ですよね。現状のSAOで犯罪プレイなんて、よほど追い詰められないとできないと思います――ベータで悪を気取った犯罪者ロールプレイはありました?」
「俺の知るかぎりじゃ、数えるくらいしかなかったかな」
「なら一層起こりにくいと思います。それに暗黒面に落ちるにも段階やきっかけがありますから。たいていは食い詰めや悪い仲間、境遇による精神の荒廃でしょうか。きちんと人に貢献できていれば、善に留まるのも、さらに善行を積むのも、あると思います」
 オシリを叩くぱちんという音と、コペル野郎の情けない悲鳴が聞こえてくるが、妖夢は気にしない。
「あれもロザリアの善行なのか? 公衆の面前でおしりペンペンなんて、トラウマもんだろ」
 キリトはコペルを哀れんでいるようだ。
「いいのよ男子なんですから。論じる対象が変わりますけど、あれがいまのコペルに積める善行です」
 誠意ある謝罪でもない限り、ゲーム初日の夜にぱんつをガン見された怒りは簡単には消えないのだ。女の恨みはしつこいのである。
「善行どころか、ただの罰ゲームだな」
「……対象が悪すぎましたね。四季映姫(しきえいき)さまからたまに説教を受けてるからでしょうか。あ、映姫さまは私のご学友で、真面目系の生徒会長みたいな子ですよ」
 もちろん学友というのは大嘘。四季映姫・ヤマザナドゥは幽々子や紫よりも偉い閻魔大王であり、貫禄の神族だ。
「また知らない子をって、突っ込めなかった。残念」
「私でも学習してるんです」
「俺もすこしずつだけど欠点を改善できていると思う。ほとんど君のおかげだよ」
「キリトの成長は私も鼻が高いです」
「俺はヨウムの鼻は低いままのほうがいいな。せっかく日本人形みたいに可愛いのに」
 妖夢にとってそれは不意打ちだった。聞き慣れても「可愛い」はやはり特別な単語なのだ。自分の容姿に自信を持てたきっかけであったがゆえに。
「……やだ」
「どうした?」
「嬉しくてプチ感激してるんですよ。キリトって私をからかって遊んでる割に、イケメン指数がすこしずつ増えてるんじゃない? いまの切り返し、本当にコミュ障なんでしょうか」
「ラノベやコミックの真似をしてるだけなんだけどね。連想ゲームってやつ。ソードスキルのモーションをコンパク流で再現するのとおなじさ。それに彼女が出来てるってのも、意外と大きいと思う。きみのおかげかな」
「連想ですか。いろいろ応用が利いて便利ですね。ねえキリト」
「なんだい」
「もっとリップサービスしてくださいね。いくらでも惚れ直して・あ・げ・る」
「……ヨウムもやるな。すこし感動した。よければネコミミ――じゃなく、今度はキツネでもう一度言ってくれ」
「あれはダメですよ」
「どうしてだい。俺をもうすこし攻略してくれるんじゃなかったのかい?」
「だって私が魅了したいのはキリトだけ。ここは人がいます。ほかの男子にコスプレは見せたくないわ」
「あの……壁を殴りたくなるほどイチャついておられるところ、すいませんが」
 コペルがシリをさすりながら妖夢たちのところへ来た。
「オークション専門店、タイタンズハンドの者です。一コルでも高値で換金したいレアアイテムや素材アイテムがあれば、ぜひうちのサービスをご利用ください。いますぐご入り用なら、NPCショップよりも高く買い取りますよ」
「必要なぶんを除いて、みんな放出しましたよ」
「俺も売りたいものはとくにないな。コルならすでにたくさんあるし」
 コペルが表情を変えた。セールストークのそれから、真面目な男の顔へと。
「というのは建前で、用は別なんだ。構わないかい」
「いいですよ」
「なにかな」
「――あのときは済まなかった。ふたりとも、ごめん。僕が愚かだった」
 両手両足を揃え、きっちり頭を下げる。サラリーマンのような、完璧な謝罪の姿勢だった。中学生ではなかなか出来ない。
「コペルくん、なんとなく成長してたんですね。その一言が聞きたかったわ」
 妖夢はコペルを見直した。ロザリアに精神面を鍛え直されているのだろう。
「俺は最初からあまり怒ってなんかいないよ」
 キリトが良いというが、それでもたっぷり一〇秒は頭を下げつづけたコペル。キリトが手を取って頭をあげたコペルの顔には、なにかウズウズとしたものが。
「まだなにか用ですか?」
「みょんさん、僕、大ファンなんです!」
 コペルが丁寧に差し出してきたのは、メモ帳とペンだった。
「サインをください!」
 フロントランナーは仲良く噴き出した。もはやコペルへのしこりなど、微塵も残っていなかった。
 でもコペルくん、キリトのサインは不要だって。気分を悪くしたキリトが、妖夢の書いた横へ強引にサインを追加した。しかも見せつけるように、わざわざカップリング表記。
『みょん×キリト』
 敗北の少年が去っていくのを、勝ち誇って見送る彼氏。
 コペル、背中が泣いている。
「ねえキリト」
「ん?」
「あれって、私が攻めキリトが受けって意味ですよ。良かったんですか?」
「……なんだってー!」
     *        *
 午後二時。カレスの転移門より突然あらわれたフロントランナーに、たまたま居合わせたプレイヤーたちから驚きのざわめきが立った。
 妖夢はデスゲーム前から知られていた。艶の入った輝ける銀髪に黒の片結びカチューシャリボン、深みのある紺碧色のくりっとした瞳。色白の顔は愛らしく、左頬に黒マジックペンで書かれた『みょん』の丸文字がトレードマークだ。この目印とすでにみょんの名が知れ渡っているので、妖夢はアバターネームの変更を迷っている。もっとも最大の理由は、キリトが妖夢と呼んでくれることだ。ヨウムという発音は魔理沙のせいですでに人間に知れていたが、新聞がアバター名原則のマナーに従い、みょんとしか書かない。そのため人はまずみょんと呼ぶ。それゆえキリトの『ヨウム』は特別となる。アバター名を変えれば、みんなが妖夢と呼んでしまうだろう。ならみょんのままでいい。
