マックスファクトリー 涼宮ハルヒの憂鬱 figmaキョン制服Ver. 野外プレイ編 玩具 ホビーレビュー

玩具
発売:2008/07 原型:浅井真紀

俺の名はキョン。どう考えても本名でないことは小学生でも分かる、太陽が東から昇るくらいまったく正しい真理だ。キョンというのは俺の名前を構成する漢字をひねくって別の読み方をさせたもので、俺の妹が広めやがった。人の名を記号とし、歳の離れた兄を愛称で呼びやがる報いを受けて、妹はキョンの妹としてのみその呼称を知られている。妹のマセた親友みよきちですらフルネームが知られているというのに、作者の谷川め、俺たち兄妹の名前をきっと明かす気なんかないんだろうな。 しかして俺の存在を知るハルヒの消費者は100万人といるわけだから、キョンというヒントだけから、俺の本名を当ててくれる野郎のひとりくらい出てきてもおかしくはないと思う。野郎じゃなくて女子でもむろんいいし問題ないね。そのほうが俺も癒される。だが女子にこの放題は禅問答ばりに難しいだろう。ハルヒの能力的対抗馬と勝手に目され担がれてる佐々木のような鋭敏さを持つ人は、そうそうはいないし、いたとして当の佐々木や――そうだな、長門くらいには、客観的に見て変な性格でないと、特殊な才能というのは備わらないわけで。
ところで、ここはどこだ? でかい木が一本、ぽつんと独立峰のように田舎の風景に立っている。 「キョンの本名はね、きっとオオタニだと思うよ」
ハルヒの格好をした女子が言った。ハルヒの格好といっても、うちの制服にハルヒの記号を加えただけだ。髪は長いが、背は低い。成長が足りない証拠に袖が長すぎて、まるっこい手が2割くらい埋もれている。朝比奈さんとは別の意味で勝負になりそうなマスコットじみた子だ。 「マスコットって失礼だよねオオタニ。私には泉こなたって名前があるんだよ」
だから誰がオオタニだって? そもそもだな、俺の独り言じみた問いは名字というよりは下の名前であって、オオタニという響きは誰が読んでも上のほうだろ。千年前のえらい文筆家を連れてきても俺の見解に異を唱えることはないと思うぜ。ほかの答えがあるとしたら、地名じゃね、ってことくらいだろ。どちらかというと突っ込みだなこれは。
「ほらほら、そこ見てみなよ」
なるほど、オオタニだ。 環境庁調査で幹周り全国10位に正式ランキングされている四国最大の巨樹が、おとめ座局部超銀河団おとめ座銀河団局部銀河群天の川銀河系オリオン腕局所恒星間雲近隣宇宙星間雲太陽系第3惑星地球ユーラシア大陸極東アジア日本国四国地方高知県須崎市大谷地区にあったとして、それが俺となんの関係があるんだ? そもそもどうして俺はカメラを持っている。これはSOS団のおまけ品であって、俺が知らない間に持ち出してきていいものじゃない。だいいち俺のフィギュアのレビューでどうしていきなり最初から外に出ている必要がある。こんなのはすでにレビューという枠からはみ出して、高速道路を違法に暴走する自転車みたいなものだろう。ハルヒから見たら自転車に乗ってるやつはさらに宇宙人で、不法侵入の罪も犯してそうだな。 「不平屋うるさい、ちょっと黙れ」
……それを言われると申し訳がない。俺はたしかに文句の口数がいささか多い気がするな。俺の説明や思考が長門並とはいかなくてもせめて国木田ていどで済んでいたら、涼宮ハルヒの憂鬱は毎巻100ページで終わってるだろうね。長編というより中編だなこれは。逆に俺でなくいつも笑顔がさわやかなハンサム野郎だったら、妙な理屈をこねて俺の倍くらいはのらりくらりと引き延ばしそうだな。大長編ドラえもんも真っ青で、映画館の子供がみんな眠りこけそうだ。
「だから長いって。とにかく私の話を聞いてよキョン」 「立派だよね。撮りたいよね」