 妖夢の防具は革製のみで、アンダーの服は緑系を中心としている。いまのスカートはただのプリーツミニだが、さらに下へ灰色の短パンをはいて視覚防御はしっかりしている。素足を晒すと寒いので、黒のニーハイソックスも装備していた。背中と腰のうしろには二本の鞘をオブジェクト化しており、いずれも左を向いている。
 鞘の中身は片手用曲刀のクスコ・デモリッシュ。プロパティ解説は文意が破綻していて、「観光地クスコへようこそ。インカ帝国の遺跡は石積が精密で、カミソリすら通さない。合体。この剣はその石をすらカミソリ通す。おへそブレイカー」とあり、最後を除けば意味が分からないようで分かるのが面白い。
 SAOのアイテムにはプレイ状況によって新たにジェネレートされるものもあり、キリトによればおへそブレイカーはそのひとつらしい。曲刀の使用者がにわかに増えて需要を充たす必要が出たので、カーディナルシステムが片手用曲刀に新種を生成したのだろう。曲刀の人気が高まっているのは、もちろん妖夢の影響だ。曲刀の売買相場が上昇しているので、いちいち調べなくともわかる。
 自動追加されたアイテム名やデザインは、カーディナルが外のインターネットを走査して手に入れた情報を元にするという。人口密集地域でクエストを量産する方法とおなじだが、人間の手を一切借りない自動調節のため、解説がすこしおかしくなる。おへそブレイカーでは調教中の人工無脳っぽいので、もうすこし学習してもらいたいものだと、キリトの談話。
 そのキリトは顔こそまだ知られていないが、妖夢とセットでいる時点で正体はバレバレだ。いつもロングコートを着込んで黒づくめ、背中二本差しもわかりやすい特徴となっている。彼のいまの剣はハウリングダーツとヘオロット・ウルフチャージ。両方とももちろん稀少で強力な剣だ。SAOの装備はNPC店売りと非売品とで明確な差別をつけている。地道なクエスト消化なしで強くなられるのを避けるためだろう。妖夢やキリトがクエストを経ずレア装備をゲットしてきたのは、もちろん固定Mobを召し上がってきたからだ。第一〇〇層に到達してゲームをクリアする――なによりも優先順位の高いグランドクエストに付属するボス群であるから、その報酬は美味しい。
 広場にいるギャラリーのうちの何人かが、フロントランナーに話しかけようと近づいてきた。当然である。これまで誰も、このふたりを止められなかった。その英雄がいきなり目の前に出現して動かないのだ。先ほどのコペルのように舞い上がる者も出る。
 だがその試みも、黒銀ペアの背後に大挙して転移してきた集団により、中断を余儀なくされた。前線近くを行く者なら誰もが知っている、攻略隊の面々であったからだ。フロントランナーを除けば、彼らの平均レベルは頭一つ抜けている。しかも装備が見るからにレア物中心へと変わっており、さらなる威圧感を放っていた。
 店売りの味気ないデザインと比べたら、レア武具は燦然とした輝きや独特の凝った意匠を持っていることが多く、すぐそれと分かる。数階層もあがればそれら稀少品も店売りに追いつかれて大差ないステータス値となるが、レア装備は高く売れるので次への繋ぎも楽だ。
 攻略隊を代表して、青騎士ディアベルがメンバー点呼や編成を確認した。
「全員いるな。それではレイドを組んで、出発!」
 攻略隊にフロントランナーが混じっている。その事実はすぐ知れ渡るだろう。何人かが慌ててメッセージを飛ばしていた。三〇人規模ものレイド結成は通常、ボス攻略戦を意味している。名ばかりだった一団が、本当の攻略隊になろうとしていた。
 フロントランナーの無償供与により、強力な武器や防具を手に入れた。
 となれば、つぎに行うのは腕試しだ。
「ちょうどいいサンドバッグがいるじゃねえか」
 クラインの提案で、攻略隊はそのまま最前線のフィールドボスを狩ることになったのだ。偵察戦など必要ない。たとえベータ時代と違っていても、ぶっつけ本番で確実に倒せるであろうことは、フロントランナーがいる時点でほぼ確定だ。
 ベータ通りなら、第九層のフィールドボスは一体しかいない。岩山地帯の東エリアと、森林地帯の西エリア。その中間の渓谷にボスがいる。主街区カレスは森林地帯の側にある。そこからは町や村を無視して歩いて、かつ道中の戦闘時間を考慮しても三時間ほどの道のりだが、キリトと妖夢がそれをわずか一時間に縮めると言った。
「フロントランナーの流儀を見せてやるよ。俺とヨウムふたりだけなら、この距離は五〇分で走り抜ける。ついて来い!」
 キリトはそのコアゲーマー的なスタンスから、誰が相手でもなかなか敬語を使わない。
 妖夢は一〇日ほど前と違って、大勢を前にしても怯まずリードできるようになったキリトの変化を、心より喜んでいた。第一層のトールバーナ。そのボス攻略会議でのキリトは、貝のように閉じ籠もり、酷いものだった。だから代わりに妖夢が説明を行ったのだが、今日はまるで差し出口を挟む必要がない。
 妖夢とキリトが先頭に立って小走りだ。ペースを抑え、重装備や筋力重視型の人でも付いてこられる速度にしている。攻略隊は年下から指示された形だが、文句もいわずについてくる。フロントランナーの神掛かった伝説的な強さが牽引力となっていた。見せてやると言われたからには、同行するに足ると認められたとも受け取れる。その力を証明するため、意地でも付いていくしかない。
 途中で何人かがバテて数度の小休止を取ったが、それでも一時間一五分でボスのいる谷についた。出現した雑魚どもは早い者勝ちで、三分の一はフロントランナーが、のこりは攻略隊の面々が数の暴力で蹴散らした。
 妖夢とキリトの黒銀乱舞(ヘイインらんぶ)は八層ぶりに他人の目に触れるところとなった。その切れはさらに増しており、とても余人に真似など出来そうには見えなかった。八雲紫のパーティーは全員がはじめて目にしたのであったが、人間の少女三人は噂以上のすさまじさに圧倒されていた。リズベットなどは一時間あまりの間に三度「うっそ〜〜ん」と間抜けな声をあげた。黒と銀が挟んだモンスターは、わずか二〜三秒で細かいポリゴンとなって砕け散るのである。分単位の時間をかけて戦うのが彼女たちの常識であったから、異次元の瞬殺戦闘に息を呑まれるのは仕方ない。
 フロントランナーの戦闘をはじめて見るギャラリーはほかにもいた。まずアルゴが混じっている。彼女は射命丸文と犬走椛のパーティーに三人目として加わっていて、この突発的な中ボス攻略戦に正規のレイドメンバーとして同行している。その目的が妖夢とキリトへの興味であるのは間違いない。さらに攻略隊のあとより、五〇人ほどの前線プレイヤーが追従してきた。最強戦士が戦っている様子を見逃してなるものかと、常識外れのハイペース行進に食いついている。
 彼らは例外なく、黒銀乱舞の凄絶な剣舞に見とれてしまった。ソードスキルを使っていないにも関わらず、ふたりの二刀流には目の肥えたゲーマーを易々と唸らせるものが多量に含まれている。有段者の剣道演武ですら目を輝かせるに違いないのに、超実践派のガチ殺人術であるのだから、至極当然といえた。
 急所ばかりを正確に狙う妖夢の舞いは、まるで殺人蜂のようで恐るべき暗殺剣だ。しかし可憐な舞手と極限までに効率を貫いた剣技が、見る者を魅了してやまず、魂魄流の暗部をあまり感じさせない。レベルが上昇するにともなって妖夢の二刀流は常にない優美さも放つようになってきている。余裕が生じるに従って、理想とする本来の動きへと限りなく収斂しているのだ。システムに既定されたブーストとはまた別の、技のキレや冴えといった調味料が加わっているのである。完成されたものは、それだけで美しい。
 キリトはまだまだ大雑把ながら、確実に重い攻撃を繋げ、敵の体勢を崩しつづけることに重点を置いている。未完成なのに強靱でしなやか、出来たての楽器のようだ。
 ふたりの合体技、黒銀乱舞の剣舞は、けして不協和音とはならない。キリトが繋ぎ、妖夢が合わせる。キリトが派手なドラムで、妖夢が柔軟なリードギターだ。うまく調和が取れている。
 ボスを前に谷間で一五分の休憩となった。ぜえぜえ息を乱したクラインが、キリトの肩を叩く。
「涼しい顔しやがって、すげえなキリト。おまえら、いつもこんな走りっぱなしだったのかよ。誰も追いつけねえわけだ」
「いくら走っても俺たちのアバターは数値的に疲れないだろ? 疲れるのは生身の脳のほうだけど、慣れればほとんど負担もなくなってくる」
「仮想空間だから、なんでもイメージトレーニング次第ってわけか。でもこれじゃ、ハイディングした敵の奇襲が怖い――くはねえな、おめえらなら」
「ヨウムがいつも完全に察知してくれるんで、大助かりだよ。しかも索敵スキルより高精度と来た」
「デジタルなんですけど、なんとなく分かっちゃうんですよね」
「みょん吉の超人芸も相変わらずだな」
「敵が俺たちを識別するとき、アバターデータの参照が継続的に行われているはずだよな。それで生じるわずかなラグかなにかをヨウムは感じられるのではと、俺は素人考えながら仮説を立てている」
「ところで話が変わるんだが――」
 クラインが突然、顔をにやりとさせた。
「キリトよお、おめえいつからみょん吉をリア名で呼ぶようになったんだ? 肩も近いし、ずいぶん仲良くなったみてえだな」
 ちょっと絡みつくような目だ。その視線は妖夢とキリトの中間。キリトの右肩と妖夢の左肩は、ほとんど接するほどに近い。
「なんだよクラインまで」
「昇進したんですよ私」
「なんだそりゃ。昇進って?」
 妖夢はキリトの肩に手をかけると、身を乗り出し、もう片手でピースサインしつつ、白い歯を見せるドヤ顔で告げた。
「キリトの彼女になりましたー」
「……え〜〜、マジかよ!」
 どうも本当に驚いている様子だ。
「まさか意外だったんですか? 焚きつけたのクラ之介さんなのに!」
「だっておめえら、その若さと奥手さならまだまだ――まさか、たったあれだけで状況が動いたのか。メッセージ二件だぞ。どっちから話を?」
 キリトが小さく手をあげた。
「俺からだが」
「いつ?」
「二通目のメッセージをもらってすぐだったな」
「なっ」
 絶句している。
「……ってことは、コボルトロードを倒した当日だよな?」
「そうなる」
「そうです」
「おいキリト、いきなり話を振るか? もうすこし胸に秘めてさ、ジタバタ悶えて気持ちを育むつーか、ほら、そーいうんが青少年のあり方ってもんだろ」
 わざわざ自身の体を抱いて、体をよじって実演してくれるのがクラインらしい。
「クラインの考えなんか知るかよ。酔わない酒になぜか酔ってるヨウムを見てると、つい構いたくなって……」
「そりゃ相当な光景だな。俺でも突っつきたくなりそうだ。告白はやはりみょん吉からか」
「……キリトに追い詰められて、啖呵を切りながら迫るように告白しちゃいました」
「嬉し泣きの表情がいじらしくて、チャンスだって思って、意地でも本心を言わせたくなってた」
 妖夢も新鮮な驚きだ。あのときお互いに好機だと思っていたのか。流れる水のようにあっさり上手く行ったわけだった。
「なんだそりゃ。キリトはみょん吉のこと、きちんと好きになって受け入れたのかよ? これって意外と重要だぜ?」
「あのなあクライン。女子にモテた試しのない俺が突然こんな可愛い子から旅に誘われて、朝から晩まで毎日一緒なんだぞ。ネペントの森で会った最初から、ずっと意識しっぱなしだったさ。しかもヨウムは俺に見返りなしで良くしてくれる。ギブアンドテイク抜きで隣にいてくれる。いざ告白されたとき、どれだけ俺が感動して嬉しかったか、こればかりはとても言葉にしきれないよ。こんなことはもう一生ないかもしれない。それに恩返しもしたい。だから俺は決意したのさ。この子を本気で好きになってあげようって」