たしかに四国最大を謳ってるだけはある。木の右手に見える鳥居が、ミニチュアに思えるほどこぢんまりと見えてしまう。人が普通にくぐれる、田舎の神社によるあるていどの大きさの、ありふれた鳥居だ。それが子供のように見えてしまうなんて、大した視覚効果だね。 「興味を持ってくれてありがとね。じゃあ、大は小を兼ねるってことで、撮るのはこいつでお願い」
なんだこれは! 形こそハンディ物だが、レンズだけでも俺の顔ほどはあり、ビデオカメラというよりはもはやお化けだった。抱え込むともう一杯で、紙を下敷きに挟むスペースぶんをほんの一瞬持ち上げるだけでも精々の苦労事だ。重い、ひたすら重いねこれは。 無理をしているうちに、下敷きになってしまった。肺が圧迫されていて、息が苦しい。がんばれ俺の肋骨、がんばれ俺の胸郭筋。こんなことなら体育をもうすこし真面目に取り組んでおくんだったと後悔してももう遅い。俺はこんな情けない死に方をするというのか。 「ちょっと待ってね。いま助けるから」
泉こなたは一時代を築いた古いゲーム機のコントローラーを持ち出していた。持ち出す、というべきだろうか。そのサイズはすでにデスクやコックピットというような代物だった。
「とらんすふぉーむ」 俺の命を奪おうと乗りかかっていた重しが急になくなった。助かったわけだが、俺は泉こなたに感謝したりとか、感動して生命の大切さについて地球より重いうんたらかんたらを深く考えるような余裕は、まったくなかったね。なにしろ跨る形で立っている無機質だが人間の形をしたそいつは、つい今までハンディデジタルビデオカメラの形をしていたわけだから。 おいおいロボットだよ。トランスフォーマーだよ。冗談じゃなく、こいつは実用品からメカに変形しやがった。顔にはカメラらしきものが別についているから、トランスフォーマー的にこいつの役割はきっと先行とか偵察なんだろう。強力そうな武器を持ってるようには見えないし。でも頭部のカメラ、変身前のカメラより口径がかなり小さい。効率的に記録を撮るならいちいちトランスフォームしなければいけなさそうだが、それでは誰かが持たないと視点を変えられないし、あまり意味がなさそうな気がする。 「よぉし、撮影だ!」 「木の上まで飛んでけキョン!」 待ておい待てちょっと待ってください。こいつ一匹で自由に動けるなら別に、俺が同行する必要ないだろ。たしかにカメラモードで撮影するには俺がどっこいしょと下敷きにされる危険を冒しつつ操作しないといけないのかも知れないけど、命をかけてまですることかこれが? なああんたも無茶なこと言ってくるコスプレチビ女にさ、なにか言ってくれよ。だから俺抱えたまま昆虫みたいに空飛ぶな! 「やはり空飛ぶロボットに人間は不可欠だねえ。ロマンだよねえ。燃えるねえ。ロボット大戦だよねえ」 『マスター、キョンヲロスト。キョンヲロスト』 「はい?」 地獄を味わった。まさか自分がこのような古典的な漫画の目に遭遇することになるとは、手足を多少もがこうが、封印のようにきっちりと埋もれた頭は地に深く礎となし、俺の視界はまっくら闇の暗黒星雲を漂っている。これで命になんの別状もないのは、ギャグというか不条理というか、フラクタル数学のマンデルブロ集合的カオス理論世界に迷い込んでいるからだろう。数学者にはロリコンが多いらしいから、にっくき泉こなたを数学者の群れ(男限定)に放り込んでやりたい。 「あちゃー、失敗しちゃった」 「よし、今度はきみの出番だよ。とらんすふぉーむ」 『ハイ、ゴシュジンサマ。メイレイヲドウゾ』 「キョン助けてきて」 『スイマセンマスター、ワタシハトベマセン』
「え、なにこれ」 『イッテラッシャイマセ』