「おい待て。義務で好きになるって、失礼すぎんだろ。みょん吉の顔がすごいことになってる――あれ、喜んでやがんのか?」
「……感激に溺れて死にそう」
 人間ではない妖夢にとって、将来の困難はすでに折込済みの恋路である。キリトが努力してくれる時点で、もうなんでも合格なのだ。
「女心はわかんねーなー。あ〜、だから俺はモテねえんだな」
「分からないのは俺も変わらないさ。ヨウムが言ってることの意味が時々掴めない」
 キリトより先にいなくなる、という件だろう。本当のことを、妖夢はきっと最後まで伝えられない。思えば妖夢はキリトの本名や住所を知らない。この恋の将来を心配する以前に、根本的なところに大問題が転がっていたことに気付かされた。誰かが妖夢を強制的に起こした時点で、妖夢の初恋もこの交際も、高確率で終幕を迎えるのだ。SAOに囚われているからこそ、実現している逢瀬なのである。
 いや、すでに妖夢は知っていた。知っていたのに、あえて忘れていたのだ。気付いて忘れる。それを繰り返している。恋に思考を溺れさせたり、ふとしたことですぐ冷静になったり、ややこしいものだ。
 キリトの言葉がつづいている。
「とにかく告白された時点で、俺があるていど好きになってたのは事実だぞ。いまはその好きに、本気を塗り重ねている段階だ。どれだけ俺がきみにもっと触れたい、きれいな髪を梳くってみたい、スキンシップしたいって我慢しているか、心拍数を聞かせてやりたいほどにね」
 不安を胸に抱きつつも、顔を中心に体が火照って仕方ない妖夢である。キリトの本気が思い込みでなければいいけど、いまは信じることにしておこう。クラインの突っ込みを許すように、キリトの誠意は未熟だ。だがどんな不器用な形であれ、受けるべきだと妖夢は思った。なぜなら、妖夢もまた精神的に未熟であるのだから。順調に見えてこれほど不安定で不確実な恋を歩んでいるとは、魂魄妖夢らしい締まらなさであった。
「わあああぁ……ありがとうキリト。また好きって言ってくれました……あの、触ってもいいですよ。エッチでなければ。エロいことしたら斬りますから」
 いつ終わるかわからない綱渡りの恋。だから認めるべきは認め、譲るべきところは譲る。
「さりげなくとも怖い警告だよな――わかった。遠慮なく触る。ただし彼氏らしく」
 腕が妖夢の背中に回されてきた。好きな人の感触と体温が、ふわっと来た。
「はうっ」
 いきなり肩を抱かれて、電気が走った。妖夢は気が遠くなりそうで大変だ。お姫様だっこ以来である。彼氏彼女となってからは、女神のキスを除けばこれが初めての直接的なスキンシップだった。物語で読んでテレビで見て、それなりに憧れもしたシチュエーションがいま、自分自身に起きている!
 キリトの脈拍が妖夢に伝わってくる。かなり早くて、妖夢に勝るとも劣らずだ。もちろんナーヴギアとゲームシステムが再現した擬似的なものだが、生身のキリトの心臓もこのような早鐘状態なのだろう。その割にキリトの顔があまり変わっていないように見えるのは、それだけ自分を隠す術に長けているからだ。
 SAOの過剰気味な感情表現システムを通してもなお、キリトはクールなままでいられる。頬がすこし赤らんでいるくらいだから、リアルであれば顔色すら変えないかもしれない。人と接するのを避けていたがために鍛えられたキリトのこの側面を、妖夢は最初あまり快く思っていなかった。だがいまでは逆に、魅力として写ってしまう。まるで大人の男性ではないかと。やんちゃな子供のはずなのに、余裕ある男に見えてくるのだ。不思議なものである。
 ふたりの惚気に当てられたクラインの目が醒めていく。
「まるで恋仲だなぁ」
「いやだから恋人だって。俺だって恥ずかしいんだぞ。こんな簡単なはずのことをやるだけで一〇日もかかった」
「そんなペースじゃ、キリトとみょん吉のまともなキスなんて、何ヶ月も先だろうな。その前に第一〇〇層まで昇っちまうんじゃねーか? ま、こんなバーチャルより、リアルでイチャラブするほうが何倍も嬉しいだろうけどよ」
「私たち、つきあってるんですね……キリトのおかげで、交際してるんだっていまかなり実感したわ。ダイレクトな触れ合いと比べたら、言葉のキャッチボールなんて、まだまだお遊戯だったのですね」
「も、桃色のオーラが見えやがる。敗北感にうちのめされたぜこりゃ。若いって元気というか思い切りあっていいもんだなぁ。俺もおめえらの歳くらいにもうすこし人間ができてて度胸もありゃ、いろいろと後悔も苦労もしなくて済んだのに……いや、ここはまず祝福だな。おめでとう、みょん吉」
「ありがとうございます。クラ之介さんにも春が来ることを、応援しています」
「おうよ、がんばるぜ」
 なんとなく励ましてはみたものの、妖夢には彼の撃沈する姿しか想像できない。クラインがロックオンしている河城にとりは難物だ。キリトへ幾重も輪を掛けた筋金入りの人見知りである。しかも彼女がSAOに潜った理由は、人間の友達……おそらく同性のフレンドが欲しかっただけだ。話しかけられるなら、アスナやリズベットといった女の子のほうを何倍も歓迎する。
 女性の扱いにまるで慣れてないクラインにとって、にとり攻略は尋常では済まない厳しいものとなる。その当人は今なんと、クラインのすぐ後ろに立っている。偶然から耳にしてしまった恋の話に、動けなくなっている。気になって仕方のないご様子だ。
 キリトが自分を指さして、野武士にたずねた。
「俺は祝ってくれないのか?」
「イケメンにおくる祝辞はねえな。彼女持ちモテ野郎は、やっかみという艱難辛苦を背負いたまえ」
「ひでえ。勝手なことを」
「クラ之介さんも思いますよね! キリトってイケメンで格好いいですよね!」
 キリトの肩抱き寄せより脱出する妖夢。これ以上キリトの体温と心拍と匂いを感じていたら、いずれ気を失う。まだまだ妖夢には刺激が強すぎた。
「なんだよみょん吉。突然反応しやがって。イケメンがどうしたってんだ」
「ヨウムは、事あるごとに俺が格好いいと言うんだ」
「どちらかというと、キリトはあれだ、可愛いほうだな。お姉さん受けしそうだ」
「ショタかよ……」
 ぎくりとする妖夢。
「ち、ちがいますよ。キリトは格好良くてクールで伊達でハンサムでシックなんです」
 たしかに妖夢の実年齢から考えれば、お姉さん受けどころじゃない。犯罪臭い究極の超ショタ食いともいえる。だから妖夢はできるだけ人間換算の相当年齢で考えていた。格好いいから好きなのだとも、心中で言い聞かせていた。
「ヨウムも最初は可愛いって言ってたくせに」
「ちょっとだけ可愛いけど、最高に格好いいんです!」
 そもそも妖夢の心は物心ついて以来ずっと少女のままで、一度も老成を経験していないのは間違いない。妖夢は老人はおろか成人の心すら知らない。あるのは見た目よりもずっと多い体験と知識。実年齢だけは、人間でいえば立派にご年配なのだから。
 妖夢は人間とおなじ性質を持つ、珍しい妖怪だ。誕生して成長し、やがて成人する。いずれ結婚して子を成し、老いて最後は寿命で死ぬ。ただし妖夢の青春時代は、余裕でまだ二〇〇年はつづく。半人半霊は生まれた直後こそ人間とおなじ速度で成長するが、次第にスピードが遅れ、二五歳前後、人でいえば一二歳相当ほどで歳をあまり取らなくなる。その後のタイムスケールは人間のざっと二五倍。キリトが老いて亡くなるような歳になっても、妖夢はまだ一六〜一七歳相当かそこらでしかない。
 ……かくも、異種族間恋愛は難しいのだ。
 そんな事情を知るよしもなく、クラインは別の解釈を取った。
「それだけベタ惚れされてるたぁ、まったくうらやましいなこんちくしょう――そうだ。みょん吉よう、幸せついでに、にとりさん取り持ってくれよ。どうやったら俺を気にするようになってくれるかなあ」
「聞かれてますよ」
「え?」
「……ひゅい!」
 クラインの背後にいた河城にとりが、無表情のままで顔を赤くして逃げた。魔理沙とにとりはいつもクラインたちと行動を共にしている。妖夢とキリトの会話に夢中で、たまたま側にいた……というよりは、興味津々とコイバナへ聞き耳を立てていた河童娘に、この野武士は気付かなかったのだ。
「しまったあ! 俺の秘めた心を!」
「これまで一度もまともに口説いてなかったんですね。でも彼女は察しが良いですから、とっくにモロバレだったと思いますよ」
 およそ六〇〇歳と妖夢の一〇倍近く生きており、人間観察眼は並大抵ではない。にとりの様子から見て、クラインを嫌っているようには見えない。だからといって脈があるかどうかは別の話だ。多くの女には現実主義のフィルタが備わっており、本能で男を評定・選別してしまう。
 妖夢がキリトを好きになった背景には、SAOにおける剣士としての才能が間違いなくけっこうな比重を占めている。いかにキリトが友達感覚で接することのできる女顔で、性格や人としての性質もそこそこ良いといっても、それだけで恋の天佑とはいかない。妖夢の感覚では、にとりのパートナーたり得る男子とは、下手をすれば茅場クラスのラインになってしまう。クラインのおつむで河童娘の支えになれるとは思えない。
「みょんさん! いまのはキリトさんとの交際宣言と取っていいんですね!」
 あ、ほかにも聞かれていた。黒髪赤目の伝統ブン屋が、ペンを手に妖夢とクラインの間に割り込んできた。腕にはしっかり『取材中』の腕章を付けている。天下御免の記者様だ。
 人間に換算して妖夢が一四歳相当なら、この射命丸文は上限でも一五歳ほどにしか見えない。実年齢は一〇〇〇歳以上だが、言動は幻想郷の妖怪仲間をして中学生みたいと言わせるほどに若々しい。
 ややくせ毛の髪を興奮気味に揺らせて、文がにじり寄ってくる。
「告白したのはいつだったんですか?」
「……およ。キリト、言っていいです?」
 クラインには恩義があったので簡単に話したが、相手が新聞記者となればキリトの同意もいるだろう。
「またクラインに話したのを繰り返すのか……お好きなように。新聞に書かれてみんなに知られたほうが、あとがかえって楽だ」
 キリトはとっくに諦めているようだった。クラインは「あばよ」と手を振って自分の仲間たちのところへ戻ったが、その背中がやや猫背気味に曲がっていて、意気消沈しているようにも見えた。意中の人に逃げられたのが彼なりにショックだったようだ。
 文のインタビューはクラインよりも長く、五分以上に及んだ。写真撮影だけは勘弁してもらった。すでに有名だった妖夢は仕方ないとしても、キリトはまだ顔を知られたくないらしい。
 ようやく解放されると、すかさず魔理沙が飛んできた。
「にとりから聞いたぞ! やったなみょん! 初恋を実らせるなんて、私も嬉しいぞ」
「毎日心臓が大変だけど、幸せライフ送ってます……キリトとここまで親密になれたのは、魔理沙のいたずらのおかげですね」
「私も早く香霖(こうりん)をモノにしたいぜ。あっちで心配してくれてるかな」
「戻ってすこしでもうまく行くといいですね」
 魔理沙が人間をやめた理由の半分くらいが、香霖こと森近霖之助(もりちかりんのすけ)だ。妖夢がSAOを遊ぶためPCを買い、日本円を両替した香霖堂の店主。すでに一五年ほどにもなる、魔理沙の想い人である。霖之助は半妖で歳を取らない。おまけに成長が止まり安定した妖怪は滅多に恋をしない。そんな不老不変の朴念仁と添い遂げるなら、自身も半永久的に美しく、心も若いままでなければいけない。