「ええっ?」 なにか落ちた音がした。「ふみゅう」とかいう萌えセリフを直後に耳が捉え、泉こなたのものだと判定するまでに1秒もかからなかった。助けに来てくれたのだろうか、それとも笑いに来たのだろうか。こんなアホらしいギャグ状態からはさっさと退散したかったわけだが、泉こなたが動き出す気配はぜんぜんない。反応がない、ただのしかばねのようだ。いや死なれても困るわけで、物理的心理的に救えと叫びたくとも口の中まで土で埋まっており、なにかしらのアピールをすべく足を動かしてみたがおそらく格好悪いみっともない無様な平泳ぎにしかなっておらず、悔し紛れに円周率を脳内でそらんじてみたが下9桁までしか覚えておらず、俺の遠大な逃避計画は一瞬にして頓挫することとなった。 あー、セミがうるさい…… 1時間後、天の恩赦でなんとか一命をとりとめた俺と泉こなたは、なぜか海沿いにいた。ありふれた海で、とりたてて述べるべき事柄なんてない。強いて挙げれば横綱朝青龍のしこ名の由来となった青龍寺と、横綱が高校時代を過ごした明徳義塾高校が近くにあるくらいだが、別に関係者でもなんでもない赤の他人が警備員付きの学校法人に近づけるわけなんかなく、寺とかに詣でてそこに朝青龍のなにかがあるわけでもない。 寺近くのホテルには手形やサインに写真までフルセットで後生大事に硝子越しで展示してあるそうだが、宿を取るわけでもないのにそれを見に行ってどうしようというのか、ハルヒと違って恥を知ってるからこそ、適当に海を眺めるしかやることはなかった。 「USA! USA!!」 「アメリカ合衆国のホエールだ!」 「アメリカだ、アメリカだよ!」 「れっつすぴーくいんぐりっしゅ! あいむそーりーひげそーりー、あいあむぷああっといんぐりっしゅ!」 泉こなたが見た目通りのようなガキっぽく意味もなくはしゃいでいるが、俺にUSAネタで騒ぐ趣味はないし、このガキと同調してやる義務もない。むしろ巻き込まれて迷惑している俺としては、先ほど死にかけたうえに恥ずかしめを受けた謝罪をしてもらいたいくらいだね。むしろ謝れ。 「ここはUSAです。ようこそアメリカへ!」 「朝青龍関はじつはアメリカ人でしたー!」
まだ引っ張っていやがるよこの女。そのうちスカートめくってやろうか。 「あっ」 「パラグラだっ♪」 たしかにパラシュートグライダーだ。それも普通と違っていて、背中にでかいプロペラしょっている。以前テレビで見たことがあるが、パラグラのキャノピー(パラシュート本体)は前進すると揚力を得られる構造で、自発機を使えば風に左右されることなく長時間滞空できる――どころか滞空レベルを超え、低空を延々と何時間も、燃料が切れるまで飛べるらしい。発電機とかも含めて装備が重いから、操縦者はパラシュートに負ぶさっているというより、つり下がった椅子に座ってるというふうだ。テイクオフも高所の斜面からではなく平地より直接という話だ。派手さがないからハルヒ向けではないな。長門や小泉なら合いそうだ。 「パラグラにチャレンジー♪」 つい寸前までUSAでアレだったくせに、なぜいきなりこうなる。もし俺が挑むというなら願い下げだ。パラグラで一人でアメリカまで飛んでSUSHIでも喰ってろ。いやここがUSAだったなおまえ的には。
「いやだねえおっさんは」
誰がおっさんだ。そもそも装備がないだろ空飛ぶための。 「装備ならあるよほら」