 恋を自覚して数年後、種族魔法使いへ到達した魔理沙は、一五〜一六歳相当に若返って外見を固定した。明治時代の価値観を持つ幻想郷である。人間の女は早婚なので、恋を実らせるためにもこの年齢域でないと都合が悪い。
 妖夢の片想い期間はわずか一時間で済んだが、魔理沙の片想いは一〇〇年計画である。なんとも冗長で気の長い話であった。
 魔理沙の事情を知らないキリトであるが、女同士のわずかな会話で悟ったようだ。
「……ディアベル。ご愁傷さま」
 たしかにディアベルの想いが成就することはないだろう。年季が違いすぎる。魔理沙は都合良く青騎士を利用するだけだ。
「キリト、みょんをよろしくな。こいつはデレるほどに際限なく可愛いくなってゆくタイプだと思うんだぜ」
「おかげさまで、いろいろ体験してるよ。ネコミミとか」
「キ、キリト!」
「ケモノミミプレイだと? すでにコスプレまでサービスしてるのかみょん! 接吻は? もちろん口と口だぞ」
「そこまでしてないですよ! ファーストキッスはとっておき。大事なものなんです」
「でもいまの様子だと、すでにバカップルではあるんだよな、みょんとキリトは――」
「クラインによれば、ヨウムはオレにベタ惚れだそうだ」
「おおっ」
 なぜか魔理沙が拍手した。
「なにこれ公開処刑? もうキリト、あまりからかわないでください。こうなったら私も反撃しますよ。キリトの……ばか。き、嫌いです」
「……いや、この流れだと見え透いてて反撃どころか出血大サービスだろ。拗ねた声色も可愛いし。もっとひどく罵ってもいいぞ。なごむから」
「みょーん」
 自分なりにマジなつもりだったので、こればかりは妖夢も不覚だ。狙ったわけではないのに、キリトは妖夢が演技でやってるように取ることがある。しかもわざと勘違いしたふりなども交えてくるので、余計にタチが悪い。
「ほうほう、これが噂のデレ状態ってやつか。私もきたる勝負に備えて参考にしたいね。だけど人目もあるし、あまりみょんなスキスキ光線を放射するんじゃないぜ」
「え〜、どうしてそうなるんです? たしかに……好きだけど」
「嫌いって言ったそばから好きって、反撃の意味ねーぞー、ヨウム」
「みょ〜〜ん!」
 妖夢の頭が沸騰してなぜか湯気まで立った。
「そこまでアツアツとなると、ふたりを分けるなんて無粋もいいところ。これでみょんもキリトも私のものだぜ」
 キリトが少しふてくされた。
「なんの話か知らないが、ウィッチ、俺は誰かの所有物じゃないぞ」
「企んでることがあるのね?」
「変な言い方をしてすまんな。謝る。起きているのは、人材の奪い合いだ。フロントランナーといえば百人力だぞ。どの勢力も欲しがっている。クラインはもちろん、ディアベルもキバオウも」
「杞憂ですよ。私たちは最初からクラ之介さんと魔理沙以外のパーティーに加わる気はありません」
 妖夢たちは魔理沙の軍隊式に懸念があってフロントランナーをやっていたのであるが、魔理沙の内心を知ったいまでは、この魔法使いの下で動くのもいいかなと思っている。なにしろ死んだら終わりのデスゲームだ。予備情報のなくなる第一一層より上は、魔理沙のように石橋を叩いて渡るくらいでちょうどいい。戦力調整にかかる時間を考慮すれば、この第九層くらいがバランス的にも合流するのに具合が良かった。
「どうせ大ボス戦では役割ごとに再編成するから、この場合はパーティーというよりギルドだな。折を見てギルドを作る。超フォワードのふたりには、出来ればクラインが作るつもりの攻略専門ギルドに所属してもらいたい。名前はすでに決まってて、風林火山だったかな。私は作戦面をいろいろやる参謀本部みたいなギルドで、名はマスタースパークを予定しているぜ。人材もすでに揃っている」
「ギルドって第三層ですよね。まだ作ってなかったんですか」
「みょんとキリトのせいだぞ。あまりにも登坂速度が早すぎて、こちらは会っても恥ずかしくないレベルを維持するのが精一杯だったぜ。ギルドを組んでる暇がなかった。攻略隊はまだ誰もギルドを作ってない。実入りのいいエルフ族のキャンペーンクエを中心に、黙々とレベルアップしてた」
 妖夢に覚えがあった。第三層でキリトに諦めさせたキャンペーンだろう。その締めくくりがこの第九層だ。テーマはもちろんエルフ。
「その割に新聞や雑誌は発行してましたよね」
「あれの執筆はほとんど夜、おもに食堂や野営地、宿屋でやってる。昼間の冒険とは関係ない。刷るのは大きな町に寄ったときだけだし、配布も各層の主街区に限ってる。それに出版はスキルスロットを使わない。原稿と金さえあれば済む割に、当たれば実入りがデカイんだよ。装備強化の足しにしてるから、結局はすこしでも強くなるための一環だぜ」
 スキル不要とは知らなかった。たしかにメモやメッセージのような必須機能にスキルを設定してたら、多くのプレイヤーからブーイングが起こるだろう。生産はNPC印刷屋さん任せだろうから、おなじくスキルはいらない。売る方も道具屋への委託だから、やはりいらない。
「私が第三層で見たのは無料でしたよ」
「最前線付近だけ有料にしている。シェアを確保しつつ、持ってる者から金を取る。合理的だろ」
「そんなカラクリだったんですか。さすが魔理沙ね」
「これに関しての発案はアルゴだぜ。彼女のガイドブックが使ってる手を、新聞や雑誌でも採用したってわけさ。儲かったお返しに私たちも執筆を助けている。あのガイドブックは二日に一冊出さないと追いつかないんだ」
「あの可愛い情報屋さん?」
 妖夢が指さした先に、鼠のアルゴがいた。フードを深く被った彼女は、人の間をちょこまか走り回って、ひっきりなしに誰かへ話しかけている。休憩中だからこそ商売のチャンスなのだ。
 キリトが言った。
「ベータ時代と変わらないなあいつは。こんな状況だからもっと守りに入ってもいいのに、危険なソロ情報屋のロールプレイを崩さないなんて。ゲーマーの鑑だ」
「キリトとも知り合いなんですか?」
「正式サービスでは今日が初顔さ。気をつけろよヨウム。油断してるとあのオネーサンには変な呼ばれ方されるぞ。たとえば俺はキー坊だ」
「キバオウなんかトンガリ頭だぜ。私はベーターでマホちゃん、いまはマリちゃんだ。そんなイメージらしい」
「トンガリはひどいな。ちゃんと愛称になってるぶんウィッチ・マリサはマシだよ」
「――そろそろ作戦会議をはじめたいと思いま〜す。みんな集まれ〜〜!」
 遠くでディアベルが招集をかけた。
 攻略隊の面々と、その倍近い見学者。追っかけの中より、フィールドボス攻略戦へ挑みたいと志願するやつはいなかった。攻略隊も装備が充実したから気が大きくなって、こうして戦おうとしているのだ。
「俺の作戦は……」
 ディアベルはみんなを見回した。
「とくにない!」
 みんなずっこけた。命がかかった戦いだというのにこのやたらとユルい空気は、フロントランナーが合流してきた影響に他ならなかった。妖夢とキリトの気楽な旅路の雰囲気が、皆に伝染している。あっというまに第九層までぶち抜いてしまった実績と、レアアイテムの大量放出が、攻略隊より緊張というものを奪っていた。だが油断といったありきたりな落とし穴とは無縁である。弛緩しても平気な場面とそうでない時の区別くらい、ディアベルは簡単に判断できる。
「俺の愛しいウィッチ、仕切ってくれ」
「爽やかな顔をして人前で堂々と口説くな! ……お情けでデートしてやったとたん増長しやがって。まったく恥ずかしい」
 そんなことがあったの? 妖夢のオドロキ。友人と呼べる仲になればすぐ親身に接する傾向が魔理沙にはある。それだけディアベルが魔理沙への接近に成功しているのだ。優しくすると異性がすぐつけあがるのは、妖夢もキリトで経験済みだ。ときに媚びる妖夢と違ってキリトは必要以上に優しくならないが、おそらく彼なりの人生訓だろう。
 青騎士のかわりに場の中心へ出てきた魔理沙は、占い師のとんがり帽子を被った金髪少女だ。鎧の下は黒を基調としているが、ロングのフレアスカートとフリル付き白エプロンを着ている。あとすこしで幻想郷の魔理沙が再現されるところだが、いまでも十分に童話世界めいた可愛らしさで、部外のギャラリーより囃しが起きた。
「作戦は簡単だ。まずフロントランナーをぶつける。私たちも戦闘経験を積みたいので、きりの良いところで交代。あとは適当にたこ殴りにする。どうせ戦闘は二分もかからないから、面倒だしスキル構成別への再編成は行わない。初期配置は中央先陣F隊みょん、同一陣A隊ディアベル、同二陣G隊アヤヤ。左翼B隊クライン、同二陣C隊私。右翼D隊キバオウ、同二陣E隊ユカリ。総指揮はもちろんA隊ディアベル、細部の差配も一任する。報酬分配はいつも通り。以上!」
 外野よりざわめきが広がっていた。戦闘に二分もかからない? 常ならば信じられない内容だろう。クエストボスでも一〇分くらいの長時間戦闘が当たり前だ。どれだけ参加者が多くてもこの時間にあまり変化はない。強力な飛び道具が存在しないSAOでは、一度に攻撃へ参加できる人数に限りがあるためだ。なのにクエストボスより強力なフィールドボスが、たったの二分で倒されるだろうと、この魔法使いのコスプレをした少女は言ってのけたのだ。だが彼らには茫漠とした納得もある。すべての雑魚を瞬殺した狂戦士の剣舞を、すでに見ていたからだ。
 戦闘はウィッチの予想通りとなった。
 フィールドボスのサードエイジ・エルフは、痩身のイメージが強いエルフとはかけ離れた筋肉と体格の持ち主で、三メートル近い体高と、ボディビルダーのような肉体を誇示していた。上半身裸で、武器は長柄の両手斧。リーチは異様に長く、たとえ四〜五メートル離れていようが、一秒とかからず脳天へ重い一撃を打ち込まれるほど――。
 あくまでも想定上で、かつ戦う相手がふつうのプレイヤーであれば。
『黒銀乱舞!』
 浅黒い肌の筋肉男は、斧を振るう機会をたった一度しか与えられなかった。肉体エルフの初撃が誰もいない空間を突いたときには、すでに手練れの挟撃が炸裂していた。
 左より妖夢の連撃が、サードエイジの急所という急所をエグいほど正確に刻んでゆく。右からはキリトの吉祥降魔剣の重いクロス連打が繰り返され、哀れなエルフは左右へとぐらぐら小刻みお手玉だ。フロントランナーは絶妙の呼吸で互いのタイミングを合わせており、連携に無駄はない。しかもそれで攻撃の密度が落ちることはほとんどなかった。
 わずか七秒あまりで妖夢が一六連、キリトが一五連に達したとき、エルフ肉塊戦士がダメージディレイの硬直より回復した。ただしその斧が振り上げられる寸前、緑色の旋風がボスの斧を弾いた。正面より突撃したエギルの両手斧が、緑色に激しく発光している。斧用のソードスキル、ワールワインド。
「スイッチ!」
 エギルの叫びに呼応して、黒と銀が退き、赤と白の疾風が吹き込んだ。オレンジ色の燐光を棚引かせてサードエイジ・エルフの両足を左右より切り裂く。クラインと犬走椛であった。使用ソードスキルはリーバーターン。リーバーの上位ソードスキルである。その特性は、往復。
 クラインおよび椛の体が反転・再突入し、返す刃でおなじ箇所を深く痛めつける。右手に持つ片手用曲刀なので、反対の左側で交差するときはちゃんと逆手になっている。
「A隊、前進!」
 ディアベルの指示で、正面に控えていたA隊が動いた。スイッチと足止めを任されていたのは、ほかのパーティー群より選ばれた三人だった。その目的は、A隊が会敵するまで、とにかく敵に機会を与えないこと。
 巨体エルフが行動可能な状態になったとき、すでに正面にはディアベル隊がきれいな横一列で待ちかまえていた。魔理沙直伝の基本陣形であった。密集状態を察知したエルフは低姿勢を取ると、横薙ぎを見舞おうとソードスキルの溜めに入った。