……でかいカニだ。カニがいた。今日はハンディビデオカメラやらゲームコントローラーやらが巨大化する日だが、海だからカニが出てくるのは自然だとして、そのサイズが簡単に常識を凌駕してくれるのはなんとかしてほしいねまったく。仮面ライダー響鬼のディスクアニマルっぽがそれは気のせいだろう。 待てよ、ディスクアニマル――はたしか可変。いやな予感だ。物語にはパターンがあって、こいうときはやはり前例を踏襲するのが空気を読んでる良い奴なわけだが、このカニめもよい子なのだろうか。たまにはただ大きいだけで、物語のお約束を無視してくれる可愛くもうかつなカニがいたとして、観客は失望するかもしれないが、俺的には平和で安心できる日常に回帰する良いきっかけとなるわけだが、安寧を提供してくれるよな不良ガニ。 「とらんすふぉーむ」
『イエス、ディスクアニマル!』 泉こなたの一言で、俺の合理的脳内和平案は却下された。そもそも最初からカオスだった数学的というか量子論的なあいまい、でたらめの中、オチ無しで終わる意味のない幕引きでも問題なかったと思うわけだが、それに賛成してくれるのは世界中探してキョンと呼ばれるところの約1名だけであったようだ。まったく残念なことであると世間に懸念を表明しても、泉こなた以外、誰も聞いてくれなかったね。 「そんなに落ち込まないでよ。私が行くからさあ」 奇跡だろうか、俺が乗って無惨なエンドとなるのがあるべき筋書きに違いないと思っていたら、カオスティックなサド神はルナティックにも泉こなたを犠牲の羊に供しようとしている。
「いや空飛びたいの私だし。見てるなんてイヤじゃん」 だがこの崖、どう見ても無謀であろう。円盤化したディスクアニマルのカニがどのような能力を持つのか知らないが、俺はこのストーリーが一種のギャグであることをすでに見抜いているし、それは俺が地面に首から突き刺さってしまったことからも明らかだ。このような展開で成功などありえない。たとえカニにUFO並の曲芸飛行が可能だとしても、乗った者を振り落として彼方へ飛び去ってゆくだけだ。 「じゃあ行くよ~!」 俺の静止を利かず、コスプレ女は大空へイカロスのように、調和の帰結へと目がけて。 落ちたのはやはりの予定調和だった。そもそも円盤の上に乗るなど、すでにどこがパラグラだというわけで、最初から失敗は決まり切っていたに違いない。未来日記とかいう歴史書もどきが実在していたら、今日の失敗ははっきりくっきり、新聞の見出しくらいの大きさで書かれていただろう。執筆者キョンと添えられてな。 そしてこれが大事なことだが、俺は記事の末尾にこう書くわけだ。持ってきたカメラは無駄にならなかったと。
「た……助けてよう」
いやあ、いい眺めだ。純白は最高だし、男に生まれてよかったね。女だったらこの場面で喜ぶなんてそうそうないだろうし、ろくに面白くもない映画を撮らされるために生まれたわけじゃないSOS団専用ビデオカメラにしても、こちらのほうがきっと嬉しいだろうよ。ビデオカメラに性別があって、男であったならだが。
「変態!!」 どうやらようやく俺のレビュー本編に入るようだ。知っているぞ、たしかまず全身を一周させ、顔のアップになるんだよな。俺みたいな凡人のありふれた面白みのない顔を写すなら、朝比奈さんの可愛らしい姿を世界全土に流したほうがよほど有意義だというものだし、転送量も無駄にならないはずだ。もっとも俺自身がSOS団の根拠地である文芸部室だけで、朝比奈さんの笑顔を独占していたいという本音もあるわけだが。 これは俺のオプションらしい。まったく登場させてないが。待て、俺の全身一周はどうした、こういうのはもっと後だろ。 涼宮ハルヒ、まさかこれで終わりなのか? 俺の晴れ姿はくだらない野外捜索だけで終わってしまうのか? ――そもそもあれだ、俺よりも泉こなたのほうがずっと目立ってただろ。
「そんなの簡単じゃない」
団長は物を知らない子羊を哀れむような目線で、かついじわるそうに断言しやがった。
「男フィギュアは常に当て馬なのよ」

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