「範囲攻撃だ! 潰せ!」
 魔理沙式の弱点は範囲攻撃である。
 攻撃発動を許してなるものかと、アタッカーの輝夜と因幡(いなば)てゐがソードスキルの突進技を放った。細剣の輝夜がリニアー、短剣のてゐがアーマー・ピアス。ふたりともブーストしていたが、とくに輝夜のリニアーは妖夢が見てもほれぼれとするほど見事なフルブースト。速すぎて剣先が見えない。あまり運動が得意なイメージはないが、さすがベテランゲーマーである。少女ふたりの同時攻撃により筋肉エルフのモーションがキャンセルされ、隙を晒した。その足がふらついていたのを、左翼後方で観戦していた魔理沙が見逃さなかった。
「ディアベル! もう倒れるぞ!」
「A隊全力攻撃! B・D隊も囲め! ほかは前進しつつ、いつでも加勢できる位置で待機」
 まだ転倒状態――タンブルではなかったが、魔理沙の読みは正しかった。短時間に大量のダメージを受け、敵の行動ステータスは限界に来ていたのだ。クライン隊とキバオウ隊が前へ出て、数秒後にはコボルトロード戦で見られた集中攻撃が再来した。
 勝負はそのまま決まった。
 哀れなエルフ巨人が派手なエフェクトとともに散華したのは、戦闘開始よりわずか一分半後だった。ダメージの三割近くをフロントランナーが与え、のこりは攻略隊が削りきった。
 外野より盛大な拍手が起きた。無傷での完全勝利。噂通りの強さを見せたフロントランナーはもちろん、攻略隊もその名がお飾りでないことを示した。妖夢とキリトに追いつこうとレベルアップに励み、戦術研究も怠らなかった結果である。
 序盤から猛攻で大ダメージを与え、ボスのタンブルステータスを誘発し、すかさず囲んでフルアタック決着。理想的な速攻だった。むろん多少の練習くらいで誰にでも出来る芸当ではない。魂魄流出現以前の二刀流とおなじく、妄想の産物にすぎなかった脳内最強スタイル。その戦いがいま、目の前で起こった。
 ラストアタックはディアベルであった。
 喜ぶディアベルをみなが称えた。一通りの祝福を受けたあと、我に返ったディアベルが魔理沙のほうを見つめた。第一層でキバオウの横槍により果たせなかった夢を、思い出したのだろう。
「ウィッチ・マリサ。女神のキスを!」
「戦闘前に予告してないから無効だぜ。おととい来やがれ」
 ディアベルはメモを一枚切って二日前の日付を書いた。それを自分の胸元にぺたんと貼り付ける。
「おとといの俺が来てやったぞ」
「マスタースパークでも食らいたいか? 大ボスのLA取ったなら考えてやってもいいぜ。女神のキスはフロアボス戦にこそふさわしい」
「聞いたぞマリサ。女神のキス、久々の復活だ!」
 男たちがおおっと気勢をあげた。
「あの……」
 射命丸文が手をあげた。
「復活じゃありません。じつはフロントランナーがキャッキャウフフと二人きりで続けてましたよ――女神のキスを」
 妖夢とキリトの交際はまだ公には知られていない。
 数拍の沈黙のあと、収拾のつかない大騒ぎとなった。
 大勢の男に囲まれる妖夢とキリト。それまで遠巻きにしていた外野の連中まで混じっている。
「……どうして、こんなタイミングでバラすんですか〜〜?」
 妖夢が睨むと文のやつ、このゴシップ風景を楽しげに記録結晶で写していた。
 まちがいなく新聞用のアクション、自己演出である。
 長く生きる妖怪にはひとつのことに延々と熱中しつづける者も多い。たとえば凝り性の河童は人間の道具を分解したり直したりしてるうちに、種族まとめて熟練技師になってしまった。文たち天狗が暇つぶしとして選んだのは、その高い機動力を活かした新聞稼業である。ただ天狗がみんな新聞記者をしてるとあっというまにネタがなくなるので、報道天狗として選出している。発行形態は個人新聞なので、全員がライバルだ。
 こういう事情もあり、シェアを守らんとする情熱のあまり強引な取材を行うことがある。キリトが顔バレを拒んだので、写真入りの記事を作るため群集を味方にしたのだろう。この中でキリトが写っても、小さくしか見えない。細かい顔の造形なんか掴めないはずだ。
 それにしても文の記録結晶の構え方は、ワキを締め結晶へ顔をぴったり密着させて、まるで一眼レフかレンジファインダーのようだ。記録結晶はコンデジやケータイとおなじ持ち方でいけるはずだが、無理矢理にでも本来のポーズにこだわりたいようだ。
 文のせいで始まった騒ぎは、おもしろおかしく広がるばかり。いつのまにか妖夢の握手サイン会になっている。その列を整理しているのは文の相棒、白狼天狗の犬走椛だ。素直で従順な彼女に罪はない。あくまでも悪いのは文のほうだ。ファンの装備やメモ帳、ときには顔や腕に直接『みょん』と慣れないペンを走らせながら、妖夢は口の軽い鴉天狗へのお仕置きを、しっかりと誓った。
 妖夢のとなりでは、無表情のキリトが胴上げを受けている。だが男たちの目がやけに血走ってるのが怖い。胴上げは勢いのままディアベル、クライン、キバオウと、攻略隊の面々がかわりばんことなったが、女子は因幡てゐ以外、全員が断った。そのせいかてゐの胴上げは五分近くもつづけられた。
 お祭りは三〇分ほどつづいた。その間にも噂を聞きつけた連中がつぎからつぎへと追いついてくる。一〇〇人以上にふくれあがった攻略隊とギャラリーどもは、そのまま仲良く交流しつつ、つぎの町まで和気藹々とした大行列となった。
 ――岩山の都市リュスドキアに入った瞬間。
無為無策の冥罰(むいむさくのみょうばつ)!」
「あやややや、や〜ん」
 黒髪の伝統ブン屋が宙を舞う。


※デジタルなんですけど、なんとなく分かっちゃうんですよね
 原作のキリトがデスゲーム末期、この領域に到達していた。解説の通り。

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